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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2015年04月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 4 (探索 1 アルトゥとイェレミー)

スマホ640pix



      探索 1 アルトゥとイェレミー



 ホルスは、こまっていました。ホルスはおいつめられていました。
「あれあれあれあれあれぇー」
 アルトゥ。
「あれあれあれあれあれぇー」
 イェレミー。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
 アルトゥ。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
 イェレミー。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
 アルトゥ。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
 イェレミー。
「なーに、かくしてんのさ、バレバレですけど?」
 アルトゥ。
「それさ、いいと思ってんの?」
 イェレミー。
 ホルスは服の下に入れたりょう手を、どうしようか、まよっていました。
「さむいだけ、カンケイないじゃん」
 モゾモゾするホルス。
「手を入れてるだけにしては、ずいぶん、おなかがふくれてますよ?」
 あくまで、れいせつをうしなわない、アルトゥ。
「きみにはカンケイなくても、その下のモノにはカンケイあるの」
 わらいをこらえながらのイェレミー。
「なんだって、カンケイないだろ」
 みずからの不運《ふうん》を呪《のろ》う、ホルス。
「アレ、みとめちゃうの、もってんの?」
 くだけたちょうしの、アルトゥ。
「うん、みとめちゃったね」
 えがおで反対側《はんたいがわ》にまわって、道をふさぐ、イェレミー。
 二人は終始《しゅうし》、たのしそう。
 ホルスは、ハラがたっていました。いいようもなく。でも、どうすることもできません。とにかく今、自分がアタマにきているのだけは、たしかなんです。
「それは、きみのものかな?」
 アルトゥ。
「だれのものかな?」
 イェレミー。
「おまえらのものじゃないさ」
「ぷっ」
 文字どおり口にだし、わらいを頃して顔《かお》をみあわせる二人。
「いうねえ」
 イェレミー。
「きゅうに、おりこうさんに、なったのかな?」
 アルトゥ。
 ホルスのなかの審級《しんきゅう》が一つとびました。彼のタガがハズレやすくなったのです。
 もうなぐっても、よくね? でもけっきょく、そう思っただけ。それをわかってて、やってます、この二人。まだまだ、ぜんぜん、ダイジョーブって。
「それ、野生《やせい》って、しってるかな?」
 アルトゥ。
「じぶんかってなことしてると、タイーホされるぞ」
 イェレミー。
「おいおい、いきなりかよ!」
 アルトゥ。
「それは君《きみ》のもんじゃないの、だれのもんでもないの、それは野生《やせい》なの、やたらと拾《ひろ》っちゃイケナノ、かってに飼《か》っちゃダメナノ、キチンと届《とど》け出なくちゃイケナイノ、そうしないと《《みんな》》にメーワクがかかるの、わかる?」
 いっきにたたみこむ、アルトゥ。
「なーんにも、しらないくせに!」
 ちょうしを合わせる、イェレミー。
「おいおい、しらないっていうなよ」
 アルトゥは目くばせして、イェレミーをヒジでこづきます。
「ヤセーて?」
「ブゥー」
 こんどは、すなおに大爆笑《だいばくしょう》する二人。
「うわ、でたよ、マジだよ」
「しらないって、そりゃまあ、しらないよね」
 二人でわらって、こづきあっています。
 ホルスは、りょう手をおなかにいれっぱなしなのをわすれて、ちゅうぶらりんになった怒《いか》りと、いごこちのわるさに、さいなまれていました。


 スモウ川のスーパー堤防《ていぼう》の上に、白い花びらが散乱《さんらん》していました。ソルは花粉症用《かふんしょうよう》の大きなマスクとゴーグルに、それにうすでの白い手袋《てぶくろ》をはめ、手ぶらで歩いていました。カンオンがナビをするので、迷子《まいご》を心配《しんぱい》したことがありません。
 川の見はらしがよくなりました。左右の樹木《じゅもく》のカベが消え、かわって右がわに高いフェンスがそびえ立ちました。フェンスごしに、こんもりとした、サクラのこずえが見下ろせます。このあたりから、まだ区画整理《くかくせいり》が行われていない、基本計画地区《きほんけいかくちく》に入りました。とりのこされた木々が、凹《へこ》んだコンクリートに囲《かこ》われ、開けた左がわでは、間のびするほど、ゆるやかなスロープがひろがっています。その緑《みどり》のはてに、スモウ川の水面《すいめん》が輝《かがや》いていました。
 この間まで、彼は歩くのがキライでした。体をうごかすことがキライでした。最近の彼は、どこかせわしないです。休日となると日課《にっか》みたいに、どこかをほっつき歩いていました。
 まえの方で三人の男の子が、かたまっています。うち二人は、ソルのみおぼえのある、エリゼの子たちでした。彼は外で、しっている人とあうのがイヤでした。でもここで、踵《きびす》をかえすことができません。とっさに決《き》められない彼は、足どり重く、ずるずるとちかづいてゆきました。
 一人より、他人《ひと》といっしょは、自分が「いる」のをウキボリにします。「いる」は、彼を不安《ふあん》にさせます。不安《ふあん》とは、生の先どりです。未来に比重《ひじゅう》のかかったあり方です。今の彼は、ただ「ある」だけで、手いっぱいなのかもしれません。
 だれも見ていません。彼一人です。監視《モニター》しているものは、だれもいないはずです。今すべきは――しても、しなくても、どっちでもいいことですが――ただの方向転換《ほうこうてんかん》でした。
「おやおやおや」
「おやおやおや」
「いやぁねぇ、ヘンなのがきたぞ」
「いやぁ、これは、めずらしい」
 ヘラヘラ顔《がお》の二人。
「なかがいいんだな、あいかわらず」
 ソルは知的洞察《よみ》だけはできるので、二人の機先《きせん》を制《せい》します。さいわい相手《あいて》の小者臭《こものしゅう》をみてとり、心ここにあらずの、ういた感じはしませんでした。
「おや、おや」
 杉下右京ふう(ドラマ相棒)でかえす、アルトゥ。
「いや、子のこがさぁ」
 いいよるイェレミー。
「――しらないっていうからね」
 ソルはしらない子のおなかのあたりに、目をうばわれます。モゾモゾ、シャツから白いモノがハミでていました。
 アルトゥとイェレミーは、ソルと同じ色ちがいの服を着ています。ぱっと見、エリゼの子らの服は、かるく感じます。その素材《そざい》のキメのこまかさは、まるでセンイを用《もち》いていないようでした。まぢかで見ても、糸を判別《はんべつ》できません。それにくらべると、ホルスの服はどこかヤボッたく、カセンのウネが見えてケバだち、しめって重たく感じました。
 エリゼの子らの服は新品《しんぴん》のようでした。経年劣化《けいねんれっか》がなく、よごれ一つみられません。そもそもエリゼでは、おなじ服を着つづけることが、できなかったのです。個《こ》の生理《せいり》のレベルから、親の意向《いこう》、社会的《しゃかいてき》な条例《きまり》、経済的《けいざいてき》な諸事情《しょじじょう》にいたるまで。
 ホルスの方は、ふつうにこなれて見えました。そばで見くらべないと、気づかないかもしれませんが。それよりも、ホルスにはもっと大きなちがいがありました。
「もうメンドクサイからさー、だせよ」
「いやさ、この子がさ、もってんだよ、アレを」
 アレアレと、かた方が、ホルスのおなかをさしました。
 もともと他人にきょうみのないソルは、どっちがどっちかわからず、名前もウロおぼえでした。
「ムキョカ、なんだぜ」
「この子、カンオンがないから、しらないのさ」
「あ~あ、いっちゃった、サベツだぜ」
 ひたいに手をあてて、アルトゥがいいました。
「キャベツ、キャベツウウ~」
 そういわれて、やっとモヤモヤがハレました。たしかに、この子のまわりにはカンオンがいません。
「こいつらみんな、自由《ジユー》が好きなのさ」
「ピー、あぶなーい」
 立てた人さし指《ゆび》を口にあてます。
 いくら世間《せけん》に疎《うと》いソルでも、それぐらいは知《し》っていました。ホルスは自由民《じゆうみん》の子なのです。依存民《いそんみん》ともいわれますが、それは|不適切な表現《ポリティカル・コレクトネスでないもの》でした。彼らはソルたち自立民《じりつみん》とちがって、カンオンをもっていませんでした。
「どんだけジユーが好きで、ジョウホーがキライでも、《《みんな》》のメイワクになるっていうのが、わからないの?」
 ホルスはただ、だまっています。
「キタナイな、野生《やせい》のものなんかを、服にいれっぱなしにして」
「もう、ぼくらのカンオンが見てしまったからね、おあいにくさま」
「それは君のものにはならないよ、手おくれさ」
「どういうこと?」
 ホルスから、なかば鳥は出てしまっていました。ソルの目はクギづけでした。そのまばゆい白い羽《はね》に。
「すぐに大人たちがやってくるのさ、そいつをとりにね、鳥だけに!」
「うわっ、こいつ、マジツマンネ~」
 ケラケラわらう二人。
「フン、だれが来んのさ?」
「鳥、はっけん、だれ、くる、|コーキョー《公共》、あんない」
 ホルスを見たまま、やつぎばやにイェレミーがいいました。
 現在《げんざい》、カンオンは対人にかぎっていうと、音声パターン、脈《みゃく》の振動《しんどう》、息のスペクトルによる分光分析《ぶんこうぶんせきぶんせき》、体表面温度《たいひょうめんおんど》等を、人間の五感以上《ごかんいじょう》のセンサーを駆使《くし》し処理《しょり》しています。それらにもとづき、各自の行動パターン分析《ぶんせき》、防犯映像解析《ぼうはんえいぞうかいせき》、動作測予測分析《どうさよそくぶんせき》などを合わせ、情報行動科学的解釈《じょうほうこうどうかがくてきかいしゃく》により、未来予測《みらいよそく》を立てていました。人の一歩まえをゆくかのごときその働《はたら》きから、カンオンは「心のつえ」とよばれていました。
 それらすべてのビックデータを相互《そうご》に鑑《かんが》み、光のはやさで判断《はんだん》を下すと、イェレミーのおもわくが、空中に反映《はんえい》されました。
「ピンポンパンポ~ン」
 首《くび》に黄色いスカーフをまいた、おねえさんがあらわれました。おなかに手をあて、深々《ふかぶか》とおじぎをします。市役所《しやくしょ》の、動物愛護課《いきものがかり》のあんないが、はじまりました。
 おねえさんの左右では、ダイエット食品《しょくひん》、ミネラルウオーター、ヒーローフィギュア、四人であそぶ格闘《バトル》モンスターゲーム、ちょっとエッチなマンガ、添加物《てんかぶつ》少な目をうたう原色のおかしと、ソフトドリンク等の画《え》が、ぴょんぴょん、とびはねています。
 映像《えてぞう》が切りかわり、二人のキャラクターアイコンが登場《とうじょう》しました。十代の女の子と、その半分の背丈《せたけ》もない、動愛護課《いきものがかり》の課長《かちょう》のコンビでした。二人からの提案《ていあん》「生物多様性《せいぶつたようせい》の重要性《じゅうようせい》の」インストリーム公共広告《こうきょうこうこく》がはじまりました。これはスキップできない動画《どうが》なので、みんなでまちます。いっせいに、みんなで直《じか》に、地ベタにしゃがみこみました。

 やっとおわりました。水辺《みずべ》の画《え》が、ホワイトからのフェード・インで、うかび上がってきます。「ヒトと動物たちとの共生《きょうせい》、都会《とかい》でも生きている動物たちシリーズその4。皇居《こうきょ》の水辺《みずべ》、千鳥ヶ淵《ちどりがふち》のおほりの水鳥たち」がはじまりました。
 なかなか、ほんだいに入ってくれません。イェレミーとアルトゥが、むごんの間のわるさを、もてあましていました。
 クスクスするホルス。
「いつになったら、はじまんだよ」
「しっ! だまってろよ」
 いつもは冷静《れいせい》なアルトゥが、どなりました。
 ホルスは鳥をすっかり出して、アタマをなでています。目のはしで、ソルはそれに魅入《みい》られていました。
 カンオンとは、万能《ばんのう》ではなかったのでしょうか? いいえ万能《ばんのう》です。人間よりはるかに優秀《ゆうしゅう》です。ただし、自分がなにを知《し》りたいか、しってさえいれば。
 なぜかつぎは、カラス対策《たいさく》の映像《えいぞう》にきりかわりました。
「……から晩秋《ばんしゅう》にかけて……にミヤマカラスの大群《たいぐん》がよく見られるのは、この場所で越冬《えっとう》をするためです。冬ちかくになると、彼らが大陸《たいりく》からやってくる理由《りゆう》は、つめたい気温《きおん》のためではなく、冬になると減少《げんしょう》するエサ事情《じじょう》からな……」
 「……げんざいのカラス対策《たいさく》には、ハンターなどの駆除《くじょ》によらず、彼らの習性《しゅうせい》をよく理解《りかい》した上で、それを利用《りよう》するものが求《もと》められています。カラスは臭覚《しゅうかく》より視覚《しかく》にすぐれ……」
 「……ですから、このように出されたゴミの管理《かんり》には細心《さいしん》の注意《はらい》をはらい、さいごまできちんと収納扉《しゅうのうとびら》の密閉《みっぺい》を確認《かくにん》して……」
「ふぁー、おわった?」
 あくびをするフリのホルス。
「まてよ、これだからジユーは」
 にがりきって、イェレミーが答えます。
「鳥、見つける、|ツーホー《通報》!」
 アルトゥがどなります。
「……に飛来《ひらい》するハシボソカラス。四月から七月にかけての繁殖期《はんしょくき》をむかえ……さかんに…………ゴルフ場のツーホール目で見られ、ボールなどをもちさり――」
「いいよ、もう」
 アルトゥが、イェレミーのカンオンをとじさせました。イェレミーは、だまったまま。カンオンが同意《どうい》をくみとったのでした。
「あとで大人の人にいっとくから」
「でもどうせ、カンオンがジドーテキに、やってくれてるさ」
 二人で交互《こうご》に、はきすてました。
 ホルスは少しつよがりつつ、
「へんっ、だ!」
 そっぽをむき、いきかけました。
 ソルがビクッとなって、ホルスに声をかけます。
「いいのかいキミは、このままで」
「?」
「ほら、アレだよアレ」
「アレだ、えーと、このままだと、だれかくるよ、だれか」
「まってていいの、キミは?」
「こまるよね、やっぱ」
「ちゃんとしときたいよね、やっぱ」
 アタフタつづけるソル。
「……?」
 とつぜんみしらぬ子に、いんねんをつけられたかっこうのホルス。
 なにやってんだ、オレ? ソルは考えながらはなす、自分の行動力《こうどうりょく》に、ビックリしていました。みしらぬ自由民《じゆうみん》の子の服をつかんでいるのを、頭《あたま》のはしに隔離《ほりゅう》しながら。
「ほら、アレだよアレ」
「ト―ロクだよ、|トーロク《登録》」
 ソルは頭《あたま》の中の検索《けんさく》で、この場をとっぱする、キーワード抽出《ちゅうしゅつ》に成功《せいこう》しました。
「ト―ロクってゆうのしたら、かってもいいの?」
「いや、よくわからないけど……、カンオンが……」
「カンオンが……」
 ホルスを見ずに。
「カンオンが、なんとかしてくれるさ」
 くるっと、むきをかえ、ホルスの服をひっぱります。
「とりあえず、むこういって、そうだんしようよ」
 ソルも自分がなにをいっているのか、よくわかっていませんでした。
 かるくひっぱる彼のうでに、ホルスの体重《たいじゅう》がかかっています。拒絶《きょぜつ》を確信《かくしん》したやさき、少しかるくなって、ホッとしました。
 二人はぎこちなく、うごきはじめました。
「……」
「……」
 しゃべらないアルトゥとイェレミー。二人ともだまっていました。さっきから、ソルはジャマ立てを警戒《けいかい》して、心の中で、からぶりをつづけていました。
 慣性《かんせい》の法則《ほうそく》がはたらくように、ソルをせんとうにして、じょじょに二両《にりょう》の電車《でんしゃ》が、スピードを上げていきます。やく二名をおきざりにして、とおざかってゆきました。

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みなし児ヴィデオ・オレンジ 3 (目覚め 3 リトリート)

スマホ640pix



      目覚め 3 リトリート



 リトリート(保健室的なヘヤ)には、キャッチャーとしてのドクターがいます。心と体の、いわゆるスクールドクターが、二人ついていました。ソルが鳥をもっていくと、一人だけ、体のドクターがいました。

 体のドクターは男の人です。まだわかい彼のあたまは、その頭頂部とうちょうぶにむかうにつれ、うすくなっていました。あたまのてっぺんで、色素しきそのうすくなったかみが、地肌じはだの色と一体になっています。でもかおは、ホリの深いイケメン風。白衣はくいではなく水アサギ(ごくうすい青緑色)の、サムエみたいなかっこうをしていました。ちなみに、心のドクターの方はサクラ色でした。

「みてください」

 単刀直入たんとうちょくにゅうにすぎますが、ソルのコミュスキルはこんなもんです。

「あーはい」

「それじゃあ君は、手をあらってきて」

 すぐにソルは、そこの洗面台せんめんだいで手をあらいました。なぜかジュリも、つづけてあらいました。

 ドクターは、収納壁しゅうのうかべを開け、なにやらゴソゴソしています。中にはこまごまギッシリ、子○○ベヤのオモチャバコみたいに、いろんなモノがつまっていました。

 じっさい、ほんもののオモチャも、たくさん入っていました。フィギュア、お人形にんぎょう、ドールハウス、ソフト超合金ちょうごうきん、ミニカー、ミニチュア、おはじき、ビー玉、木わく、すなの入ったフクロ、つみ木、レゴ、食べられるクレヨン。

 その他にも、ハコ入りおかしのつめ合わせ、大きい空きカン、生分解性自然にやさしいプラスティックのコップ、結婚式けっこんしきのカタログ引き出物のつまったハコ。未開封みかいふうの中みは、おさらとカップのセットで、チャリティーバザーののこりものでした。ごっこあそびの衣装コスプレには、改革かいかくによって廃止はいしされた、学校時代がっこうじだい制服せいふくや、浅草あさくさでうっているような着物KIMONO、お医者いしゃさんとナース服のセット、患者かんじゃさんようのパジャマに眼帯がんたいとギプス、のにじんだ包帯ほうたいセットといった、メンヘラっぽいものもまじっていました。それにほんらい必要ひつような、着がえ用の服と下着と紙おむつが、ひき出し部分ぶぶんにおさまっていました。一番下のだんには、むかし寄贈きぞうされた、ホコリのかぶった紙媒体かみばいたいのマンガが全巻ぜんかんありました。あせた表紙ひょうしの絵には、スパンコールのついた長いの、黄色い鳥がえがかれていました。「なんか、なんでもあるな」と、ソルは思いました。

 リトリートのカべや、しきりアコーディオンは、おなじみのキャラクターたちで、あふれかえっていました。赤いつりズボンをはいた黒いネズミ、みみのない青い人型ヒトガタのネコ、みみのあるリボンをつけた黄色い人型ヒトガタのネコ、オレンジ色のネコの妖怪ようかい、黄色いトラジマの小型こがたモンスター、せんの多い可動変形合体かどうへんけいがったいロボット、ホストみたいな髪型かみがたのゲームのキャラクター、擬人化ぎじんかされた食べモノのヒーローや、エッチなのりモノたち、まほう少女とアニメ化されたアイドル軍団グループカゲ特殊能力使とくしゅのうりょくつかいと、スポーツマンガの競技きょうぎ超越ちょうえつした、異能いのう選手せんしゅたち…… 子らがテンプレトレース手がきした、つたない絵もそこら中にありました。

 もちろん、この解放区かいほうくエリゼは共有目的機関きょういくもくてききかんのため、特許使用料ロイヤリティー発生はっせいしていません。さまざまな条件じょうけんにもとづき、各企業かくきぎょう加盟かめいするカートゥーン・コンテンツ・組合ギルドをとおして、キャラクター使用許諾しようきょだくと共に、現物トイ些少さしょうのこころざしが、エリゼにおさめられていました。

「あ、イて」

 あたまをぶつけたスクールドクターが、おくの方からハコをとり出しました。

 ドクターがえらんだハコの絵は、ソルの思ったとおり、女の子がよろこぶ方のパッケージでした。ピンクの地にプリントされた、プリケア戦士せんし

 ドクターのカンオンによると、鳥は「カワラバト」という種類しゅるいで、よび名としては「ドバト」がいっぱんてきだそうです。おもに気をつける病気びょうきとして、鳥インフルエンザ、オウムびょう、クリプトコッカスしょう、トキソプラズマしょう、サルモネラきん、アレルギーなどなど、リストがずらずらスクロールされました。ソルたちにも見られるよう、広角照射こうかくしょうしゃされています。ながしているだけのギシキですが。

 プリケアのハコにおさまった鳥は、おちついていました。さっき、CTスキャンと紫外線照射殺菌しがいせんしょうしゃさっきんをした時、ちょっとあばれたので、ソルは少しホッとしました。

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

 ハネの生えた手紙がとびまわっています。こなゆきがまい落ちるように白いハネが、ヒラヒラとまっては、消えてゆきます。空中くうちゅうのステージでは、みどりのロングヘアーの少女がうたっていました。彼女はマイクをスタンドにさし、ヨイショっといって、ステージをとび下ります。小走りでよると、ハニカム笑顔えがおで手紙をさし出しました。その立体動画がスクールドクターの手があくまで、なんどもループされていました。

 メールは、クララン市役所しやくしょの「生きもの愛護課がかりり」からでした。要望ようぼう申請しんせい受理じゅり確認かくにん登録番号とうろくばんごう通知つうちとあり、手のあいたドクターが、むいみな返信リプライをしました。すでにカンオンが、お役所やくしょに、とどけ出をすませていたのでした。

 ソルがたずねます。

「これ、もってかえっていいですか?」

 ドクターが、

「うーん」

 そく、ムリだとあきらめました。「自分の関与かんよは、みのらない」が、彼には常態ふつうでした。おまえの中では、そうだろうって? 「いや、ホントにそうに、きまってるから」と彼は、いうでしょう。

「うーん、病気びょうきとか、ちゃんと分からないからなー」

「あと、しばらくしたら回収かいしゅうの人とかもくるだろうし、この地区ちくの生きものの手つづきとかは、どうなってるんだろね?」

解放区かいほうくとしての共有原則きょうゆうげんそくにもかかわってくるし、のめいわくにもなるしなぁー」

 ソルはヘラヘラして、

「あー、なんでもない、なんでもない」

「聞いただけ、聞いただけ」

「まぁ、そのほうがいいと思うよ」

「だれかに病気びょうきでもうつったら、それこそたいへんだからね」

「うん、この子は行政ぎょうせいがあずかりに来るまで、ここでキチンと、めんどうみてるからさ!」



「なにやってんの、はやくしてよ!」

「もー、なにやってんの、はやく、はやく!」

 早歩きをやめふりかえり、ジュリがもどかしげにいいました。(屋内では、走らないのが原則です)とっくにはじまっている共有きょうゆうに、早くもどろうと、せっつきます。でも、ソルはいそぎません。べつにリトリートの鳥が、なごりおしかったわけではなく、ただヤマシサをともなわない合法的ごうほうてきサボタージュを、ひきのばしたかったからでした。帰属きぞくからの解放かいほうを、なるべくながく、あじわいたかったのです。一時ひとときゆえの安全な脱落ドロップアウトを。

 半透明はんとうめいのカベに、子らとキャッチャーがけていました。ソルから見たルームの子らは、水槽すいそうの中の子魚こざかなのむれみたい。ぎゃくにむこうから見たら、グッピーが二匹にひきしかいない、わびしい水槽すいそうみたいかもしれません。マイブームがおわって共食ともぐいしたあげく、過疎かそった水槽すいそうみたいに。そうしてみると、エリゼ全体が大きな水族館すいぞくかんともいえました。カベの高さが半分しかないので、ルームの子らも、ろう下がわのソルも、けっきょく、おたがいどうしさらされていました。ワイワイガヤガヤ、音も直接ちょくせつダダもれです。わずかの間でしたが彼は、うき世ばなれした根なし草ニュートラルな状態に、ひたっていられました。二人の後ろをカンオンが、つかずはなれず、よりそっていました。




 ソルは彼の一時所有物いちじしょゆうぶつである、ベッドにねころんでいます。エリゼすまいかんの夕時、あたりには、まばらにしか子はいませんでした。彼はカンオンに、ブツブツはなしかけています。

 共有後きょうゆうごの午後、たいていの子は、みんなとすごしています。まだねるには早すぎるこの時間、休息きゅうそくルームにいるのは、子らにとってさけたいことでした。

 つぎの共有つとめからもっともとおい、一部の子にとっては希望きぼうにみちた黄金おうごん時間帯じかんたい。そのこのましい、子らしいすごし方は、プレイルームの大きなうきしまにいることでした。とくに大きいあつまりはラピュータといわれ、ごく小さいものはおき鳥島とりしまから、マシリト(ドクタースランプ編集者で、マシリト博士のモデルの鳥嶋とりしま和彦氏から)といわれました。それぞれのグループ帰属きぞくによって、またその内わでの差異ニュアンスによって、子らの立ちばカーストがデリケートな野蛮やばんさできまりした。

 子は今を生きています。その時の立ち位置いちが、すべてです。いつの時代じだいも、若者わかもの近視眼きんしがんでした。そうでなければ社会しゃかい活力かつりょくが、うしなわれます。ほんらい「まもるべき子の時間」とは、解放区かいほうくうたうような、遠近法未来の可能性から見た時間ではなく、破格はかくな今かもしれません。

 この時間ここにいる子は、いわば、あきらめ組みでした。ある子いわく、サトリ組みだそうですが。ソルはもともと一人が好きでした。それがやっかいな、彼の個性こせいでした。その感性せいりよりも、それによって生じる社会的結果しゃかいてきけっかが、共有きょうゆうされるべき問題ノートでした。ふだんはへい気でも、比較ひかくのきかいに出合うと、彼でもやっばり気にしました。ルソーによれば、社会しゃかいとは比較ひかくのことです。彼は自分の空想くうそうした、他者との比較ひかくをしらない原始人しぜんじんをめでました。人類ヒトよりコミュニケーションにうとかった、ネアンデルタール人がほろんだように、彼もまた、駆逐くちくされる運命うんめいなのでしょうか?


 ソルはねころんで、カンオンの映像えいぞうと、にらめっこしていました。イライラしながら、視野角0度プライベートモードで、鳥のゲージのカタログをスクロールしていました。どれだけたどっても、彼の好みのものが出てきません。ただの鳥カゴ。ガラやモヨウも、キャラクターも、なにも入っていない、ただの鳥カゴ。ロゴもマークも、人や会社かいしゃのなまえも入っていない、ただの鳥カゴ……

 エントリーには、すべからく、なにか入っていました。じょうしきとばかり、彼のジャマをします。彼はだんだん、ハラが立ってきました。がまんしてスクロールをつづけ、やっと無地むじにたどりつくと、しんじられないくらいドハデな、ショッキングピンクでした。

「氏ねよ!」

 空中の映像えいぞうにむかってケリをいれ、マクラにかおをおしつけ、ふてくされるソル。しかたがないので、さっきマークしておいた漢字かんじロゴ入りの、うす茶の擬似竹フェイク・バンブー商品アイテムさいチェックして、とりあえずカートに入れたままカンオンをとじました。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 2 (目覚め 2 惑溺)

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      目覚め 2 惑溺


 アスペクト比2. 35:1のスコープ・サイズのマドわくが、カベのサイズで、はまっています。レースのような白紗はくさのかかったマドをすかし、ヘヤいっぱいをみたした、やわらかな外光。ハメゴロシによって遮断しゃだんされた外の空気くうき。耳をすましてもきこえない空調くうちょうが、時々わすれられないように、小さく咳込せきこみます。ここでは空気くうき流体りゅうたいではなく、固体こたいであるかのようでした。ソルは水色の空を、ぼんやりながめていました。

 いきを止め、目をこらすと、たゆたう雲が東へむかうのがわかります。いきを止めれば雲は死に、雲を生かせばが身のほろぶ、なやましさ。

 みはるかすクラランの街。建物たてものの間から散見さんけんされる、ターマ川のかがやきき。ここからはまだ見えない、そのすぐ先は、開放水域かいほうすいいきの海です。野外では風むきによって、かすかに、しおかおりがすることもありますが、ハメゴロシのマドの中までは、とどきませんでした。  

 浚渫船しゅんせつせんがターマ川を、ヌルヌルゆきかいます。これらの船に、仕様用途しようようとはありません。ただ、動いているだけです。船は無人むじんで、川底かわぞこをさらうこともなく、Nゲージのように、目をたのしませるモノとしてありました。

 船はほんらいの目的もくてきである、川の浄化じょうか終了後しゅうりょうごものこされ、環境復帰かんきょうふっき記念きねんモニュメントとして、一部をのこし、そのまま運航うんこうをつづけていました。まっ白な船体せんたいに、CCRとロゴが大書きされています。その下に「信念をもって、清らかな水を甦らせる」とありました。かたいかざりは、いつもパンパンにふくらんでいました。


 いつものように、ソルの心は共有(授業)からはなれ、一人歩きをはじめていました。

 空想のなかで、ソルは船長せんちょうだ。黒い眼帯がんたい義足ぎそくのかた足、極彩色ごくさいしきのオウムをかたにとめている。ふねはモクモク、ドライアイスのケムリをはき、彼はスパスパ、チョコのパイプをふかしている。

 操舵室そうだしつからデッキを見おろせば、青縞ストライプのシャツとバンダナの、黄色いレゴの水夫すいふたち。アサのロープをたぐる者、下ろしたをつくろう者、二人がかりで酒樽さかだるをころがす者。日ごろの言いつけをむしして、イノチヅナなしで、マストによじのぼっている者もいた。彼は手下てしたどもに、げきをとばす。


「きけ、今あかす」

目的地もくてきちは、のろわれし宝島たからじま!」

「かくじのかみにいのれ」

かみなきものは、未来あすに生きよ」

「なにもないものは、死をごうとせよ!」


 クロス・ボーンのドクロがメインマストをかけ上がり、てっぺんでひるがえった。

 ラッパ口の伝声管でんせいかんにパイプをたたきつけ、彼ははいを足でもみ消すフリをした。舵輪だりんに手をかけ、チェーンでつるされたゴールデンリングをひっぱると、汽笛きてきにオウムがとび立ち、ヒワイなファンネル・マークの煙突えんとつが、ゆげのような白いケムリをはき出した。



 夜ふけて彼は一人、船長室せんちょうしつ。オウムのハーロックをなでながら、すすけたランプをひきよせ、松本零士まつもとれいじのコミックのナレーションっぽい、はしのやぶれた秘密ひみつ海図かいずをひろげていた。

 もう見あきた海図かいずをみるともなしに、もの思いにふければ、こみ上げてくる、わかき日のかがやきと蹉跌ざせつ。めぐりくるであろう因果いんがのゆくすえ。

「ドッ」

 ふね胴体どうたいをゆさぶる、怒声どせいとわらい声。

「そりゃ、だれかがてば、だれかがけるさ」

 そう、彼はつぶやいた。

 かんおけみたいにデカい、キズだらけのつくえの上の山。くずれるようにかさなった海図かいず古地図こちず古文書こぶんしょ羊皮紙ようひし、紙のはしきれ。それに、望遠鏡ぼうえんきょう、コンパス、ハネペン、インクつぼ、四分儀しぶんぎ六分儀ろくぶんぎ、色あせたセピアの地球儀ちきゅうぎ

 ホヌ(海亀)の甲羅こうらのハイザラで、とうにえたパイプ。もう船が、かすかにきしむ音しかしない。彼は立ちあがって、サイドボードに歩みより、いのちの水をあおった。




 ×月○○日 べたなぎのおきにとりのこされて、三週間あまりの一月足らず。船はイカリをおろしたように動かない。おきは海の砂漠さばくだ。すっぱくなった水がわりのビールも、のこりわずか。河口かこうからとおくはなれ、魚いっぴき、いやしない。

 そもそも今回は、出だしからうんがなかった。かくれ小島こじま基地きちを出たとたん、海軍かいぐんとハチアワセ。からくもまいてにげたが、砲撃ほうげきにより、船は破損はそん浸水しんすいをまぬがれず、水夫すいふ二名がフカのエサとなった。

 借金しゃっきんがかさみ、もう後もどりはできない。船内せんないではささいなケンカがたえず、病人びょうにんがではじめた。雨のふる気配けはいもない。すでにたからのろいいにかかっていると、なきごとを言い出すヤカラもでるしまつ。この先の航海こうかいにさらなる暗雲あんうんがたちこめる。




 ×月○△日 とつぜんヘヤの中が暗くなった。日ぐれにはまだ早い。ほほをマドにおしつけのぞきこむと、鉛色なまりいろの海がわき立ち、空が暗い。あらしの前ぶれの気配けはい。いそぎかけ上がりドアを開けると、突風に巻かれた。

 生臭く、湿った空気。カミナリを孕んだ黒雲。うねり狂う海。風紋が横に走る壁波が、眼前にそそり立つ。船は大波をよじ登りはじめ、泡立つ頂点へ至る。あまねく三角波を見はるかし、待ち受けるコンクリートの海面へ真っ逆さま。


「ギャーーーーーース」

 雷鳴と雄叫び。

 雷雲と見誤った、灰色の羽毛に覆われた翼は水平線を隠し、青白い光を帯びて羽撃けば、轟と共に海神の三叉の鉾を落とす。

 一羽撃きで小舟を空へ吸い上げる竜巻は、帆をズタズタの端切れに変えていた。甲板に水夫の姿は見あたらず、何人海にのまれ、空へ舞ったか分からない。上も下もなかった。

 マストも舵も折れた。泡立ち逆巻く波は、見る間に黒い大渦巻メイルストロームへと変貌する。船は軌条の上を引っぱられるように、なすすべもなく滑り、黒い螺旋の溝を止めどもなく落ちてゆく。死が彼の鼻先をかすめ、あまい香りが漂いはじめた……


「…………ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ」

「ソルゥ」

「ねぇ」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ」

「……」

 目の前を、フリルでもられたペール・オレンジにくいろの山が、さえぎっています。よく見ると、タマムシ色のムネのブローチは、カブトムシらしき形をしていました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「やくそくしたよねぇ、他人ひとのはなしは聞こうってぇ」

「……」

 はなしなら聞いてたじゃん。とソルは思っていました。みみでなら、たしかにそうかもしれません。でも彼女が問題もんだいにしているのは、おそらく、その姿勢じょうしきの方なのでしょう。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

共有きょうゆうのさいちゅうはぁ、ボーッ、としないってぇ」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 シュザンヌが、ラメでキラキラした目をパチパチさせながら、しゃべっています。

「ソルはぁ、わかっているのかなあぁ?」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 ソルはシュザンヌの、はなだけ見ていました。そうすることで、ちゃんと聞いているように見えるからです。

 顔のまんなかに鎮座ちんざするそれは、とてもキミョーに見えます。その形はなんだか、原始的げんしてき生物せいぶつに、見えなくもありません。その下でパクパクうごく口は、ガイコツのフレームに、ゴムがわがかぶさっているよう。口もとにあるホクロに、ファンデーションが半分かかって、こなをふいているみたいでした。

 ソルなら、話はちゃんと聞いています。数々かずかずのニガイ経験けいけんから、彼はある経験則けいけんそくをえました。それは自分が思うこと、することが、他人ひとにはかならずしも、そうは見えないということでした。することより、見せること、そう見られることの大切さ。それが今到達とうたつした、彼のおさないマキャベリズムでした。はなを見るという、彼の個性こせい穴埋あなうめするメソッドは。それは共感きょうかんからはぐれ、そん体験たいけんをつみかさねてきた、彼なりの処世術しょせいじゅつでした。ソルは、時々視線しせんを外さなければならないことも、心えていました。まえにじっとはなを見つづけていて、大人の人におこられたことがあったからでした。人のはなというのは、見つづけては、いけないらしいのです。


「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」


 ルームはいつも、にぎやかです。子らは沈黙ちんもくをおそれるかのように、四六時中しろくじちゅう、ワイワイガヤガヤしています。キャッチャーが共有きょうゆうから、それたとたん、子らのオシャベリのボリュームが「ワッ」と、いちだん上がりました。シュザンヌの目をはなれ、背後はいごで二人の子がさっそく、ふざけあいをはじめました。

 現在進行形げんざいしんこうけいでカンオンは、全方位録画ぜんほういろくが安全あんぜんチェック、情報じょうほうのアーカイブ化と編集作業(ポリティカル・コレクトネスや、コンプライアンスなどが含まれます)をおこたりません。ですがそれらすべてを、人間の目が最終確認さいしゅうかくにんして、すべて対処たいしょしきれないのも、子らは空気なれでしっていました。カンオンの物理行動ぶつりこうどうは、帰属主きぞくぬしにつくための空中移動くうちゅういどうに、ほぼかぎられています。あるとき口のわるい子が、カンオンのことを「げ口やろう」といったのを、ソルは、はっきりとおぼえていました。

 人々にとって、アーカイブ化は空気くうきでした。むしろ、されないヤバさに、ふるえました。セピアにならぬ、クリアーでシャープな思い出の画像たち。その気がとおくなるような、ぼうだいなりょう不慮ふりょ事故じこ人為じんいによる喪失そうしつなどをおそれつつ「いっそのこと一辺全部いっぺんぜんぶなくなってしまえ」そんな期待きたいをしているフシも、ないような、あるような……

「ドコかで、ダレかが、ナニかによって、ジドウテキに、そのツド、コマメに、バックアップしてくれているハズ」

 その気になれば、過去時かこ知識ちしきは、いつでも復元可能ふくげんかのうなはずと、みんなタカをくくっていました。


「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 シュザンヌは正面しょうめんからソルにむき、ひざに手をあて、中腰ちゅうごしのままでいます。騒音そうおんのせいでしょうか?  それとも彼の個性こせい一時いっとき感化かんかされたのでしょうか、会話かいわがつづかなくても、いがいとへい気みたいになっています。

「……」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 二人でちょっと、だまっていました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ジュリとは、ちゃぁんと、はなしてるぅ?」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ、ジュリとちゃぁんと、はなしてるぅ?」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 もう、ここまでノイズが大きくなると、騒音そうおん沈黙ちなもくのかわりになるかもしれませんね(笑)。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「××★△■○Хと☆◆!」

 基地外じみたキセイが、シュザンヌの背後はいごで上がりました。

「▲◇★☆☆彡◎◆×!」

 それへキセイでおうじたひょうし、背中と背中がぶっつかりました。

「ちゃぁんうっ!」

 シュザンヌの声がふるえ。

「――うんとジュリと共有きょうゆうしてるぅ?」

 いいつづけた後、ニガわらいでフリかえり。

「んんもぉう、ダメじゃない」

 ソルにむきなおり。

「ジュリと共有きょうゆうしているぅ?」

 聞きなおしました。

「……」

「……」

 ジュリの方をむき。

「ジュリィィー、たのむよぉー、ジュリィィー」

 りょう手を合わせ、おねがいポーズでいいました。

「ふえぇぇぇー?」

 ジュリが大げさにのけぞったまま、ふりかえらず返事へんじをしました。子らの雑音ざつおんをおし分けるような大声で。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「たのむよぉー、ジュリィィー」

 ほほえみながらも、合わた手のひらをハートマークにかえました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」


 連帯責任れんたいせきにんとかいうコトバを、ソルはまだ、しりませんでした。とにかく彼は、はずかしく、それいじょうに、ニガニガしく感じていました。カオナシでいましたが、心の中では「コロス、コロス、コロス」を連呼れんこしていました。

 なぜ自分にだけがあるのか、彼にはわかりません。リフジンというコトバなら、もうとっくにしっていました。いつのころからか「自分のしらないルールから、とりのこされている」と、ばくぜんと感じはじめていました。




 しゃのかかったマドごしに、みどりがゆれていました。イトスギのかたいこずえがかすかにふれ、ポプラが「ザァッ」と、雨のような音を立てました。風が強まったのを、ソルは見てとりました。

「バイン!」

 くぐもった音と同時、電気でんきか落ちたみたいに、マドがまっ黒くなりました。

 ルームは、ちょっとしたパニックになりました。泣きだした子を中心にして、女子がすうグループでかたまっています。男の子たちは、しきりに、今あったことの解説かいせつと、分析ぶんせきによねんがありません。シュザンヌは、アタフタしています。

「どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、ど よ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、ど よ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ……」

「あーうるさい。うるさい、うるさい。とにかく、うるさい!」

 心の中で、さけびつづけるソル。彼はほんとうに、うるさいのが大キライでした。このうるささにも、彼は関与かんよしていませんでしたが。


 ちょうどさっき、彼は見ていました。マドが暗くなる直前ちょくぜんでした。なにかが、こちらにむかってんできたのを。それほど大きくないモノが、放物線ほうぶつせんではなく直線的ちょくせんてきに、もうスピードでマドにぶち当たるのを。しゃのかかったマドごしでは、ハッキリしませんでしたが、彼には思うところがありました。

 クルクルまわる青い回転灯かいてんとう。スパイダーがたのロボットが、マドごしにあらわれました。ときおり見かけるそれは、子らにとってのアイドルでした。たちまちハメゴロシのマドに、むらがる子らと大人二人シュザンヌとコーディネーター。ボールにだけあつまる子のサッカーのよう。

 クモはおなかから、白いアワをふきだしました。

「プビョプビョプビョ」

 黒い吸盤きゅうばんのクモは、なぜか六本の足ではりつき、密着みっちゃくした真空状体しんくうじょうたいのおなかでブラシを回転かいてんさせながら、いつづけています。

「プビョプビョプビョプビョプビョプビョ」

 子らとシュザンヌは、いつまでも見とれていました。

「プビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョ……」




 共有きょうゆうがおわると、ソルはジュリの目をぬすんで、建物たてものの外にでました。光をうけてかがやかがみのような壁面へきめんが、彼の目にいたくささります。ゆるい、ダ円の花ダンまわりを、うろうろしていました。弾力性だんりょくせいのある擬似ぎじレンガに手をおき、かがんで、ツツジのしげみをのぞきこんだりしました。

 ツツジの花びらには、赤、白、ピンク、ストライプ、まだら、などがあり、かりこまれたえだ先端せんたんには、白いキッャップのツボミがついていました。もともと、ゴムのようにやわらかいえだ品種ひんしゅでしたが。

 かがんだままでいて、つかれてしまいました。クッションのきいた花ダンで一休み。

 立ち上がってまた、さいかいします。ねんのため、予想よそうより、かなりはなれたところまできて、やっと見つけました。

 ゴミかとおもったそれは、たしかに生きています。ソルが、はじめてのあたりにした生きもの。はねのからんだ小枝こえだの中で、ふるえるようにいきづいていました。チャコールグレーの小さいやつ。それも野生やせいの。

「これ、さわんのかよ」 

 はじめて、そのことに気づきました。でも、もう時間がありません、だいぶたっています。しかたなくかくごをきめて、りょう手をつっこみます。

 えだでスソがまくれ、むきだしのうでに、白いスジがつきました。永遠えいえんにとどかないことをねがいつつ、そっとのばしてゆきます。

 鳥はつかんでも、あばれませんでした。地肌じはだちかくふれるゆびはらは、あつく感じるほどです。目をパチパチさせ、クビだけで180度まわります。かれえだみたいな足が、モゾモゾもがいて、くうをつかもうと何度もまるまります。

 このまま、にぎりつぶすこともできると、ソルがかるく圧迫あっぱくをくわえると、やわらかくつまったモノが、反発はんぱつしてきました。命の白紙委任状はくしいにんじょうを手中におさめ、彼の陰嚢と肛門の間アリノトワタリに、微弱びじゃく電気でんきが走りました。

「うっわ、スゲッ」

「うっわ、スゲッ」

 背後はいごからの声に、彼はふり返ります。

 ジュリがとびのき。

「チョっ、こっち、むけないでよ!」

「……」

 人はあいてを全否定ぜんひていしたい時にかぎって、なぜ、ろくにコトバが出てこないんでしょうか?

「げぇー、すげぇー」

「うっわ、すげー」

「……」

「しらないんだ、こんなことして」

「……」

「いいと、おもってんの?」

「……」

「かってなこと、しちゃいけないんだよ」

「……」

 彼は歩きだしました。

「チょっ、どこ、もってってんの?」

 ふりかえって、

「リトリート」

 ――といいました。

 待息所リトリートとは、みなさんの学校にある、保健室ほけんしつみたいなところだと思って下さい。


(他サイトでも投稿しています。)

みなし児ヴィデオ・オレンジ 1 (目覚め 1 エリゼ)

スマホ640pix



      目覚め 1 エリゼ



 ざわめきが、イシキを形づくっている。朝。いやおうなく朝だ。彼は目覚めた。古い今日が過ぎ去り、もう新しい今日がきた。ま た一日が消化されるのをまっている。彼は今日を更新しかねて、目をつむったままでいた。この在り様を、どのタイミングで今日にのせるか、はかりかねてい た。結局あきたので、その体を起き上げることに「ソル」として、同意した。



 ゆっくりと、時間をかけてあくブラインドが、もう開ききっていました。おさえたトーンのささやきから、ざわめきへ。子らのおしゃべりと空調くうちょうに、しずかなペールギュントのしらべがまぎれています。

 子らがおきだしました。ベッドでねむっている子。長イスにねむっている子。ゆかに、じかにねむっている子もいました。ゆかは足が しずむほど、やわらかです。みんな、チュニックみたいな服を着ていました。ベルトのないスソ長で、あわい色の、色ちがいを着ています。それをスポンと、ア タマからかぶっています。

 とくに、ソファやユカでねむっている子には、かわったかっこうの子が、たくさんいました。黄色と黒のタオル地のつなぎに、つづれおりのシッポと、耳つきのフードをかぶった子。原色のセーラー服をきた、みじかいスカートの子。第三帝国軍だいさんていこくぐんふうふうの、カッチリとした制服せいふくに、制帽せいぼうと、赤い腕章わんしょうをつけた子。ギザギザのセビレと太いシッポで横むきになり、その口から顔の出た子。カイジュウの目が、チカチカ光っています。

 おはようのあいさつが、あちこちから、こだまします。みぢかな友だちにではなく、小さな黒い球体きゅうたいに、あいさつしています。フワフワ、みんなの体のまわりにうかんでいるそれは、おもてはツルっとしていて、ハニカム(ハチのす)のラインが入っています。一人につき一コずつ、子らのまわりにうかんでいます。それは電話でんわにもなり、ここにはいないだれかさんとも、おはなしできました。

 そのときのしゅんの ナカマとの、おしゃべりがはじまりました。みんなのおしゃべりの合間に、ソルは着がえます。うすくすける生地と、すけない水色の生地をあわせた上着。それ に白っぽいホットパンツと、インディゴ・ブルーのスリッポン。彼はあいさつがキライだったから、しなくていいようにしていました。



 ソルは休息きゅうそくルームのはしをとおって、ゲートへむかいます。ひかえめなヘヤの内装ないそうのなかで、ひときわ目だつカベの前に、さしかかりました。

 カベはぜんぶ、スクリーンになっています。今週のテーマは、海の世界でした。カべいちめんにピンクの海が、えがかれています。光のスペクトルみたいに、ゆらめく海藻かいそう。アコヤガイのおさらをはみ出した、にじ色のしんじゅ。ジェリービーンズのような七色の小魚と、海のけものたち。それらにまじって、空想くうそうの生きものもいました。クレヨンタッチの絵は、子らがテンプレとトレースをくしして、手をよごさず、空間くうかん素手すででえがかれました。

 ソルはつよく、せなかをたたかれました。

「かってに、一人でうろつきまわらないでね。まったく」

 ジュリでした。シッポのみじかい、そめた赤毛のポニーテール。ソルと色ちがいのジャケットをきています。ペール・オレンジにすけた生地きじと、テロテロのパウダー・ピンクの合わせ地。白っぽいホットパンツと、クリーム色のスリッポンをはいています。

「あんたが一人でいるってことは、こっちもジドーテキに、一人でいるってことになるの」

「わかる?」

「……」

 彼はカオナシの、モノと化しています。

「えー、わたし今すっごい、こどくキャラなんですけど!」

「ぽふっ」

 くぐもった音でおしゃべりがやみました。ろうかに引かれたセンターラインりょうがわの、みんなの視線しせんがあつまります。その視線しせん放射線ほうしゃせんせんのちゅうしんに、一人の男の子が立っていました。今日のピエロかヒーローか、みんなのねぶみが、彼にささります。

 みんなは彼に半分の自分を見る。ソルはそれいじょうに見る。だから彼は前だけ見て、そそくさ、足早にそこを立ちさります。彼のきらいなラベンダー(心をおちつける作用があります)のかおりがはなをつくのは、さけられませんでした。

 ろうかは、特殊表面加工とくしゅひょうめんかこうされていて、うわばきは、それへ、ほどよくグリップします。それでも、ころぶ子はいました。想定そうていされる0ではない事故確率じこかくりつと、最悪さいあく結果けっか。そのためのエア・バックがありました。ゲルシートのゆかは、のっぺりとしてこころなし、しめっています。その見えない切れ目から、しゅんじに、ふうせんがふくらみました。もっとも、かどの安全バイアスのせいで、結果誤作動けっかごさどうは、仕様いつものことでしたが。

 この建物たてものの中には、センサーが毛細血官もうさいけっかんみたいに、はりめぐらされています。それをいってにとりしきっているのが、黒い球体きゅうたい「カンオン」でした。それはにしてぜんぜんにしてとして、機能きのうしていました。カンオンとは、その総体そうたいのこともさしていました。

 ソルは、なだらかなカーブにさしかかります。りょうがわのカベのめんは、とてもやわらかくできていました。もし、ぶつかったとしても、体がスッポリかくしてしまうほどの弾力だんりょくで、うけとめてくれました。そのパターン認識にんしきでは、エアバックが開かないのをしっている子らが、よくぶつかりごっこであそんでいました。ゆるく設計せっけいされたカーブでは、走っても死角しかく発生はっせいしませんが、半透明はんとうめいのカべが、つねに先まわりの映像えいぞうをていきょうしていました。



 ソルたちの今いるところは「エリゼ」とよばれる、解放区かいほうくです。解放区かいほうくとは、みなさんの通う学校と、みんなですむ大きなお家を、たしたようなものです。よりせいかくには、建築物けんちくぶつではなく、その敷地しきちと、そこに立った構造群こうぞうぐんのことをさしていました。

 ソルがはじめてエリゼにきた日、それは彼にとって、気がとおくなるほど、はるか昔のことのように感じられました。「すぐ帰れる」と彼は、なぜか、ばくぜんと思っていました。その不可逆性ふかぎゃくせいに気づいたとき、自分が無限むげんに引きのばされる、細い糸になったような気分になりました。

 解放区かいほうくは、「子」の時間を保障ほしょうする、子らのトポスいばしょとして誕生たんじょうしました。「子」というとくべつな時間のために、それはありました。ここエリゼには、子らと、かぎられた大人しかいませんでした。




 ジュリが透明とうめいな、しきりゲートをとおって、まだ女子でうまりきっていない、前れつの席につきました。ゲートといっても、ゆかにデコボコのないバリアフリーの、アーチじょうのくぐり門でした。ルームきょうしつのかべは、こしほどの高さしかありません。半透明はんとうめいなカベにそれがかかっていました。

 ジュリは、とおまわりになるのに、わざわざソルの横をとおってすわりました。ソルを見ないよう、まっすぐ前をむいて。彼はそのいとに、きづきませんでした。さっきのそうどうの時にも、ジュリは一番前にいました。たいがい、イベントごとの前列ぜんれつは、女子でした。ハン(班)になる時いがいは、席じゅんは自由じゆうでした。

 ジュリは、ソルの「ソウルメイト」です。ソウルメイトとは、ハンのなかの異性同士いせいどうしの子が、かわりばんこで組むパートナーです。みなさんのいう友だちは「ナカマ」にあたり、親友は「ホントノナカマ」とよばれたりします。


 乳白色アイボリーでまとまった、六面の空間。あわく色ちがいのボールいす。いすの合間に、もうしわけていどの、まるみをおびた小さなテーブル。その上にうかぶ、やや大き目のカンオン。ここは、ルームとよばれています。ルームというのは略称りゃくしょうです。ただしくは、共有空間きょうゆうくうかんといいます。共有きょうゆうとは、みなさんが毎日うけている、授業じゅぎょうとおなじことを意味いみします。


 ざつだんにふける子らは、みんな手ぶらでした。フキダシのバルーンが、ルームの天井てんじょうまで、ギュウギュウにつまっていました。

「ガヤガヤガヤ……」

 大人がはいってきました。

「おはよおぉ」

「おはよう、シュザンヌ。」

 子らが、へんじをかえします。

「おはよおぉ、○○」

「あ、おはよおぉ、○○」

 前に出したりょう手をこきざみにふり、あいさつの後に、その子の名前をそえます。

 シュザンヌ(28)は、キャッチャーです。キャッチャーとは、みなさんの通う学校の、先生のつとめにあたります。児童じどうの方をさすことばは、ともだちの言い方とおなじ「ナカマ」とか、「一員いちいん」といいます。キャッチーもふくめ、いつもみんな、ファーストネームでよびあっていました。

 ルームのすみっこにはもう一人、べつの大人の人が立っていました。コーディネイターの彼女は、一般公募いっぱんこうぼからえらばれた、ミドル中年女性じょせいです。コーディネイターとよばれる彼女らの、その審査基準しんさきじゅんは、せけんのなぞでした。いつもきまったような人ばかりなる、と他の大人たちがいっているのを、ソルはきいたことがあります。子らに「よりそう」のが、その役目やくめだとか。じっさいは、子らとざつだんするていどで、これといったことは、とくになにもしていませんでした。よくわからない、あいまいな存在そんざいで、ソルだと、彼女の名前もしらなかったし、はなしたことさえありませんでした。

 シュザンヌは、一人一人とあいさつをかわし、おしゃべりをしてまわります。その足どりはいっけん、のたくってみえます。彼女は動作経済どうさけいざい最少単位さいしょうたんい、サーブロックにしるされた、地図の道じゅんにそって歩いています。各動作かくどうさ時間配分じかんはいぶんと、会話かいわメソッドなどがもりこまれたそのライン工程こうていを、一週間のワンセットでループしていました。

 カンオンが空中で、ガイドラインをうつしています。シュザンヌの正面からしか見えない「視野角しやかく0度」で照射しょうしゃされていました。あらゆる備考びこうと、アシスタンス情報じょうほうが、その道々にころがり、すべきことの優先順位ゆうせんじゅんいが、色わけされたブロックごとにうかんでいました。

 そのラインの先導者アイコンとして、彼女が設定せっていしたのは、懐中時計かいちゅうどけいをもったスーツすがたのウサギ、あわてんぼうのハンスでした。ちょっと、おっちょこちょいな彼がライン上を、とんだり、はねたり、うたったり。彼の軽率けいそつなしくじりが、彼女の心をおちつかせる作用さようをもたらすと、期待きたいされました。

 ときには、脳波のうは血圧けつあつ体温たいおんSpO2(血中酸素飽和度)などで、彼女の心をよみとり、いっしょに泣いてくれたりもしましたっけ。ハンスはキャッチャーとしての彼女を、つねにはげましつづける、心強い伴走者パートナーでした。


 ソルはこの朝の時間がきらいでした。あいさつじたいが、きらいでした。

「おはよおぉ、ソルゥ」

 子らと目せんを合わせるために、彼女はかならず、しゃがんでからしゃべります。そういうキマリでした。

「ソルは、あいさつしないのぉ」

 むねのあいた、ベビーピンクのフリルブラウスつきスーツ。ラメ入りフェイスパウダーで、目のまわりをキラキラさせ、耳にはペール・ピンクのワイヤレス・イヤホン。おかしみたいなグルマン系の、ヴァニラのかおりをただよわせています。

「オハヨ」

 たんぱつでかえすソル。

「おはよおぉ」

「……」

「……」

 しばらく間があきました。この世界の人たちは、沈黙ちんもくをひどくおそれますが、それに対してソルは、無頓着むとんちゃくというか無責任むせきんでした。

 キャッチャーは、キャッチャーどうしみんなで共有きょうゆうする、あるノートをもっています。ノートといっても、形がなく、だれのもち物でもありません。カンオンがまとめた情報じょうほうを、キャッチャーどうしのみ閲覧えつらんできる、秘公開ひこうかい個人情報こじんじょうほうでした。それをキャッチャーの前で、プライバシー角度の視野角しやかく0度でうつすのです。

 そのノートのなかの、ソルのフォントの色は、他の子と少しちがっていました。彼をふくめ、三分の二いじょうが、チャートに色わけされていました。

 キャッチャーにはノートがあり、サーブロックによるノウハウがあり、なにより全体をみはからう、カンオンのアシストがあります。コトバのつぎほに、こまることはありません。

「ソルの足には、ハネが生えてるのぉ?」

「……」

 かた足をひきかけ、やめました。彼は濃紺のうこんのフェイク・デニム地のクツをはいていました。その左右の外がわに白いはねが、FONDAのエンブレムみたいに、プリントされていました。

「自分でやったのぉ?」

 くびを横にふりました。

「ふぅーん」

 ほめられるのをさけるために、彼はウソをつきました。だって、クリックしただけですから。でも、ここでは「えらぶ」と「する」は、おなじことなんです。

「すっごい、センスいいねぇ」

「ねぇねぇこれ見て!」

 パッと、タイトスカートの足を上げます。ローズレッドのハートに矢がささり、一対いっついの白いはねが生えています。ふとももの内がわの、アンジェリークなピンポイント。でもなぜか、すぐに足をひっこめました。

「あ、はい」

「あ、はい」

「はい」

「はい」

「はい」

「はいっ」(語尾上がり)

 うってかわってシビアな声。なにやら、あわただしいシュザンヌ。

「……」

 むかんしんなソル。

 ちんもく。数秒間すうびょうかん放送事故ほうそうじこをへて。

「フフフ」

 シュザンヌはとつぜん、わらいだしました。

「?」

 びっくりするソル。

「もぉー、やめてよぉー、フフフフフ」

 彼女はやおら、おすように彼をこづいて、ほほえんでみせました。

「……」

 たましいが合理的ごうりてきにできている彼は、わらいませんでした。わらえばいいとおもうよ、ソル。

 おそらく状況じょうきょうからさっするに、コモンからのしじが、彼女のワイヤレス・イヤホンに、とんだものとおもわれます。

 コモンは別室べっしつにいて、いくつかのルームを、モニターチェックしています。登録とうろくされたキーワード、ポリティカル・コレクトネスでないコトバ、イレギュラーな挙動きょどうに、期間契約きかんけいやくソフトが、画面上の色と音で反応はんのうして、観察者かんさつしゃにしらせるのです。

 コモン、キャッチャー、コーディネイターの三位一体さんみいったいによって、責任せきにん所在しょざい負担ふたん分散ぶんさんさせる、大人のちえでした。

 さあ今から、たいくつな共有じゅぎょうの時間のはじまりです。


(他サイトでも投稿しています。)

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