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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2015年10月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 12 (夜の外出)

スマホ640pix



      夜の外出



 いつまでまってもホルスから、鳥がおくられて来る、けはいはありませんでした。ホルスにおくった、エリゼあての、着払ちゃくばらいいのもうしこみ。その送信そうしんから、もうだいぶたっていました。あいつ、バックレやがったな。ソルは日に日に、そのかくしんのどを、ましてゆきました。

「まぁ、現実げんじつってのは、だいたいこんなもん」「さいしょっから、しってましたけど?」とかなんとか、自分をなぐさめていました。彼はものごとに対し、つねに悲観的ひかんてきでした。それが心の保険ほけんだったわけですが、事前事後じぜんじごにかかわらず、それがほんとうに役立やくだったことは、一度もありませんでした。

 午前中のエリゼすまいかん休息きゅうそくルームは、人影ひとかけまばらです。夏休みに入り、子らのさわがしい声も、やんでいました。ソルは彼の一時所有物いちじしょゆうぶつである、ベッドにねころんでいました。カンオンあいてに、あいかわらず一人で、ブツブツいっていました。

「こんなんじゃないんだよ、こんなんじゃ」

「だから、ちがうって」

「いや、だかさらぁー」

 カンオンの照射映像しょうしゃえいぞうを、視野角0度プライベートモードでスクロールしています。彼は、鳥の飛行機ひこうきのオモチャをさがしていました。

 それは羽ばたき、もしくはオーニソプターといわれています。鳥やこん虫のように、バタバタと羽ばたいてとぶもので、人間にんげんが考えた、さいしょの飛行機ひこうきとおなじ形をしていました。ソルはおそらく、今までなんども無料放送むりょうほうそうされてきた、スタジオ・フグリの作品さくひん「天空の城ラビア」あたりから、見しったものと思われます。

 ソルのさがしているのは、ミニカンオンが組みこまれた、高価こうか自律無人機ドローンでなはく、もっと素朴そぼくなものでした。できれば鳥の形をしていて、ゴム動力とうりょく簡単かんたん構造こうぞうのもの。自律型じりつがたでなく個立型スタンドアローン。よそからの情報じょうほう掣肘ちょっかいされつづけ、姿勢制御しせいせいぎょするのではなく、はじめにほおったコマの回転力かいてんりょくだけで、みずからよって立つもの。孤立無援こりつむえんで足をひっぱられない、立たされずに立っていて、力つき、たおれてしまうもの。これは彼がそう思っていた、というより、ニュアンスの要約ようやくです。

 カタログは、どれもこれもドハデなカラーリングでした。しらない会社かいしゃのロゴやキャラクターが、うるさくおどっていて、しかもそちらの方が、おやすいときています。

「う~ん」

「この」

「なんだよ……」

 彼は完成品フィギュアをあきらめ、中古ちゅうこをあきらめ、組立くみたてモデルをあきらめました。どれもこれも「伝説でんせつ」とか「レジェンド」とか、もったいぶったカンムリとプレミアがついていて、大人おっさん独壇場どくだんじょうでした。

「なんだよ、このシキイの高さは」

「やらせる気ないだろ、アフォが」

 もうやめようとして、さいごの確認かくにんのため、さっきマークしておいた、本、雑誌ざっしのカテゴリーを開きました。

 かみ科学かがくマガジンで、ふろくに「羽ばたき鳥の組立くみたてキット」がついており、創刊号そうかんごうとありました。ふろくというより、そちらがメインのようです。かなり本格的ほんかくてきなもので、オークションにかけられていました。

 しらべてみるとつづきがなく、どうやら創刊号そうかんごうで、廃刊はいかんになったようでした。じょうたいは「わるい」とありました。裏表紙うらびょうしがやぶれ、天と地と小口(本を閉じた状態で露出している、ページ端の三方の部分)が黄ばみ、全体的ぜんたいてきにかすれていました。

 ソルは自分で組み立てる気など、まったくありませんでしたが、ねだんのやすさで、とりあえずカートに入れていました。その確定かくていボタンを、今おしました。

「ふぅー、時間かかったー」

 ただ、えらんだだけなのに、一仕事ひとしごとおえた気ぶんになりました。




 3時間後。

 ソルは無料むりょうの、配信動画はいしんどうがを見ていました。配信停止はいしんていしのがれのユーザーと、CM効果こうかだけのぞむメーカーの、規制きせい希望きぼうのせめぎ合いによる、コマギレ縮小画面しゅくしょうがめんのアニメを見ていました。

 民営化みんえいかされた前島逓信局まえじまていしんきょく から、バイト派遣はけんの人が配達はいたつにきました。顔出かおだしアゴなしジェットがたのヘルメットのまま、玄関エントランスゲートをくぐりぬけ、私服しふくの上に、おしきせのみどりのベストをきていました。ふたむかし前のみなりで、おじさんか、おばさんか、よくわからない人でした。

「えー、ホントにきちゃったよ」

「どうすんの、コレ?」

 ソルは手にしたものが、おもいのか、かるいのかさえ、はんだんつきかねました。そのまま、つつみのふうもあけず、ベッドの下のひき出しに、しまいました。




 夜半やはん

 みんなはねしずまっていましたが、ソルはおきていました。うすくらがりの中、目くばせすると、カンオンがやわらかく、てまえをピンポイントで、てらしました。よういしておいた圧縮あっしゅくぶくろを、手さぐりで見つけ、トイレでもいくようなそぶりで、ふいっとぬけだします。ろう下に出て、個室こしつしかないトイレに入りました。すそ長のチュニック風のパジャマを、あたまからぬぎました。

「ぷしっ」

 ふくろをあけ、外むきのふくに着がえます。パジャマをいれたふくろを、トイレだいにのり上がって、しきりの角上かどうえにおきました。

 ろう下に出ました。ここからは、だれにも会いたくありません。グリップのよすぎる、スリッポンのクツをぬぎ、手にもちます。よこくミラーとして、先回りの風景ふうけいをうつす半透明はんとうめいかべは、グレーになっていました。機能停止きのうていししているのではなく、ただのしょうエネです。教材きょうざいアプリを提供ていきょうしている、GUMONのペールブルーのロゴだけ、すみっこでともっていました。

 しずかな館内かんないにひびく機械音きかいおん空調くうちょうのコンプレッサーかなにかが、とつぜんやんだかと思うと、またうごきだしました。

 ソルはこんな夜おそくに、エリゼから外に出たことは、一どもありませんでした。玄関エントランスホールにちかづいたことさえ、なかったはずです。エリゼという、せまい世間せけんすらうといい彼は、他の子の冒険譚ぼうけんたんも、よくしりませんでした。さっき思いついて、カンオンで前例ぜんれいをしらべようとして、バカバカしくなってやめていました。

 気をぬかず、あかりを最低限さいていげんにしぼって、階段かいだんを下りていきます。低反発ていはんぱつ高反発こうはんぱつを組み合わしたゲルの階段かいだんは、くつ下だけだと、いたく感じます。先っぽのすべり止めをさけ、いっぽいっぽ、まん中に足をおいていきました。

 玄関エントランスホールにつきました。ここから先については、彼はまったく、無策むさくでした。しばらく逡巡ウロウロして、時間をムダにします。

 けっきょくわからないことは、やってみなければ、わからないのです。ソルは、おそるおそる、かた足をゲートにふみ入れていきます。自分のしていることを、意識いしきしないようにして。ゲートといっても、いかめしい機械類きかいるいなどなく、ゆかとマットとガラスのとびらだけでした。目やすの白いラインが、ガラスのとびらの前に、わざと大きく引かれているだけです。

 ガラスの内扉うちとびら外扉そととびらの間の天井てんじょうには、監視かんしカメラがつられていました。一目でデコイダミーとわかる、こっけいなサイズでした。中はスカスカ、もしくはカラッポと思われる、人の頭大あたまだいの半円のカンオンが、ボコッと天井てんじょうの中心から出ていました。映像えいぞうは24時間、防犯映像解析ぼうはんえいぞうかいせきされている、というふれこみですが、とうぜんそれは、個々ここのカンオンのことでした。

 玄関げんかんには、子の絵と低俗ていぞく標語ひょうご入りのステッカーが、ガラスとびらの内にも外にも、はられていました。

 足をいったん引きもどし、さっきはいたクツをまたぬぎました。それを手にし、ガラスとびらにむかってなげます。

「コフッ」

 はねかえった時の方が、ヒヤッとしました。マットレスにころがって、ラインの内がわで止まりました。

 ぐっと、みがまえます。

 力んだまま、いくらまっても、なにもおきませんでした。クツのもう片方かたほうを手にとり、こんどは、かるめになげます。

「ホフッ」

 力を入れ、なにかを、まちかまえます。

 が、なにもおきません。

 彼はさっきとおなじように、自分のしていることを意識いしきしないようにして、ソロソロ足を入れていきます。心の中では先まわりして、大音量だいおんりょうのブザーがなっていました。

 体をななめに、半身はんみでラインをこしていきます。まえ足を入れ、のこされた方のモモをもって引きぬきます。しせいをおこすとちゅう、鼻息はないきがガラスにかかりそうな気がしました。

 頭がカラッポのじょうたいで、なにを思ったか、ふと、足をマットにのせてしまいました。

「シュィ―ン」

 とびらが開きます。あわてて引っこめると、足がさっきとべつのポジションに! 反射的はんしゃてきに出したり、ひっこめたり。キョどって足をジタバタ。

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

ピーンと、ちょくりつポーズでかたまるソル。センサーのさかい目にいるせいか、とびらが止まりません。血のせ青ざめ、全身心臓ぜんしんしんぞうと化します。

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

「シュィ―ン」

 開いたり閉じたり。開いたり閉じたり。そのつど、寿命じゅみょうがちぢむ思いのソル。たまらず中にとびこみました。

 後ろのとびらが閉まり、止まりました。にげばのない、とじこめられた状態じょうたいになりました。二重扉にじゅうとびらの中の、かごの鳥です。しばらく身構みがまえたまま、ホールの先をのぞいたり、時々ふりかえったりしていました。

 ドタバタやらかしましたが、けっきょく、なにもおきませんでした。耳をすますと、かすかに外のさざめきが聞こえます。ソルの中で、あらためて時間がながれはじめました。

 天井てんじょうを見上げ、みせかけのカメラを、マジマジと見ます。それと不必要ふひつようなサイズのカンオンいがいは、思ったいじょうに、なにもありません。他にすることがないので、あっさり、もういいやと外扉そととびらのまえに立ちました。

 ガラスのとびらがあくと、ムッとした外気がいきみこまれ、無音むおんヘッドフォンを外した時みたいに、音が「わっ」と、とびこんできました。


無音むおん消音しょうおんヘッドフォン。外部の音に相殺そうさいするべつの音波おんぱをぶつけ、外耳道がいじどう(耳の穴)に人工静寂じんこうせいじゃくをつくりだす耳あて。自閉症じへいしょうスペクトラム、パニックしょうがい、極度きょくど過敏かびんによる嫌音症けんおんしょうなどの人たちの、生存権せいぞんけんをまもるための騒音遮断装置そうおんしゃだんそうち。その人が苦手にがてな音だけを、除去じょきょすることも可能かのうである。現在げんざい健常者けんじょうしゃ屋外おくがい使用しようは、禁止きんしされている。

 外見指定がいけんしてい外出用がいしゅつよう医療専用器いりょうようせんようきは、不人気ふにんきで使う人はまれである。ふつうのおしゃれなヘッドフォンでも、ソフトを違法いほうダウンロードしさえすれば、おなじ機能きのうをもたすことができ、でっかいサングラスとマスクと共に、メンヘラ御用達ごようたしアイテムとされる」 ――アンサイクロンペデイアより。


 まずは、げんかんロータリーの、小さな花時計はなどけい半周はんしゅうします。せまい前庭まえにわをとおり、境界きょうかいがわりの、ざわめくポプラなみ木をくぐりました。パーキングメーターにとまった車を、あみだクジのようにぬい、うす暗がりをぬけ表通おもてどおりに出ると、そこはもう明るい繁華街はんかがいでした。

 光とノイズの炸裂さくれつ。ミニ太陽たいようだらけで暗部あんぶがなく、反照はんしょうする月をもたない。体中の水分をふるわす騒音そうおん。それらがまち構成こうせいしている、おのおのに、共鳴振動きょうめいしんどうをおこしていました。

 ウインドウからもれる明かり。コンビニ、ファミレス、ファストフード、居酒屋いざかやチェーン。ファション紙のような、女の写真しゃしんをつかったパチンコ店。規制緩和きせいかんわで24時間営業えいぎょうになった、消費者金融しょうひしゃきんゆう。外には、自販機じはんきの横におかれた、ガチャガチャみたいな形の、ゲームつき自動契約機じどうけいやくき飲料いんりょうメーカーみたいに、他社同士たしゃどうしがあいのりしていました。

 行きかう車のLED。道路どうろに光でプリントされたキャラクターの絵と、本人にだけわかるメッセージ。こうこうと光る青白い街灯がいとう。それへ上からのしかかる、ライトアップされた巨大きょだい看板かんばん飲食物取扱店前いんしょくぶつとりあつかいてんまえの、バチバチとなるむらさき紫外線殺虫灯しがいせんさっちゅうとう

 暗くなったオフィスビルに、ながれる緑の数字すうじ英字えいじ、もうしわけていどのローカル自国文字じこくもじ。緑のフォントがれをなし、れつをみださず、窓面まどめんのRを回りこんでいきます。

 直線曲線ちょくせんきょくせんとわず、あらゆるめん余白スペースにうたれる、光の刻印こくいん

 自販機じはんき看板かんばん、タクシーの社名表示灯しゃめいひょうじとう、トラックのコンテナの4めん風切りエアデフレクター、バスのボディの5めん、店のレジスター、自由民じゆうみん依存民いぞんみんのための格安かくやす仮認証かりにんしょうカンオン……

 それらに表示ひょうじされたものは、たいはんがかぶった内容ないようでした。芸能げいのうスポーツニュース、コマーシャル、時刻じこく天気予想てんきよそう血液型けつえきがた星座占せいざうらないによる、明日の運勢うんせいなど。

 音楽おんがくも、たえまなくたれながれています。コマーシャルのリフレイン、セールのよび声、どなるような店員てんいんのあいさつ、保身ほしんのためのしつこいアナウンス、内外にアク充(アクチュアルな充実、リア充のこと)であることをアピールするための、なかまどうしの大声おおごえ笑声わらいごえ

 サイレンが、けたたましくひびきます。

「ハイ、道を開けてください」

緊急車両きんきゅうしゃりょうがとおります」

「道を開けてください、パトカーがとおります」

 おれいをいう、おしゃべりな機械きかいたち。自動じどうドア、自販機じはんき道端みちばたにおかれたゲーム駐車券発行機ちゅうしゃけんはっこうき、キーでロックを解除かいじょすると、車もえ声をはっし、自分の位置いちをしらせます。

 とおりを歩いてゆくと、二階にEECCの入った、テナントビルがありました。


「EECC、エスペラント会話教室かいわきょうしつ。Esperanto Educational Communication Communism エスペラント語の実践教育じっせんきょういくによって、地球上ちきゅうじょうの人々の意思疎通いしそつう相互理解そうごりかいを深め、繁栄はんえい平和へいわ社会共同体しゃかいきょうどうたい目指めざす。総合教育関連団体そうごうきょういくかんれんだんたい語学部門ごがくぶもん」 ――Wikkipediaから。


 一階にはドンキー・ホッティーが入っていて、バナナがらのパジャマをきた子が、ウロウロしています。べつのコーナーにいる親は、ジャージの上下、黒地にブディズムの、きんぬきサンスクリット。四天王してんのう紅蓮ぐれんほのお背負しょい、憤怒ふんど表情ひょうじょう邪鬼じゃき見つけています。それにぎんネックをあしらっていました。

 そのとなりには、薬局やっきょくスーパーのマツトモ・キヨシがあります。店の前のカードレールにこしかけ、休憩きゅうけいするメイドール。パーマネント・セブンティーンがをまるめ、スーパースリムのメンソールで一服いっぶくしていました。

 真夏まなつ真昼まひるより明るい店内てんないでは、コスロリファッションのが、一人でお買いもの中です。グレーのカゴの中には、グミチョコストロベリー、ミネラルウオーター、DeHCのボリュームマスカラ、つけま、生理用品せいりようひん、カラフルなゴム、黒いドクロのイカツイさいふ。手首てくびの内側には、ネコに引っかかれたあとがありました。

 ソルはもう、ターマ川のスーパー堤防ていぼうの上にいました。川のせせらぎを聞きながら、ナビは消し、しらべた近道ちかみちにそって、ホルスのいえのある方へ歩いていました。街灯がいとうもいらないくらい、街あかりがしていました。

「ジー……」

 クビキリギリスのなき声がします。ソルは虫のと気づかず、あげもののニオイをただよわす、食品しょくひんスーパーうらの、機械(変圧器)の音だと思っていました。企業きぎょうグラウンドの照明しょうめいが、とてもまぶしいので、早歩きでそこをすぎました。


(他サイトでも投稿しています。)

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みなし児ヴィデオ・オレンジ 11 (サン・ヤーボリの白い船)

スマホ640pix



      サン・ヤーボリの白い船



 美術館びじゅつかんからの帰り道、バスはなぜか行きとちがった、とおまわりのコースをたどりました。カンダタ川をへてスモウ川へ、そこからしばらく南へ下ると、ほのかにしおかおります。ソルはここらあたりにくると、いつもそわそわ、しはじめました。

 ごちゃついた市井しせいのすき間から、切通きりとおししのようにかいま見える、ぼやけた白いやり帆先ほさき。あけられないまどは、網戸スクリーンドアごしみたいに、しゃのボカシがかかっています。かえりぎわに一時ひとときだけ見下ろせる、船溜ふなだまりのひかりかげ 。海へとける、かすれた桟橋さんばしのライン。カーブの終わりに首をのこしながら、やっと見つけたけた海。

 その朦朧もうろうとした静謐せいひつな絵は、さしずめ、南欧なんおうのヴィルヘルム・ハンマースホイ(デンマークの画家)といったところでしょうか。

 夏休み前、さいごの週末しゅうまつ。鳥のことはすっかりわすれたのか、ソルは今、とぼしい記憶きおくとカンオンをたよりに、その風景ふうけいへむかうさいちゅうでした。

 そこの名前も、区画ブロック番号ばんごうも、彼はりませんでした。はっきりしているのは、美術館びじゅつかんちかくのみどりの池を起点きてんに、南西にあるということだけです。マップ上の道をスクロールでたどり、思いつくかぎりのキーワードで、情報じょうほうをしぼりこむと「サン・ヤーボリ・ポート」とでました。白いふねでうまった画像がぞうを見たソルは、どうやらそれっぽいぞ、と思いました。

 てぢかなトーキン・メトロからのりこみ、カンオンにみちびかれるまま、電車でんしゃをのりかえてゆきます。目的地もくてきちもよりのアシャークシャえきにつくと、エスカレーターで地上に出ました。

 しめきったバスの中よりも、いっそうこくいそのかニオイがします。巨大きょだいなビルが、恐怖心きょうふしんをあおるように、彼にのしかかってきました。

 歩きだすと、ゆく手をとおせんぼするように、ビルが立ちはだかりました。大小さまざまな形のビルぐんのかべが、ダラダラとつづきます。歩いても歩いても、水辺みずべ開放域かいほういきにぬけられません。ナビ上では、となり合わせなのに、歩けば歩くほど、とおざかってゆくようでした。えんえん、カンオンに、回りこみをさせられます。

 やっと、切れ目から明るい光がさすと、潮風しおかぜが「どっと」ながれこんできました。

 半透明はんとうめいなフェンスが、左右見とおすかぎり、高くはられています。ちょうど真正面ましょうめんに立つと、透明とうめいにかわりました。テニスラケットのガットのような、見た目と感触かんしょく。わしづかみして、顔をななめによせ、かた目のぶんだけあなにあわせました。

 ぼんやり、むすうの白いヨットが、かさなって見えます。目の焦点しょうてんが合うと、ふねはあきらかに、ちかづきすぎていました。あらしにそなえるための時化しけつなぎのようですが、ちょっとでも風がふいたら、ぶつかりそう。不均整ふきんせいなクモのが、港内こうないをビッシリ、はりめぐらしていました。

 まばゆい純白じゅんぱく船体せんたいが、一つ一つ微妙びみょうにゆれています。もっとよく目をこらすと、ふねはキズだらけでした。切れ切れのふね波間なみまに、水面みなもきらき、あたりはしんとしていました。人影ひとかげはなく、閑散かんさんとしていて、みなとごと閉鎖へいさされているようでした。

 サン・ヤーボリはふねのたまり場でした。つかわれなくなったふね故障こしょうしたふね、船検(車検みたいなもの)の切れたふねなどが、まとめておかれていました。

 その中のほとんどが、ヨットの形をした浚渫船しゅんせつせんでした。環境かんきょうモニュメントとして運航うんこうされている一部をのぞき、河川浄化かせんじょうか役目やくめを終えたふねが、それぞれの接岸施設せつがんしせつ係留けいりゅうされていました。それらのほとんどは、放置ほうちされたままでした。乱立らんりつするビルぐんの中で、ここだけぽっかりあいた、都会とかい真空しんくうのようでした。

 フェンスぎわを歩くソル。はしからはしまで歩いても、防波堤ぼうはていから下りられそうなところはありません。クララン・ポート・オーソリティ港務局の、管理施設かんりしせつ入口へのスロープも、チェーンで封鎖ふうさされていました。

 ソルはもう一度、フェンスに顔をおしつけ、みなと景色けしきをながめいります。さしむかいにならんだふねが、おたがい反対にふくらんでいます。硬質こうしつなカーブをえがくかざは、船体ハルとおなじ素材そざいで出来ていました。には「CCR」のデザインロゴと、マスコットのクラドンがえがかれていました。


――クラドンとは、クラランの河川かせんなどに、ときおり遡上そじょうしてくるりゅうのことです。近年きんねん、川の浄化完了じょうかかんりょうと共に、なぜかめっきり、その姿すがたを見かけなくなりました。そのすがたが発見はっけんされるたび、子らとメディアを中心に、フィーバーをまきおこしました。

 クラドンには、民間みんかん応援団体おうえんだんたいが、おもに三つありました。はじめは「クラちゃんを守る会」だけでしたが、公認非公認こうにんひこうにんをめぐるあらそい、あつめられた年会費ねんかいひ使途不明問題しとふめいもんだいなどで分裂ぶんれつし「クラちゃんを見守る会」「くらちゃん・ふぁんくらぶ」へと、枝分えだわかれしていきました。

 ついさいきん、大手のカートゥーンコンテンツ会社がいしゃが「クラドン」「くらちゃん」の名前とキャラクターを、かってに意匠登録いしょうとうろくしてしまう事件じけん? がおきました。今回の件をうけ、にわかに三団体さんだんたい結束けっそく、いっせいに抗議こうぎをはじめました。それへ一般市民いっぱんしみんもくわわって、その会社かいしゃに対する、不買運動ふばいうんどうへと発展はってんしました。社会的しゃかいてき非難ひなんをうけた会社側かいしゃがわは、すぐさま申請しんせい撤回てっかいことなきをえる、というゴタゴタが、あったばかりでした――。


 人気ひとけのない港内こうないを、気ままにとびかう野鳥やちょうたち。カワウ、ハクセキレイ、アオサギ、ハシブトガラス、オオバン、イソシギにまじって、ユリカモメ、セグロカモメ、アジサシなどがいます。種類しゅるいはさほど多くありませんが、ちょっとした鳥の楽園ユートピアになっていました。よく見るとみなとは、あちこち鳥のフンだらけでした。特殊加工とくしゅかこうされたヨットの表面ひょうめんにも、前回の雨からのフンがたまっていました。

 透明度とうめいどの高い、この川のどこに、エサとなる小魚や、虫がいるのでしょう? 川のまん中には、中洲なかすがありますが、自然しぜんにできたものか、人工じんこうのものか、よくわかりませんでした。アシにおおわれた小島こじまにはヤナギが生え、こずえにはがかかっていました。アオサギ、カワウなどが、営巣期えいそうきにコロニーをつくったのでしょう。

 のっぺりとつづくフェンス。その一部が細長く切られ、ドアになっているのに、ソルは気づきました。横に引くかんぬきにチェーンがまかれ、錠前じょうまえがガッチリかかっていました。これは見るからに、手でしかあきません。

 キョロキョロするソル。あたりに人の気配けはいはありません。彼はもう一度、管理かんりセンターの方へひきかえしました。

 結界けっかいのコーン・チェーンをまたぎ、スロープを下り、玄関口げんかんぐちに立ちます。暗いロビーのおくをのぞくと、赤いランプと、緑の非常口ひじょうぐちが見えました。いったん下がって、建物たてものの全体に目を走らせます。りょうわきにっぱのない、ヒョロリとした、かれたような木がわっていていました。見上げると、最上階さいじょうかいから三階までの、非常階段ひじょうかいだんが見えました。

 彼は呻吟しんぎんします。なぜか、せっぱつまっていました。どういうわけか、彼は行動こうどうを先おくりすることに、罪悪感ざいあくかんを感じていました。たとえそれが、どんなに規範きはん逸脱いつだつした、手段しゅだんであったとしてもです。

 とうとうたえかねて、彼はフェンスに手をかけました。足先が入るかどうか、確認かくにんしています。つま先半分で、いっぱい、いっぱいでした。てっぺんまで5メートルくらい、といったところでしょうか。子の目には、もっとずっと高く、見えていることでしょう。をけっし、ソルは、のぼりはじめました。

 やく2メートル。このくらいは、よゆうよゆう。さて、ここから、しんちょうになります。やく3メートル。ここで決断けつだんしなければなりません。このまま頂上ちょうじょうをめざすか、それとも、あきらめて後退こうたいするか。まよっていると、とちゅうで力つきるおそれがあります。

 こういうときカンオン、はなんやくにもたちません。手をそえられず、ただ情報じょうほうなぶるだけの、空中にうかんだ神経しんけいのコブにすぎません。あくまで、透明とうめいつえでしかないのです。

 足がガクガクしてきました。つま先はいたいし、こわばった指はつめたいし。とまっている方がつかれる気がして、彼はまた、のぼりはじめました。

 やく4メートル。つかんだり、はなしたりしているうち、指の感覚かんかくがなくなってきました。ここから一番上いちばんうえまで「もうムリっぽい」と、うっかり下を見てしまいました。

 下半身の力が「ヒュッ」と、ぬけ落ち、間髪かんぱつ入れず力をこめなおしました。

 なつかしき地面じれん。なぜ、あそこじゃなく、ここにいるのか? ここじゃなくってもいいのに、どこだっていいはずなのに、なんでわざわざ、こんなところにいるのか? 自分で来ておいて、理不尽りふじんでしかたありません。

 止まっていても風だけで、ユラユラゆれている気がします。フェンス全面ぜんめん波打なみうち、ゆるい根本ねもとから、たおれてしまいそう。

「なんでもっと、ちゃんと作らないんだよ」

「ばかばか、死ねよ、ばぁーか」

 ぬすっとたけだけしく、なにかに八つ当たりしました。

 とにかく、上にいけば休めます。とうめん、力つきての墜落ついらくはまぬがれます。一歩一歩いっぽいっぽ歩幅ほはばをさらにせばめ、かくじつに、ちゃくじつに、のぼってゆきます。

 かた手がてっぺんをつかみ、さらに、もうかた方。りょう手でグンと、体を持ち上げ、おなかをせました。またがって、ふせたままの姿勢をいじします。フェンスを両面りょうめんわしづかみにして、ほほをてっぺんの横柱よこばしらせました。

 ぶわぁー、と耳に風があたるたび、ゆらぐてっぺん。むしろ、頂上ちょうじょうの方がゆれるのです。上へつきさえすれば、一息ひといきつけると思っていたのに、ちっとも安心あんしんできません。顔のむきを変えて、風を大人しくさせます。体がめた分だけ、不安ふあんがつのりました。

 ゆれる地面じめん本来ほんらいそれは、不動ふどうなはず。自分がバランスをとっていなければ、フェンスがたおれてしまいそうな、へんな錯覚さっかくにとらわれます。むかい合わせのつま先と、にぎりしめたむね、かたまったまま、しばらくじっとしていました。

 しばらく休むと、不安ふあんをおしのけ上体をおこしました。

 いきづまるほどむねをそらすと、広がる青いドーム。へこんでいるのか、ふくらんでいるのか、わからない蒼穹そうきゅうそこなしの青さ。その深淵しんえんめがけ、さかさに落ちていきそう。

 白い雲は、異次元いじげん要塞ようさい。目をこらせば、千々ちぢにちぎれ消えうせる。全体では決壊けっかいしない水のダムは、形をたもったまま、東へと移動いどうしていきます。

 白線はくせんを引かず運航うんこうする、白抜しろぬきの小骨こぼね。ドームの塗装とそうがす、とんびかげ。その黒だけは、みょうにちかい。

 巨大なものはおそろしく、人を没落ぼつらくさせる。目をたいらに落とすと、街灯がいとうれつ。一本につき一羽づつのカラス。あたまの上ではねを休める、黒い足。

 今どきの子のソルは、やおらカンオンで、ショートゲームをはじめました。このタイミングで、最高得点さいこうとくてんをねらえそうになったので、やめました。ねっちゅうしすぎて落っこちたら、バカみたいですからね。うつぶせになって、また休憩きゅうけいに入りました。

 おりかえしの下りは、あっという間。しんちょうをきしたはずなのに、まったく、おぼえていませんでした。

 立っていることになれぬまま、目の前にもう、階段かいだんがありました。さいわい、茶黒ちゃぐろくさびた手すりがついていました。せまいコンクリートのだんは、垂直すいちょくに落ちるような急勾配きゅうでこうばい一段一段いちだんいちだん、ひざをカクカクさせながら下りていきました。

 桟橋さんばしはフンだらけでした。よけようがないので、しかたなく、ふんづけていきます。係船柱けいせんちゅう、もやいづな、アンカー、帆綱ほづな策具さくぐ、ドラム缶などにも、白いフンがつもりかたまっていました。

 ギチギチで止められたふね助走じょそうをつけなくても、となりへびうつれそう。山もりのロープの下からのぞく、いたを目ざとく見つけ、ひっぱり出しました。日にさらされたいたの先っぽを、プルプルせながら舷側げんそくにかけます。ゴムのようにしならせ、のぼっていきました。

 デッキに上がってあらためて見まわすと、壮観そうかんですが単調たんちょう景色けしきに、ちょっとがっかりしました。白い船体せんたいに、企業名きぎょうめいのロゴやマーク、マスコットなどの塗装ラッピングがはられたもの。カートゥーンのキャラクターでいっぱいの痛船いたぶね。そしてなによりも醜悪しゅうあくな、絶対善ぜったいぜん啓蒙スローガンをかかげたふね

 いちおう助走じょそうをつけて、つぎのふねへジャンプ。体操たいそうマットが、ズレル感じで着地ちゃくち。ガチャガチャうるさいメッセージの林を、さまようソル。

 そこだけ陥没かんぼつしたような、景色けしきが目にとまります。無地むじ一艘いっそうが、白く光っていました。

 ちかよって確認かくにんします。キズはありましたが、まっさらでした。どうしてこれだけ、なにも書かれていないのでしょうか。おそらく完成間近かんせいまぢかに、河川浄化かせんじょうか終了しゅうりょうし、その存在理由そんざいりゆうくしたものと思われます。

「いいね、これ」

「あ、保存ほぞんね」

 カンオンを見ずいいました。

「これってもしかして、あけられない?」

 なんの気なしに、いいました。

「シュッ、コン」

 ビンのフタを、あけたような音。

「え、マジで?」

「おいおい、あいたよ(笑)」

 ロックのはずれたドアのすきまから、そーっと、中をうかがいます。カラッポの細長い空間が、見えただけでした。ドアノブの位置いちには大きいレバーがあり、四角よすみにも小さいレバーが四つありました。とりあえず、大きなレバーを引くと、全開ぜんかいしました。びっくりするくらいカンタン。

「あーあ、あいちゃったよ」

「オレ、しらねぇー」

 簡素かんそ船橋ブリッジに、ぽつんと小さなかじがありました。ゆかにビスで止めたはしらに、もうしわけていどの舵輪だりんと、それに、とってつけたみたいなフェンダーミラーがたの、モニター画面がめん。後ろのかべと一体になっている、ベンチシートなどがありました。もともと乗船用じょうせんようではないので、ひどく殺風景さっぷうけいでした。ゆかに四角しかくく切れこみが入ってます。カンオンでは開かず、手動アナログでしか開かないようです。とくべつな道具どうぐでもいるのか、ゆびが入らないので、あきらめました。

 ほかに、とくに見るものはないようです。小さなモニター回りで、いじれそうな突起類とっきるいはなく、なぜか表面ひょうめんに、うっすらホコリがつもっていました。

「手もちブタさだなー」

 りょう手を頭にまわして、

「エンジンでも、かけてみてよ」

 なんとなしに、つぶやきました。

「カッツン、シュルシュルシュルシュル……

「わ、やばいって」

「とめろよ!」

「はやく止めろ!」

「シュウウゥゥゥーン」

 しずまりました。

「あっぶねぇ、あせったー」

 モニターはまっ黒ですが、赤と緑のランプだけ、点滅てんめつしています。

「なんだよ、まだ生きてんじゃん!」

「はよ、けせけせ」

 なかなか、きえてくれません。おわりの処理しょりをするのに、時間がかかっています。

 チカチカがやみました。ソルは不安ふあんになってきました。ここにいるの、やばくない?

 いちおうカンオンをプライベート・モードにしてはいましたが、まじないていどです。あわてふためく中、ふと、あるアイディアが うかびました。それは、だいたんなものでしたが、おもいでのラクガキのノリで、カンオンに、たのみました。どうせ、うまくいきっこないし、いかない方がい いくらいでした。

 ふねを出ると、あわただしくドアをしめます。

「シュッ、カツツッン」

 ドアがロックされました。

「やばい、やばい」

 いきをはずませ、ふねからふねへ、とびこえてゆきます。いたをガタガタさせ、桟橋さんばしり立ちました。走り出してすぐ引きかえし、いたをもとあったロープの下に、力ずくでつっこみました。

「やばい、やばい」

「ギシギシ」板敷いたじきをハデにならし「チャップンチャップン」なみを立てて、桟橋さんばしを後にしました。

 問題もんだいはあのフェンスでした。選択せんたくのよちなく、とびっつくと、ガシャガシャ、いっきにかけ上がります。おなじ距離きょりでも二度目の道は、みじかく感じるものです。来るときとちがって、三分の一ほどの時間と労力ろうりょくしか、感じませんでした。

 階段かいだんを上がって上の道にもどると、バクバクキョドリながら、顔をまっすぐ前をむけて、はや歩きで立ちさりました。


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