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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2015年11月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 14 (進展?)

スマホ640pix



      進展(?)



 こんなシチメンドクサイことする気は、サラサラなかったのですが、先日のはらいせ(?) まぎれにソルは、羽ばたきをつくりはじめていました。

 ちょっとがっかりというか、きみょうだったのは、紙箱かみばこのパッケージに、鳥とも飛行機ひこうきともつかぬ黒いものが、えがかれていたことでした。

 箱絵はこええがかれた、正体オリジナル不明ふめい鳥飛行機とりひこうき。青空のバックふであとあらい白い雲。画面中央がめんちゅうおうを、不当ふとうにしめる黒い物体ぶったい。アンバランスな左右のつばさ

 一般的いっぱんてきにいって、遠近法パースのかかる飛行機ひこうき画像がぞうは、手前てまえよりおくつばさの方が、大きく見えがちです。でもこの絵は、見るからに奥側おくがわがみじかい。手前のよくとはちがうパーツのように、暗色あんしょくで引きつり、ちぢみ上がっています。

 はるか下方にひろがる緑野りょくやんで、手をかざし見やる、黄色いキャップの学童がくどう。その彼のかおは、だいだい色の平面へいめんにつぶれていました。

 絵柄えがらはライトな二流にりゅう小松崎茂風こまつざきしげるふうタッチで、すでに発売時点はつばいじてんにおいて、なんちゃってレトロフューチャーでした。――SFほど「なつかしさ」を想起そうきさせるモノはありません。その作品さくひん世界観せかいかんは、描写びょうしゃされた各時代かくじだいの、最先端技術さいせんたんぎじゅつのデフォルメだからです。感性かんせいとは、おくれた技術ぎじゅつへの感傷かんしょうのことです。ゆえに、ノスタルジーの作家さっかブラッドベリは、究極きゅうきょくのSF作家さっかなのです。もし本当の未来を記述きじゅつする作家さっかがあらわれたら、彼はナンセンスと無視むしされるでしょう。

 つくりはじめると、なんだか人がよく、ちかよってきました。かれは用心ようじんしつつも、ちょっぴり、うれしくなりました。彼が一ばんびっくりしたのは「わざとやってる」と言われたことでした。まさに青天せいてんのヘキレキ。あまりに以外いがいだったので、ハラを立てるのをわすれました。むしろ、こんな小さな高みから、社会しゃかいをしる機会きかいをえたことを、自分に警戒けいかいしながら感謝かんしゃしていました。こういう学習がくしゅうをつみ重ねていけば、いつか自分も、人なみになれるかも? という、あわい期待きたいをもちました。

「なんか、やってる」

 ジュリがヘイタンな目で、ソルの横に立っていました。

 まわりがガヤガヤして、なんかうるさくてイヤだなと思っていたら、今日は夏休みの一時顔見いちじかおみせ、中間共有日ちゅうかんきょうゆうびでした。しらぬ間にみんながそろい、母親ははおやのところにいたジュリも、エリゼにかえっていました。毎年毎年まいとしまいとしのことですが、いつも彼は、わすれてしまうのでした。来年らいねんもきっと、わすれていることでしょう。

「さいきんやけに、おとなしいそうね」

「今までカゲで、な~んかコソコソ、やってたみたいですけど」

「……」

「おなじハン(班)なんだから、あんまり他の人に、メーワクかけないでよね」

「……」

「きいてんの?」

「おとなしいだろ?」

「……」

 こんどはジュリが、だまってしまいました。

 しばらくだまっていると、ジュリはおこったそぶりで、どこかへいってしまいました。



 ソルはキットと、格闘かくとうしていました。「ああ、メンドクサ」「こんなのやっぱムリだわ」「べつに今やるひつよう、なくね?」彼は心の中で、なんどもぼやいていました。手作業てさぎょう経験けいけんがないので、じぶんが道具どうぐ不自由ふじゆうしていることも、気づけませんでした。

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

 手紙てがみちゅうをとびかい、ヒラヒラ、白いハネが落ちては消えます。自分にはめったにこないから、ソルは他人ひとのだとめこみ、むしして作業さぎょうをつづけていました。

 しつこくりやまない音声おんせいと、ふりそそぎつづけるハネ。キャラクターアイコンなし、BGMなしのデフォルト構成こうせいに、自分のだと気づきました。かくにんすると、ホルスからでした。

「ふぁー!」

「なんだよ、今ごろ?」

 そのないようは、れいの鳥がなくなったことをしらせる、メールでした。

「いや、だからなに?」

「だから、なんなんだよ?」

 しばらく一点を見つめて。

「しらんわ!」

 ベッドの上ですわったままジャンプして、さけびました。

「なんだよ、今さら」

「なんなんだよ、まったく」

「今さらあいつは、ブツブツ…………」

「あっ」

 重大じゅうだいなことに、今気づきました。わすれていたのです。メールの通知つうちをOFFってたのを。タイムスケジュールで起動きどうしたそれは、一月ちかく前のメールだったのです。

「ヤバイ!」

「あ~」

「そういう、ことかよ」

 彼は「後でしらせる」の時間幅じかんはば の目もりを、最長さいちょうに合わせていたのでした。

「もぉー」

「もぉー」

「がっかりだよ」

「えー、どうすんだよ、これ……」

 じつはソルのかんちがいは、これ一つきりで、すまなかったのですが。



 メールが来ていたのは、鳥を見つけた日から、半月ほどたった後でした。ソルはなやんだすえ、とりあえず、ホルスのうちにいくことにしました。どのみちホルスは、すぐにおりかえしの返事リプライをせず、鳥をなくならせてしまったのですから。

 玄関エントランスホールに下りていくと、ジュリがいました。

「また、どっかいく気ぃ」

「もう、あんまりメーワクかけないでよね、他人ひとに」

「はぁ、もうソウルメイトじゃないだろ」

「おなじハンでしょ」

「おなじだから、なに?」

「わたしはハンの、れぇぷれぜんてぇてぃぶなのよ」

「れ、れ、なに?」

「わたしには、代表だいひょうされるものとしての、責任せきにんがあるの」

「なにかってに、されてんだよ。わからんコトバつかってるじてんで、ねーよ」

 まったく浸透しんとうしていませんでしたがRepresentativeとは、リーダーのことです。ただリーダーというより、ナカマウチの代表だいひょうといったニュアンスが強いようです。ふだんめったにつかわれない、さいきん作られた役割概念かいきゅうがいねんでした。この手の新しいコトバは、つぎからつぎへと導入どうにゅうされましたが、気がついたら、ほとんどがアワのように消えていました。おそらく、彼女はソルのしらぬ間に、キャッチャー(教師)から任命にんめいされたものと思われます。

「で、そのナンチャラナンチャラが、どうしたの?」

「かってに動きまわると、みんながメーワクするっていってるの。わかんないの?」

 大げさに、ためいきをつくしぐさで、こたえるジュリ。

「ホントに、単独行動たんどくこうどうがすきねぇー」

「ほんとうにメーワクだと思ってるヤツ、今すぐ、につれてこいよ」

 イラつき、人さしゆびでゆかをすソル。

「はぁ~い、ここにいまぁーす」

 げんきよく、手をあげるジュリ。

「他には?」

 あたりを見まわす、ふりをするソル。

「けっきょく、なにがめいわくなの?」

 もうめんどうくさいので、だまっていってしまおうかと、そろそろ思いはじめていました。でもなんとなく彼は、ふみとどまっていました。

「どんっ」

 くぐもった音が、彼の内部ないぶからきました。つぎの瞬間しゅんかんは、エアバックの上。もうろうとした意識いしきで、記憶きおく欠落ブランクをうめ合わせようとします。

 理性りせいともつかぬものが、背後はいごからの衝突しょうとつ断定だんていし、のっそりと体のむきをかえました。

 見上げると、ニコライがニヤニヤしながら、つっ立っていました。ソルのきらいなラベンダーが、はなの内にしみこんできます。

「――てめぇ!」

 今すぐ、とびかかりたいソル。しぼみかけのエアバックに体をとられ、立ち上がろうと、もがきます。

 ニヤつき顔で、しばし、それを観察かんさつするニコライ。ソルの体勢たいせいがととのいかけると、せなかをむけ走りだしました。

 センターラインをまたぎ、右側通行みぎがわつうこう逆走ぎゃくそうするニコライ。けっこうなスピードです。おくれをとったソルも、立ち上がり、追撃ついげき開始かいし

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」

「キケンだよ、ゆっくり歩こうね」

「おともだちが、めいわくしているよ」

「おともだちが、めいわくしているよ」

「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」

「ゆずり合いの心で、ルールをまもって、みんなでなかよく歩こうね」

 カンオンが音声おんせい矢印やじるし注意ちゅういをうながし、子らに避難誘導ひなんゆうどうします。ピンク色に紅潮こうちょうしたかべゆかが、小刻こきざみみにふるえ、おなじメッセージと避難ひなんエリアを表示ひょうじしていました。

「チヤチャン」

「チヤチャン」

緊急危険速報きんきゅうきけんそくほうです」

「つよい衝突しょうとつに、警戒けいかいしてください」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「チヤチャン」

「チヤチャン」

緊急危険速報きんきゅうきけんそくほうです」

「つよい衝突しょうとつに、警戒けいかいしてください」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

「これは訓練くんれんでは、ありません」

 不気味ぶきみ諧調かいちょうのチャイム音、成人男性せいじんだんせいの声が、むやみに子らを刺激しげきさせぬよう、おちついた口調くちょうでかたりかけます。

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 無人むじんをゆくみたいに、センターラインを交互こうごにまたぎ、走りぬける二人。緊急車両きんきゅうしゃりょう通過時つうかじに、交差点こうさてんから間をおき停止ていしする車のように、子らが行儀ぎょうぎよく、はじに退避たいひしていました。

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 走りながら、なんどもふりかえる、ニコライ。そのたび見せつけられる、あのニヤつき顔。さっきから、ほとんどソルを見っぱなしです。

 とつぜんソルのうでが、グングン、のびてゆきます。ニコライを射程しゃていにとらえると、巨大きょだいなハンマーになったコブシで、ブンなぐりました。ホルスのあたまかべにつきささって、かべから足が生えています。ケムリがモウモウとあたりをつつみ、パラパラとコンクリの破片はへんが落ちてきました。ソルのあたまの中では……

「ドタドタドタ……」

「ドタドタドタ……」

 こっちを見っぱなしのホルス。「あいつ、前見ろよ」と思ってたやさきでした。

「よけろ!」

 さけぶソル。前方ろう下のまん中で、立ちすくんでる女子が!

 空中に射出しゃしつされたエアバックをはさみ、反動はんどうでたおれゆく二人。先にまちかまえる、特大とくだいエアバック二つ。そのせつな、ソルによぎったのは「おれのせいになるな、これ」でした。




 ことのてんまつ。

 二人にたいしたケガはありませんでした。カンオンとかべは、注意喚起ちゅういかんきをおこたらず、衝突しょうとつをやわらげるための三つのエアバックは、りっぱに開きました。射出しゃしゅつされたもの一つと、下でうけ止めたもの二つ、ともに正常せいじょうにはたらきました。

 被害少女ひがいしょうじょは、ふいをつかれたのではなく、立ちすくみりきんでいました。彼女は体の病院びょういんへはこばれた後、すみやかに、心の病院びょういんへと引きわたされました。PTSDという診断名しんだんめいがつきました。

 多角的たかくてき映像音声記録えいぞうおんせいきろくがあることは、今や空気あたりまえでした。しかし、ある現象げんしょう記録物アーカイブがあることと、それを解釈かいしゃく価値かちづけることは、べつなのです。証拠しょうこ公正こうせいさは、ツンデレ以下の関係だからです。

 ニコライの方はしりませんが、ソルには、加害性かがいせいの心のやまい行為障こういしょうがい」という診断名しんだんめいが下りました。これから長期ちょうきにわたって、彼は心のケアを、うけなければなりません。おまけに共有要項ミンナノキマリにもとづき、毎日しばらくの間、日記(反省文)を書く権利(義務)あたえられました。週末しゅうまつには、自主(強制)的なボランティア(徴集)にも、コミットメント(従属)しなければなりません。今はセカンド・バイオレンスでだめですが、おちついたら、ぶつかった(?) 少女にも、あやまりにいかなければなりませんでした。

 エリゼを管轄下かんかつかにおく、これらのルールをさだめジャッジするもの。そのドーナツの中心ちゅうしんの、市民代表しみんだいひょうを「カンオンを見るものら」といいました。「カンオンを監視かんしするものら」ではありません。それより上位(?) にあるものは「カンオンと、ともにあるものら」といいます。

 未発達行動みはったつこうどうをおこなった子にたいし、カンオンがあたえた発達権利(使役義務)を、「カンオンを見るものら」は、広義こうぎの共有(授業)と見なします(あくまで見るのが建て前です)。それらはカンオンにしたがい、人にしかできないこまやかな援助(管理)を、当該とうがいする子らに提供(指導)しました。

 それらは一員未満いちいんみまん状態じょうたいしにある、特定とくていの子の保留期間モラトリアムを「少年のためのwill」とよび、巣ののヒナドリのアイコンであらわしました。また特定とくていの子らを支援しえんする団体名だんたいめいも「少年のためのwill」であり、そのアイコンには、カッコウがえらばれていました。

 くだくだしく言ってきましたが、ようするに、うすめてのばした社会しゃかい制裁せいさい復讐ふくしゅうです。もっとていねいに言えば、だれも手をよごさないソフト懲罰ちょうばつです。

 ちなみに、もとからあった彼の方のうすい個性(発達障がいの境界域の境界域)は、なんの考慮こうりょもされませんでした。

 今からまちうけているものに、ソルは目の前がまっ暗になりました。彼は「さっさと、ホルスんにいっとけばよかった」「おとなしく、オーニソプターでも作っとけばよかった」と、こうかいしどおしでした。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 13 (コドクな夜の散歩者)

スマホ640pix



      コドクな夜の散歩者


 ソルは月あかりの、いがいな明るさをしりました。街灯がいとうのとぎれた、つつみの上のデコボコ道。もり上がったまん中と、くぼんだりょうわきの水たまりをさけて、カンオンは消したまま、彼は歩いていました。

 カンオンの消費時間しょうひじかんは、つかい方にもよりますが、数日間すうじつかんはもつようです。エネルギー不足ぶそくになると、みずから最寄もよりのピットにいき、あさいへこみにはまってエネルギーチャージします。宿主しゅくしゅは、べつのカンオンとの引きぎ時において、ほぼ気づきくことはありません。形にさがないからではなく、空気と変わらないからでした。

 個々ここのカンオンは、それ自体の個別性こべつせいも、帰属性きぞくせいもなく、だれかが財産ざいさんとして所有しょゆうする権利けんりもありません。もったところで、その生きた価値かち半減はんげんするでしょう。「所有しょゆう情報じょうほう分断ぶんだん」を意味いみし、人々はそれを、もっともおそれるからです。

 足首あしくびにふたんのかかる石ころ道を、大きな石をさけ、歩みつづけています。川幅かわはばがずいぶん、せばまってきました。左右にも、おなじようなつつみが見えます。目を落とすと、細くなった黒いそこには、水のながれが感じられません。ソルは目の前の川が、まだターマ川のままなか、それとも支流しりゅうに入っているのか、わかりませんでした。もうとっくに、べつの川なのかもしれません。

 黒いポールが、ゆく手にあらわれました。人一人分ひとひとりぶんのスペースを、はしらを中心にフェンスでまるくかこみ、その上に二回り大きなカンオンがうかんでいます。エリゼ近辺きんぺんではあまり見かけない、カンオンの中継基地ちゅうけいきちでした。彼はその横を、すたすた歩いてすぎました。

 ちょうど、鉄橋てっきょう踏切ふみきりにさしかかると同時どうじ

「グググググゥーッ」

 小さく、うめくようにサオが下り――

「カンカンカンカン!」

 赤い目玉のウィンクと、耳もとの恫喝どうかつはじまりました。

 しばらく、なんの音さたもまないまま、またされます。

 地響じひびきと金属きんぞくのこすれる音が聞こえてくると、見ていたのと反対方向はんたいほうこうから、光がやってきました。

 にげられないソルは、ひらきなおって、真正面ましょうめんからにらみつけます。

 目にさるような、白い蛍光灯けいこうとうにさらされた車内しゃない。まどガラスをまくらに、ねるおじさん。まえのめりで吊革つりかわによりかかり、目をつむってイヤホンで音楽おんがくを聞く、スーツすがたのおねえさん。ドアにもたれかかって、まどの外のマンガをよむリーマン(カンオンが、プライベートモードで画像を照射していました)。立ったまま笑顔えがおの、おにいさん、おねえさんグループ。ゲームしてるか、ねたふりの個べつのわかい人。電車でんしゃの中は、ソルから見て大人の男女が、そこそこ、つめこまれていました。

 あわのような不安ふあんが、わきおこり、消えました。

 乗客じょうきゃくそれぞれの、カンオンの有無うむ確認かくにんできませんが、あちら側には日常がありました。一人一人に、どんな重荷おもにがあろうとも、梶井基次郎かじいもとじろうのいう「桜の樹の下で、村人みんなと酒を呑む権利」が。

 列車れっしゃがとおりすぎました。顔のまぢかをサオがかすめ、歩き出します。線路せんろをわたりきると、まくら木が、ほのかにニオイました。


 民家みんかのひしめくブロックに入りました。

 エリゼ周辺しゅうへんにはない、ワンコインの自販機じはんきが光っています。マイナーなお茶、チェリオーレ、エナジー系っぽいもの、空白くうはく、大手に吸収合併きゅうしゅうがっぺいされた、加糖練乳かとうれんにゅう入りアックスコーヒー。デタラメな時計表示とけいひょうじと、横にながれるニュース。リプレイするコマーシャル動画どうが

「ボンッ」

 ボイラーの点火音てんかおんとともに、石油せきゆのやけるニオイ。ボディソープのニオイも、くわわりました。

 みょうにそっけなく、リフォームされた一戸建いっこだて。つるされた模造紙もぞうしみたいなカーテン。車道しゃどうにハミ出すほど止められた、たくさんの軽自動車けいじどうしゃ生活感せいかつかんがあるようでない、そんなたたずまいが、しばらくつづきます。

 とりつくしまもない、防犯意識ぼうはんいしき高めの新築しんちく。足がかりのない、せまい裏庭うらにわのジャリの更地さらち。そこへ設置せっちした、陶器とうきいぬとライト。公道こうどうを外れても反応はんのうする、赤外線感知せきがいせんかんちライト。ジャリ止めの白いコンクリートの上には、ペットボトルのネコよけ。ノッペリとした裏壁うらかべに、小さな格子窓こうしまど側面そくめんかべには、もうしわけていどにしか開ない出窓でまど

 異彩いさいをはなつ、瓦屋根かわらやね門構もんがまえの古い家。開いた門にはたがかけられています。黒と白のだんだんに、先端せんたんの金の玉。白い布地ぬのじが、だらりとたれ下がっていました。

 ベランダがむねつづきの、なんというか業務用ぎょうむよう? みたいな設計せっけいの家もあります。その、はしからはしまで、横いっぱいの洗濯物せんたくもの。三つある一階いっかい長窓ながまどは、均等きんとうな大きさで、それぞれ上にシャッターがついていました。

 とびら全開ぜんかいの、リサイクルゴミのプレハブ小屋ごや。車の方向転換バックでへこんだかべの前に、おかれっぱなしのアナログTV。カゴからあふれている、発泡酒はっぽうしゅのカン。そこからはっする、いたんだパンのような、あまったるいニオイ。ネコが食いやぶったレジぶくろから、そこら中にちらばった、魚くさい発泡はっぽうスチロールの破片はへん。赤くまったプラスチック容器ようきから、はなをつく漬物つけもののニオイ。

 一方通行いっぽうつうこう商店街しょうてんがいを、車が逆走ぎゃくそうしていきます。もう、22時をすぎていました。シャッターの下りた仕舞屋しもたや(店じまいした家)の二階からもれる、健康けんこうサプリメントのCMと、東亜とうあのドラマの音声おんせい。タバコの自販機じはんきにはられた、女が表情かおをつくってアップのポスター。半世紀前はんせいきまえ電気屋でんきやの、あせたダルメシアン。あっちこっちに空いた、ジャリの更地さらち

 むこうから、あまくケミカルなニオイが、ただよってきます。道に面した三角のにわの、さわれてしまうほど、ちかい洗濯物せんたくもの。止めてあるけい左前輪ひだりぜんりんが、公道こうどうをふんでいました。

 民家みんかが、とだえました。日中にっちゅうはムクドリでうるさいイチョウの木が、黒くしずまっています。あらたに化粧直けしょうなおしされた、公営団地こうえいだんち棟々むねむね出現しゅつげんしました。シートのかかったままのむねは、夜中だからでしょうか、工事こうじしているようには見えません。さくでかこった前庭まえにわは草だらけで、遊具ゆうぐはサビてかたまったまま。この前までパンパンだったゴミがこいは、封鎖ふうさされていました。

 その駐車場ちゅうしゃじょうに止められた、種々しゅしゅの車たち。大きなグリルのワンボックスカー。国産こくさんけいほろで高さしされた宅配軽たくはいけいトラ。けいみたいなAクラス。スポーツタイプの、国産こくさんオープン2シーター。フェンスぎわにみ上げた古タイヤ。毎夜まいや4時に始動しどうし夕方帰宅きたくする、白の冷蔵れいぞう2tネルフ。

 やにわに、甲虫こうちゅうみたいな音をたてたカブと、すれちがいます。むねにラインの入った雨ガッパをきていました。



 等間隔とうかんかくともらない防犯灯ぼうはんとうが、闇夜やみよに切れ切れの谷間たにまをつくっています。林のようにいしげった放置田ほうちでんをバックに、まぶしいくらいの光量こうりょうで、変電所へんでんしょかび上がっていました。

 ささやき声で、ソルはたずねます。

「今、なんじ?」

「ここだけ、てらせ」

 やみになれた目に、まずジワッと、おぼろげにともります。その後だんだんと明るさをましてゆき、スポットにしぼられました。

 年月ねんげつをへた金網カナアミあなが、あらわにらされました。ソルはヒザをついて、にじりより、ため池に侵入しんにゅうします。

 変電所へんでんしょ照明しょうめいが、ななめにしこみ、キラキラ反射はんしゃする水面。立ち上がった彼のかげが、長くのびていました。

 よどんだドロのにおいがします。いそくさい、ヨットのたまり場とはちがった、淡水たんすい水草みずくさと、ゴミとドロのブレンド。人工的じんこうてきなエアバックの香料ニオイともちがった、ふなれなにおい。

 カンオンの時計とけいは、ソルの地域標準時ちいきひょうじゅんじと、UTC(協定世界時)、TAI(国際原子時)を表示ひょうじしています。そのわきで広告こうこくがおどっていました。

 今がチャンス! 今日いっぱいの特別とくべつセール。のこり時間がカウントダウンされ、羽ばたき機オーニソプターや、フィギュアの特価とっかが、チカチカ点滅てんめつしていました。

「うむ、そろそろ12時だな」

 彼はカンオンと池のむこうを、チラチラこうごに見くらべ、気もそぞろにまちます。

「……」

「……」

「……」

「く、やっぱダメか!」

 まだ10分前でしたが、ダメだった時の、心の予防線よぼうせんをはっていました。

 11時52分。

「そろそろ変化へんかがなくちゃ、おかしいよな?」

 11時55分。

「なぁ、もういいかげん、なんかなきゃダメだろ」

 たしかに今からだと、間に合いそうもありません。

 12時00分。

「やっぱりな(笑)」

「ぜぇーったいなぁー、うまくなんて、いかないんだよなぁー」

「ぜぇーたい、なんだよなぁー」

「やーめた、やめた」



 2時24分

 まだ彼は、ねばっていました。時間つぶしに、もう何周なんしゅうため池を回ったことか。歩きだし、また回りはじめます。

 有刺鉄線ゆうしてっせんにちかより、今まであえて手をださずにいた、たこに手をのばします。せのびしてムリヤリ引きはがすと、原形げんけいをとどめないほど、バランバランになりました。それをしげしげ、見入るフリをしています。

 12時27分

 ビニールのハギレとなったたこを、糸でグルグルまとめ、大きな手裏剣しゅりけん要領ようりょうで、金網カナアミの外になげました。

 12時28分。

 もとの位置いちにかえりました。たいして時間もたっていないのに、なにかするたび、時計とけいを見かえします。

 12時29分。

 広告表示こうこくひょうじを消し、はり数字すうじだけを、じっと見つめています。

 どこかで、長距離ちょうきょりトラックがうなりを上げ、交差点こうさてんをすぎました。

 12時37分50秒。

 51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、01、02、03、04、05、06、07、08、09、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22……

 きびすをかえして、ソルは立ちさりました。


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