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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2016年02月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 18 (出航)

スマホ640pix



      出航


 だが本当の旅人とは、ただ出発のために出発する人々だけだ


      ――ボードレール「悪の華」CXXVI 旅 (集英社文庫)



 ソルは、はっとして、なにかを思い出し、船橋ブリッジに走りこみました。ふね仕切しきとびらをくぐりましたが、まだ水門すいもんの中でモタモタしていました。

 切通きりとおしのような護岸ごがんに、ふねはさまれています。かたずをのんでジュリらが見まもる中、ふね舷側げんそくかべとの間を、絶対的ぜったいてき等間隔とうかんかくをたもって、すすんでゆきました。

 舳先へさきが小川のながれにつっこむと、モーター音が重く高なり、水面みなもあついアブクが立ちました。

「ウィィン、ウィィン」

 おれのこったぼそ金属きんぞくじくが、ぐるぐる回っています。われてスカスカの帆柱マストの中で、せわしく回転方向かいてんほうこうをかえていました。

 船尾ともが小川のながれにると、彼女たちのかおに、安堵あんどの色がうかびました。

 帆柱ほばしらがなくなったので、かえりはスムースにとおれました。どうやら、横幅よこはばには敏感びんかんでも、高さには鈍感どんかんなようです。

 ソルが、もどってきました。

「なにしてたのよ」

「なにも」

「一人でぬけがけしようとするから、こんなことになるのよ」

「なるのよぉ~、これだから男子わぁ~」

 マネをするニコライ。

「ねえ、このふねどこにいくの?」

「きたのとちがうよ」

 マリにそういわれて、ジュリがソルの方をふりかえりました。

ふねをとめるから、今のうちにおりろよ」

「ハッ?」

「とめなくたって、その気になりゃ、とびうつれるスピードだけどな」

「なにいってんの」

「だから、今がチャンスなんだよ」

きしの高さがふねとおなじなんて、この先もうないだろ」

「なにかってに、きめてるわけ?」

「わたしだって、ふねぐらい自分でとめられるわよ」

「ざんねん! もうパスワードいれちゃいました」

「オレのいうことしか、きかねーから」

 ソルはウソをつきました。なめらかにつけたウソに「やっとオレも、人なみになれたか」と感慨かんがいひとしおでした。


 ふねは止まりました。エンジンは生きたままで、ギリキまできしに、ちかづいています。ソルがふねからりて、手をさし出しました。

「まず、マリからこいよ」

 マリはジュリの方を見ました。

「ジュリが後ろに、つくんだろ?」

 ジュリがうごこうとしないので、マリも立ちつくしたままでいます。

「なにやってんだ、はやくしろよ」

 彼はなるべく、声をあらげないよう言いました。

 ジュリは、まよっていました。ふねを見れば、すでに「問題」になっているのは、一目瞭然いちもくりょうぜんでした。主犯格しゅはんかくまぬがれても、共犯きょうはんまぬれようがありません。かといって、ぬけがけされる(?) のもイヤ。

「ちょっとぉ、こんなとこにマリを、おいてく気?」

「タクシーよべばいいじゃん。せれぶなんだから」

「こんなとこにタクシーなんか、いないから。バッカじゃない(笑)」

「それにセレブじゃなし。アッタマおかしくない?」

「よべばくるよ、よべば」

「ためしに、よべば? 今すぐ」

「いいから、ほっといてよ」

「そっちこそ、なんでほっといて、くれなかったんだよ?」

「あんたが、みがってなことするからよ」

「ほーん。じゃぁ――」

 コトバっても、けっきょくそんをするだけなのを、ソルは分かっていました。社会しゃかいのレッテルのはられた弱者マイノリティっても、あとで理屈りくつをこじつけ、世間せけん復讐ふくしゅうされるのが落ちですから。

「……」

 ソルは、だまりこんでしまいました。もう、なにもかもメンドウくさい。このまま帰ってしまいたい。ぜんぶなげ出して、この場でころんでしまいたい。いっそのこと最初さいしょっから、なかったことになんねーかな。とか、ぼんやり考えていました。

「ふぁ……」

 生アクビが出ます。ねむくなってきました。

「いいや、もう……」

「すきにすれば」




 ふねは小川をゆきます。りゅうはおろかさかなもいない、すみきった川のながれ。純水じゅんすいか、超純水ちょうじゅんすいを思わせるH₂Oをすかして、枯山水かれさんすい砂礫されきのスジが、じかに見えました。ふねはポッカリ、リニアみたいにかんでいました。

 まつりの日のお昼まえ、さびれた公園こうえん人影ひとかげまばら。小さな子と父親の親子づれ。ステッキをりょう手にかたまっている、ベンチの高齢者ろうじん。なぜか、わかいカップル。それらの人々の前を、残骸ざんがいと化したふねが、セットのようにはこばれていきます。

 よこっぱらけられた視線しせん。ソルは目端めはしにそれをとどめ、他人ごとのフリで、ゆかに胡坐あぐらをかいていました。他の三人も、かべつりりつけのベンチシートにすわって、かくれるよう船橋ブリッジに引きこもっていました。

 ヘリコプターの音が、バタバタ、なりひびいています。

 ちかくじゃないし、いつものことだし、まさかね……。ニコライをのぞき、みんな戦々恐々せんせんきょうきょうとしていました。

 個別住宅街こべつじゅうたくがいをぬけるさい、だいぶ人と、すれちがってしまいました。でも見られたって、いっしょ。なにしろ四人分のカンオンが、ことのはじめっから見ています。今さら人間に見られたって、どうってことないはずでした。

 気づく人、気づかない人。ふりかえる人、ふりかえらない人。きょうみのない人、きょうみのないフリの人。人それぞれでした。これらの中でなん人の人が、不信ふしんをおぼえ、直接ちょくせつ通報つうほうしたのでしょうか。この先はカンオンもちの多い、中心部ちゅうしんぶをかすめます。だからなんだって言われても、こまりますが。

 つごうがいいことに、かべがどんどん、高さをましていきます。フェンスがはられ、もう上からのぞく人も、いそうにありません。ざしがとどかなくなり、ふねは日かげの中にいました。まるで、フタのない暗渠あんきょをいく児人こびとふね。ソルは一寸法師いっすんぼうしの気分でした。

 出発しゅっぱつからこっち、船内せんないしずまりかえっています。みんな大人しく、ずっと無口むくちなままでした。今四人は、なにを考えているのでしょうか。ソルはホルスのことを、ジュリはママのことを、マリは未来みらい破滅はめつを、わずらっているのでしょうか。そしてニコライは?

 ソルはカンオンの河川かせんマップと、くびっぴきでした。かたヒジをついて、この先の水路すいろを食い入るよう見つめています。全体ぜんたいマップのわきにうつされた、予想よそうされる合流ごうりゅうポイントの数々かずかず。その候補画像こうほがぞうが、遠近的えんきんてきにズラズラならんでいました。彼は海への最短さいたんコースを、いました。しょせん、えらぶのはカンオンですからね。ただ一つ、不安要素ふあんようそがありました。水門すいもんの、あのトラブルが引っかかりました。

 そろそろ本流ほんりゅう合流ごうりゅうしても、おかしくありません。青空をみこむよう、高架橋こうかきょうが重なっています。あたまの上から聞こえる、電気自動車エコカーが風を切る音。リニアしきモノレールが、のたくるよう下腹したばらを見せ、上下で交差こうさしては消えました。ビル風が前後からふきつけ、ともし上げたかと思うと、みよしさえこみ、小さなふねを左右にゆらします。そのたび、マストのないふねかじを当て、自動微調整オートコントロールしていました。

 ソルは暗くなった外に出ました。かみがもみしだかれ、ふく背中せなかにはりっつきました。耳もとがバタバタいってます。

 前方に開けた空間くうかんを、ななめに横切る大きなながれ。ヒラべったいエスニックなふねはしけが、ポツンポツンと、うかんでいます。その彼方かなた土留ストッパーのようなつつみ土台どだいに、ビルがそびえ立っていました。今からそこに、合流ごうりゅうしようとしていました。

 かすかな違和感いわかんをおぼえたのうが、マチガイさがしをしています。屋根やねしか見ない、ヒラべったいふね。小川がとちゅうで切れ、大きい川に食いこんでいました。しぜんな合流ごうりゅうではなく、切貼りコラージュでした。

 ソルは船橋ブリッジにとびこみます。

「シートベルトをしろ! はやく!」

「ちょっとぉ、なに」

「はやくしろ、はやく」

「おちるぞ!」

「だから、なに!」

「たきになってんだ、この先!」

「はやくしろ!」

 ソルは生涯しょうがいで、いちばん大きな声を出しました。

 カチャカチャ三人が、いっせいにやりはじめました。さすがにいのちにかかわることは、ニコライも分かっています。ふざけてなんて、いられません。

「おちるって、どれくらい?」

 ジュリがききました。

「しるかよ」

「しらないってよ」

 まだちょっとだけ、よゆうのあるニコライ。

 ベンチシートは三人ぶんのベルトしかなく、ソルは舵輪だりんはしらにしがみつきます。補足ほそくすると、ほんらい座席ざせき二客にきゃくで、まん中のは、たおした補助席ほじょせきでした。それにニコライが、のっていました。

 シートベルトが見つからないニコライ。ソルが立ち上がって、おりたたみイスの根本ねもとのベルトを引っぱり出し、ロックしました。ノロノロゆっくり、時間をかけているマリ。ていねいに、長さ調節ちょうせつを手つだうジュリ。イラつくソル。

「なに、のんびりやってんだ。ぬぞ」

「死」というコトバに、ドキッ、となって二人の手つきが早まりました。

 ソルはあらんかぎりのキーワードと、GPSの現在地げんざいちをもとに検索けんさくしてますが「すべて」も「動画どうが」も「画像がぞう」も「地図ちず」も、ヒットしません。せいぜい俯瞰ふかんしか、出てきませんでした。

 あせるソル。つま先だってのびして、先を見とおそうとムダなことをしています。ベルト・コンベア上の製品せいひんのように、ふね無情むじょうにはこばれてゆきす。

「バックできないの?」

 ジュリにいわれ100パーセントむだ! と分かっていても、(カンオンに)どなりました。

「バック、バック、ふねをバックさせろ!」

ハンドルばしらのスロットルレバーがたおれ、CLASH ASTERN急ブレーキという赤い目盛めもりに入りました。

「ガッ、ギギー、ガコッ」

 ギヤがさからうような悲鳴ひめいを上げ、プロペラが逆回転ぎゃくかいてんに変わり、回転数かいてんすう爆発的ばくはつてきに上がりました。電気でんきモーターがうなりを上げ、水が沸騰ふっとうするよう白くわき立ちます。

「シュルシュルシュルシュルウィィンインイン……」

 ふねは、むなしい努力どりょくをつづけています。

「……ダメだ。とにかく、ふんばってろ」

 ジュリがマリをだきかかえようと、ニコライごしに、アタフタ手をのばしています。

「なにやってんだ、マリのことはほっとけ」

「手の力なんかじゃムリだから」

「シートベルトにまかせろ、みんな自分のことやってろ!」

 とうとう前方のが視界しかいがなくなり、空と下層かそうの大きい川の景色けしきだけになりました。もう限界げんかいとしゃがんで、ハンドルばしらきつきカニばさみするソル。

 そこの前半分をさらけ出し、ふねくうをいくかと思いきや、ガクンと、こしくだけになりました。

 いっぺん川底かわぞこはらをぶつけ、ななめのまま、しゃめんをすべっていくふね。下のながれに衝突しょうとつした反動はんどうで、転覆てんぷく覚悟かくごするほど、左右に大きくゆれました。

 もう、おわったか? おそるおそる、立ち上がるソル。視界しかいの大きくなった景色けしきを、水嵩みずかさがふえたせいか、前より早いスピードですすんでいました。

「おわった?」

「……みたい」

「おわったの?」

「……まあ、いちおう」

 そういえばあいつ、よく発作ほっさおこさなかったな? そう思って、おとなしいニコライの方をみると、なんかようすがヘンでした。

 うつむいていたかおを、ふかいそうに上げると――

「――ンペッ」

 赤いマーブルじょうのものがじったツバを、はき出しました。

「わっ」

 反射的はんしゃてきに、足をどけるジュリ。かおだけそむけるマリ。「やっぱ、なんかしらあるな」と思うソルでした。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 17 (つまずき)

スマホ640pix



      つまずき



「きた」

 小川の先を見ていたソルがいうと、みんながいっせいに、そちらをむきました。かすんだかなたに、川はばと同じ大きさの白い帆影ほかげが、うすぼんやり見えています。

「ふぅーね、じゃーん」

 ニコライのよろこびがおに、なぜか、とくいになるソル。

「なに、あれ?」

 ジュリがききました。

「ふーね、じゃん」

 こたえるソル。

「だから、なんで、ここにいんの?」

 いぶかるジュリ。

「さぁ」

 うそぶくソル。

「あのふねぶつからないの?」

 マリが不安ふあんげにいいました。

「さぁ……」



 ゆっくりゆっくり、遡上そじょうする白いふね発見はっけんから、実感じっかんできるちかさまで、しびれが切れるほど、またされました。

「おっせー、おっせーよ」

「すっトロい、ふねだなぁ」

 イラだつニコライ。

「ぶつかるよ、あれ」

「あのふねぶつかるよ」

「ぶつかってもいいの?」

 不安ふあんをつのらせるマリ。

「まだかよ!」

 ジュリは、うたがわしげに、ソルとふねとを見くらべています。だまりこくっていましたが、じつは内心ないしんソルも、かなり不安ふあんでした。うわぁ、ギッチギチじゃん。アレ……。うんでもまあ、前にも来たっていうし……



 スクリューが逆回転ぎゃくかいてんして、ふね水門すいもんの手前で止まりました。目の前にすると、たいした大きさではありません。ボックスカーよりやや大きく、送迎そうげいバスより断然だんぜん小さい、といったところでしょうか。つるっと、まるみをおびた船体せんたいと、護岸ごがんブロックとのすき間には、サッカーボール一コぶんほどのスペースしか、あいていません。止まってしばらくの間、モーター音が高鳴たかなっっていました。

 音がやみました。

「さて」

 とは、いったものの。ソルはどうしたらいいか、わかりません。とりあえず水門すいもんに歩みより、赤茶色あかちゃいろにサビたハシゴを、よじのぼってみます。てっぺんは、サビついた鉄枠てつわくかこわれていました。舵輪だりんみたいなハンドルがあり、もとの水色が、かすかにのこっていました。

 こればっかりはカンオンに、たよれません。りょう手でつかんで、順手じゅんてで回そうとしましたが、回りません。こんどは逆手さかてにもちかえました。

 ウンともスンともいいません。ハンドルにのぼって、グングン体重たいじゅうをかけ、鉄枠てつわくをつかんだままび上がって、るようのっかったりしました。足のウラがいたくなっただけでした。

「まぁムリ、だわな……」

「おーい、ニコライ!」

「ちょっと、こっちこいよ!」

 彼らしくもなく、しかたなく、たすけを他人にもとめました。

 共同作業きょうどうさぎょうで、ちょっと居心地いごこちのわるいソルですが、はらえられません。こんどは二人がかりで、ニコライと左右にわかれ、ハンドルまわしにいどみます。

 全力ぜんりょくをふりしぼってみたけど、やっぱりダメでした。こんどは上下にわかれ、ニコライがハンドルにのぼり、ソルがぶら下がります。ニコライがグングン足でおし、ソルがそれに合わせ、体重たいじゅうをのっけて引っぱりました。

 いったんやめて、おき上がるソル。しきりなおしをます。ニコライにはジャンプしないで、力だけ入れるよう指示しじしました。逆手さかてでハンドルをにぎったソルは、足を「つっかえぼう」にして、ふんばります。

「ぐっ………………」

 ガクン、となりました。

「まだヤメンナ!」

 さけぶソル。ニコライが体重ちからをのせかかるたび、ちょっとずつ、ずれるハンドル。あるていど下がると、ニコライはのりなおします。体勢たいせいをととのえると、また二人でくりかえします。あきずに、なんどもなんども。

 なんとかなりそうなところまでくると、もどかしいソルは、一人でハンドルをもちました。めいっぱい背筋はいきん に力を入れ、まわしていきます。

 まだまだぜんぜん、門扉もんぴはビクともしません。ソルがを上げかけたころ、ようやく変化へんかがあらわれました。

 プクプクとびらのきわで、あわが立ちはじめました。わずかに上がったような気もしますが、大きな変化へんかは見られません。池と川の水位すいいが、かわらないせいでしょうか? 水のうねりがおきず、いたってしずかなままです。

 体力たいりょくそこをつきました。しかたなく、ニコライに手伝てつだってもらいます。しばらく二人で奮闘ふんとうしても、なかなか、しきりいたそこが見えてくる気配けはいはありません。ウラがえった、悲鳴ひめいのような声を上げるソル。

「まぁだっ、かよっ!」

 やっと水面すいめんがゆらぎ出すと同時、いっきに、にごってしまいました。どっちからどっちへ、ながれこんでいるのか、わかりません。でもそろそろ、しきりのそこが、見えてきそうな気配けはいがします。


 コククリートにねころんで、あせだくのソル。いきが上がり、手はまっ茶色で、てつくさいニオイがしました。気がすすみませんが、ソルは、もういちどおき上り、再開さいかいします。いつまで立っても終わらない、むげんにとおざかるゴールポストのようでした。

 ほぼ上がりきった、そう思ったやさきでした。

「コオォン、コオォォン、コオォォォンオン、オン、オン、オン……」

 やおら、停止ていししていたエンジンが、うなりはじめました。さざなみ水面すいめんに立ちます。

「なんか、いってるぞ!」

 ソル。

「うごけ、うごけ!」

 はしゃぐニコライ。

「カッ、ツツン」

 マリンギヤが、ニュートラルから前進ぜんしんクラッチへ入り、ふねがゆっくり、うごきはじめました。

「バキバキバキッ! ボクンッ」

 エコプラスティックのかざりびちり、細片さいへんこなのようにかびます。グラスファイバーでおおわれた船体ハルとちがって、そこだけべつの素材そざいでした。むきだしになった、かぼそ金属きんぞく支柱しちゅうが、直角ちょっかくに、おれまがりました。

 けたたましくみみざわりな音を上げ、左右のかべに体をバウンドさせ、デッキにをねかしたまま、水門すいもんにシゴかれるよう、つうかしていきます。

 ほほをひきつらせるマリ。ジュリもふるえています。二人ともみみを手で、おおっています。ニコライをのぞいて、みんな青ざめたかおをしていました。その音は「お前の先はない」とばかり、ソルの前に立ちふさがっているようでした。

「ギギギギギギギギギィィィー、ザシュッ」

 せんがぬけるよう、四角しかくあなから船尾せんびが出ました。

 惰性だせいで池の中ほどまでたどりつくと、スクリューを逆回転ぎゃくかいてんさせ、ふね停止ていししました。

 さざなみがソルたちのいるはたまで、おしよせてきました。モーターが終息しゅうそくにむけ、回転数うなりを上げます。

「ウィィィィィィィン……」

「カッカッカッ…」

 だんだんしずまってゆくと、かわいた音を立て、モーターが完全かんぜん沈黙ちんもくしました。

 しばらくの間、みんなは、むごんのままでした。

「あ~あ」

 やっぱり口を開いたのは、ニコライでした。

「やっ、ちまったな」

「……」

「……」

「……」

 むごんのままの三人。

 シクシク、マリがき出すと、ジュリが背中せなかから、だきかかえます。

「しーらね、おれ、しーらね」

 他人ひとごとのニコライ。

「ゴトンッ」

 船内せんない金属きんぞくが落ちたような音が、ひびきました。小さななみがおしよせ、護岸ごがんブロックにあたりました。

「ガッガッガッ」

「ガリガリガリガリ……」

「ゴウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 今までとは、ちがう機械音きかいおんがなりだしました。

 鳴動めいどう振動しんどうするふねから、チャプチャプ波頭なみがしらが立ちます。ねつをもったダクトから、うっすら蜃気楼しんきろうが立つと、異臭いしゅうをともない、灰色はいいろのケムリをはき出しました。

 ソルたちから見えない船尾せんびから音がして、ふねが左右にゆれました。いっそう高鳴たかな機械音きかいおん。なんだかもう、とんでいきそうです。

 高々と茶色いかべふね背後はいごに上がり、にごったが水しぶきが、ソルたちにふりかかかります。

「うわぁ、下がれ下がれ!」

 目をおおい、うでをまわして、さけぶソル。いったん引くと、マリがのこっているのに気づきました。もどってかたをつかんで、電車でんしゃゴッコみたいに、おしていきました。

「ピャー」

 うれしげに、奇声きせいをはっするニコライ。

「んもおぉ、どおしてくれんのよ、これ!」

 ジュリのみじかいポニーテールは、ぬれてさらにみじかく、なっていました。

 ソルはなにか、あきらめたような表情かおをみせ、ナップサックをあさります。ハンドタオルを出すと、ジュリになげました。

「おまえじゃないからな」

 カンオンが、みんなに温風おんぷうをあてはじめました。はた目に心細こころぼそげでも、けっこう効果こうかはあります。ソルは、どうせすぐかわくしと、高をくくっていましたが、じっさいそうでした。機能性きのうせいの高い、ソルとニコライの友服ともふくは、かわくさいの発熱作用はつねちさようで、かえってあせばむほどでした。むしろ、女の子二人の高価こうかな「よそゆき」の方が、機能性きのうせいは低かったのです。ただそのぶん(?) 、オシャレのための重ね着をしていましたが。

 ジュリはマリのあたまをふき終わり、ながいマリのかみを、手グシですいていました。

「これ、ひっさしぶりー」

 ニコライはカンオンの温風おんぷうを、たんのうしているようでした。

 ふねは切り返しをつづけ、池をジグザグランダムに、うごきまわっているよう見えました。

 数十分後すうじゅっぷんご、やっと停止ていししました。氏んだように、ふねはしずかになりました。

「こわれた」

 そっちょくに、ニコライがいいました。

「おなかが、いっぱいになっただけだろ」

 自分を安心あんしんさせるように、ソルはいいました。

「こわれたんじゃない?」

 しんぱいするマリ。

「だから、くるとちゅうで、もうこわれてたのよ。ねっ」

 といって、ソルを見るジュリ。

「……」

 もはや彼にはことが大きすぎて、いやな未来みらい、それも未知数みちすうのそれを、先まわりでかんがえられませんでした。まじまじと、ふねを見ているだけした。

 繊維せんいがむき出しの舷側げんそく舵室ブリッジにのった、おれたマスト。甲板デッキ粉々こなごなにとびちった、かざ破片はへん……。ソルの目の前には、彼に不利ふり決定的物証けっていてきぶっしょうばかり、出そろっていました。それらを客観的たにんごとにしかけ入れられない、自分がいました。

「カッッン」

 かるい音が船内せんないから、こだましました。

「シュルシュルシュルシュルシュル…………」

「モーターがうごきだした」

 ちょっとホッとして(?) 、ソルがいいました。

「チッ、しんでなかったのか」

 したうちするニコライ。

 氏というコトバに、ドキッとするマリとジュリ。少しムッとするソル。

 ふね効率的こうりつてきに切り返し、360度回頭かいとうしました。

「なんだ、かえっちまうのか」

「ところで、どこにかえるんだよ?」

 ニコライがソルを見ていいました。とうぜんソルは、むごんのままでした。

「これ、わたしたちが、こわしたことになるの?」

 マリがたずねました。

「えー、ならない、ならない。ならないよ」

 ジュリがマリをだきながら答え、ソルにむかっていいました。

「まったく、だれかさんのせいで、ひどい目にあったわ!」

 やっぱりソルは、むごんのままでした。

 のろのろのろのろと、水門すいもんにむかう、満身創痍まんしんそういふね。キズとは無関係むかんけいですが、よそうどおり足のおそいふねを、みんなで見おくっていました。ソルはみんなの後ろにまわて、ナップサックとふくろを、ひろい上げました。ぬき足で、そのばを立ちさります。

「チョットなに!」

 ジュリが気づきました。

彼は水門すいもんに上がっていました。

「なにやってんの!」

 きわめて低速ていそく侵入しんにゅうしてくるふねを、見下ろします。せまい水路すいろのせいで、さらに徐行じょこうしました。

「チッ、はやくしろよ」

 イラだつソル。ふりかえって見ていませんが、ジュリたちの声が、どんどん大きくなってくるような気がします。遅々ちちとしてすすまぬふね拷問ごうもんのような猶予ゆうよが、彼をかり立てます。おれたマストの根本ねもとをさけ、ジャンプしました。

 見上げるソル。逆光ぎゃっこうに、まっ黒な三人。といってもじっさいは、たいした高さでもありませんが。

 歓喜かんきがこみ上げる間もなく、予期よきせぬ事態じたいがおこりました。

「ドタ、ドタ、ドタ」

 地震じしんみたいにふねゆれました。甲板デッキ護岸ごがんブロックが水平すいへいになったところから、三人がのりこんできました。

「おじゃましまーす」

 笑顔えがおのジュリ。

「なんで、くんだよ!」

 おもわず、どなるソル。

「マリまでつれて!」

「しょうがないでしょ!」

「あんたが、かってにいくからよ!」

 どなりかえすジュリ。

「かってに、ついてきたんだろが。なんでお前までいっしょなんだよ!」

 二コライにも、ほこさきをむけます。

「おこってる、おこってる~」

 にやけるニコライ。

 心底しんそこソルは、がっかりしました。

「なにやってくれたんだよ……」

 あたまかかえるソル。ほんとに、なにやってくれてるわけ……


「えー……」


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