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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2016年04月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 23 (陸(おか)の思惑と事情)

スマホ640pix




      陸(おか)の思惑と事情




 よせてはかえす、さざなみの音がしています。

 海風がおしよせるたび、砂浜すなはまに上がった藻(アナアオサ)から、いそのニオイが鼻腔びこうみ入ります。

 サーとしおが引くと、ころあいを見計みはからっていたコメツキガニが、巣穴すあなから走りだしました。ちっちゃな甲羅こうらすすけて見えるのは、太陽たいようがまぶしいからではなく、もとからです。

 くぐもった音鳴おとなりは、かいがらを当てているように反響はんきょうします。現実感げんじつかんのとぼしい貧弱ひんじゃく耳触みみざわりと、った超微粒子ちょうびりゅうし液体えきたいみたいな青空。透明とうめいかいがらに閉じこめられているような、やわらかな圧迫感あっぱくかんにつつまれ、もやもや、くらくら、イデアいをさそいます。

 ときどき、ボヤケたモザイクに変じる砂浜すなはま

 しばらく、またされます。形がさだまると、マメつぶほどのすなダンゴが、巣穴すあなから放射状ほうしゃじょうらばっていました。

 なみしよせると、かいがらがゴロンところがり、小さな生きものの住処すみかに水がちます。くりかえし、くりかえし、やってきては、またかえってゆくのでした。


 スティーブンソン原作げんさく宝島たからじま制作委員会せいさくいいんかいによる、長編冒険活劇ちょうへんぼうけんかつげきアニメ「宝島」。今ホルスは、それを見おわりました。アニメと原作げんさくは、じゃっかんことなる部分がありました。アニメでは、地元じもと郷士ジェントリトレローニは女性で、医師いしのリブシーは黒人でした。

 彼は個別認証こべつにんしょうのない格安かくやすカンオンの、ニオイつき立体映像ホログラムを、まゆ毛をはらってけました。コマーシャル動画どうがに切りかわると、5びょうまってから、しっかり口頭こうこう停止ていしさせました。

 お兄さんのダイに買ってもらって、さいしょはウキウキのホルスでしたが、今やありがたみも消えうせ、はやくも(プレミアムでない)それを、ウザイと感じるようになっていました。

「ちゅん、ちゅん。ちゅん、ちゅん」

 電話でんわが、かかってきました。

「今、ヒマか?」

 ダイからです。

「うん。ヒマ」

「ちょっと、たのみたいことが、あるんだ」

 ホルスはダイにいわれたとおり、テンジン一丁目いっちょうめまでトーキン・メトロにゆられ、おつかいにいきました。

 くすりクサイまちにおり立ち、カンオンのナビをたよりに、雑居ざっきょビルへとみちびかれました。とちゅうまでしかないエレベーターをおりると、カンオンの明かりとともに、せまい階段かいだんをのぼっていきます。なにもない殺風景さっぷうけいなフロアの、のっぺりとしたドアに行当いきあたりました。

 全体がクリーム色でボタンが黒の、古くなった呼鈴よびりんをおしました。押幅おしはばあさく、音もなっている様子ようすがありません。どうせ、だれもいないだろうと油断ゆだんしてると、ぬっと横顔よこがおが出ました。

 ドアのスキマに顔半分かおはんぶんはりつけた、うすい無精ぶしょうヒゲとグセの男。口からは、ホルスになじみのない食べもののニオイがしました。まだわかいはずですが、子の彼にはオジサンに見えました。

 目はふつうですがいきがややあらく、男はホルスを見ずに、彼の後ろをキョロキョロうかがっています。のびをして目を細め、階段かいだんの下にも注意ちゅういはらいました。

 せわしない挙動きょどうから、あらためてホルスをみなおました。値踏ねぶみするよう、上下に視線しせん往復おうふくさせます。

「ちっ」

 と、舌打したうちちしてから、きりだしました。これは他意たいのない、彼のクセでした。

「これ、もってって」

 半袖はんそでをめくった、ワキ毛のチラつく片腕かたうでをのばし、なにかわたそうとしています。ホルスは反射的はんしゃてきに手をだすと、こうに当たって落としそうになり、グシャッ、と指先ゆびさきでキャッチしました。

 冷汗ひやあせのでるホルス。視線しせんをもどすと、男はかおを引っこめた後でした。

 カラッポみたいな茶封筒ちゃぶうとうでした。小さくたたまれていて、ほんのわずかなデッパリ、ナットかワッシャーのようなかたちき出ていました。

 みょうな緊張感きんちょうかんがすぎさって、もう用事ようじはすんでいました。三秒さんびょうほどドアを見つめた後、ホルスはきびすをかえしました。




 感覚的かんかくてきには昨日きのうですが、今日の未明みめいあたりから、エリゼは、あわただしくなってきていました。解放区かいほうく(学校)の大人たちが、契約時間外けいやくじかんがい召集しょうしゅうされ、待機たいきしていました。今からお客様きゃさまがやってくるのです。カンオンのヘルスチェックでは、大人たちの心拍数しんぱくすう血圧けつあつは上がり、サーモグラフィは、体は赤く、かおは青く、かび上がらしていました。できればけたい来訪らいほうでした。

 最低限さいていげん生体反応せいたいはんのうをのぞき、カンオンの同期どうきがプッツリ切れたことで、四名の子らは「行方不明ゆくえふめいあつかい」となりました。カンオンがアラートをならし、各関係者かくかんけいしゃ通達つうたつ通知つうちがいきわたりました。

 まっ先にかけつけたのは、心の医師いしと体の医師いしのそれぞれ二名ずつ、看護師かんごし四名のけい八人でした。それにジュリの母親ははおやと、ややおくれてニコライの両親りょうしんもやってきました。ほどなく、警察官けいさつかん二名と市役所職員しゃくしょしょくいん二名が到着とうちゃく。マリの母親ははおやがやってきて、さいごに二名の刑事けいじもくわわりました。

 すべての関係者かんけいしゃのPTSD対策たいさくとして、クララン社会保険協会しゃかいほけんきょうかいから、二名のカウンセラーも派遣はけんされました。こころの対策たいさくは、なにも当事者家族とうじしゃかぞくにとどまらず、今や常識じょうしきとして、当局者側とうきょくしゃがわにも配置はいちされていました。解放区かいほうく警察けいさつ行政ぎょうせい医療従事者いりょうじゅうじしゃ、それに当のカウンセラーたちも、その対象たいしょうになりました。もっと大きな事件じけんともなると、カウンセラーのカウンセラーが、マトリョーシカのように、歌謡曲ニューミュージックのように、つつみこむように、増殖ぞうしょくするのでした。

 先々の先をうち、守ろうとしているのは、被害者ひがいしゃ人権じんけんではなく、かかわってしまった、すべての人たちの人権じんけんの方でした。予防線よぼうせん配慮はいりょによる免責めんせき過失割合かしつわりあいの少なさの確保かくほが、なにより重要じゅうようでした。

 エリゼのTrustee(s)は、いつも不在ふざいでした。トラスティーは受託者じゅたくしゃという意味いみで、数名すうめいいました。校長先生こうちょうせんせいではなく、いわゆる理事りじというか、まあ学校法人がっこうほうじんとかの、えらばれた複数経営者ふくすうけいえいしゃみたいなものと思って下さい。れんらくがおくれて最後さいごにやってきたサブ・トラ (副理事、これも記載上数名います) が、手のひらにあせをグッチョリかいて、対応たいおうしていました。

 カンオンの仕事しごと(情報収集、状況分析と判断、最終決定)が、人の仕事しごとに対して確率的かくりつてきにまさっているのは、周知しゅうち事実じじつでした。なのに、なんでみんな早々とやってきたのかって? たしかに現段階げんだんかいでは、まだ人手はいりません。ざっくりいうと談合だんごうのためでした。

 アリバイとしてのためと、みんなでりそい合うためです。当事者とうじしゃ当局者とうきょくしゃも、事後じごいかに有利ゆうりなれるかの、ヒガイシャの度合いのつばぜり合いと、その布石ふせきのためでした。そのつど、そのつど利害りがいグループごとに分かれ、ヒソヒソはなしあっていました。多文化共生たぶんかきょうせいにもとづいて、全体で話し合いをもつことは、じっさいはまれでした。いわんや、未成熟はんにんまえの子らに情報じょうほうなんて、あたえられませんでした。


「メイワクをかけて、いなければいいが……」

 ポツリと、ニコライの父親がいいました。

「なにいってんの、人命救助じんめいきゅうじょが先でしょ!」

 母親が食ってかかりました。

人命じんめいって……まだ早いだろ。事故じこがおきたら、それこそ、とっくに分かっているはずだろ」

「どこにいるか、わからないのよ」

正確せいかく位置いちがわからないだけで、生態反応せいたいはんのうはあるんだ。台風たいふうもきてないし、うんもいいことに、ずっとれがつづいている。それに、みんなといっしょだ。きのうの今日で、一日しか立ってないんだから、まだまだ、ぜんぜん、だいじょうぶ」

「――なにいってんの、その正確せいかく位置いちが分からないのが、いちばん問題もんだいなんじゃない。なんの保障ほしょうもないでしょ」

生体反応せいたいはんのうがある場合の生存率せいぞんりつは、ほぼ99%って、みんなしってるだろ」

「どんなケガをしてるか、わからないじゃない。のこりの1%だったらどうするの!」

「どっちの可能性かのうせいも低い!」

「どうして、そんなことがいえるの!」

確率かくりつ……」

絶対ぜったいじゃないでしょ。保障ほしょうは?」

「……」

 そんなもん、あるかよ。と思いつつ、だまりこんでしまいました。

「……やっぱり、ムリがあったんだ。だから、ここに入れるのは反対はんたいだったんだ」

「今さらなに? あなただって、同意どういしたことでしょ」

 彼女は、あきれがおでいいました。

「してないよ。したところで関係かんけいないだろ? 強引ごういんし切るだけなんだから。どうせ自分のしたいことを、するだけだ」

「なんで、今さらそんなこと言うの? 卑怯ひきょうよよ」

「すくなくとも子の意志いしじゃなかったろ? イヤがってたんだからな。君の願望がんぼうなんだよ。うちの子はその気になりさえすれば、なんでも人なみにできますよっていう」

「けっきょく、努力どりょくしたって、ムリなものはムリ。できないものは、できないんだ。みんなに、他の子に迷惑めいわくかけてまで、やることはなかったんだ」

「そんなこと思ってません。かってに一人でめつけないで。ちゃんとみんな・・・・で話し合ったでしょ? こちらがキチンと対応たいおうしてくれるっていう、了解りょうかいがあって、入れたんですからね」

「ね、そうですよね」

「――え? ハイ」

 ビクッとなる、キャッチャー(教師)のシュザンヌ。

「ほら、おとうさん。ちゃんと話し合ったじゃないですか(笑)」

 カンオンから目をそらし、しどろもどろにこたえます。彼女は他のアルバイトをすべて休み、今までオーラを消していました。

「そりゃ、そういうよ。ショーバイなんだから。オレでもいうよ」

 苦笑にがわらいするシュザンヌ。

「口でなら、なんとでもいえるさ。そういことじゃなくって、わざわざ高い金はらってまで来る価値かちが、彼にあったのかが問題もんだいなんだ」

「アナタはむかしっからそうね。お金のことばっかり」

「よくゆうよ、自分だろ!」

「あたしだって、お金はらってるんですからね!」

「ここただけな! 他は?」

 日ごろからニコライをめぐって、二人はケンカが、たえませんでした。しかし、しょうがいのある子を背中せなかにひかえ、世間せけんという共通きょうつうてきをもつことで、かえってこの夫婦ふうふは分かれずにいたのかもしれません。今いじょうに、おたがいがき合わずにすむからです。

 口ゲンカをしている二人の前に、ジュリの母親がいました。彼女は目の前のわかいカップルを、少しだけ、うらやましく思って見ていました。ニガイ過去むかしをもちながらも、ケンカをする相手あいてがいれば、今の不安ふあんまぎらわすこともできるからです。でも、なるべくそうは思わないようにしていました。それより彼女が気になっていたのは、さっきから、ずっとだまったままの、おとなりでした。ふくのせいかもしれませんが、マリの母親は、エリゼの一員関係者(保護者)の中で、かなり年上に見えました。他のおやたちとくらべ、だいぶ毛色けいろがちがう感じがしました。なんというか、その、自由民(DQN)っぽいというか……。

 やっと仕事しごとを思い出したのか、カウンセラーの一人が、わって入りました。


「みなさん、おはようございます」

 コモンがまず、あいさつをします。

「さっそくですが、緊急きんきゅうをようすることなので、本題ほんだいに入りたいと思います。それでは副理事ふくりじつとめます、ジョーシマからはじめさせていただきます。ジョーシマさんどうぞ、おねがいします」

 コモンはサブ・トラスティ―ス(副理事)と、外来語がいらいごではいいませんでした。現場げんばではそんなモンです。コモンは学年主任がくねんしゅにんみたいな立場ですが、リーダーがありえないのと、学習がくしゅう警備けいびなどの、外部ソフト会社がいしゃとの折衝役せっしょうやくもかねるので、そういわれていました。

 教師きょうしの立場であるキャッチャー、ほんらいは学年主任がくねんしゅにんであるコモン、理事りじであるトラスティ―ス、じつはみんな、エリゼに正式せいしき帰属きぞくしているわけではありません。みんな外部から委託いたくされた、契約期間けいやくきかんのきまった派遣はけんでした。けっきょくのところ、だれがほんとうのエリゼの主体者しゅたいしゃで、最終責任さいしゅうせきにんうものなのか、みんなよく分かっていませんでした。役員名簿やくいんめいぼ記載きさいもなく、数社すうしゃ迂回うかいした代行だいこうばかりでした。わすれていましたが、コーディネイターは来ていませんでした。

「ゲホン、ゲホン、ウォホン、ゥン」

「えーなにぶん、サマーホリディ中におきましたことなので、えーワレワレといたしましてもぉ、はなはだ不本意ふほんいではありますが、ゲンダンカイにおきましては、えー、今回おきました事態じたいのぉ、全体的概要ぜんたいてきがいようはですね、把握はあくしきれていないのがぁ、実情じつじょうでございます。はい」

 ちらっと、コモンを見ました。

 コモンはまっすぐ前を見たまま、かるく会釈えしゃくしました。照射角0度しょうしゃかくぜろどの、まわりには見えないプライベートモードで、危機管理対策ききかんりたいさくアプリを見ていました。いそいで言いますが、これは失礼しつれいにはあたりません。今やみんな、やっていることです。じょうだんではなく、親子の間でさえ、その会話かいわメソッドが使われているぐらいでしたから。そうしないとかえって、公的責任こうてきせきにんを問われ、ばあいによっては、社会的責任しゃかいてきせきにんをまぬがれても、世間せけんから私刑しけいに合いかねませんでした。

「夏休み中におきたことだから、カンケイないってことですか?」

 だしぬけにニコライの父親がいうと、いっしゅんで、まわりがこおりつきました。

「えー……、そういうことでは、ありません。はぁい?」

 コモンにふりむくと、無反応むはんのうでした。

「……ワレワレといたしましてもぉ、そのおー、できるかぎりの手はですね、うたさせていただく所存しょぞんでございます。はい」

「――つきましてはぁ、保護者ほごしゃの方みなさまのぉ――」

「ことがおきる前に、どうして兆候ちょうこうなり、なんなりを把握はあくできなかったのですか?」

「チョ、ちょっとあなた」

 母親が止めに入ります。

「えぇーそうですね。ワレワレといたしましてもですね、はい、最善さいぜん努力どりょくをしてきたつもりですが、なにぶん、前例ぜんれいのないことがらでございましてぇ――」

前例ぜんれいがないと、なにもできないんですか? (笑) いや、ジョウダンですけど」

「はは(笑)、そうでございますねぇ……。いえいえ、そんなことは、ございません(キリッ)。われわれの自動契約じどうけいやくいたしております、レームダックしゃ警備けいびソフトならびに、GUMONしゃ、ストレイシープしゃ共有きょうゆうソフト(前者は学習用、後者は主に私生活管理用ソフト)は、つねに最新さいしん最高品質さいこうひんしつのものを毎秒単位まいびょうたんいでアップデート――」

「聞くところによると、その男の子は前に一度、夜中にぬけ出したことがあったそうじゃないですか。どうなんです、そこんとこ。これ、さいきんの話ですよね ?」

「えぇーですから、そこのところはですね、はい、ただ今、警備会社けいびがいしゃにですね、早急そうきゅうに問い合わせをしているところなんです。はい?」

「そっちは後でいいですから、ここの体勢たいせいはどうだったんですか?」

「なにぶん、ワレワレといたしましてもぉ、ぜんれぇ――」

 もおー、やめてよ。と母親はあたまをかかえます。彼女は度重たびかさなる空気をよめないおっと発言はつげんに、ニコライの個性(障がい)の遺伝的いでんてき素因そいんをうたがいました。

「でもそうなる前に、だいぶ時間てきゆうよは、あったわけですよね?」

「えー……そう言われましてもですね、ある一員いちいんがタクシーを利用りようしたりといった、われわれにも予測よそくのつかない――」

「ちょっとそれ、どういうことですか」

 ジュリの母親が、をのりだしました。

「うちの子が、原因げんいんとでも言いたいんですか!」

「いえいえ、ぜんぜん、ぜんぜん。そぉーいうことではありません。はぁい。」

 あせだくの副理事ふくりじがコモンの方をふりむくと、コモンははなをすすり、こしかけ直しました。




 しつこいようですが、当局者とうきょくしゃが集まっているのは、現実げんじつ対処たいしょするためではありません。今や情報収集じょうほうしゅうしゅうも、状況分析じょうきょうぶんせきも、最終判断さいしゅうはんだんも、すべてカンオンのお仕事でした。じっさいの人手をかりるのは、すべてが決まった後なのです。理由りゆうは、先ほど言ったリスク回避かいひいがいにも、もう一つありました。

 見ばえによる安心感あんしんかんのためです。「いやし」といっても、かまいません。蒸気機関車SLが光りより早く宇宙うちゅうをゆく、むかしの漫画アニメみたいに。それを老害ろうがいのための回顧主義レトロしゅぎと、けなす一部の中年世代ゆとりもいましたが、おおむね社会的同意コンセンサスられていました。

 でも、もっとホンネをあかせば、カラオケとおんなじ、かわりばんこの承認欲求しょうにんよっきゅうでもありました。プロしごと(カンオンの補助)にくらべ、ヘタクソどうしのシロウトげい黙認ガマンできるのは、いずれは自分も、その檜舞台ひのきぶたいに立ちたいからです。それをもふくめ、人間がいることで、人々は納得なっとくするのでした。


「――ことに、ことに、最優先さいゆうせん細心さいしん注意ちゅういをはらわねばならないのは、マリとみごもった子の生命せいめい母子双方ぼしそうほうの心と体の健康けんこうのことでございます。おわかりのこととはぞんじ上げますが、みなさまにつきましても、くれぐれも、くれぐれもぉー、そのことだけはぁ――」

 ここだけは、ここだけは、かならずわすれず力をこめてしゃべるよう、コモンにいわれていました。危機管理対策ききかんりたいさくアプリも、赤文字あかもじらしています。

 彼は脂汗あぶらあせをながし演説えんぜつしました。石にかじつりついてでも、老害ろうがいあつかいされても、まだ仕事しごとうしなうワケにはいきませんでした。年老いたつまと中年のむすめをかかえ、貯金ちょきんもない窮状きゅうじょうが、退職リタイアをゆるさなかったからです。どうせ年金ねんきんをもらえるのは、氏んだ後でした。

 となりで下から見ているコモンにとって、老害ろうがいにはオーバースペックの、高級こうきゅう危機管理対策ききかんりたいさくアプリが、副理事サブ・トラの前でまたたいていました。


 たしかに、もっとも懸念けねんされるのはマリの体調たいちょうですが、医師いし看護師かんごしには、当面とうめんなにもすべきことがありませんでした。前もった情報じょうほうもないし、体という物体モノがないいじょう、どうすることもできません。現時点げんじてんにおいて、だれより無責任むせきにんかつ、のんきでいられました。しかし、いちばん対人接触たいじんせっしょくをふくむサービスぎょうなので、もっとも訴訟そしょうリスクが高いのでした。そのため、かなりの高給こうきゅうとりでしたが、強制加入きょうせいかにゅう任意にんい保険ほけんで、サラリーの五分の三が消えました。

 今はあらしの前のしずけさです。医師いし看護師かんごしたちは、これをささやかな役得やくとくによる休暇きゅうか心得こころえ、ともどもスキをみては、カンオンをなぶっていました。とはいえ、じつは手もちぶさたなのは、みんないっしょでした。警察けいさつ行政ぎょうせい解放区かいほうく(学校)、そして親たちもまた、人目をさけ、おなじように内職ないしょくにはげんでいたのでした。




 ホルスの家のちかく、スモウ川のつつみわきの公園こうえん


「ハイ、コレ」

 ホルスがさし出すと、ダイはうばうようにつかんで、むねポケットにねじこみました。うっすらヒゲが、口もとにうかんでいました。

「わすれろ。今日おまえは家にいたことにしろ。いいな」

「……」

「だれにも、いうなってことだ」

「あとコレ」

 そういってダイは、セカンドバックを、さし出しました。ホルスはその場で開けて見ませんでしたが、中にはゴムでしばったプリペイドカードのたばが、たくさん入っていました。全国コンビニ、エネルギースタンド共通きょうつうカード。飛行機ひこうきふね鉄道てつどう、タクシー等の乗物のりものチケット。家電かでん図書としょ、スーパー、食品しょくひん、ビールなどの商品券しょうひんけん。それに、いちばん金額きんがくの大きい通販会社つうはんがいしゃ国内外こくないがい信販会社しんぱんがいしゃのギフトカード。さまざま組み合わされ、らんざつにくくってありました。

「れいのとこに、かくしとけよ」

分散ぶんさんしとくんだぞ」

 うなずくホルス。

「今さら言わないが、とうぜん分かってるだろうが、だれにもいうなよ」

絶対ぜったい絶対ぜったいだからな! いいな、わかったな!」

「今から、どっかいくの?」

「へんじは!」

 と、声をあらげます。

「……うん」

 間をおいて。

「……ちょっとな」

 そういってダイは、じぶんの大きなサングラスを、こづくようホルスにわたしました。

「じいちゃん、じいちゃんだからな。ボケたことしないよう、ちゃんとみてろよ」

「いらんよ」

 ホルスが返そうとしますが、ダイはわらって、うけとりませんでした。

「おまえも、エリゼにいけたかもしれんのに、クソッ」

 ペッと、ツバをはきました。

「はぁ? いきたかねーし」

「今はな。あとで、そう思うよ」

「おもわねーよ。あんなとこはクソだ」

 フフっと、ダイはわらいました。

 それから後ダイは、こまごまとした雑事ざつじを、ホルスにつたえました。

「また、なんかあったら、すぐ連絡れんらくするから。じゃあ」

 そういって、体がかくれそうなほど大きなカバンをかたにかけ、彼は足早に立ちさりました。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 22 (メエルシュトレエム・大渦巻)

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      メエルシュトレエム・大渦巻



 光のまたたき。

 間をおいてとどろく、超低空ちょうていくうをかすめる、軍用ぐんようジェットのような音。

 余韻よいん長引ながびきます。

 ビリビリしびれるまどのワクにたまった、ポリッシャーみたいなアワ。外には、まっ白な雪原せつげんが広がっていました。

 泡立あわだち、うねり、れ来るう海。

 つぎつぎあたまをもたげ、波頭なみがしらをまきこんでくずれ落ち、一つに解消かいしょうされる海。

 われる破裂音はれつおん船腹ふなばら檄突げきとつする水。きしんで悲鳴ひめいを上げる、肋材アバラはり骨格フレーム

 もう外へ出る勇気ゆうきは、ソルにはありませんでした。

「プルルルルルル」

緊急事態きんきゅうじたいです」

「バランスをとるため、救命用きゅうめいようシーアンカーを射出しゃしゅつします。よろしいですか?」

 おちつきはらった声で、ナレーターがいいました。

 だれも返事へんじをしませんでした。

「ガコンッ」

 ショックがつたわり、オレンジ色の三角形のパラシュートが、まっ黒な海中になげこまれました。

 舳先へさき風上かざかみにむけようと、ふね足掻あがきます。モーターがうなり、プラスティックのけるような、異臭いしゅうはなをつきました。

 なみり上げ、船底ふなぞこの前半分をさらし、立ち上がるようジャンプします。なみなみへこみに落ちこみ、水平すいへい視界しかいから完全かんぜんに消え沈没ちんぼつ重力じゅりょくならされる水とともに、ふたたび浮上。すがたを見せました。さいげんなく、それを繰返くりかえしています。

 ソルはゲンナリしてきました。

「いつまで、つづくんだよ!」

 直後ちょくご、マンション一棟分いっとうぶん直撃ちょくげきを横からくらい、なすすべなく一回転いっかいてんしました。

 シートに固定こていされていなかったソルは、下半身かはんしんをなげだされ、ゆかに骨盤こさばつたたきつけられました。

「いってーな!」

 はいつくばって舵輪柱だりんばしらにしがみついていた彼は、いた下半身かはんしんを引きよせ、をおこします。こんどは、カニばさみできつく体勢たいせいにかえました。

 後から気がついたのですが、れていたのは幸運こううんでした。もともと川の浅瀬あさせをゆくための、小型こがた構造こうぞうです。もうしわけていどの、下ビレのバラストキールと、天井てんじょうりつけただけのマストは、船底ふなぞこまでの貫通式かんつうしきではありませんでした。そのコンパクトな安易あんいさによって、よけいな抵抗ていこうぎゃくにいなし、フタをしたペットボトルみたいに、波間なみまにクルクルただよっていたのです。

 だれかが、さけんでいる気もしますが、颶風ぐふうなみ怒号どごうにかき消され、人の声と判別はんべつできなくなっていました。ときおりひらめくイカヅチに、三人のシルエットがうかんで見えました。

 どれくらい時間がたったでしょう? 数分すうふん数十分すうじゅっぷん数時間すうじかん? ずいぶん長くも感じられますが、興奮分こうふんぶん大幅おおはばし引いたら、せいぜい二十分といったところでしょうか?

 ほんのちょっと、ふね安定あんていしてきたような気がします。気のせいか、ななめに、かたよっているみたい。ずっと舵輪柱だりんばしらにしがみつき、激浪げきろうえてきたせいで、感覚かんかくがおかしくなっているのでしょうか?

 りょう手をつき、半身はんみをおこします。ってはいません。あきらかに、船自体ふねじたいかしいいでいました。

「おーい」

「……」

「おーい」

「……」

「おーい」

 きょくたんに光の落ちた薄暗うすくらがりの中、ずりずり片肘かたひじついて、みんなに、にじりよります。三人とも、目をつむっていました。

「なんだ、ねてんのか」

 彼は気がぬけました。

 フラつきながら、くるぶしに力をかけ、ななめに立ち上がりました。バランスをとりながら、そのまままどへと歩みよります。

 まっ黒な外界がいかい。のっぺり黒一色で、かべのようでした。砂粒すなつぶのようなほしも、波模様なみもようの白いムラもなく、雷光らいこう反照はんしょうはおろか暗雲あんうん濃淡のうたんさえ、黒一塊くろひとかたまりりこめられていました。どこからか、地の底からいてくるような、えたいのしれない咆哮ほうこうだけが聞こえていました。

 すわって、すべり台のように反対側はんたいがわへいどうすると、こっちも、まっ黒。黒いかべの下だけボヤけ、ケバ立ってます。

「なんだよ、コレ」

 よろめきながら、また反対側はんたいがわへと、しゃめんをのぼりました。

 まどごしを、じっと、見つめるソル。

 パッパッと、おかのむこうでカミナリのひらめき。

 ぬりかためたような黒壁くろかべ肌理きめを、白く浮動ふどうする綾目あやめ。それはアブクでした。

 恐怖きょうふがこみ上げてきました。

 反対側はんたいがわへいって確認かくにんしなければいけませんが、足がすくんでうごけません。でも、もうわかってます。

 あっちがわの、あのボヤけたところが、下なんだ!

 それは下ではなく、まん中でした。しぶしぶ勇気ゆうきをふるって、もう一度のぞきこむと、そこは泡立あわだうず中心ちゅうしんだったのです。

 彼は後戻あともどりのできない境界線きょうかいせんのこっちがわ、非日常ひにちじょう危険地帯きけんちたいにいました。

 ぼーっと現実感げんじっかんから、とおざかるソル。その無為むいへの逃避とうひこそ、すくいようのない現象げんじつに直面しているという、たしかな証拠しょうこでした。うつろな気ぶんの中、いやいや彼は、それをけ入れざるえませんでした。現実げんじつを、またぐ(穢す)ことは、できないないからです。

 ひざがいたいようつめたく力が入りません。なんとかしなくちゃと思っても、なにも手がつけられず、こくこくと時間だけがぎていき、じりじりあせりだけがつのります。時間をムダにしてるのが久留おしいほどえがたいのに、うごきたくてもうごけない。数分前すうふんまえのじぶんにハラを立て「おまえのせいで、あぶなく、みんなをこすとこだったろ!」となじり、絶望ぜつぼう無為無策むいむさくの、ふさぎようのないあなをうめていました。

「う"わー!」

 とつぜん絶叫ぜっきょうするソル。

「バカバカしい、やめやめ」

 自己批判じこひはんという、落ち目の人間の最後さいご矜持プライドっすると、彼は暗闇くらやみをまさぐり、現実カンオンをさぐりあてました。

 つかんだ!

 もしかしてオレ、(生まれて)はじめて、カンオンにさわったかも?

 カンオンはヒンヤリして、かなりかるめ、ややマットな手ざわりでした。ハチ巣状すじょう複眼ふくがん凹凸感おうとつかんはなく、ゴルフボールより小さくアメ玉より大きい、ごろっとした球体きゅうたいでした。

 やっぱり、こわれてるのかな?

 そうか、わかった。エネルギー切れか!

 ん? まてよ。

 はやくね? なんかエネルギー切んの、はやくね?

 酷使こくししたのが原因げんいん

 そうか? そうでもないだろ? 

 う~ん……

 彼は自問自答じもんじとう現実逃避げんじつとうひ(?)をしている間、しばらく恐怖きょうふをわすれれていました。

 はっとなって、そんなこと考えてるばあいかと気をとりなおします。カンオンをふったり、指先ゆびさきでコツコツたたいてみたり、とにかく、なんでもいいから具体的行動ぐたいてきこうどうを心がけます。手首てくびのスナップをきかせ、ほうりなげました。みみをすましても、落下音らっかおんは聞こえません。

 たぶん、まだ生きているな。

「つけ」

 ささやくように。

「つけ、つけよ」

 せっつくように。

「あかりつけ!」

 ぼやんと、氏にかけのホタルのような明かりが、ともりました。

「チッ、やっぱエネルギーか」

 まったく、わるいことしか、おきないのかよ。

 彼は嘆息たんそくして、あいてのいないいかりをおぼえました。

「!」

 光と破裂音はれつおんやみき、またやみにかえりました。

 衝撃波ソニックブームに、ふね人体じんたいつらぬかれ、はげしくビリビリ振動しんどうしています。大木がけ、飛散とびちるような音とともに、電流でんりゅうが走りました。

 ストロボみたいに頻度ひんどをます雷光らいこう間髪かんぱつ入れずとどろ雷鳴らいめいはくがはったみたいな聴覚ちょうかく鈍麻どんまと、パチパチとした手ざわりの空間。口の中の鉄味かなあじが、まだ消えずのこっています。

 どぎまぎした心臓しんぞうと、呼吸こきゅうがととのってきました。彼はドキッとした、さっきを思いかえします。

 光にらされたニコライのかお一瞬いっしゅんそれが、ホルスに見えました。

 そのかおは、おこっていました。いえ、わらっていました。今さっきのことなのにハッキリせず、ただ印象いんしょうだけが、むねにこびりついていました。

 彼は、ぼそっと言いました。

「なんだよ、」

「だれなんだよ、おまえ」




 おそるおそるジュリは、目をあけました。さっきまでの大風おおかぜ大波おおなみが、うそのように、しいんとしずまっています。

 あたりを、うかがうジュリ。

 目をつむって歯をくいしばり、えしのんでいるさなか、ブッツリ時間が切れたみたいに、あらしがやみました。

 暗がりの中、となりのニ人のかげはピクリともしていません。まどは外から塗装とそうされたように、まっ黒でした。ゆかにころがっただれかのカンオンが、うすボンヤリ、みどりともっています。

「みんな、なにしてるの」

「ねてるの?」

 きゅうにしずかになるなんて、どう考えてもへんです。無感覚むかんかくのまま、数時間後すうじかんご転送ショートカットされたみたい。それとも短期記憶障害たんききおくしょうがいにでも、彼女はなったのでしょうか?

 わたしだけ?

 え、わたしだけ?

 実感じっかんがともないません。ねてもいないし、ゆめもみていないのに。彼女はなっとく、しかねています。

 恐怖きょうふのあまり、じぶんだけ気絶シャットダウンしたのかと、きゅうに気恥きはずかしくなる一方、みんなにダマされているような気もしてきました。

「うそでしょ」

「まーた」

「ほんとは、カンオンつかえるんでしょ?」

「ねたフリなんかして」

「わたしのカンオンに、なんかしたの?」

「……」

「いやいや、しってるって(笑)」

「しってんだから、ソル(笑)」

 ゆかでたフリをしているはずの、黒いカタマリにむかって、いいました。

「ハイハイ、もういいから」

「もういいって」

「いや、もういいから」

「……」

「だから、もういいって!」

 気味きみがわるくなってきました。だれもおきないのです。なんの反応リアクションもありません。

「タチわるいな、子かよ!」

 不適切ふてきせつなコトバをつかいましたが、気にせずスルーします。もう彼女は、自分のコトバを、しんじてはいません。

「おい、いいかげんにしろ!」

「いつまでやってんだ!」

「もう、やめろ!」

 暗闇くらやみの中で繰返くりかえす、自分のいき。それだけがみみについて、はなれません。

「おい!」

「おい!」

「おい!」

「…………」

 いのりながら、なにかをちつづけるジュリ。暗黒あんこくが、彼女の前をふさいでいました。


 ジュリが氏という概念がいねんにいたらなかったのは、彼女の日常にちじょうから、それが疎外そがいされていたせいでしょうか? それとも主観的観点しゅかんてきかんてんから、納得なっとくしかねたからでしょうか? ニコライのヒザと、その上でにぎったマリの手が、つめたくなかったからでしょうか?


 まっても、まっても、なにもかえってきませんでした。

「もう、いじわるしないで……」

 ジュリはいていました。

 彼女はみどりの光だけを、じっと見つめていました。

 それは保留状態ほりゅうじょうたいをしめす色でした。考えられるのは、のこり少なくなったエネルギーのための、しょうエネモードか。もしくは、なにかを実行中じっこうちゅうのまま、不具合ふぐあいがおきたことによる一時停止フリーズか。それともたんに、長時間ちょうじかん放置ほうちされたすえの、仮眠かみんモードへの移行いこうか。

 時間じかん……。

 ジュリは、ぞっとしました。

 じぶんだけが、それからのこされていました。

 こんなことって、ありえない! 

 彼女は心の中で、さけびました。

 孤立こりつしないこと。ただそれだけを、今まで彼女は気をつけていました。

 なのに、なんで、わたしだけ?

「ねえ、なんで、わたしだけ!」

「ありえない! ありえなくない?」

「なんで、わたしなの?」

「なんで、わたしだけなの?」

「おかしくない?」

「ねえ、ねえ(笑)」

 じぶんが、だれかの身代みがわりになっているような気がしてきました。でなけければ、絶対ぜったいにありえない。というか、ありえっこない! とっさに、ソルのかおが想いうかびます。

「そうだソル。ソルよ。」

「そうにきまってる」




 あらしがおさまったと見るやいなや、ニコライは外へ出ました。みんなはグッスリ、おやすみのさいちゅう。

「パシャン。チャポン、チャポン」

 音を立てて、なにやら船外活動せながいかつどうに、彼はいそしんでいます。

「クソあとチョット。あとチョットなのに!」

 とつぜんあらしがおさまると、きゅうくつさとくらに、やもたてもいられず、彼は外にとび出しました。

 チャコールグレーのくもをすかした月あかりの下、波間なみまに光るモノを見つけました。ニコライは、じぶんだけの大発見だいはっけんに色めき立ち、できるなら一人で引き上げたいと思いました。みんながおきたら、ビックリさせたかったからです。

 さっそく彼は、道具どうぐさがしをはじめました。思い切りがいいのか、かがやきをうしなったカンオンには、見むきもしません。そもそも、生まれた時からカンオンもちの子らにあっては、カンオンに物理的要求ぶつりてきようきゅうをする、その発想自体はっそうじたいありませんでした。

 船橋ブリッジの白い外壁そとかべにハメこまれた、オレンジ色の浮輪うきわが目に入りました。外したところに指穴ゆびあなへこみを見つけ、中からフローティングロープをとり出します。大ざっぱに二つをくくりつけ、海へなげこみました。

「パシャン。チャポン、チャポン」

 くりかえし、くりかえし、なげこむニコライ。

「入れよ、クソ! 入れ!」

 気もちてきに三桁みけた投擲とうてきの後、やっとワッカっかに、スッポリおさまりました。

 引き上げる時が、また一苦労ひとくろう。なんどもなんども、ワッカをすべり、海に落っことしました。泣きそうになるニコライ。だれかをうらみたくなってきました。ちょっとだけ泣きました。ソルをおこして、手だすけしてもらいたいたかったのですか、それはぜったいイヤでした。いちばん彼がはなをあかしたかったのが、ソルなんですから。なんとか引き上げた時には、もう、へとへとになっていました。

 やったぞ!

 オレ一人で、やったんだ!

 彼は、ほこらしく、まんぞくでいっぱいでした。

 引きよせながら、うすうす感づいていましたが、それは、きのうソルがなげた飛行機ひこうきでした。

「これ、もうオレのだよな!」

 彼はじぶんがついやしたガンバリとつかれを、それと引きかえにした気ぶんになっていました。

 もう、あいつがなんていったって、かまうもんか。

 見つけたのはオレなんだ。

 オレがひろわなきゃ、そのまま、海に消えてたんだからな。

 オレが、がんばってふねに引き上げたんだ。

 むしろ感謝かんしゃしてもらいたいぐらいだ。

 ざんねんでした、ごくろうさん。

 くろうしたのはオレか(笑)。

 もうこれ、オレのモンだから(笑)。 

 彼は目をかがやかせて、それに魅入みいっていました。ズブぬれの、黒くて、ぶかっこうなそれに。




 じつはマリは、このたびのはじまる前から、それもずっと前から、母親のことしか考えていませんでした。恋人パートナーの男の子のことは、たびのさいちゅう、ただの一時もあたまよぎりませんでした。

 彼女はじぶんが、ママに心配しんぱいかけていることを、いちばん気にやんでいました。

 というより、心配しんぱいしてくれているのかな? 

 むしろ、心配しんぱいすればいいのに。

 てか、心配しんぱいしろよ! 

 マリはじぶんでも、じぶんの気もちが、よくわかりませんでした。

 彼女はエリゼに入れられたことを、うらんでいました。母親にてられ、うらぎられた気がしていたのです。

 ママの仕事しごとのメーワクになったつもりは、まったくなかったのに!

 マリは母親のことがキライで、それいじょうに好きでした。

 ほんとうは、彼女が妊娠にんしんしたのは、母親の気を引くためだったのかもしれません。母親とそのまわりの気を、引きたかっただけなのかもしれません。

 じつはマリは、ジュリのことがキライでした。でも、ほんとうは彼女のことが、うらやましかっただけ、なのかもしれません。

 明るいジュリ。女子のグループで中心のジュリ。キャッチャーに一目いちもくおかれているジュリ。お金もちのジュリ(エリゼにいる時点で、彼女自身もまずしいワケないのですが)。わたしより、かわいいジュリ(はた目から見たら、さほどのがあるようには、見えませんが)。いつも私の上に立って、おねえさん風ふかせるジュリ。などなど。思いかえすたび、だんだんハラが立ってきます。

 それどころか、まるでママ気どり! 

 いったい、なんなの!

 彼女としては、妊娠にんしんしたことで、ジュリや一員いちいんの女の子たちに、先んじたつもりでした。

 でも、なんかちがう……。

 じぶんが尊敬そんけいされているというより、どこか、とくに女の子たちから、ばかにされているような気もしていました。男の子たちはかべができたように、ちかよらなくなりました。そんな時彼女は、きっと嫉妬しっとしているんだ。と思うようにしていました。

 うばわれていた視界しかい閃光せんこうが走り、耳をつん雷鳴らいめいとどろきます。襟首えりくびをつかんで引っぱり回し、かべたたきつけるような怒涛どとう衝撃しょうげきがつづいています。マリはまぎれもない現実げんじつ遮断しゃだんするため、目をつむり耳をおさえ口をとじ、じぶんはジェットコースターにのっているというていで、それらの考えに没頭ぼっとうしていました。

 あらしはいつまでたっても、止みませんでした。


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