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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2016年05月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 25 (ねむけ)

スマホ640pix



      ねむけ



 存在するものを否定し、存在しないものを解釈するのが、時代を問わず哲学者の共通癖である。


      ――「新エロイーズ」第6部の手紙10へのルソーの脚注



 万物の移ろいやすい本性を見抜くことにかけては、わたしは傑出していると自負するものだ。まことに奇妙な傑出ぶりであって、わたしのいっさいの歓びを、いやそれどころか、もろもろの感覚をすらそれが廃物にしてしまうのだ。


      ――「生誕の災厄」E・M・シオラン(紀伊國屋書店)



 りゅうは、こちらを見ています。かおはまっすぐ前にむけ、微動びどうだにしません。透明とうめいなヒゲや触覚しょっかくが、ゆらめいています。脈打みゃくうつたび、パターンを変える虹光線にじこうせん動脈レッド・ハンマー静脈ブルー・ハンマーが、ゆきつ、もどりつ、ながれています。血流けつりゅう内部ないぶさらし、まばゆい発光体はっこうたいとなって、外部がいぶらしていました。

 少年はかたまったまま、うごけません。無機物モノかがみをあいてに、にらめっこをしている気ぶん。勝目かちめのないワンサイドゲームに、こちらのライフポイントだけが、へっていくみたいでした。

 ソルはあいての意向いこうを、はかりかねていました。もう、とっくに見つかっているはずです。そう思ってか、なかば、開きなおっていました。ふるえるほどの恐怖心きょうふしんはなく、ただその見た目の迫力はくりょくに、圧倒あっとうされていました。

 目もくらまんばかりのかがやきにも、だんだん、なれてきました。全体的ぜんたいてき不透明感ふとうめいかんに、「くすみ」や「かすれ」ぐあいなど、今まで気づかなかったあらが、見えはじめてきました。ところどころ、ウロコのプリズムが、はがれ落ちていました。

 にらみ合いが、つづきます。彼は、おなじ姿勢しせいでいるのが、つらくなってきていました。いいかげん、らちがあきません。足場あしばをおきかえるため、かた足をずらします。モワッと、黒いケムリが立ちのぼり、繊維状せんいじょうにほどけていたブルーシートが、もろくくずれました。

 りゅう反応はんのうしません。彼は直感的ちょっかんてきに「じぶんからは、うごき出さないタイプだな」と思いました。 

「ちぇっ、もったいつけやがって……」

 小声でブツブツ。

 オレがなんかするの、まってやがんな。クソ……。

 じっさいのところ、もったいつけているというワケではなく、それがりゅうにとっての普通あたりまえでした。天敵てんてきがおらず、寿命じゅみょうもなく、なににおびえる必要ひつようもないりゅうは、ひどくアンニュイ(倦怠)でした。その緩慢かんまん鷹揚おうよう態度たいどは、もはや生得的せいとくてきともいえるほど、龍自身りゅうじしんになっていました。

 りゅう成龍せいりゅうになってから、いったい、どれくらいの月日がながれのでしょう? りゅうは、むかしを思い出せませんでした。いくらさかのぼって、とおい記憶きおくびさまそうとしても、小龍こりゅうとしての自分は出てきません。ほしと海の誕生たんじょう永遠えいえん一瞬いっしゅんが、想起そうきされるだけでした。その創生そうせい記憶きおくを、バカらしいとみずからいましめるのにも、もう、あきあきしていました。

「おいっ!」

 シールドにポツポツ、ツバが、かかりました。

 水中で聞こえるわけありませんが、ソルはわかっていて、やっています。こんどは、示威的しいてきに見えてもかまわないくらい、大きく手足をふりまわします。

「おいっ!」

「おいっ!」

 ヘルメットの中で大声を出し、ブウン、ブウンと水を切りました。

 彼はこの時点では、相手あいて動物どうぶつ一種いっしゅとみなし、なめていました。どうせ聞こえっこないし、見えてもこっちは小さすぎるし、みぶり手ぶりの意味いみも分かるまいと。

「おーい!」

「ブウウゥン、ブウウゥン、ゴボボボボ……」

「おーい!」

「ブウウゥン、ブウウゥン」

「おーい」

「ブウウゥン、ブウウゥン、ゴボボボボ……」

 アレ、もしかして、ぜんぜん気づいてないかも? 

 ますます調子ちょうしにのります。

「おい! なんとかいえよ、コルァ!」

「おま――」

「ウルサイ」

 ドン! とハチキレそうになるソル。風船爆弾ふうせんばくだんみたいに、スーツの中で破裂はれつしそうになりました。

「ゴボボボボ……」

 呼吸こきゅうととのうのを、まちます。

 あたりは、しずかでした。

 空耳そらみみかも?

 おそるおそる、小石をげるように、といかけます。

「おーい……」

「聞こえてるか……」

「お――」

「聞こえてる」

 やっぱりりゅうでした。き声ではなく、キチンとしたコトバで、かえされました。コトバが分かることより、ハッキリこっちを認知にんちしていることが、ショックでした。

「なんだ、気づいてたのか」

 キョドリつつ、なにくわぬかおのソル。

 しばらく間がきました。

「よごしてくれたな」

「あ……、うん……」

におうぞ」

「あ……、うん……」

「……」

 あれ、なんで水の中で聞こえてんだ?

 と、思ったとたん――

「お前が自分に、はなしてる」

 すかさず、彼の中でひびきました。

 混乱こんらん

「人間じゃないんだ、っているだろう?」

 ?!

「そうだ、そのりゅうだ。お前らのコトバなんぞ、話すわけないだろう」

 今まさに思い当たるフシが、あたまかんだばかりでした。

 現前げんぜん知覚ちかくするりゅうと、知識ちしきとしてのゅう。その合一ごういつ体験できごととして、ソルにおきました。ばくぜんと喚起かんきされた、りゅうにまつわる記憶群イマージュ。そのうちわけである、不可解ふかかい生態せいたいと、神秘的しんぴてき能力のうりょくりゅうなるものの意味シニフィエが、結像けつぞうしかけたばかりでした。

――じつのところドラゴンについては、正確せいかく実態像じったいぞう把握はあくするものは、まだ、だれもいません。科学的検証かがくてきけんしょうえるほどのデータがとぼしく、カンオンいぜんのアナログ情報じょうほうが、未整理みせいりなままのこっているだけでした。今なお伝承でんしょう目撃情報もくげきじょうほうに、多くをっているのが実情じつじょうで、その研究けんきゅうは、いっこうにすすんでいませんでした。

 とくに成獣せいじゅうのドラゴンにかんしては、極端きょくたんなほど客観情報きゃっかんじょうほうが少なく、のこされた古い映像えいぞうは、つねに真偽しんぎ対象たいしょうとなっていました。近年きんねんにいたっては、単体たんたいでの突然変異個体とつぜんへんいこたい、もしくは、むかしの人の情報不足じょうほうぶそくからくる心理的肥大化しんりてきひだいかとして、その実在性じつざいせいすらあやぶまれ始めていました。

 科学的懐疑かがくてきかいぎを受け、ドラゴンの歴史的記述れきしてききじゅつを見直す気運きうんが、歴史学会れきしがっかいにも波及はきゅうしました。歴史修正化れきししゅうせいかながれに危惧きぐをいだいた人たちは、カウンターとしての反歴史修正主義はんれきししゅうせいしゅぎを立ち上げました。すると、そのカウンターのカウンターとしての、反反歴史修正主義はんはんれきししゅうせいしゅぎ積極的歴史修正主義せっきょくてきれきししゅうせいしゅぎがおこりました。そうなると必然的ひつぜんてきに、歴史中道主義れきしちゅうどうしゅぎもあらわれます。しだいに「なになにりの」とか、細かくセクト化していきました。

 みんなでたがいの力をそぎ合い、泥沼どろぬまのレッテルをり合い、口角泡こうかくあわばして舌戦ぜっせんり広げる中、当の本人たちでさえ、どっちがどっちだか、時々よく分からなくなりました。

 もはやロストドラゴン世代せだい現役世代げんえきせだいの大半をしめ、ひさしく時がすぎています。りゅうについて生々しい記憶きおくをもつ人たちは、すでに鬼籍きせきに入っているか、その順番じゅんばんをまつばかりとなりました。今の大人たちにとっての成龍像ドラゴンぞうも、ソルのような年少の子らと同じく、間接情報かんせつじょうほうによるものでしかありません。「知らないけど知っている」そんななつかしさでしか、ありませんでした――。

「――つまり、どういうこと?」

 うまく考えが、まとまらないソル。

「……」

 りゅうは、だまったまま。

「――ん、だから?」

 ぶしつけにこたえを、さいそくします。

「メンドウクサイな……」

 イヤイヤといった感じで、りゅうは話しはじめました。

「お前らのあたま横着おうちゃくをする。わからないモノに出合うと、知っているコトバにえる。お前らのあたまは、すぐに安心あんしんしたがる」

 イヤな仕事しごとは早くわらすべく、一気にしゃべりました。

「心をよんでいるの?」

「つまらないことを言うな。りゅうは人には合わさない。お前らに、わざわざ話しかけたりもしない」

「いってんじゃんw」

「出会わす、くらいはするさ。お前はウルサイ。こっちは、ただ指図さしずしている。あれだ、ようするにメンドクサイ……」

 生アクビ。キバにとどまっていた気泡きほうが、プクッと上がりました。

「べつに分からなくていい。お前の方で自重じちょうしてくれ……」

 やっとわったとばかり、目を閉じかけます。

「ジチョ―?」

「なにいってんの? ちがいが、わかんないんですけど?」

 つむらせまいと、すかさずくさびをうつソル。

「わからなくていい、といっている」

 まだ、なんかあるのかと、イラつくりゅう

「どけ、ジャマだ」

「石だ。石とおなじだ。かんちがいするな」

「石? 石になに、いってんの?」

「うごける石だ。お前からどけ」

「そんなもんないよw」

「どっちでもいい。お前らの問題もんだいだ」

「はぐらかすなよ」

「うごきたくないんだ」

 そういったきり、しゃべらなくなりました。

 りゅうかべみたいな沈黙ちんもくを前にして、彼もだまるしかありません。ゲームキャラクターが、えんえん、足ぶみするようなバグ状態じょうたい。もどかしい時間が、すぎていきました。

 とうとう、しびれを切らしたソルは、かるくツバをんでから、はなしかけます。

「ねえ……」

 へんじは、ありません。

「ねえ」

 無反応むはんのう

「ねえ」

 以下略いかりゃく

「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ねえ」


「ね――

「ウルサイ!」

 怒鳴どなりゆう

 やっとのへんじに安心あんしんすると、小声でもう一度、うかがいを立てます。

「あのさ……」

「もういいかげん、返ってくれないかな……」

 りゅう譲歩おねがいするような刺激いしを、彼にしむけました。

「きてよ」

「……」

「きてよ」

「……」

「きてよ、まちをこわしに」

怪獣映画かいじゅうえいがみたいに、まちをこわしに来てよ!」

「しらん……」

「そういうキマリだろ?」

「しらん」

「だって、そういうやくじゃん」

「だから、しらん!」

「……」

「……」

 心底しんそこウンザリしたように、りゅうはタメいきまじりでいいます。

「お前らがえらんだ結果みらいだろう?」

「そのままつづければ良いじゃないか」

「なにが不満ふまんなんだ?」

「つづければ良いじゃないか。いつまでも、いつまでも」

「生きつづければ良いじゃないか。どこまでも、どこまでも」

「ただ、いきをしつづければ良い」

 しゃべりえました。

「……いみ、わかんね」

 ソル。

「わからなくていい」

 と言った後、りゅうは思い出したように、きゅうにわらいました。

「ところで他の三人には、この世で最高さいこうのプレゼントをわたしておいたぞ」

「なに、いってんの?」

ねむりという、最高さいこうのプレゼントをな」

「だから、なにいってんの?」

不思議ふしぎだな、なんでお前はねむらないんだ?」

「なんかよくしらんけど、むかしっから、ねつきメチャクチャわるいんだけど」

「なんだイリヤか」

「なに?」

「なんでもない」

 はなしを、もどすりゅう

「気がついているか? お前らは、とっくに処刑しょけいされているぞ」

「はぁ? なにいってんの」

「だから、わからなくていい。といっている」

「もう、またかよ」

 もったいつけやがって。いるよね、こういう大人。じぶんだけ、わかってりゃいいじゃん。じぶんだけ。ホントはなに言ってるか、じぶんでも、よくわかってないくせに。ブツブツ……

「お前らの罪状つみは、吝嗇ケチだ」

「は?」

 とつぜん、なにいってんだコイツ。

「出ししみ、堰止せきとめ、引きばし――」

「ちょっ――」

 クチバシをはさもうとするソル。

 かまわず、つづけるりゅう

「ものごとの距離きょりをちぢめ、へだたりをくし、わずかな差異さい利用りようし、それを消費しょうひする」

「みずからのよわ由来ゆらい欲望よくぼうを、偽善メルヘン結託けったく僻目ひがめ隠蔽いんぺい。良心の呵責かしゃくをマヒさせ、がめつくもうめこみ、自分のところでながれを堰止せきとめる」

あまやかされたプライドの低さと、逆恨さかうらみのヒステリーを爆発ばくはつさせ、ブチこわすことで、性急せいきゅうにプライドをんとする」

差異自体さいじたい権威けんいと目を光らせ、にくそねみ、やっきになってくすそうと、一見正しい合理的行動ごうりてきこうどうにつっ走る」

「ストップ! ちょっとぉ、なに一人でいってんの?」

 手を前に出し、さえぎろうとします。

「なんのこと、いってんのか、さっぱりなんですけど?」

「お前の景色けしきだが?」

「ハァ?」

「お前の目に移った、風景ふうけいだが?」

「とにかく、オレ関係かんけいないじゃん。大人たちが、前の大人たちが――

「お前がえらんだ!」

 さえぎるりゅう

「こっえー、ぎゃくギレかよ」

こわしたきゃ、お前がこわせ。なんでも好きにすれば良い」

 りゅうは口を閉じました。

「しらんよ……」

 ソルは、なにも思いうかびません。

 間のわるいデジタルな時間が、すぎていきました。

 重たくなった空気をいて、彼はたずねます。

「ところで、あんたって、なに?」

 かなり時間をおいてから、ようやっと、りゅうが口を開きました。

「なんで、へんじを期待きたいする?」

「さいごだから、いいだろ」

 彼は少しヒクツに、ニヤリとしました。

「エラン……」

「え、なに?」

「なんでもない」

「なんでも、なくない?」

「石だ。お前より大きい石だ」

 つくづく、ガッカリするソル。

「そうかい、こたえる気はないってか。あんたの方こそ、ケチじゃないか!」

「こっちも最後さいごだからおしえてやる。お前の仲間なかまが、一人ったぞ」

「は?」

「一人んで四人になった」

「はぁ~?」

「イヤもとから四人だし。なにいってんの? (笑)」

 りゅうは、へんじをしません。

 また、つごうよくダンマリかよ。やっぱりこのじいさん、モウロクしてる……。

 どっとつかれました。終始しゅうしはなしがカミ合わず、今までの苦労くろうが、徒労とろうに終わった感じがしました。

 りゅうは目をつむっていました。たおれるように、ゆっくりくびが下ろされ、きれいにとぐろ・・・かれました。そっぽをむいた形で止まると、ガクンと空気がぬけたみたいに、体が一段いちだんしずみました。

 つづければいい。いつまでも、いつまでも。

 それを最後さいごに、りゅうの志向性(意志)はコトキレました。

「あっ、ずっりー。いいげかよ!」

 気配けはいが消えました。それっきりでした。

 あたりはすっかり、月明かりがさしこんでいました。天井てんじょうかして、月影つきかげがゆらめいています。ヘドロの雲が、落ちかけの緞帳どんちょううのみたい、スソにゆくほおもかさなっていました。ゴミのいただきから一望いちぼうする、黒い雲海うんかい。もうその中には、にじ切片カケラ痕跡こんせきすら、見ありませんでした。

 ソルは無言むごんのまま、しばらく立ちすくんでいました。

「わあー!」

 とつぜん、さけび声。

「おまえを、ぶっこわしてやる!」

 密閉みっぺいしたヘルメットで、とどろく声。

「クララン防衛軍ぼうえいぐんつれてくるからな!」

 水にむかって、がなりたてます。

「このまま、うごけないんだろ!」

「いつかおまえを、こわしにくるからな!」

「かえってきてやるからな!」

 目の前には、白っぽくすすけた岩山いわやまがあるだけでした。

「おぼえてろよ!」

 りゅうは、ほんとうに、石になってしまいました。




 哲学愛好家てつがくあいこうかにまで落ちぶれたりゅうに見切りをつけ、ソルはふねへとむかう帰途きとにつきました。

 サッと、みたいなのが、視界しかいのはしを横切りました。

 動作どうさ連動れんどうしていないので、じぶんのかげではなさそう。キモチワルイ海の生きものかと思ったら、カンオンでした。

 どういうわけか、こんなところにカンオンがいます。今まで、強烈きょうれつ照明しょうめいに、かくれて見えなかったのでしょうか。

 これって、オレの?

 だれかのと、入れかわった?

 エネルギーターミナル(エネルギー充填装置)、ふねにあったっけ?

 彼は目の前の状況じょうきょうに、半信半疑はんしんはんぎです。

 ふねにもどると、氏んだように、ねむりつづける三人。耳をちかづけると、とりあえず寝息ねいきは聞こえました。

 マジまだ、ねてんのかよ……。

 ソルの前には、時計とけい表示とけいひょうじされていました。さいごに確認かくにんしてから、一時間もたっていません。実感じっかん大幅おおはばにズレていました。

 フワフワとしているのはあたまなのか、それとも体なのか。ボーッとした感じのまま、かたづけをはじめました。ちらかったナップサックと遭難袋そうなんぶくろ中身なかみを、機械的きかいてきにひろっていきます。ペットボトル、おかしのふくろ食糧しょくりょうのパッケージ、まるめたティッシュなど、もくもくとあつめてまわりました。

 ひととおりえると、のこったのは、ビショビショになったゆかでした。ふれると、ヌルヌルします。ぜんぶカンオンでかわかすワケには、いきません。その前にエネルギー切れになってしまいます。どうしたものか。

「まあ、いいか。ほっときゃ、そのウチかわくだろ」

 カンオンが赤くまたたいています。海底かいていで見つけた時から、ずっとでした。もっと前からかも。気になっていましたが、緊急事態きんきゅうじたいがつづいていたので、危険表示きけんひょうじの赤に、なれっこになっていたのでした。

 カンオンをあらためましたが、なんだかサッパリわかりません。か細い光線こうせんかおにあたり、のけぞると、長イスの方にむかっていました。赤いガイドラインを目でおうと、マリの方へ。その足の間で止まっていました。

 悪寒おかんが走るソル。氏ぬほどイヤな予感よかん扇状せんじょうの広がり具合ぐあいからすると、そこしか水源すいげんは考えられませんでした。 

 いきをコロシ、つめを手のひらに食いこませ、殺意さついで、ぶるいしました。

「ぶはっ!」

 と、はき出しました。

 なにもかも、あいそがつきました。

 人権じんけんもへったくれもなく、ただ、ただ、迷惑めいわくでした。

「またオレのせい?」

 へへっと冷笑れいしょう

 オレの番になると、いっつも!

 じぶんがなにかをしようとすると、かならずジャマが入る。彼はそれが妄想もうそうとわかっていても、そう思わずにはいられません。

 てめーら、いいかげん、おきろ!

 と怒鳴どなりつけ、みんなをこそうとして、やめました。なんども大きく深呼吸しんこきゅうします。感情かんじょうととのえようとして、やっぱりやめました。

 なんで建設的けんせつてきになんなくちゃ、いけないの?

 バカバカしいじゃん。

 なにかしようとして、なにか考えようとして、メンドーくさくなってやめました。

 足を引きずるよう端(はじ)っこまでいき、ドサッと、こしを下ろしました。

「もう、しらねーよ」

 とめどもなく生アクビが出て、なんだか、ねむくなりました。窮地きゅうちひんした自我エゴを守るため、自己セルフ防衛反応ぼうえいはんのうしています。

 ゴロンと横になりました。体をまるめ、うであたまをはさんで、そのままねむりに落ちました。おくればせながら、ようやくソルにも、睡眠ギフトがおいついたのでした。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 24 (虹)

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      虹



 カミナリの一閃いっせんに、かいま見たホルスのかお。それは、つぎにはもう、ニコライにもどっていました。

 間歇的かんけつてき不規則ふきそくに、またた雷光らいこう髪毛かんぱついれず、心臓しんぞうってつらぬく雷鳴らいめい。一回一回の稲光イナビカリに、大死一番たいしいちばん覚悟かくごをしいられ、そのたびはぐらかされる、HDHリボルバー(多装弾)のロシアンルーレット。そりかえった傾斜バンク絶壁ぜっぺきとなり、奈落ならくにむかうは、じょじょにちぢまってゆく。かしいだふね螺旋らせんかべにへばりつき、重力じゅうりょくさだめた軌条レール着実ちゃくじつに下っていきます。死はおかまいなしに、ソルとたわむれていました。

 彼はゆかスレスレのカンオンを、ひろい上げました。エネルギーの警告けいこくランプか、赤が色落ちしたような、うすピンクのころもをまとっています。たなごころでかすかに細動さいどうし、か細い光線こうせんと、消え入るような警告音サイレンはっしていました。いったんポケットにしまうも、間髪入かんぱついれず、カンオンをまどになげつけました。

「ピシッ」

 と、走る白いせん

 なにがおきたか、なにをやったか、じぶんが理解りかいできません。直後ちょくご、来るおしさに、彼はハチ切れそうになります。

「ク――」

 クソ! といいかけ、口をつぐました。今みんなをこしても、なにもいいことは、ありませんから。

 ソルは絶望感ぜつぼうかんに、さいなまれています。ヤケになってしたことですが、みずからの行為こういと、その結果けっかを引きけかねていました。あわよくば、このまま海底かいていに引きずりこまれても、ふねさえもてばと期待きたいしていたのに。これでは絶対ぜったいに、たすかりっこありません。

 もう、ムリだろコレ……。

 力なくかべによりかかり、彼はすわりこみました。とりとめもなく、あたりを見やります。かべ天井てんじょうはしら内装ないそう細部さいぶへと、じゅんぐりに目をうつしてゆきました。すやすやている三人のかおが、うらめしく見えました。

 なんでオレだけ、おきてんの? 

 理不尽りふじんに感じました。かといって、しらぬ間に奈落ならくみこまれるのも、それはそれでイヤでした。彼はバンジージャンプするくらいなら、スカカイダイビングの方がぜんぜんマシでした。イヤむしろ、やりたいくらい。彼がなによりこわいのは、四肢ししをもがれたような、選択肢せんたくしのない無抵抗むていこうでした。

 今チラッと、おかしな考えがよぎりました。バカバカしいので、すぐにあたまから、かき消しました。そんなことより、まず優先ゆうせんしなければならないのは、具体的ぐたいてきなことがらです。まどに入ったヒビ、これが問題もんだいでした。でもよく考えたら、わたしたちの常識じょうしきからしても、ちょっとヘンかもしれません。ソルのいるクラランのようなところでは、なおさらヘンでした。

 このふねは、河川運行用かせんうんこうようのヨットがた浚渫船しゅんせつせんです。このような小さなふねには、たいてい金属きんぞく舷窓蓋げんそうぶたはついていません。しかしふねであるいじょう、万が一の沈没ちんぼつにそなえ、一定いってい水圧すいあつえられねばなりません。そのため小型河川用こがたかせんようといえど、まどには、強化アクリル樹脂じゅし使つかわれているはずでした。でしたが、それにヒビが入ったのです。それも、たかが子の力で!

 これは普通ふつうではありません。クララン市民たるものの、常識くうきはんしています。安全面あんぜんめんかかわるパーツで、これほどもろいのは、ダメージをやわらげるためか、はなからそういう作りになっているのが仕様デフォルトでした。しかし人命じんめいにない、緩衝材かんしょうざいとしての役目やくめもないものが、こうもあっさりこわれるなんて。たとえこのふね未就航みしゅうこう(?)で、環境記念物エコモニュメントとしての、ただのおかざりだったとしても、やっぱりおかしいのでした。

 この、やっすい作りは、これだけ例外れいがいか? このかた仕様しようか? 東亜とうあ輸入品ゆにゅうひんか? それとも今の、あらゆる世相せそう反映うつした、デフレの優等生ゆうとうせいなのでしょうか? もしこれが事実ホントウなら、なんてキッチュ(意図しない悪趣味)な現実げんじつなのでしょう。

 なにせこのふねこそ、クララン社会しゃかいのメンドウくささ、そのもの、その結晶けっしょうともいえる存在そんざいだからです。道義的どうぎてきでしかないがゆえに、もっともそうであらねばならない、そのさいたるものが、まさか手ぬきとは?

 衝撃的しょうげきてき結末けつまつでした。ソルはこれまで、数々のソフト面での「いいかげんさ」に便乗びんじょうしてきました。子として、なんのかんのと社会しゃかい信頼しんらいし、あまえてきました。ですがここへ来て、とたんにいかりがこみ上げました。

「なんだよ!」

 つごうのよいいかりかもしれませんが、じぶんのいのちが、かかっています。

「ピシャ!」

 カミナリが海に落ちました。

 ヌルっと、ゆかがすべって、ガクッとかたがぬけました。傾斜けいしゃをつたって、表面張力ひょうめんちょうりょくでもり上がった水が、ながれて来ます。反射的はんしゃてきにニコライを見ると、彼が水源すいげんではありませんでした。

 もう水が入ってきてる……。ソルは慄然りつぜんとしました。

「ピシャ! ゴゴゴゴゴゴゴ……」

 また落ちました。

「ピシャ! ゴゴゴゴゴゴゴ……」

 耳をくような音ではありませんが、強烈きょうれつです。

 なんだか、カミナリの落ちる間隔かんかくが、開いてきているような気がしました。なんとなく、光と音の間隔かんかくも、少し開いてきたような感じがします。けたたましい轟音ごうおんも、弱まったような……。心なしかふねかたむきも、若干じゃっかんゆるくなったみたい。

 ふいに、彼は立ち上がります。あさくなった角度かくどに、ぎゃくに、ちょっとフラつきました。高い方の窓辺まどべに歩みより、のぞきこみます。薄墨うすずずみの空が、みるみる明るさをとりもどし、雲がびゅんびゅんひがしの空へばされていました。

 まとまらないあたまで、ドアレバーに手をかけたまま、しばらく彼は、じっとしていました。

「出るぞ」

 と、口に出してから、外へでました。

 ポッカリうかんだ満月まんげつ。雲のすいた夜空に、くっきりとした輪郭りんかく真円しんえん。そのザラついた表面ひょうめんは、モノとしてのたしかなぞうむすんでいました。

「いや、だからなに?」

 ボソッと、つぶやきました。

 ふかく空気をってむねにためこむと、じわり、体温たいおんが上がりました。ひさしぶりに新鮮しんせんな空気を、あじわった気がしました。

 上空には、ところどころ、まだ雲がらかっています。ずいぶんむかしのことのようですが、バケツをぶちまけたみたいな星屑ほしくずりをひそめ、今は点々てんてんと、まばらにほしまたたいているだけでした。

 目を落とすと、月あかりにらし出された海は、みごとなグラデーションを見せています。遠方えんぽうから黒、藍色あいいろ群青色ぐんじょういろ、青、薄荷青ミントブルーとなり、うす暗い透明とうめい船影ふなかげの黒になりました。

 そのはどことなく、マックス・エルンストの「フンボルトの流れ」を連想れんそうさせました。ほしのない黒い夜のしじま、おだやかな青い海、ランボーの陰画ネガのような、海とけあった月の光とかげ類似るいじ偶然ぐうぜん効果こうかをねらい、いたキレの目をハンコのようにしあて、潮目しおめ波目なみめを、えがくことなくえがいた作品さくひんでした。(あくまで、イメージです)

 ゆらめくかげがジャマをしています。のぞきこんでいる、じぶんのかおが見えました。光の屈折くっせつが、砂底すなぞこ間近まぢかに見せています。白いすなが、サラサラおもてをながれていました。

 ほんとうに手がとどきそう。見わたすかぎりの砂漠さばくが、水の中にひろがっているはずと、彼は身をのりだし、手をのばします。このままザブンと、海へすべりこみたくなる、あまい誘惑ゆうわくにかられていました。

 チラチラするものがあります。じつは、かなり前から、気ついてはいました。月のりかえしではなく、よく目をこらせば、海中ふかく広範囲こうはんいに、ひろがっていました。

 色のあるような、ないような。白いような、透明とうめいのような。トンボやカブトムシのはね構造色こうぞうしょくみたいに、うすくやぶれそうな七色のかがやき。

 だんだんまばゆさをましてゆく、とりとめもなく、ながれるような色彩ひかりにじけ出したようなそれは、晩年ばんねん失明しつめいしかけたモネの、一連いちれん睡蓮すいれんのようでもあり、ただの色のたわむれのようでもありました。(あくまで、イメージです)

 横にはった落水防止らくすいぼうしのバーと、縦柱たてばしらをつかみ、あおむけになってギリギリまで、をのり出します。足の先っぽを水につけようとして、ムダにおわりました。

 水はあたたかく、ここちよさげです。うっとりして、なんとなく、そわそわするソル。このを水にひたしたい、あの光るもののそばまでちかづきたい、できれば……。彼は、せき立てられました。

 ふなまわりをキョロキョロしますが、おりていけそうなところは、ありません。

「おりて、どうすんの? (笑)」

 じぶんに、といかけました。

 船内せんないにもどった彼は、三人の前を素通すどおりして、うろうろします。ころがっているはずの、じぶんのカンオンは見あたらず、みんなのカンオンも、どこにいったか分かりません。あっちこっち持ち上げたり、カバーを外してみたり、いろいろ物色ぶっしょくしますが、役立やくだちそうなものは、なに一つありませんでした。ずっと気になっていた、ゆかのはしっこに目をやります。この切れこみのあるところだけ、まだ手をつけていませんでした。

 ゆかと一体化しているそのカ所は、とりつくしまも、ないように見えました。なにか開けるための道具どうぐでも、必要ひつような感じでした。見るからに手動式アナログしきで、今までけていたのです。イジっているうち、指一個分ゆびいっこぶんあなにスポッとハマり、カパッと、木目もくめ金属きんざくカバーが引っくりかえりました。

 あなの中のレバーをつかんで、ガタガタしても、ビクともしません。見ると、まっすぐだったのが、ななめにズレています。ズレた方にまわすと、かるく回りました。なにも、おきません。またガタガタやると、そこだけ、わずかにきました。力を入れても持ち上がりません。あやまちに気づき、じぶんの足を、どけました。足場あしばを変え、ぐっと、ふんばって持ち上げました。

 賃貸ちんたいアパート一畳分いちじょうぶんほどのスペースが、ごそっと開きました。パッと明かりがくと同時、ホログラム・マニュアルが起動きどうしました。

「ビンゴ!」

 中にカッチリおさまっていたのは、作業用さぎょうよう救助用きゅうじょようの、サラの白い水中服アクアスーツでした。説明せつめいがはじまりましたが、子のソルには、なにやらチンプンカンプン。取説トリセツなんて、いちども聞いたことありません。抽象的ちゅうしょうてきアイコンのお手本てほん映像えいぞうだけ、ながし見した後、ハイハイと同意どういしました。

 宇宙服うちゅうふくっぽいのが、うつぶせに固定こていされていました。セミのヌケガラみたいに、パックリ背中せなかが開いています。興味本位きょうみほんいでそこへすべりこむと、パシュッと空気がぬけ、ブカブカが一気にフィットしました。

「わっ、まだ早いて!」

 みうごきとれず、てんぱります。

「まだ、そんなつもりじゃ――」 

 床蓋ゆかぶたが落ち、まっ暗に。

 パニくるソル。

「ガンッ!ガクン、ガクン」

 ショックと、ゆさぶり。

「バシュッ、バシュッ、バシュシュー……」

 ギューと、しめつれけられ、気圧きあつの変化で、耳がキーンとなります。

「ゴボゴボゴボゴボ……」

 デクノボーで、みうごきとれません。

「バクン! ゴァゴァゴァーン」

 一気に視界しかいが開けました。

 その景色けしきらしていたのは、スーツのライトでした。彼は水中を降下こうかしていました。

 なぜか自然しぜんと、足が下にむきます。何百メートの深海しんかいというほどでもなく、あっけなく海底かいていにつき、ヒザが自動制御オートバランスでまがりましたが、コケました。ふわりと、白いすながまい上がりました。

 上をむいた矢印やじるしが、目の前でチカチカしています。アクアスーツの頭部とうぶは、後頭部こうとうぶからアゴにかけて、ななめに切られた台の上に、ドーム形状けいじょうのプレキシガラスをのせていました。その内側うちがわのガラス面の表示ひょうじが、まぢかでなく、手前の対象たいしょうのように投影とうえいされていました。ふね位置いちを、おしらせしているのでしょう。体のむきが変わるたび、せわしく矢印やじるし回転かいてんしました。

 アクアスーツはちゃんと機能きのうしているのに、息ぐるしくて、しかたありません。彼はいこんで、ばかりいます。き出すのを、わすれているかのようでした。

 ついに来た。とうとうこの日がやって来た。おそれていた深海しんかいだ。漆黒しっこく暗黒世界あんこくせかいに、身震みぶるいしながら足をみ入れるソル。リサイクルの空きカンみたいに、ペチャンコにつぶされそうな高水圧こうすいあつを降りてゆくと、底は底なしのドロぬま前進ぜんしん転身てんしんもままならぬ中を、空気を浪費ろうひしながら、もがき足掻あがき、のたうちまわる。そこへ暗闇くらやみにまぎれてせまる、巨大きょだいかげ

 七転八倒しちてんばっとうのすえ、からくも異形いぎょう深海生物しんかいせいぶつからのがれると、アクアスーツをこすりつけ、けわしい岩肌いわはだはい上がる。れるスーツ内でたきあせをかき、のぼりつづける。斜面しゃめんは半ばけた海藻かいそうめつくされ、安心して足を降ろせる隙間すきまが、毛ほどもなかった。

 ホースが切れ、フーカー潜水せんすい(地上から空気を送る方法)からスクーバ(携帯タンク式)になったスーツは、もう空気がのこり少ない。気ばかりあせって、ただ先へ先へと、盲目的もうもくてきにやみくもにすすでゆく。

 だんだん空気がうすくなり、朦朧もうろうとした意識いしき彷徨さまよいつづける。ヌルッと、足をすべらせた。体がちゅうに浮かんだ。濃密のうみつ数秒間すうびょうかん不幸ふこうにして、彼はわれにかえった。空をつかむように水をつかみ、なすすべなく、大海溝だいかいこうけ目へまっさかさま……

 ふかとおくへ潜行せんこうする、あたまのサーチライトと、まわりをらし出す、かた広角こうかくライト。二つの光源こうげんによって、風景ふうけいが明るみに出されていました。

 どこまでも光のとどくかぎり、なだらかな白い砂漠さばくが、つづいています。フェアウエーみたいにノッペリとしたスロープと、小山をつらねた砂丘さきゅう峰々みねみね。あたりには、月影つきかげを落とした魚のかげも見えませんでした。

「ふいー」

 思い出したように、大きくいきをはき出しました。とりあえずソルは、足を前に出しました。

 背中せなかを引っぱられ、ふりかえります。二重にじゅうにドキッとして、ウミヘビかと思ったのは、ホースでした。それが天上てんじょう船影船影まで、国旗こっきのポールみたいに、かしいで立っていました。空気ホースと、エネルギー、通信つうしんケーブルを一まとめにした、がんじょうな命綱いのちづなでした。

 ちゅうちょしつつも、ホースのとどくかぎり、いけるところまでいってみようと、彼は思いました。水中なのに、いやだからこそ、かなりキツイ。うかないよう仕込しこまれた重りと、着ぶくれした水の抵抗ていこうが、前進ぜんしんをさまたげます。アクアスーツは、あたまでっかちで下半身かはんしん貧弱ひんじゃくな、宇宙人うちゅうじんみたいでした。

 いくら歩をすすめても、まばらにかがやくものは、ふえもしなければ、へりもしません。一様いちようにあたりをチラチラまっています。とおくのようにも、目の前のようにも見えます。今だ、と手を出しても、空を切るばかり。錯覚さっかくをうたがい、目をこすろうとして「コツン」となりました。

 たいくつな景色けしきをバカみたいに歩きまわって、ぜえぜえ、いきが上がりました。あせもかいています。おでこのあたりをぬぐおうとして、またもや「コツン」となりました。

「クソ!」

 もどかしさのあまり、彼はすなをケリ上げました。

 もあ~ん。

 すながまい上がって、視界不良しかいふりょうになりました。するとなんだか、今までより、にじくなった気がします。

 もういちど、ケリあげました。

 もぁ~ん。

 気のせいなのか、やっぱり、かがやきがした感じがします。

 またもう一回、すなを大きくケリ上げました。

 もぁ~~ん。

 さらに一回、またもう一回と。つづけざま、なんどもケリ上げます。

 もぁもぁもぁもぁもぁ~~~ん。

 きらめく無数むすうにじ破片はへんが、よどんだ視界しかいを、にぎやかにおどっています。なんとも形容けいようしがたい、無色透明むしょくとうめい多原色たげんしょくな、矛盾むじゅんをはらんだかがやきでした。

 しばし、むごんで考えこむソル。彼はある結論けつろんにたどりつきました。

「カンオンが……ない」

 くるっとふりかえり、彼はふねにむかって、のっそのっそ歩きはじめました。

 ぐっしょりあせだくになって、ふね真下ましたまでたどりつきました。不自由ふじゆうなアクアスーツで、ヒザをおってりかえろうとします。むねがつまって、しりもちをつき、ふねを見上げました。

 やおら立ち上がって、前かがみになり、ふりかぶります。せーのと、いきおいつけて、ジャンプ! 

 落ちながら足をバタつかせていると、足ヒレがのびてきました。底から2、3メートルの高さで、ジタバタ、ジタバタ。遅々ちちとして上がっていきません。

 きゅうに体がかるくなると、ずんずん上へ上へ、はかどはかどる。まるで空を、とんでいるよう。背中せなかのホースが、掃除機そうしせきのコードみたいに収納しゅうのうされているだけでした。

 あっという間に回収かいしゅうされ、船橋ブリッジにもどりました。パックリ背中せなかがわれ、水中服アクアスーツから脱出だっしゅつしました。みんなを見ると、まだスヤスヤています。

「ちぇっ」

 ソルはじぶんのカンオンをさがして、室内しつないを見てまわります。アクアスーツをぬぐと、体がすこぶるかるく、まだ十分体力がのこっていました。思ったほど、たいして時間はたっていませんでした。

 どこいったんだよ、このだいじな時に。エリゼの子には、カンオンと故障こしょうが、すぐにむすびつかないのです。

 しつこくさがしましたが、けっきょく見つからず、あきらめました。他にそれらしいふねのコントロール装置そうちがないので、舵輪柱だりんばしらについているミニモニターをなぶります。

「ええい、けよ!」

 ベタベタさわったり、パンパンたたいたり。

 ポッチが赤くともりました。とりあえず、主電源しゅでんげんだけは入ったみたい。

「なにか、おこまりですか?」

 抽象的音声ちゅうしょうてきおんせいと、二次元にじげんのホログラム画面がめんが立ちあらわれました。

「しー、しずかに」

 小声でいうと、ボリュームモードが変わりました。

 ヘルプ自動機能オートきのうの手びきによって、モーターが始動しどうしました。二段階にだんかいにレバーを引くと、動力どうりょく待機ニュートラルから、シフトチェンジしました。

「ガガガッ、ガックン!」

 あせって、ふりかえるソル。

 よく考えたら、べつに、もうおこしたっていいか?

 三人から視線しせんをうつし、あらためて、ビショビショになったゆかを見ました。

 ちぇっ、あとでなんかで、ふかなくちゃな。

 彼は、ウンザリしました。

 なんかオレ、後かたづけばっか、やってんな……。

「ウィィィィィーン。ガポポンッ」

準備じゅんびが、ととのいました」

始動しどうしても、よろしいですか? よかったらハイを。まだでしたらイイエを。停止ていしのばあいは、ストップと言って下さい」

「ハイのばあいは、ハイといってから、お手もとのミドリのボタンを、おして下さい」

「えー、はい」

「……」

 機械きかい沈黙ちんもくしています。

「ミドリのボタンをおして下さい」

「?」

「ミドリのボタンをおして下さい」

「あっ、はい」

 あわてて彼は、点滅てなめつしてるボタンをおしました。

「ゴワンッ、ギギギー」

 ふねがゆれ、さざなみが立ちます。船腹せんぷく水際みずぎわから、アブクがきはじめました。

「ブクブクブク……ボコボコボコボコボコ……」

 にえたぎったのように、まっ白にき立つ海面かいめん。いつか見たバミューダトライアングルの動画どうがみたいに、アワで浮力ふりょくをうしなって、沈没ちんぼつするんじゃないかと、ゾッとするほどでした。そう思ってたやさき、ぎゃくに、ふねが上がっていく気がします。じっさい、喫水線きっすいせんが下がってきていました。

 しばらく彼は、アワがしずまるのを、まちつづけました。

「よし」

 ソルは立ち上がりました。ねている三人をしり目に、アクアスーツにすべりこみます。閉じこめられる不快感ふかいかんをやりすごし、また海へ、なげこまれました。

 海中は一変していました。すなのヴェールがおおって、一寸先いっすんさきも見えません。まばゆいにじのフラグメントがあふれんばかり、海中ならぬ地中を、めつくしています。

 やぶれたちょうはね、いびつな星型ほしがた、すりガラスの放射線模様ほうしゃせんもよう多種多様たしゅたような形で、すなあつみをつらぬいて光っています。興奮こうふん恐怖心きょうふしんで、体がこわばりました。

 きょをつかれたソルは、足よりヒザで着地ちゃくちして、もんどりうってたおれました。バウンドして、ゴツゴツしたものの上に、あおむけになりました。ショック状態じょうたいがさめやらぬうち、おき上がろがろうとします。ガクンッと、手をかけたモノが下がり、また、たおれました。

 つかんでいたのは、三輪車さんりんしゃのペダルでした。密閉みっぺいされているはずなのに、イヤなにおいがします。スーツの中にまで、侵入しんにゅうしてきていました。たまらず、彼はいきを止めます。すぐにくるしくなり、おもいっきりいこんでしまいました。

「ゲホゲホ、ゲホゲホホ……」

 さっきまでのみ切った海は消え、変電所へんでんしょの池の水を濃縮還元のうしゅくかんげんした、ヘドロのスープと化していました。

 かおを下にむけると、中心が白くびます。強力なライトを、半分手でフタをしました。立ち上がってあらためて見ると、ソルは生活せいかつゴミの、山の頂上ちょうじょうにいたのでした。

 すなとばり素通すどおりして、あらんかぎりの可視光線かしこうせんの色のスペクトルが、乱舞らんぶしています。無限色むげんしょく飛散ひさんさせる、万華鏡まんげきょうの中にまよいこんだみたいでした。幾何学的きかがくてきな花ビラ、唐草模様アラベスク、ゴブランのつづり、生きた貝殻かいがら琺瑯質ほうろうしつセミ蜻蛉トンボの目とハネ、イリデッセンス(透明な宝石の、わずかな裂け目にあらわれた虹)、ドブの水面みなもにうかんだあぶらにじみ……。

 それらにじ綾目あやめのただ中に、巨大きょだいなシルエットがかび上がりました。前方にひかえたそれは、きらびやかで装飾過多そうしょくかた輪郭シェイプをもち、どことなくバロックというより、ロココな花瓶かびん水差みずさしのようでした。あるいは華麗かれいではあるが、どこか人造的じんぞう睡蓮すいれんつぼみを想わせました。

 ふしぎとソルは、こわくありませんでした。正体をつかもうと、ガンをとばすみたいに見つめていました。すなはいつまで立っても海中にとどまり、いっこうにしずんでくれません。もどかしい気もちで、視界しかいが晴れるのをまちつづけました。

 その形は、どう見てもりゅうでした。透明とうめいけた体に、七色にかがやうろこはねをたたんですわりこみ、くびを上げ、まっすぐこちらを凝視ぎょうししています。

「マジかよ……」

 しぼり出すよう、いいました。ソルはゴミの山の上に、両手りょうてをついて、しゃがみこんでいました。もう見つかっているし、今さらげたってしょうがないし……。にげないのでなくて、にげられなかったのです。でもなぜだか、それほど、こわくはありませんでした。しばらく、両者りょうしゃともに、にらめっこしていました。

 りゅうはずっと、こちらを見ていました。


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