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      カゴの鳥


「ハハ、まよってしまって、ハハ」

 ヘラヘラ、うすらわらいをうかべました。

「まようって……、このしまの中で?」

 ソルは、あたまのてっぺんからつま先まで、ジロジロ見られているような、気がしました。じっさいは、ぶしょうヒゲを生やしたおじさんが、こんわくしているだけ、かもしれませんが。 

「ここまで、どうやってきたの? だれときたの?」

「ハハ、いやぁ~そのぉ~」

「え~。ハハ……ハハ……」

 ぼうよみの、あやふやな返事へんじをくりかえすだけでした。



「で? ふねが、かってにうごきだしたってわけだね?」

 二人は地方銀行ちほうぎんこう建物たてものの中にいました。

「かってにというか……そのぉ、はぁい。」

 うなずくソル。

「それで、他の子はどうしたの?」

「はいっ?」

 語尾上ごびあがり。

「ええ。ふねで先にかえりました」

 じぶんでもビックリするくらい、キッパリと。

「おいてかれたというか、なんというか、そのぉー……、ふねがうごきだしましてぇー……、一人でおりてる時にです。はぁい。」

 と、うなずきました。

 おじさんのヒゲには、白いものがまじっていました。わかづくりが主流しゅりゅうの、クラランそだちの彼にとって、うすピンクのおじさんは、おじいさんに見えていました。

 ボディシャンプーのニオイはすれど、ボサボサのねぐせのままのかみ。トップスは、あせてピンクになった、ヨレヨレの半そでのシャツ。そのポケットからのぞく、二本の黒いアナログペン。サイズちがいなのか、レーダーホーゼンみたいな、ヒザ出したけのベージュのパンツ。ぎん下縁アンダーリムのメガネをかけたおじさんには、カンオンがいませんでした。

「あのー、ここって、カンオンのエネルギーターミナルとかって、ないんですか?」

「あったら、とっくにやってるだろ?」

 カンオン自身じしんが、ということです。

「あっ、そうですね……」

「まあ、なくはないんだが――」

充電器じゅうでんきならあったと思うよ。電気でんきしか、ためられないけど」

 おじさんはヘヤを出て、ドアつづきのおくのヘヤに入り、ゴソゴソはじめました。半開きのドアのむこうには、ダンボールや白いかみの山がつみ重なり、それらが幾重いくえにもかべをつくって、照明しょうめいをさえぎっています。ほのぐらい中を、チカチカ、あかみどり光点こうてんまたたいていました。

 黒いコードがたばになってゆかかべをはい上がり、天井てんじょうのダクトとともに、くねって蛇行だこうし、大都市だいとし高架橋こうかきょうのように、三段四段さんだんよんだん複雑ふくざつ交差こうさしていました。それらがスレスレ、キチキチで行き交い、一見雑然いっけんざつぜんと見えながら、キッチリ、かべの四方に組みこまれているのでした。

 チカチカしているのは、制御盤せいぎょばんかなにかでしょうか? ここだけではなく、もっとおくの方にも、つづいていそうでした。

 おじさんは、黒いヒモのついた器具きぐをもってきました。ヒモの先の二枚にまい金属板きんぞくばんを、くすんだカベの切れこみあなにさしこむと、カンオンの充電表示じゅうでんひょうじともりました。器具内きぐないのコイルが電磁界でんじかい形成けいせいさせ、それにカンオンが共鳴きょうめいして、非接触ひせっしょくのまま、充電じゅうでん開始かいししました。

規格きかくが合わなくても、なんとかなると思ったよ」

 なんとなく、得意とくいげに説明せつめいするおじさん。それを尻目しりめに、彼はしゃくしゃくスイカにかぶりつき、耳だけかたむけています。半ぶんに切った小玉こだまに、スプーンを立てて、あいま、あいまに、ふぞろいのツブのブルーベリーを、かわごとほおりこんでいました。

「プッペッ、どこかにつながったカンオン、あるんですか? ペッ」

 タネを出しながら、たずねます。

「うん、まあないよ」

 おじさんは、つとめて冷静れいせいさをよそおっていました。

「ものものしいだろ? でもあっちには、どこにもつながった機械類きかいるいはないよ。君のもまだローカルなままだろ?」

 くびだけたてにふって、目もくれず食べつづけています。



「うーん。どうしたものか……」

 おじさんはソルとおなじイスにすわっていました。かたくなった表面ひょうめん一部いちぶれ、うすよごれた黄色きいろいスポンジのハミ出た、灰色はいいろのオフィスチェアでした。小太こぶとりの体重たいじゅうを、完全かんぜんもたれにあずけ、目をつむって眉根まゆねにシワをよせ、がっぷり腕組うでぐみしています。みるからに真剣しんけんそう。左右にからだをゆらすたび、つなぎ目がギーギー悲鳴ひめいを上げました。

「いやマズイなこれは、マズイぞ」

 おじさんは、なにやらきゅうに、あせりはじめました。彼の中で、うけ入れたくないことを、うけ入れた瞬間しゅんかんでした。

「早くしないと、いずれ、なんらかの行政ぎょうせいがやってくるぞ。なんとかしなくちゃ、なんとか……」

「しゃくしゃくしゃく……」

「つぎにふねが来るのは、いつだっけ?」

「その前に、こっちから出すか?」

「プップップッ……」

「いや、あんなふねでは――」

「しゃくしゃくしゃく……」

「それか、だれかかわわりに――」

 かなり深刻しんこくな感じ。

「でも、だれが行くんだ? 行くとしても、先にむこうに連絡れんらくしといたほうが、よくないか?」

 ちらっとソルの方を見ました。口をうごかしながら、まっすぐこっちを見ています。

「まいったな……」

 おじさんは立ち上がって、こしに手をあてうつむき、目を閉じました。共感きょうかんのなさにかけては、人後じんごに落ちないソルですが、さすがに、こまっている原因げんいんが、じぶんなのは分かりました。ですが、なにもできません。合理的ごうりてきすぎる彼は、おじさんを見て、食べつづけるしかありませんでした。

 子であっても彼でなかったら、この空気くうきなごますような、気のきいたコトバの一つでも、かけられたかもしれません。でもまだちょっと、彼にはムリみたいでした。

 比較ひかく対象たいしょうがないので、それを子のつねとして、おじさんはけ止めていました。子をもたない大人や、子の少ないところでは、よくあることです。

 ソルは、おなかがいたくなってきました。それもガマンできないほど、きゅうに。いつものソルなら、ガンコにガマンするところですが、今はそんな余裕よゆうはありません。

「あ、スイマセン。トイレどこですか?」

 ガンッ! キャビネットにイスをぶつけて、立ち上がりました。

「そこを出て……」

 話半分はなしはんぶんでヘヤを出ようとします。あわてて、おじさんが彼の前に立ちふさがって、案内あんないしてくれました。


 まだトイレの前にいそうな気配けはいですが、気にしていられません。緊急事態きんきゅうじたいでした。彼は手動しゅどうで水をながす、ナイスなアイデアを思いつきました。

 が生えたように、すわりこんでいました。なんど目かの寒気さむけにたえ、すんだと思っても、不用意ふよういに立ち上がりませんでした。だまされないぞとばかり、かならず余波よはがくると、しんちょうをしていたのでした。

 ほら、やっぱり。

 てきとうなところで切り上げねばなりませんが、考えの方がまとまりません。かべをとおして、空調くうちょう振動しんどうと、機械きかい稼働音かどうおんが聞こえます。

「どうしたものか……」

 おじさんと、おなじコトバをつぶやくソル。けっきょくのところ、子のの上としては、大人の出方でかたにしたがう他ありませんでした。

「あ~あ、やんなっちゃうな。もう」

 わざと声に出しました。ふと、ナップサックのことを思い出し、あわてて立ち上がります。

 いそいでイスにもどり、かたわらに落ちたナップサックをひろい上げました。

「あ、ちょっと、外出ます」

「え、なに? まだ夜だよ」

 しまった。スキを見て、だまって出りゃよかった。と思っても、後のまつり。

「ちょっと用事ようじが……」

「なんなの?」

 とっさに、うまい口実こうじつが出てきません。電池切でんちぎれのあたまが、ぜんぜん、まわりませんでした。

 ダメだ。いったん引き下がるしかないか。

「とくに……」

 力なくいいました。



 どこは、待合まちあいスペースの長イスを二つくっつけ、ベッドとしました。大ぶりな女性週刊誌じょせいしゅうかんしを重ねマクラにして、ケバだったタオル地が、上からかけられました。しめって重く感じられましたが、彼はつかれていたので、すぐに不快感ふかいかんをわすれました。

 おじさんはりぎわ、おくのヘヤは足のみ場もないほどゴチャゴチャしているし、なにもないから、といいのこして引っこみました。たぶん、おくには行かせたくないんだろうなと、おぼろげながら、彼は理解りかいしました。ナップサックを、イスとハメゴロシのまどの間に落として、横になりました。時間がたつのをまちました。



 下弦かげんの月あかり。闇夜やみよになれた目にうかぶ、もろもろのかたちたち。ブラインドの落ちた窓辺まどべ、クリーム色のカーテンの隙間すきまから、さしこむあわい光。ななめにそびえ立つ水晶すいしょうはしら。しぼられた常夜灯じょうやとう結界けっかいにつつまれ、目を見開いたままのソル。はりかたまった掛時計かけどけいとおなじように、時間も止まっていました。

 ところでまだ二人とも、おたがいに名のっていないのを、すっかりわすれていました。



 はしらそこが、少しだけズレました。ほんのすうセンチですが、とっくにシビレを切らしていたソルは、もうガマンの限界げんかいでした。じぶんのぬくもりから手を出し、ひんやりした外気がいきにふれると、すぐ差異さいがなくなりました。手さぐりで直下ちょっかのナップサックをつかみ、すべり落ちるよう掛布団かけぶとんから出ます。かがんだままで、道にめんした正面玄関しょうめんげんかんに立ちました。

「チッ」

 ロックされていました。夜だし、営業えいぎょうもしていませんから、あたりまえでした。しかたなく音を立てぬよう、おじさんのいる方へ。べつの出口をさがします。

 さっきまでいたヘヤに、おじさんはいませんでした。入って来たドアから、うらの駐車場ちゅうしゃじょうへ出られました。

「ふぅー」

 外へ出ると、やっと一息ひといきついた心地ここちがしました。エリゼを出ていらい、もしかしたら、いちばん落ちついた瞬間しゅんかんかもしれません。こんなときに、心底しんそこホッとするなんて。オレもつくづく、しょうらい見こみないな、とニガわらいをうかべました。

 煌々こうこう月明つきあかりは、物影ものかげと彼とを、うかび上がらせています。その光景こうけいは、川ぞいの堤防ていぼうを歩いたときと、おなじでした。カンオンのひかりがジャマですが、地面ぢめんにプリントされた、ちぢんだかげぼうしは、アニメのキャラクターみたい。チョコマカ、みじかい手足をくり出すさまは、はりきっているようにも見えました。

 銀行ぎんこう敷地しきちをこえたばかりなのに、背後はいごで大きなおとがしました。ようじんぶかいソルも、人のこえと気づかなかったくらい、いがいでした。見つかるのが早すぎます。

「おい!」

「どこへいくんだい?」

「……」

 コトバが出ません。

「だめじゃないか、こんな夜中に子どもが一人で出歩いちゃ」

 子ども・・に気づかないくらい、彼は茫然自失ぼうぜんじしつでした。しどろもどろで、もどされました。



 めんどうくさいやりとりの後、どこにもいかないよう、つよくねんされ、やっとどこにもどれました。

 ソルはかるいショック常態じょうたいでした。そのこころ真空しんくうをうめるよう、思考作業しこうさぎょうがつづいています。あたまはカラまわり、むねはモヤモヤ、じっとしていますが、気もちをもてましていました。

 とつぜんガバッと、イスの上に立ち上がり、はだしの抜足ぬきあしで、おくの出口にむかいます。

 手動しゅどうノブに手をかけたまま、一歩いっぽ外にとび出し、すぐ中へ。ダッシュで、ねどこにすべりこみました。

 カチャッと、とおくで音がしたかと思うと、すれるような足音あしおとが、ちかづいてきます。ドアのスキマから、ひかりがさしこみました。蝶番ちょうつがいがなり、さらに足音がちかづいてきます。耳もとで止まりました。

 シーン。

 一秒いちびょう一秒いちびょうが、長く感じられます。

 長いつかの間の後、足音あとおとむはとおざかってゆきました。


 やっぱり。

 彼は確信かくしんしました。

 やっぱり、どう考えたっておかしい。

 だいたい、さいしょっからして、見つかるの早すぎだろ? 

 のぞむこたえにむかって、彼はあたまをフル回転かいてんさせます。

 どう考えたって、おかしくね?

 ぐうぜんか? いうほど音立てたか?

 なんか、やっぱ、おかしくね?

 これ、なんか、おかしいだろ。

 カンオンか?

 でも、こっちのには反応はんのうしてないし……。

 いくら考えたって、わからないものは、わからないのです。大人であるいじょうに、圧倒的あっとうてきにむこうが有利ゆうりなのは、あきらかでした。能天気のうてんきにかまえていましたが、彼には、はじめからアドバンテージがなかったのでした。

 エリゼをぬけ出ていらい、ようやっとここまで来ましたが、けっきょく彼はまた、カゴの鳥になってしまいました。この帰結きけつに、ソルは落胆らくたんすると同時どうじ、さしあたっての現状げんじょうに、慄然りつぜんとしました。

 てことは、朝までこのまんまかよ。

 マジかよ!


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