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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2016年12月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 30 (Anchorites(世捨て人たち))

スマホ640pix



      Anchorites(
世捨て人たち)



 ソルは、北サツマ通りのあの店、「ニューアンカー」(訂正のおわび。作者の都合により、名前をニューモアから変更しました)に、つれてこられていました。

 店内てんないには彼はとりかこみ、三人の大人がいました。銀行ぎんこうのおじさん、ジープのおじさん、それに、おじさんか女性おばさんか、よく分からない人。すくなくとも、このしまには、ソルをふくめ四人はいるようです。彼は、これいじょう人口じんこうえないことを、ねがいました。

 ピラピラしたドレスを着て、みみはなにピアスをつけた、こえはおじさん、なりは女性おばさんの人が、このみせ主人ママでした。ママがしゃべると、ベロにもピアスがあるのに気づきました。

 ジープのおじさんは、店明みせあかりの下では、ずいぶん、ちちんで見えました。こげちゃ本革ほんがわボアえりつきライダースジャケットに、レッドウィンクのエンジニアブーツ。やせギスで、その世代せだいの中でも、ややひくめの身長しんちょうでした。光沢こうたくのない黒すぎるあたまは、むかしのロッド・スチュアートだかロン・ウッドみたいに、襟足えりあしが長くテッペンが立っていました。野外活動やがいかつどう直射日光ちょくしゃにっこう潮風しおかぜによるものか、銀行ぎんこうのおじさんより、シワがおおく、ふかきざまれています。(第一次産業を身近に知らず、若作りが主流の)クラランの住人じゅうにんであるソルの目には、後期高齢者こうきこうれいしゃにしか見えませんでした。

「で、どーすんの?」

 ママが軽蔑けいべつしたような、へいたんな口調くちょうでいました。

「どーするも、こうするもないだろ。来ちまったもんは、しょうがない。とにかく早く、もどさなくっちゃ。できるだけ、お、ん、び、ん、にな」

 銀行ぎんこうのおじさんが、いいました。

「だからさぁ、どうやって、その穏便おんびんにもどすのって、聞いてんの」

「なに他人ひとごとみたいに言ってんだよ。そのために、こうやってあつまってんだろ」

 ちょっとイラつきまじりで、おじさんは言いました。

「ようするに、けっきょく二パターンしかないわけだ。こっちから行くか、むこうから来てもらうか。でも、なるべく連絡れんらくしたくないわけじゃん、おれら。なるべく、こそっと、おくとどけたいわけじゃん」

「で、そのための手段しゅだん問題もんだいなわけだろ。だからこうやってあつまって、知恵ちえしぼって、多数決たすうけつできめようとしているワケだ。だろ?」

 まどぎわの、ジープのおじさんにむかって――

「おい、おまえもだまってないで、なんとかいえよ。おれたち全員ぜんいん運命うんめいが、かかってるんだぞ。おまえのキャラは分かったから」

「聞いてんのか?」

「……」

「まーた、だんまりかよ」

「カランコロン、カラン……」

 ドアチャイムの音で、ビクッとなるソル。

「なんだよ、もうわってんじゃん」

 また一人ふえました。

 どんどん人がえていく……。

 彼は憂鬱ゆううつになってきました。

「オッサンたちがガンくびならべて、なんの臨時集会りんじしゅうかいだ? (笑)」

 こえからしてわかい感じの人が、ズカズカ入ってきました。

「ちがうわよ。この子のおくり方をはなし合ってんの」

「なんだ、子どもじゃん」

 あらっぽくイスを引いて、ドカッと、ソルのとなりにすわりました。

 ドキン! となるソル。もはや「ども」どころではありません。

「アレ、おまえ……」

「えーと、なんだっけ? んと、だれちゃん?」

 目をつむって、うつむき、指先ゆびさきを二本ひたいに当てました。

 パッと、あたまの上で電球でんきゅうがついたように、

「ホルスの友だち、ちゃんじゃん!」

 れやかな、好感度こうかんどの高めの笑顔えがおをみせました。青年は、ハリネズミのような茶色ちゃいろ短髪たんぱつで、片耳かたみみに一つだけ、シルバーリングのピアスをつけていました。

「ん? ちがった?」

 じつは、ソルの方が早く気づいていましたが、おどろくより先、彼は、みょうな感心かんしんをしていました。ダイのうちとけた様子ようすに、なるほどと、つかの間じぶんの立場たちばをわすれ、感じ入っていたのでした。なにが「なるほ」どなのか、じぶんにもよく分かりませんでしたが。

「いえ。あっ、はい」

 半テンポおくれるソル。

り合いか?」

 銀行ぎんこうのおじさん。

り合い、り合い」

 ニコニコがお好青年こうせいねんのダイ。

「えー、おり合い?」

 ママが口もとに手を当て、いいました。

「イエース」

 ダブルピースのダイ。

り合いだよな?」

 グッと、鼻先はなさきちかづけるダイ。

「えっハイ」

 およびごしに。

「アレ、おまえカンオンは?」

「そういえばいな。気づかなかった」

 おじさんにいわれ、気がどうてんするソル。

「ハハ、しらない間に、いなくなっちゃってぇ、ハハ……、ハ……」

 ジープのおじさんは、だまってまどの外を見ていました。



「――で、どうなのよ?」

 議論ぎろんが、つづいていました。おもにダイが提案ていあんをし、それを、ことごとく、おじさんが退しりぞけるというかたち。そこへママがって入りました。

「あのふねのことか?」

 あのふねとは、緊急脱出用きんきゅうだっしゅつよう小型こがたボートのことです。

「つかえんの?」 

 ほおづえついて聞く、まぶたの重たげなダイ。

「おい」

 おじさんは、ジープのおじさんを、ふりかえりました。

「……ああ」

燃料ねんりょうは?」

「……あるよ」

まんタンか?」

まんタンだ」

 ちょっと、うれしそうに。

「そうか、よし」

 銀行ぎんこうのおじさんは、せきばらいしてから、ゆっくりみんなを見わたしました。

ふねが小さいからといって心配しんぱいない。ここから本土ほんどまで、大した距離きょりじゃないからね。こんな子でも、ハリボテの小さなヨットで、ここまで来れたんだ。問題もんだい天気てんきだ。事前じぜんによくしらべて、出発しゅっぱつのタイミングさえ間違まちがわなければ、あらしがくる前にこうに着いちまうだろ」

「いやーだいじょうぶかな、アレ。ぜんぜん使ってないだろ」

 ダイが、ジ―プのおじさんにむかって言いました。

 ジープのおじさんは、かたをすくめ、りょう手をひろげて見せました。

「あれは最新式さいしんしきちかいものだよ。なにしろ、万が一にそなえての、おれたちの生命線せいめいせんだからな」

「そりゃそうだ」

 おじさんが、あいの手を入れました。

「そのために、みんなで金を出し合って、こっそり買ったものだからね。ただきっぱなしだし、ちゃんとうごいてくれるか、どうか。なにより本土ほんどまで、確実かくじつにたどり着けるかが問題もんだいだ」

整備せいびはしているさ。他にすることもいしな。カタログどおりなら間違まちがいなくいける。だが相手あいて自然しぜんだ。そう、こっちの思いどおりにはいかないさ。しょせんはシロウト仕事しごとだし、100%の保障ほしょうはできないよ。いざ本番ほんばんになったら、なにがあるかわからないからな。とつぜん、海のまん中で止まったって、文句もんくはいいっこなしだ」

 うって変わって、ジープのおじさんは能弁のうべんになりました。

 しばらくみんな、だまっていました。

「まあ……、そんときゃ、そんときだ。なんだって、結局けっきょくうんまかせだよ(笑)」

「ちょっ――」

 ママをせいし、おじさんは真顔まがおでたたみかけます。

「そもそも、おれたちが他人ひとのこと心配しんぱいしていられる身分みぶんか?」

「おれたちはボランティアか? 行政ぎょうせいでもおやでも、ましてや善人ぜんにんでもない。おい、わすれるなよ。どちらかといえば、おれたちは悪人あくにんの方なんだぜ? おれたちができる範囲内はんいないのことを、すればいんだ。かみさまだって、それでゆるしてくれるさ」

 ほほえんで、ことばをむすびました。

 しゃべらない他の大人たち。

「むこうが先に位置いちをキャッチしてくれればいいが……。もし、だれかに先に救助きゅうじょされてしまったら、海保かいほでなくても、色々いろいろやっかいなことになる」

「うまくいったとして、その後どうすんの?」

 ママがいいました。

「そんなことは、おれたちが考えなくてもいいんだよ。後のことは、やつらにまかしとけばいいんだ。なんとでも、うまくやるさ」

「まあ、べつにどっちにころんだって、さすがに頃されはしねーだろーし」

 と、ダイがつけ足しました。

海上かいじょうで引きわたすってのは?」

 きゅうにジープのおじさんが、クチバシをはさみました。

「ダメだね。カンオンが足どりをチェックしているし」

 そくざに却下きゃっかする、おじさん。

「こわしちゃえば、いいじゃない。カンオン」

「? ? ?」

 ふいなママの発言はつげんに、かおを見合わせる三人。

「できるかよ!」

 ダイが爆笑ばくしょうしていうと、おじさんも失笑しっしょうしました。

「アラ、なんで?」

「ダメなものは、ダメだ」

 きゅうに体温たいおんが下がったように言うおじさん。

「だから、なんでよ?」

「後で調しらべるんだよ」

 おじさんはメンドクサそうに言いました。

「どうやって?」

微弱びじゃく電波でんぱを出しつづけているから、後から発見はっけんできるんだよ」

 最新さいしん機械きかい情強じょうきょうな、男子だんしっぷりをみせるダイ。

全部壊ぜんぶこわせばいいじゃない」

「だからぁ、こわせないの。人の力じゃかく部分ぶぶんまでは、破壊はかいしきれないの」

 やれやれ、といったかんじのダイ。

「だったら、電波でんぱとどかないとこまでってくか、めちゃえば、いいじゃない」

「うるさいなー、とにかく、ダメなものはダメなの」

 だんだん、イラつくダイ。

「えー、意味いみわかんない」

「出た出た、おんな機械きかいオンチ」

「ずるぅ、そういうときだけおんなあつかい!」

機械きかいのこと、ぜんぜん分かってないんだから、だまってろよ」

 ダイは、ムリヤリわらせました。

 おじさんは真顔まがおでした。ジープのおじさんも、だまっていました。

「なによ、みんなでだまりこくって。アタシだけ、のけもの? ホーントおとこどうし、なかがいいこと!」

「ねぇーボウヤ、アタシたちは、なかよくしましょうねぇー」

「ハハ……」

 ひきつりわらいのソル。

 ママはカウンターのね上げ天板てんいたから、おくのヘヤへ入っていきました。のこされた四人は、だれもしゃべろうとはしません。

 しばし、時がながれました。

「ウオッホン。ゴホ、ゴホ」

ノドをならすと、おじさんは前のめりの体勢たいせいをとりました。

「おれがつれて行こうと思うんだが、異論いろんはないよな」

「……」

 だれも口をききません。

「じゃあ、そういうことで。あとはふね用意よういたのむよ」

 ジープのおじさんに目くばせして、そそくさと、おじさんは立ち上がりました。

「おい!」

 うつむいたままのダイが、よび止めました。

「なんだ、なにか問題もんだいでも?」

「しらばっくれ――」

 ダイが言おうとすると、ジープのおじさんが、わって入りました。

「なあ銀行屋ぎんこうや、おれたちは自由じゆうなんだよな?」 

「ちょっ、なにきゅうに言ってんの。また、いつもの病気びょうき?」

 はんわらいのダイ。

「おまえがそう思えば、そうさ。なんだって気分次第きぶんしだいだよ」

 目がすわったままの笑顔えがおで、ジ―プのおじさんにこたええる、おじさん。

「そうじゃない。リーガルな意味いみで言ってるんだ」

 冷静れいせいを、くずさないジープのおじさん。

「お役所やくしょみとめられなければ、自由じゆうじゃないのか? おまえらしくもない」

べんが立つな。こんなところで、前の職業しょくぎょうやくに立つのか? おまえこそ、もうフリーなんだぜ」

「ハハ、こいつは一本とられた」

「オッサンたち、いいかげんにしてくれないか?」

 こんどは、イラついたダイが、わって入りました。

「そういうの、後にしてくれる?」

教祖様きょうそさまがご立腹りっぷくだ」

 わるふざけの、おじさん。

「そういう大人ゴッコは、いいから」

 感情かんじょうをおさえ、ながそうとするダイ。

結局けっきょくここも、つつぬけなワケだろ?」

 だしぬけに言うジープのおじさん。

「アレ、知らなかったの? なに、今さら?」

 とぼけた口調くちょうの、おじさん。

「なに、サラリと言ってくれてんだ? 開き直りかよ?」

 おこった目つきのダイ。

「おいおい。おれもおまえらと、おなじ身の上なんだぜ。むこうの手先てさきみたいに言うなよ(笑)」

「つかいっぱのクセに」

「むこうから見たら、大してちがわないさ。なにかあったら、あっさり切りてられる、一蓮托生いちれんたくしょう運命共同体うんめいきょうどうたいだよ、おれたちは。みんな一緒いっしょなんだよ」

「よう、言うよ」

「その口のうまさで、いったい何人なんにんシャバでかしてきたんだか」

 ジープのおじさんがいうと、利口りこうな大人たちにうらみをもつダイが、おじさんを、にらみつけました。

「まあ、一番きらわれる立場たちばだわな」

 微笑びしょうするジープのおじさん。

「今日はやけに饒舌じょうぜつだな」

運命うんめいとやらが、かかっているからな」

 とつじょキッとなった、おじさんは、

「ここは監獄かんごくじゃないんだ。いやなら、シャバに帰ればいい」

 だんだん目が、すわってきました。

監禁かんきんならぬ、軟禁なんきんか? いやちがうな、ぎゃくだ。幽霊ゆうれい自由じゆうだもんな。おれたちは、自由のけいしょせられてるからな」

詩人しじんだね~。チェロキーは」

 うすらわらいをうかべる、銀行屋ぎんこうやのおじさん。ジープのおじさんの車種しゃしゅは、旧車きゅうしゃのラングラーですが、そのひびきの滑稽こっけいさと、自然派思考ナチュラリズム揶揄やゆを合わせ、あだ名で、そう言われていました。年下のダイは「フリーダムな人」といって、なかば、からかっていました。

「クソ! けっきょく、こうなるのかよ!」

 ダイがテーブルにケリを入れると、コップの水が半分はんぶんこぼれ、かろうじて止まりました。

 その景色けしき冷静れいせいにながめながら、すでに銀行屋ぎんこうやは、考えをまとていました。ゆっくり、しゃべりはじめます。

「まったく、どいつもこいつも自己欺瞞じこぎまんのカタマリだな。ほんとうは、っていたんだろ? じゃなければ、いったいどうやって、今までライフラインがたもたれて来たと思っているんだ? だれのおかげだ? おれたちみたいなのにまかせっぱなしにするなんて、そんなお人好ひとよしが、この世にいるか? なあ、おれたちってアヴェロンの野生児やせいじか? カスパー・ハウザーか? ん? あれは、世話せわされていたっけ? まぁいいや。とにかく、今までだれにも、なんにもたよらず、自立じりつして、自給自足じきゅうじそくで生きてこれたと思っているのか? しあわせだね~、脳内のうない花畑はなばたけかよ(笑)。 いったい、どういう連中れんちゅうが、おれたちみたいな半端者ハンパモンいゴロシにしていたと思ってるんだ? スキあらば他人を出しき、食いものにすることしか考えていないような連中けんちゅうだぞ? まあ、その張本人ちょうほんにんたち、最終利益者さいしゅうりえきしゃたちとは、おれたち、一生いっしょううことはないだろうがな。その下の、下の、下の、さらにその下の、ゲスな手下たちが、世話役せわやくやってんだぞ? そういうズルがしこいやつらの、ずぅーと、ずぅーと、下っぱの、下っぱが、おれたちなんだよ!」

 うっすら赤味あかみをおびた目、おじさんのいきは、かすかにクセのあるあまいニオイがしました。

「おい、小僧こぞうじゃねぇんだ。そんなぎゃくギレで、ひるんでゴマかされると思ったか?」

 チェロキーが水をさしました。

「おい、小僧こぞうじゃねぇんだ! そんなぎゃくギレで、ひるんでゴマかされると思ったか?」

「ふふん、食えないねぇ。ただのナチュラルばかだと思っていたら、いや、そう思わせていたのかな?」

 銀行屋ぎんこうや冷笑れいしょうすると、ダイにむきなおり、

「おい教祖きょうそ! おまえもねこかぶらなくったって、いいぞ。どうせみんな、おなじあなむじなだからな!」

「かー、つごうわるくなると、こうだよ。いやだねぇ、大人は」

「おまえだってってて、詐欺さぎ片棒かたぼうかついでたろうが!」

 完全かんぜんに目が血走ばしっている銀行屋ぎんこうや

「どいつもこいつも、世間せけんからてられただけの負け犬のクセしやがって、世捨よす人演びとえんじて、孤高ここう気どってんじゃねえよ!」


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 29 (逃げグセ)

スマホ640pix



      逃げグセ



 どうなってんだよ、まったく!

 外に出られねーじゃねーか、クソ!

 しょせんはまだ子の彼は、大人の意向いこう無視むししてまで、一人っきりでうごけませんでした。

 なんでこう、いちいち、あいつはタイミングよく出てくんだ? カンオンもないのに!

 ん? あんのか? いやないよな。

 なんか、べつの機械きかいでも、あんのかよ?

 ……かもな。

 でもこっちには、カンオンあるんだし。

 イヤ、あんだぞ!

 こっちの方が有利ゆうりに、きまってんじゃねーか! まったく!

 なんとかしなくちゃ、なんとか。

 なんか、いい手はないのかよ、いい手は!

 気ばかりあせって、なにも思いうかびませんでした。じぶんにがあると思っているのが、そもそもまちがいなのを、彼は気づいていません。それくらいカンオンの存在そんざいが、クララン上級市民ハイソにとって空気ひつぜんなのは、たしかなことでした。

――ソルは子であるためか、彼どくじの個性スペクトラム(境界線上の境界線)のためか、それが大人でなくても、だれかのいったことを、そのまましんじすぎました。彼は気をぬくと、すぐにわすれてしまうのです。「人はウソをつく、それも他者ひとよりも、自分じぶんたいして」ということを。その対象たいしょうに対するいしきにぶらせ、おたがいれ合うのが、社会しゃかいというものの前提ぜんていです。彼は日常エポケー2のレベルにおいて、それを、わすれがちでした。

 そののう高次機能マルチタスク、もしくは余剰(ハンドルの遊び)、あからさまにいえば自他欺瞞じたぎまんは、ほんらい社会しゃかいへの活路かつろを見出すはたらきであり、自然しぜん恩寵おんちょうとみなされます。ルソーを恥入はじいりさせたとされるそれは、成長せいちょう一般いっぱんによばれますが、厳密げんみつにはちがいます。それは経験けいけんによって後天的ア・ポステオリ獲得可能かくとくかのう能力のうりょくではなく、たんに先天的ア・プリオリに他(環境)から与えられた所与しょよ身体条件しんたいじょうけんにすぎません。健康けんこうという名の平凡(閾値)なのです。

 彼はサイコパスや境界例きょうかいれい境界性きょうかいせいパーソナリティ障害しょうがいに、あこがれているフシさえありました。というか、あこがれていました。むろん、それらのみにくさを目の当たりにすれば、ゲンナリして、にげ出すだろうけど。

 いっこうに形は見えて来ませんが、彼がのぞもとめるものは、それらとは、まったくちがうもののはずでした。まだまだ彼の「わがままへの道」は、とおいようでした。




 長時間にわたるたフリなんて、幼児共有ようじきょうゆうのお昼寝ひるねいらいでした。

 まいったなー、朝までこれかよ……。充電じゅうでんしたことだし、あそびでつかっても、いいっか?

 彼は横になった姿勢しせいで、カンオンをなぶりはじめました。

 ふと思い立ち、ローカルエリア内で、ヒトの生体情報せいたいじょうほうをしらべます。二次元にじげんマップをクローズアップしていくと、行内こうないのおくに

個別認識こべつにんしきのない光点こうてんがありました。さらにアップして見ていると、びみょうに、うごいているのが分かります。まだおじさんは、おきているようでした。

 う~ん……。といったきり、パタッとあおむけにたおれ、彼はゲームをはじめました。




 ゲームの進行しんこうよくを出してしまい、やっと見切りをつけ、サーブしてやめました。すでに、けっこうな時間がたっていました。彼は思い出したように、あわてて、おじさんをチェックします。

 いません。少なくとも行内こうないには。数分前すうふんまえ数十分前すうじゅっぷん映像えいぞうが、うすれつつかさなっていき、そのうち一枚いちまいが、うかび上がってきました。

 いきつもどりつ、せまいスペースをなんども行きう、みだれた光のせん。ハツカネズミみたいに、グルグルなぞって、光だまりになったところから、一本の細いせんが外へとびています。たどってゆくと、駐車場ちゅうしゃじょうでハレーションをおこしたように、白く爆発ばくはつしていました。

 道に出ると、すぐに交差点こうさてんにぶつかり、左におれたところで、熱跡ねつあと途切とぎれていました。その先の方角ほうがくには、数時間前すうじかんまえに立ちよった北サツマ商店街しょうてんがいがあります。

「なにしに出かけたんだ? チクリにでも行ったか?」

 子の発想はっそうですが、あながちマチガイとも、いえません。

「――今だ!」

 ナップサックを引っつかみ、ソルは外にとび出ました。

 駐車場ちゅうしゃじょうのジムニーは、なくなっていました。おじさんがいないのは、確実かくじつでした。

「よし」

 ニヤリとします。

 でも、ちょっとまって下さい。冷静れいせいになって考えると、ヘンです。なにをそんなに必死ひっしになって、にげる必要ひつようがあるのでしょうか? ここにいて、なにか不都合ふつごうなことでも? せっかく海上かいじょうでの、生命せいめい危機ききから、だっしたばかりなのに。

 ナップサックのなかみ? バレたところで、いのち天秤てんびんにかけねばならぬほどの、おとがめがあるというのでしょうか、子の彼に?

 もはや彼は、にげることに「なれっこ」になってしまって、ただの習性しゅうせいになっているだけ、なのもしれません。

 そもそも、にげるという行為自体こういじたいが、すでに敗北はいぼくです。しかし、逃走とうそうをやめるということは、それを確定かくていさせることでもありました。こころ慣性かんせいは、じみな着地ちゃくちより、ハデな飛躍ひやくの方を好むみたいです。

 ふいに立ち止まると、クルッと回り右して、彼は小走りに中に引きかえしました。

 行内こうないに入ると、またすぐ、外に出てきてしまいました。なにやら、水道すいどう花壇かだん植木うえきのあたりを、ウロウロ歩きだします。――と、なにか思い出したように、また中に引っこんでしまいました。

 彼は、あるモノをさがしていました。シャベル、できればスコップのような、土のれそうなモノを。しかし、いくらさがしても、それらしいものは見つかりませんでした。気がつくと彼は、おじさんといた、あのヘヤの、おくのドアの前にいました。

 なんとなく、そこが立ち入り禁止きんしなのは、彼にもわかっていました。ハッキリそういわれたワケでもありませんが、子としてのモラトリアムの立場たちばと、大人の言質げんちのなさを悪用りようし、(罪悪感から免れるため)心をニュートラルに入れ、ドアノブに手をかけました。

 中はうす暗く、ちょっぴりヒンヤリしていました。カンオンが明るさをまし、かべ照明しょうめいスイッチを、ポインターのように赤くさしました。黄色きいろみがかったクリーム色のパネルに、「黒い▲の突起物とっきぶつを、おしてください」と、みどりのフォントがうかびました。

 照明しょうめいがついても、ヘヤの中は、まだかげっていました。よせられたデスクとオフィスチェア。その上のタワーになったかみの山と、ゆかから天井てんじょうまでふさいだダンボール。それらにさえぎられ、光がすみずみまで、とどいていませんでした。うすぐらいヘヤの中は、前に見たとおり、他になにもありませんでした。

 洞窟どうくつじみた道が、まっすぐのびていました。まったく意味いみはありませんが、足あとだらけの書類しょるいのモザイクじょうのスキマを、とびとびですすでゆきます。そのおくに、またトビラがありました。彼は、ほとんど躊躇ちゅうちょすることなく、それへ手をかけていました。

 冷気れいきにつつまれ、彼は身震みぶるいします。カンオンがさらに明るさをますと、いたいくらいの白光はっこうが目をさしました。

 ムダに明るい蛍光管けいこうかんのそのヘヤは、打ちっぱなしのコンクリートのかべにかこまれた、半地下はんちか空洞くうどうになっていました。ダクトやパイプ、黒いケーブルが壁際かべぎわ天井てんじょうを走り、それらが右へうねって傾斜けいしゃし、たきのように地下へと落ちていました。

 銀色ぎんいろ千鳥格子ちどりごうしのような、すべり止めのついたタラップにのぼると、天井てんじょうのダクトにあたまがくっつきそう。大人ならをかがめねば、とおれないところです。手に青白いこなのつく、ペンキくさい手すりをつたい、やわらかいクツで、ポンポンおりていきました。

 こんどのドアは、手動アナログではありません。侵入者しんにゅうしゃこばむよう、つるっとしていて、なにもない表面ひょうめん。うわべからでも分かる分厚ぶあつさと、重量感じゅうりょうかんがありました。

 うめこまれた小さなモニター画面がめんの下に、なじみのない外国語がいこくごが書かれています。たよるべきカンオンは、どういうわけか、目の前にそれがないかのように無反応むはんのう。カンオンのマップよく見たら、書類部屋しょるいべやまでしか、表示ひょうじされていませんでした。

「チッ」

 オフラインの画像検索がぞうけんさくでは、製品登録せいひんとうろくは見つかりませんでした。画像分析がぞうぶんせきから、トビラは生体認証せいたいにんしょうつきのようでした。保安ほあんのためか、開けるための必要ひつよう要件ようけんが出てきません。しかたないので、カンオンの構造分析こうぞうぶんせきからえた、開閉条件かいへいじょうけんこころみます。

 右足を一歩いっぽ前にだし、やおら、モニター直下ちょっかにすすみ出るソル。蒼白あおじろかおが見えなくなる間近まぢかまで、ちかづけました。

 せわしなくパチパチまばたきしたり、おでこを画面がめんにくっつけたり、ハァーッといきをふきかけたり。かおをはなすと、画面がめんをバンバンたたき、ペタペタさわりまくって、指紋しもんだらけにしました。

「ワッ!」

 大声を出すソル。

 無反応むはんのう

 こんどは足ぶみです。そのでグルグル行進こうしんをはじめました。はたで見ていたら、莫迦みたい。だれにも見られたくない光景こうけいでした。

 そりゃそうだよ。あの、じいさんじゃなんだから……。

「まぁ、いいっか」

 彼としては、早めにあらめました。

「――ていうか、こんなこと、しているばあいじゃねえよ!」

 目的もくてきを思い出すと同時どうじ、シロフォンのロールがり出しました。さっき、じぶんで設定せっていしておいた、警告音けいこくおんです。ぐずぐずしていたせいで、おじさんが、もどってきてしまいました。

 走り出すソル。心臓しんぞうバクバクです。

 台所だいどころへかけこむと、みょうな機転きてんをきかして、下のだんからじゅんじゅんに、ひき出しを開けていきます。ガチャガチャかき回してあさり、クチバシみたいな横口お玉と、マイナスドライバーを引っつかみました。水道すいどうからちょくで水をカブのみすると、外へとび出ました。

 全力疾走ぜんりょくしっそう駐車場ちゅうしゃじょう反対側はんたいがわへまわるとちゅうで、ある考えが、ひらめきました。

「おい、キンキューじたいだ! おまえ、ここにのこれ!」

 走りながら、カンオンにどなります。

「キンキューじたい! イノチが、かかってんぞ!」

 自分のいのち人質たてに、おどしかけます。

「今だけだかんな! 後でちゃんと合流ごうりゅうしろよ!」

 いきを切らしていても、ちゃっかり保険ほけんをかけるのをわすれないあたりが、現代げんだいっ子です。

「キンキューじたいだから、はなれろ!」

 カンオンのうごきがにぶくなり、空中静止くうちゅうせいししました。フラフラしはじめると、だんだんフリが大きくなって、形も大きさも不規則ふきそく楕円だえんを、自転じてんしながらえがき出しました。それを何周なんしゅう不器用ぶきようにくりかえし、安定あんていした高速回転こうそくかいてんへと移行いこうしていきます。

――と、遠心力えんしんりょくでタガが外れたように、空のどこかへってしまいました。



 全力で走って、横っぱらがいたくなってきました。

「とりあえず、すこし休ませろ」

 ヘナヘナちどり足で失速しっそくし、ベッタリ道にりょう手をついて、へたりこみました。心音しんおん他人たにんのたてる音のように、ドッドッとみみをうちます。ゼーゼーいきが上がって、すわりこんだまま、空をあおいでいます。呼吸こきゅうととのえていました。

 目のはしに、光りがよぎりました。いつもの心配性しんぱいしょうだよと、錯覚さっかくですませたかったのですが、サーチライトのように回ると、ハイビームが彼を直撃ちょくげきしました。

 光の洪水こうずいにおぼれるソル。なにもかも、まっ白。あたまの中も、まっ白でした。

 こしをうかせたまま、なすすべのないソル。ハイビームのまま、くるまが止まりました。停止ていししても、アイドリングストップしないくるまけいにしては、大き目のドアが開きました。

 衝撃しょうげきが走りました。ジムニーではありません。ジープでした。もちろん車種しゃしゅなんて、彼にはわかりませんが、たしかにそれは、おじさんのくるまではありませんでした。

 黒い人影ひとかげがおりてきました。

「おい、にげんなよ」

 シルエットの男は、いいました。

「おまえを保護ほごするよう、銀行屋ぎんこうやがみんなに、おたっししたんでね」


 ソルはりてきたネコみたいに、おとなしく助手席じょしゅせきに、のりこみました。


 後部座席こうぶざせき屋根やねほろを外した、ふるいジープ・ラングラーは、まっすぐ、北サツマ通りを目ざしています。二人とも、むごんでした。彼いじょうに無口むくちな大人に、ソルは恐怖きょうふをおぼえました。寡黙かもくが人を侵害しんがいするのを、彼は、はじめて客観的きゃっかんてきに思い知らされました。


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