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      ダーティワーク 1 水面下



 うまいこと、はぐらかした(?) 銀行屋ぎんこうやは、ソルと銀行ぎんこうに帰って来ていました。それにしても、みせの中での、あの雰囲気ふんいきときたら。いつもワレカンセズの彼も、疑心暗鬼ぎしんあんきによる大人どうしのはらさぐり合いと、悪口わるぐち応酬おうしゅうに、すっかり気がめいってしまいました。

 険悪けんあくなムードが不安ふあんと、うすらさむさをさそい、彼のヒザをえさせ、身をちぢこめさせました。その一方で、マイノリティさまに対する配慮はいりょのなさに、「大人のクセに!」と、ハラを立てていました。生々なまなましい現実げんじつを見せないようにするのが、大人の義務ぎむといわんばかりに。子とは、大人の不完全ふかんぜんさを、許容きょようできない生きものなのです。

 なにより、いちばん気がかりなのは、ナップサックの中身なかみでした。さすがに子の荷物にもつなんか、だれも気にしていませんが、いつバレるともかぎりません。結果的けっかてきにいえば、バレたって、どうってことないかもしれませんが、しばらく、メンドウなことになるのは必至ひっしでした。

 早いとこ、なんとかしなくちゃと、彼はあせるばかり。ずうっと、それを手ばなす機会きかいを、うかがっていました。

 手っとりばやく、銀行ぎんこうの花ダンにでもめてしまおうか? とも考えました。さいしょに銀行ぎんこうについたとき、すくってみた花ダンの土は、やわらか目でした。ソルは今まで「土いじり」なんか、したことありませんが、木のッコのないかどっこなら、うまくれそうな気がしました。

 どうせ、ここは廃墟はいきょです。後で見つかったって、だれが犯人はんにんかなんて、わかりっこないはず。ついていることに、カンオンは不在ふざいでした。

――と、すぐあやまりに気づきました。それまでの経緯けいいが、ローカルに記録きろくされているのを、すっかりわすれていたのでした。

 まあ、いいや。もうオレのしったこっちゃねぇーし。とにかくめちまえば、こっちのもんだろ。

 だらしない背徳感はいとくかんと、ぐずぐずになってゆくながれ。それへ、なかなかはかどらない事態じたいがのしかかり、さっきまでのおびえとはウラハラに、彼はイライラしてきました。

 うっくつした行きがかりと、この先まちうける破滅はめつ。来し方行く末をおもうと、そこなしの不安ふあんあせりがないまぜになって、ゆっくりと、しかし不可避的ふかひてきに、ドロぬましずみこんでゆくようでした。まるで超現実的スーパーリアルゆめの中で、あがいているみたいに。

 彼の思いをよそに、おじさんはをはったように、うごいてくれません。

 はやく、なんとかしなくちゃいけないのに……。

 イライラする、ソル。

 なのに、いつまでたっても、あいつが……

 さすがに、あのさわぎの後で、スキをみせるとは思えません。彼には、おじさんの存在そんざいがうらめしくて、うとましくて、しかたありませんでした。イライラが、つのるばかりでした。

 それにしても……

「――いつになったらかえってくんだよ、アタツは!」

 イライラの矛先ほこさきは、カンオンにうつりました。

「ちぇ、こんなことなら一時間後いちじかんごとか、いっときゃよかった」

 とっさに、そこまでキメの細かい器用きようなマネはできませんが、時間指定じかんしていしなかったことを、なんども後悔こうかいしました。カンオン不在ふざいによる禁断症状きんだんしょうじょうは、からだの不全感ふぜんかんにもていました。どうやらこのイライラは、おじさんだけが原因げんいんではなさそうでした。

 らちが開かないので、しかたなくソルはヒマつぶしに、先ほどの顛末てんまつ考察こうさつしはじめました。

 くるま銀行ぎんこうを出た後に、オレがいなくなったことに気づいた。で、いいんだよな?

 それから、あの店にいたみんなに、さがす手伝てつだいをさせた。

 て、ことは?

 カンオンか、レーダーてきなナニかが、あるってこと?

 でも、みんなじゃない。たぶんアイツだけ、もってるっぽい。

 それでゴチャゴチャ、もめてたんじゃないのか?

 ん? ちがうのか?

 

 あれこれモンモンとしつつも、今の彼には、これが限界げんかいでした。考えるネタがつきると、バタンとたおれ、ねがえりをうちました。

「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ、オレは!」

 ただ、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ時間じかんがあればいいんだ、オレには……。

 カンオンがないので、ゲームもできません。たたでさえつきがわるいソルは、さらにイライラを、つのらせるのでした。




 チェロキーは時間どおり、いつものおかにOD色(軍用のくすんだオリーブ色)のジープを止めました。べつに場所はどこでもよかったのですが、気ぶんのもんだいでした。彼の愛車あいしゃでいえば、ギリギリとどく金銭的きんせんてきタイミングで手に入れた、旧車きゅうしゃのラングラーは、まだ、かろうじて箱型はこがたをのこしていました。しかし現行げんこうのそれは、ビートルをとおりこし、もはやカタツムリみたいなかたちになってしまっていました。

 スリッパでドアをおしけると、タバコと船舶用せんぱくよう無線機むせんきに火を入れ、チューニングを開始かいししました。オートでもできますが、これもまた、気分きぶんのもんだいでした。無線機むせんき外観がわは、レトロなアマチュア無線機風むせんきふうですが、中身なかみ衛星えいせいとつながった、最新式さいしんしきでした。ほんとうは軍用ぐんようのがしかったのですが、かさばるので、あきらめました。

「もしもし、もしもし――」

「ピィーィイ!! ィィィイイィィイィィイィィィィ……」

「えー、あのぉー、子どものことですが――」

「えーはい。あーはい。……はい。……はい」

「いえ、それは、大丈夫だいじょうぶです。……あ、はい。……あ、はい。……あ、はい」

「……では、このまましばらく、銀行屋ぎんこうやにまかせておいて、かまいませんね?」

「……はい。……はい。……はい」

「わかりました」

「こちらからの連絡事項れんらくじこう以上いじょうです。他にべつだん、変わったところはありません」

「なにもなければ、このまま通信つうしんわりにしたいと思いますが、いいでしょうか?」

「では、その他もろもろ、細かいことは、またつぎの機会きかいに」

「……はい。……はい。――わかりました」

「では、定期連絡ていきれんらくわります」

「オーバー」

 さいごは必要ひつようのない、彼のクセでした。



 クラブ「ニューアンカー」の店のおくから、はなし声が、もれてきています。カウンターごしの、お人形にんけぎょうだらけの酒棚さかだないたビーズの暖簾のれんをくぐると、お店と兼用けんよう台所だいどころがありました。さらに、そのおくの部屋へやにつうじる、開けっぱなしのドアのむこうには、小さな和室わしつ六畳間ろくじょうまがありました。

 ビニールのかかったふくが、幾列いくれつもハンガーラックにかかっています。それらが空間くうかんふさぎ、ふくをかきわけねば、その先にすすめそうにありません。かべぎわには、光沢こうたくのある紙袋かみぶくろ乱雑らんざつにかさなり、小さなダンボールばこが、ピラミッドがたにつまれていました。

 そこからはもう、ヒソヒソばなしではなく、ふつうにしゃべるママの声がきこえました。

「……ちょっとぉ、どういうことかしら?」

「聞いてないわよ……そんなこと。ハナシがちがうじゃない……」

「……ええ、そう。……そう。……そう。……そうよ」

 かがみにうつったかおは、うすいベージュ色で血色けっしょくがわるく、化粧水けしょうすいでテカっていました。ヘアクリップで大きなおでこをあらわにさせ、まばらな眉毛まゆげはシッポが切れています。白いバスローブ姿すがたでベースメイクをしながら、かがみの前で一人ごとをいっていました。

「だってぇー、あの二人は、あたしより先にってたって、感じじゃなぁい?」

 白く鏡面きょうめんくもるほどかおをちかづけ、凝視ぎょうししています。口もとだけモゾモゾさせ、しゃべる姿すがたは、だれかと話しているようには見えません。

 パッと、かおをはなしました。視線しせんをのこし、ほほに手をあてかおをそむけたり、ま横をむいたり、ひょっとこ口で角度かくどを変えたりと、チェックによねんがありません。

 ひととおりえると、りょう手でかおをつつんで、立てヒジをつきました。その姿勢しせいをくずさず、かがみのおくを、じいっと、のぞきこんでいます。

 とつぜん姿勢しせいをくずし――

「えぇー。そぉーんな、言い方ないでしょう」

「なぁんのために、ワタシはいるのかしら?」

 つけまの台紙だいしを、かかんでひろい上げながら、いいました。

 コンシーラーをおくと、身をのり出し、クワッと目を広げます。ビューラーでまつ毛を上げ、アイラインとマスカラをぬり、はなの下をのばしながら、つけまつ毛を二段にだんかさねました。しらずしらず、かがみからとおざかる体勢たいせいをとっているのに気づき、こしをうかしてイスを下げました。

 ちかごろ老眼ろうがん進行しんこうしているのを、ママは気づいていましたが、さいしんの美容品びようひん化粧品けしょうひんをとりよせながら、コンタクトやメガネのいかえは、後のばしにしていました。

 またコンシーラーを手にとりました。

 とつぜん、ゲラゲラわらいだし、

らないわよ~。なぁんでアタシがってると思ってんの? オモシローイ」

 語尾こびはヘイタンな口調くちょうで。

 人差指ひとさしゆびくさびるをおし上げ、不自然ふしぜんな白さのをニッとみせました。こんどは、さまざまに表情ひょうじょう変化へんかさせてゆきます。かみ合わせをズラシ、ズラシ、かゆいような、こそばゆいような、表情筋ひょうじょうきん蠕動運動ぜんどううんどうをくりかえしていました。

 だんだん、会話かいわにあきてきたのか、

「なぁんか、ぜんぜんはなしが見えてこないんですけど?」

 気のないそぶりでいうと、いったん化粧けしょうをやめました。

 鏡台きょうだいの上には雑多ざった化粧品けしょうひんと、小さなおさらに外したピアスやネイル、ポーチなどがおかれていました。口の開いたポーチに片手かたてをつっこみ、白い布袋ぬのぶくろをとりだしました。中に入っていたシルバーのチ○コがた美顔器びがんきをとりだすと、コロコロしはじめました。

 むひょうじょうで、コロコロ、コロコロ。

 むごんで、コロコロ、コロコロ。

 もくもくと、コロコロ、コロコロ。

 しんけんに、コロコロ、コロコロ。

 コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ、……

「まぁーた、アタシがビンボーくじぃ」

 ふくれっつらで、コロコロ、コロコロ。

「メンドーなことは、みーんなアタシなのね」

 じゃっかんうれしそうに、コロコロ、コロコロ。

 また、能面のうめんにもどり、パタンと、フェイスパウダー・ケースを閉じました。

「ハイハイわかりましたよ。ホーント、みんな手間のかかる子たち、なんだから」




 体がほてってあせばみ、ソルは目をさましました。体感たいかんと光のかげんで、あさをすぎているのがわかりました。あたまが、ややコブむすびになっているのは、少なからぬ彼の朝の仕様しようでした。

 ねぼうをしたことが、ちょっとしたカルチャーショックでした。いかなるものからも、おこされなかったからです。ばくぜんと、ケアされるのが自然しぜんだと思っていました。クラランでは、それがあって当然とうぜん環境かんきょうであり、大人の義務ぎむであり、空気くうきでしたから。それに体調たいちょうをふくめ、スケジュール管理かんりする、おせっかいなカンオンもいません。もしかしたら彼にとって、これがはじめての、純粋じゅんすい朝寝坊体験あさねぼうたいけんなのかもしれません。

 ふぁ~と、いきをはき出します。

「なんだよ。おこせよ……」

 カーテンごしのやわらかいの下で、あらためて、まわりを見わたしました。なんだか昨日きのうより、せまくなった気がしました。

――ハッとなって、長イスとまどのすきまに手をつっこみます。

 ハメゴロシのまどには、ブラインドとカーテンがかかっていて、そこへカバンを立てかけていました。左手でさぐりましたが、手ごたえがありません。こんどは、あおむけになって、右半身みぎはんしんごと上体をもぐりこませました。ナップサックは、長イスの真下ましたにたおれていました。

 ほっとするより、怖気おぞけにおそわれました。うすい合成ごうせいキャンバス地をとおして、いきおいあまって、にくとも脂肪しぼうともいえないカタマリに、ゆびをつきしてしまったのです。ぬれたような、にぶいような感触かんしょくに全身が粟立あわだち、指先ゆびさきを切り落としたくなりました。

「チッ、あさっぱらから、気もちわりーの。あさじゃねーか」

 キョロキョロ見まわしました。

「なんだ、まだ(カンオン)いねーのかよ」

「いつになったら、あいつはかえってくんだよ……」

 らくたんして、つぶやきました。

 とりあえず、あの居間いまと化している部屋へやへむかいました。

冷蔵庫れいぞうこに入っているものでも、なんでも、あるものぜんぶ食べてかまわないから」と、テーブルがわりのオフィスデスクに、書きおきのメモがありました。

「……はぁ~?!」

「なんなんだよ、コレ!」

 きのうの苦労くろうは、いったいなんだったのか、ソルは困惑こんわくします。よろこびがこみ上げかかったのをおさえ、ウラをもうとしました。ぐうぜんか、ワナなのか、それとも、やむにやまれぬ事情じじょうなのか? が、けっきょくのところ、わかるワケありませんでした。

 大人にほんろうされっぱなしで、なんだかハラが立ってきました。どうじに、むりょくな子のじぶんにも、ハラが立ちました。ここへきてようやっと彼にも、みずからが関係性かんけいせいにふくまれる、具体的対象あいてをともなった、子度もらしい反抗心はんこうしん芽生めばえてきたのでした。

 あらっぽくドアを開け、冷蔵庫れいぞうこを引っかきまわして、あまいものだけ、めいっぱいかかえると、また、らんぼうに閉じました。果物くだものやアイスにジュース、それに菓子かしパンにスナック菓子がしなどが、つくえにあふれかえりました。

 おじさんの帰ってくる時間じかんなど、いっさい気にせず、ブリブリおこりながら、ガツガツしっかり食べました。もっていくには少し重そうな食糧しょくりょうを、よくばってレジぶくろにつめこみました。空のペットボトルにも水を入れました。おこったいきおいにまかせたので、罪悪感ざいあくかんはあまり、ともないませんでした。

「さて!」

 と声にだして、立上がりました。これから一仕事ひとしごとまっています。


 ようじんにこしたことは、ありません。おじさんもカンオンももどらぬうち、一人でアレを処分しょぶんしてしまうつもりでした。よく考えたら、ふねにいたとき、海にすてて水葬すいそうにしてしまえばよかったのです。でもソルには、そんな予備知識よびちしきはありません。いまだに、土にめるものと、きめつけていました。また、ここから海はとおすぎました。その気になれば行けはしますが、北サツマ通りを、とおらねばなりません。決定的けっていてき場面ばめんで見つかることを思うと、さむけがしました。

 でもその前に、まずは道具どうぐさがしです。さすがに、おたまなんかで土はれませんからね。




 おじさんのジムニーは、みなと倉庫そうこに止まっていました。中には、チェロキーが一人で整備せいび管理かんりをしている、水陸両用すいりくりょうよう小型こがたボートがおかれていました。これは彼の趣味しゅみとは無関係むかんけいでした。あじけない最新さいしんモデルの、一つか二つ前の型落かたおちでした。

 ハイブリッドのエンジンは、ほぼアイドリングしか、したことがなく、定期的ていきてき早目早目はやめはやめにとりかえているオイルは、まだんだままでした。船底せんていにもぐりこんでいたチェロキーは、はじめての本格的ほんかくてき出航しゅっこうにあたって、ねんのために、あたらしくオイルとエレメントを、とりかえたばかりのところでした。

 いちだんらくついたチェロキーは、ボロぬのでキャップまわりと手をぬぐいながら、ことの進行具合しんこうぐあいを、デッキの上からのぞいていた銀行屋ぎんこうやにたずねました。

「なあ、おまえは連絡れんらくくらいとれるんだろう?」

らないよ(笑)」

 おじさんは、しらばっくれましたが、かまわずチェロキーははなしつづけます。

「なんでやつらは、自分じぶんらでしようとしいんだ?」

「いや、だかららないよ(笑)」

「どう考えたって、その方がうまくやれるだろ」

 おじさんは、ただ、わらっていました。

「その方が安全あんぜんだし、スマートに処理しょりできるだろ?」

 かたをすくめる、おじさん。

「じっさいのとこ、あせってんじゃないのか? ぜんぜん、連絡れんらくしてこないのか?」

「たんじゅんにメンドクサイんだよ(笑)。 ヘタにかかわって、じぶんだけそんをしたくないだけさ」

 いきなり、ぶっちゃけますが、チェロキーも、さらりとかえしました。

「バカなやつらだ。後で大事おおごとになって、ほんとうに生首なまくびがとぶのは、てめーらなのに」

「おれらと接触せっしょくしてくるのは、下っぱだしな。リーマン以下いかだよ」

 間をおかず、またしゃべりはじめました。

「人がはたら組織そしきなんてのは、どこもそんなもん。先にうごいた方がけなのよ。最後さいごまで生きのこるのは、たいてい凡庸ぼんようなヤツ、たいしたこともしなかったヤツって、きまってんだよ。それも、本人も意図いとせずにね(笑)」

 はなしのとちゅうまでは、からかう気マンマンだったチェロキーですが、けっきょくだまって、おわりまで聞いていました。

「それより、あの子は、ほっといていいのか。カンオンいなくなったんだろ?」

 チェロキーは、わだいをかえました。

「なに、こうつごうさ。冷静れいせいになって考えてみろよ。ただでさえ子ど○なのに、カンオンをなくした上級市民様じょうきゅうしみんさまになにができる? 他に行くあてなんて、あるわけないし」

「それに――。それがなくても(監視には)、こまらないしな」

 チェロキーがうすらわらいでいうと、銀行屋ぎんこうやのおじさんは微笑ほほえみました。

「こっちは、だいたいわったから、後はそっちで必要ひつようなものをそろえて、はこびこんでくれ」

 チェロキーが事務的じむてきにいいました。

「もう、やってるよ」

 おじさんは引き上げました。




 どこからか、ターコイスブルーの移植いしょくゴテ(小さな園芸用シャベル)を見つけてきたソルは、花ダンのかどっこにハの字に足をのせ、おおいかぶさるよう作業さぎょうしていました。

 土でそで口とかた口をよごし、体をほてらせ、アゴからあせをポタポタ落としています。かかんで、ほったあなうでをさし入れるたび、土のしめったあまいニオイが、鼻先はなさきをかすめました。

「もう、そろそろいいだろ」

 だいぶ手こずりましたが、なんとか彼の、なっとくのいくふかさまでこぎつけました。半そででひたいをぬぐい、もう一ふんばりしようと身をかがめると、異音いおんに気づきました。

 かおを上げると、紺色こんいろのジムニーが、今まさに、銀行ぎんこうの前の歩道ほどうをまたごうとしているところでした。

「えぇ~」

 ボーゼンとくるまを見やる、ソル。

 心底しんそこ気おちした彼は、しぶしぶ、スイッチを切りかえます。えだだけのツツジにかくれ、あわてて、手で土をあなに落としました。

 横むきに、すっと立ち上がると、走らず大またで歩き出しました。死角しかくになる方の手にシャベルをもち、まだ、こちらに気づいていないことをねがいつつ。ようじんのため、ナップサックをおいてきたのは、不幸中ふこうちゅうのさいわいでした。



「――とにかく、君をボートにのせる、ことにきまったから。そのつもりでいて」

 おおあわてで土をはらい、あせをぬぐって、すましていたソルに、おじさんは説明せつめいしました。

「後、できれば自分か、だれか他の大人が、ついていくことになるかもしれない」

「はぁ、そうですか……」

 まだあせが止まないひたいうででこすりながら、ひきつりわらいのソルは、気もそぞろで返事へんじをしました。もっかのところ、彼にとっては、どうでもいいことでした。


(他サイトでも投稿しています。)

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