maiastraのblog (無料、特殊)漫画・小説・他

マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2017年05月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 38 (港にて)

スマホ640pix



      港にて



「あつまってるな。銀行屋《ぎんこうや》がいなくて、つごうがいい」
 開口一番《かいこういちばん》、チェロキーはいいました。
「どこいってたんだよ」
「おまえと同《おな》じだよ。さがしていたのに、きまってるだろ。土砂崩《どしゃくず》れを迂回《うかい》して、反対側《はんたいがわ》からまわりこんでいたんだ。荷台《にだい》にバイクもあったが、おろすのが面倒《めんどう》だっだし、おまえもいたしな」
「どうした? 子度藻を乗《の》せないのか? やつを待っているのか?」
 ダイがなにか言おうとすると、ママが腕《うで》を引っぱりました。
 二人はだまりこみました。
「まあ、そんなこったろうとは、思ってたけどな」
 うすら笑《わら》いをうかべる、チェロキー。
「なにがおかしい?」
「行かないんだろ?」
 二人の顔色《かおいろ》を見くらべ、
「船《ふね》は出さないんだろ? 図星《ずぼし》か」
 困惑《こんわく》しつつ二人とも、まだ、おたがいの顔《かお》を見合わさずにいました。
「そう警戒《けいかい》するなよ。べつに、どうもしないぜ(笑)」
 だまりこくったままの二人。
「どうするんだ? このまま、じっとしていても始《はじ》まらんが」
 制止《せいし》するママをおさえ、ダイが口を開きました。
「なんか、いい手でもありそうな口ぶりじゃん」
「お、そだちのわりには勘《かん》がいいな」
 ちょうはつてきな口ぶりのチェロキー。
「なんで今日にかぎって上から目線《めせん》の、おしゃべりなんだ? その口ぶりからすると、あんたも自立民《じりつみん》の出っぽいな」
「――もって、おいおい!」
 とつぜん、大声を出すチェロキー。
「それじゃあ、ママもそうだと言わんばかりじゃないか! そんなこと、わざわざオレに教えてくれなくったっていいんだぜ、うたがわしい人間にさ。まあ、それを言ったら全員《ぜんいん》そうだが(笑)」
「え、なんで、そうなるの? 銀行屋《ぎんこうや》だっているのに。そんな揚《あ》げ足とりでビビるとでも? あてずっぽうでも動揺《どうよう》をさそったら、めっけもんてとこか? いやだねぇ大人は。恥《はじ》も外聞《がいぶん》もなくなってさ」
 怒気《どき》のこもった早口で、ダイはいいました。
「ふふん。教祖様《きょうそさま》も娑婆《しゃば》でもまれて、すこしは大人になったのかな?」
 語気《ごき》を強め、
「――いやしい依存民《いそんみん》のガキのクセに」
 あきらかにムッとするダイ。
「あいつが一度でも、自分の口からそんなこと言ったことあったか? だれも自分の過去《かこ》なんて、話《はな》しゃしないのに。それに言ったところで、ウソかもしれないじゃないか。おまえは信じるのか? 信じられるのか? おまえのお頭《つむ》はお花畑《はなばたけ》か? いったいこの中で、信用《しんよう》するに足る御仁《ごじん》なんているのか?」
「なんだよ、ごじんって。死語《しご》か?」
「さすが教養《きょうよう》のある依存民《いそんみん》はちがうな。スタンダードなコトバだが? そうかあれか、おまえらの世代《せだい》だと、よゆう教育《きょういく》のシッポか。かわいそうに、生まれと育《そだ》ちと共有《きょうゆう》のトリプルパンチだな」
 声にだして、せせら笑《わら》うチェロキー。
「教育《きょういく》って、なんだよ」
 負《ま》けじと失笑《しっしょう》してみせるダイ。
「わざと言ったんだよ。なにが共有《きょうゆう》だ、くだらんゴマカシだ。わかれよ、よゆう(笑)」
「そっちこそ。いつの時代《じだい》の人だよって言ってんだよ、おっさん(笑)」
「好景気《こうけいき》の|エラン《活気》を知っているか、この、生まれたときから万年《まんねん》デフレの、しなびたうらなりの続編世代《ぞくへんせだい》が。浅《あさ》く広《ひろ》く金儲《かねもう》けってか。文化《ぶんか》がテクノロジーのように時間とともに加算《かさん》されて、日進月歩《にっしんげっぽ》で進歩《しんぽ》するとでも思っているのか? さすが退化《たいか》した、よゆう世代《せだい》は違《ちが》うな。(笑)」
「生まれた時からって、――だったら、おれらに責任《せきにん》ないじゃん。むしろアンタら前の――」
 ダイはとちゅうで、だまってしまいました。彼は、みょうに今日にかぎって、チェロキーが煽《あお》ってくることに気づきました。
「なんだ、きゅうに無口《むくち》になったな」
「ま、いいか。そういうことにしとくか」
 チェロキーは肩《かた》をすくめました。
「なんだよ、それ」
 と、ダイ。
 もとはと言えば、ソルによって引きおこされた騒動《そうどう》なのに、まるっきり、かやの外でした。彼はわれとわが身をもてあまし、大人たちの口げんかの行く末を、みまもっているしかありませんでした。
「ちょっとぉ、ケンカは終《お》わったの? はやく本題《ほんだい》に入りましょうよ」
 小康状態《しょうこうじょうたい》に入り、やっとママは、口をはさむことができました。
 チェロキーはあくびして、
「なんだったかな……ああ、そうそう。ガキのことか。で、どうするんだ? なにか良い対案《たいあん》でもあるのかな?」
「それより、あんたなんか、さっき言いかけたろ、そっちを先にしろよ」
 トゲトゲしく、ダイが言いかえしました。
 チェロキーにしろダイにしろ、だれにしたって同じことですが、ここでの「個人《こじん》」に踏《ふ》みこんだコミュニケーションは、好《この》むと好《この》まざるとにかかわらず、こうならざるをえませんでした。
 ちょっと、ほほえんでから、チェロキーは言いました。
「この船《ふね》はつかえないんだろ?」
 ダイがなにか言いかけると、「まあ、まあ」と手で抑《おさ》えるしぐさをして、
「べつにおれは、こんなガキどうなっても構《かま》わんが、なんにしたって、やっかいごとに巻《ま》き込《こ》まれるのはゴメンだ。それは、おまえらも一緒《いっしょ》だろ?」
 間をおき、
「そこでだ、一つ提案《ていあん》があるんだが――」
「おい!」
 ダイが割《わ》って入りました。
「なんだ!」
 怒声《どせい》のチェロキー。
「うしろ」
 ヘイタンな声で、ダイがアゴをつき出しました。
 チェロキーがふりかえると、紺色《こんいろ》のジムニーが、彼のジープの後ろにつけるところでした。
「チッ、見ろ! お前らがモタモタしているからだ」
「知《し》らんよ!」
「とりあえず、ガキを船《ふね》に入れろ。まだ見られていなと分かったら、しらばっくれろ、いいな!」

 銀行屋《ぎんこうや》が腕《うで》でバッテンをつくり走ってきます。
「出すな! 出すな! おーい出すな! まだ出すなよ! 船《ふね》は出すな!」
 息《いき》せき切らして走って来た銀行屋《ぎんこうや》を、ダイとチェロキーの二人でむかえました。
「よかった。とにかく、このままにしておいてくれ。あの子がきても、しばらくは中止《ちゅうし》だ。計画《けいかく》は保留《ほりゅう》のままだ」
 ダラダラ汗《あせ》をたらしながらしゃべり、ぐっと、息《いき》をのみました。
「いいな、中止《ちゅうし》だ! 中止《ちゅうし》! とにかく、まだ船《ふね》は動かさないでくれ!」
 一気に言い終えると、銀行屋《ぎんこうや》は、われにかえりました。
「なんでおまえら、ここにいる! 子度藻はどうした?!」
 ダイとチェロキーは二人して、肩《かた》をすくめました。
「なにやってるんだ、聞いているのか!」
「聞いているよ」
 他人ごとのようなダイ。
 銀行屋《ぎんこうや》は車《くるま》から走ってくる間、船《ふね》が動きだすことに気が気ではなく、人など見ていませんでした。
「お前も、なんでここにいる!」
 こんどはチェロキーにむかって、どなりました。
「うるさいよ。なんかやらかして、年下の女の上司《じょうし》にでも、大目玉《おおめだま》食らったか? 昼間《ひるま》っから酒《さけ》くせえな。目ぇ血走《ちばし》ってんぞ、おい(笑)」
 チェロキーは冷静《れいせい》さを失《うしな》わせようと、銀行屋《ぎんこうや》を煽《あお》りにかかりました。
 銀行屋《ぎんこうや》はジロリと、チェロキーを見すえました。口からツンとするあまい息《いき》がもれ、目は赤く、すわっていました。まともな人間なら、あいてにしたくない状況《じょうきょう》です。
「なんだとう、おい! なんでお前まで、ここにいるんだ! こんなとこで油売《あぶらう》ってるヒマがあったら――」
 ピタッと止まりました。
「おまえらが、ここにいるってことは」
 銀行屋《ぎんこうや》は走りだし、タラップに手をかけました。
「おい、どこへいくんだ!」
 二人の顔色《かおいろ》が変わり、ダイが怒鳴《どな》りました。
「べつに~」
 ニヤニヤしながら階段《かいだん》を上がっていきます。
 どん、とぶつかって、見上げました。
「なにやってんのアンタ! 酒《さけ》クサイわよ! なに昼間っから飲《の》んでんの!」
「どけよ!」
「まだ、準備《じゅんび》すんでないわよ!」
「いいから、どけ!」
「ちょ、ちょっとぉ」
 ママを強引《ごういん》におしのけ上がると、乱暴《らんぼう》にドアを開けました。
 ガランとした船内《せんない》。ダンボールが片側《かたがわ》の壁際《かべぎわ》に、山とつまれていました。
 闖入者《ちんにゅうしゃ》のように、あっちこっち、引っかきまわします。ふとんを上げ、ベッドの下をのぞきこみ、シーツを引っぺがし、イスをたおして机《つくえ》の下をのぞきこみ、くくりつけの棚《たな》の小さな抽斗《ひきだし》から、冷蔵庫《れいぞうこ》の野菜室《やさいしつ》のトビラまで、開くものはぜんぶ開けて調《しら》べました。
「ふーふー」と荒《あら》い鼻息《はないき》で、たちまち、船内《せんない》に酒気《しゅき》が充満《しせゅえまん》しました。ダンボールの山をくずすと、ガムテープもはがさず、つぎつぎ上面を破《やぶ》って開けてゆきます。
「ちょっとぉ、荒《あら》っぽいことしないでよ!」
 やっとそこに気づいたのか、ステンレス鋼《こう》のハッチを開け機関室《きかんしつ》にもぐりこみ、しばらくの間、モグラのように這《は》いまわっていました。
「お~い。なにやってんだ(笑)」
 上からダイが、よびかけました。
「うわっ、くっせぇ。あんたの息《いき》で充満《じゅうまん》してるよ」
 首《くび》を引っこめました。
 ややあって、おじさんは、ばつがわるそうに出てきました。
「水を一本くれ」
「備蓄《びちく》よ」
「いいから。どうせあんたのことだ、腐《くさ》るほど持ってきたんだろ」
 そういって、ダンボールから水をとりだし、ごくごく飲《の》みはじめました。
「ふん、いいさ。むしろ、いない方が――」
 といったきり、空《から》になるまで飲《の》みつづけました。
 ふーっと、一息《ひといき》つくと、ダイにむきなおりました。
「で、なんで、お前はここにいるんだ?」
「なんでって――」
 答《こたえ》を用意《ようい》しておくのを、ダイはすっかり忘《わす》れていました。ドギマギしつつ、
「イヤ、そっちこそ、なんで連絡《れんらく》をよこさないんだ? あてずっぽうに捜《さが》したって、そんなカンタンに見つかるわけないだろ」
 逆《ぎゃく》キレぎみにいいました。
「だからって、なんでここにいるんだ?」
 毒気《どくけ》がぬけたように、冷静《れいせい》になった銀行屋《ぎんこうや》。
「あんたんとこに行く、より道だよ。二人とも」
 チェロキーが、たすけ舟《ぶね》をだしました。
「なんだよ部下《ぶか》かよ。オレはあんたの僕《しもべ》かよ。こっちは善意《ぜんい》で参加《さんか》してんだぜ。あんたらとは、事情《じじょう》がちがうんだ。いやならやめようか?」
「お前は?」
 ふりかえって、チェロキーにたずねました。
「だから、さっき言ったろ。オレの話《はなし》はムシかい(笑)」
 銀行屋《ぎんこうや》はダイをにらむと、視線《しせん》をチェロキーにもどしました。
「大荒《おおあ》れだな」
 チェロキーは、ほほえみました。
 うすい棚《たな》のでっぱった台《だい》に、あさく腰《こし》かけ、びどうだにしない銀行屋《ぎんこうや》。不気味《ぶきみ》なほど落ち着いた彼は、まっすぐ、チェロキーを見かえしています。
 ごうをにやしたチェロキーは、少し声をあらげ言いました。
「おまえは何だ? 何様《なにさま》だ? ――いや、よそう。ヨッパライと議論《ぎろん》しても、はじまらないからな。それより、ガキはどこにいるんだ? お前が指示《しじ》する役目《やくめ》だろう? 頭《あたま》のお前がよっぱらっていたら、手足のおれらは埒《らち》が明かないんだが?」
 銀行屋《ぎんこうや》は大きく長い息《いき》を吐《は》きだすと、空《くう》を見上げました。
「想定外《そうていがい》のトラブルがおきたんだよ。今は、あの子の居場所《いばしょ》は分からない」
 間をおき――
「な~に、食うもんなくなって、腹《はら》がへったら、そのうち帰ってくるさ。そっちは気長にまてばいい……」
「そっち?」
 よけいなことは言うなと、銀行屋《ぎんこうや》の背中《せなか》ごしで、ダイに目くばせするチェロキー。
「とにかく、子度藻のことはもういい。もう解散《かいさん》してくれ。ごくろうだったな」
 力なく立ち上がると、おじさんは引き上げていきました。


「もう、いいわよ」
 ママは海をのぞきこんで、いいました。
「あら、いないわ」
「だいじょうぶかよ、溺《おぼ》れたんじゃぁ――」
 ダイがいうと、
「泳《およ》げるって、いったのに!」
 キョロキョロする、ママ。
「あ、あんなとこぉ!」
 ソルは、こちらにむかって、歩いてきました。彼は小さな船着場《ふなつきば》に、くくりつけられたタイヤを足がかりに、なんとか自力《じりき》ではい上がったのでした。エリゼの必須《ひっすう》共有《きょうゆう》で、着衣水泳《ちゃくいすいえい》をやらされたおかげでした。
「ホーッ、ホホ」
 口もとに手をあて、
「アタシが|もと《・・》男でよかったわね。水音立てないように、はいつくばって片手《かたて》で海に落としたのよ」
「さすが、ゴリラなみの腕力《わんりょく》」
「ちょっとぉ、よけいなこと言わないでよ。ここは褒《ほ》めときゃいいの」

(他サイトでも投稿しています。)

←戻る みなし児ヴィデオ・オレンジ 37 (オンショア(海風))
→次へ みなし児ヴィデオ・オレンジ 39 (船上会議)

みなし児ヴィデオ・オレンジ 37 (オンショア(海風))

スマホ640pix



      オンショア(海風)


 銀行屋《ぎんこうや》からの連絡《れんらく》は途絶《とだえ》えましたが、ダイは、しじどおり枝道《えだみち》に入りました。山の中で電波《でんぱ》がとどかないせいか、トランシーバーはノイズしか入りません。れいの土建屋《ゼネコン》さんの広場《ひろば》に出ると、すでにソルの痕跡《こんせき》すらなく、しかたなく、彼は本道《ほんどう》にもどりました。
 とりあえず彼は、目の前の山づみの土砂《どしゃ》を、オフロードバイクでのりこえました。
 さて、これからどうすんの? 
 ダイは湿《しめ》ったヘルメットの中でつぶやき、鼻水《はなみず》をすすりました。「ハァー」と息《いき》をはき出すと、さすがに白くはなりませんでした。
 なにも思いつかないまま、サイドスタンドをけって、走り出します。後は、どくじの判断《はんだん》で進《すす》むしかありませんでした。


 ソルは身も心も、さっぱりしていました。おおむかしに、山の頂《いただ》きから落ちて来たらしい、とうげぞいの大きな石の上にすわり、かた足を、ブラブラさせていました。ほぼ無人《むじん》の島《しま》では、どこにいてもおなじですが、とりわけ、ここはしずかでした。渚《なぎさ》からはなれた、風むきと反対の山面《やまづら》には、海風《うまかぜ》が強くまわりこむことはありません。陸《おか》の里山《さとやま》のような、おだやかな景色《けしき》に一人たたずんでいると、下界《げかい》から、けたたましい4ストのエンジン音が、ひびきわたってきました。
 下からの音には、とっくに気づいていましたが、ぼんやり、来訪者《らいほうしゃ》をまちうけていました。彼にはもう、にげる意味《いみ》も、気力《きりょく》も、ゆき先もありません。無責任《むせきにん》に大人にまるなげするチャンスを、みはからっているみたいでした。さんざんやりちらかしておいて、ズルいようですが、ズルくなくては生きていけないのも、現実《げんじつ》の一の側面《そくめん》です。すくなくとも、それを学《まな》んだ旅《たび》ではありました。それに、今ズルくしておかないと、この先もっとズルくなるような予感《よかん》がして、今やそちらの方を恐《おそ》れるのでした。
 ピンクのツナギを着たライダーが、バイクからおりました。ひさしのあるヘルメットをぬぎながら、こちらにちかづいてきます。かなりビビッていましたが、彼は根《ね》っこが生えたように、けっきょく立ち上がりませんでした。
「よお」
 ゴーグルを上げ、ダイはいいました。
 あんしんしたソルは、ちょい、かた手を上げました。
 ダイがほほえむと、ソルも片頬笑《かたほえ》みました。
「おむかえに上がりました。お姫《ひめ》さま」
「かえんの?」
「おたわむれを」
「じゃあ、かえるか」
 うながされるまま、さっさと後ろにまたがりました。
「なんかスカスカだな、このバイク」
「オフロードだからね」
 ダイはヘルメットをぬいで、ソルにかぶせました。
 ソルにとって、宅配《たくはい》(普及しなかったドローン)をのぞく趣味《しゅみ》のバイクは、リッターバイクのことでした。もったいなくてオフロードを走れない、クチバシの出たアドベンチャーや、ピカピカのクロームメッキのカスタムパーツでかざりたてた、走る着せかえ人形《にんぎょう》こと、かち組おじいさんのハーレーデビットソンなどがそれでした。
 
 二人のりのバイクは、エンジンブレーキで、どんどん坂道《さかみち》を下っていきました。とうげを大きく低速《ていそく》でまわりこむと、一気に、青い煌《きら》めきと潮風《しおかぜ》がとびこみます。ソルはヘルメットのアゴをずらし、あたまに風を入れました。彼が山に入ったのは、ほんのちょっと前のことなのに、ふと、その匂《にお》いと眼下《がんか》に広がる青に、なつかしさを憶《おぼ》えました。
 道がたいらになるにつれ、海は見えなくなりましたが、風の強さだけはかわりませんでした。底《そこ》に着くと、島内《とうない》で一番大きな道、島の外縁《がいえん》を一周《いっしゅう》する、環状線《かんじょうせん》にのり入れました。
 ダイは下っているさなか、背中《せなか》の圧迫感《あっぱくかん》に、少しだけホルスを思いだしていました。しかし今のじぶんには、どうすることもできません。それいじょうは考えないようにして、港《みなと》ゆきの道にハンドルをむけました。
 まぶしく照《て》りかえす白磁《はくじ》のようなボディに、「ONSHORE」と青く書かれた船《ふね》は、すでに進水《しんすい》をすませていました。この船《ふね》がドックから出るのは、一度きりの試運転《しうんてん》についで、今回で二度目でした。真空《しんくう》パックづめされたようなオンショア号《ごう》は、まあたらしさをとどめ、ソルがのって来た船《ふね》より、二回りほど大きいサイズでした。とうぜんというべきか、帆《ほ》はついていません。港《みなと》には、ママが一人だけでした。
「おつかれぇー」
 ニコニコ顔《がお》のママは、日かげでダイにいいました。風がふくと顔《かお》がスッポリかくれてしまう、つば広のボウシ。カマキリみたいに大きなブラウン・グラデーションのサングラス。すけたサマーニットの上にショールをはおり、二の腕《うで》までカバーする薄手《うすで》の黒いロング・グローブ 。ショートスカートの上に透《す》けたロングを重ね、太いヒールのサンダルをはいていました。
「おつかれぇー」
 うしろのソルにもいいました。
「ぜんぜんだよ。すぐに見つかった」
「アラ、盛《も》り上がりに欠けるわね」
 ちらっと、ソルを見て、
「ちょっとボクゥ、もっと、しっかりしなさいよぉ」
 かるく手で、たたくそぶり。
「ハハ」
 ひきつり笑《わら》いのソル。
「なんか、トランシーバーきかんのよ」
 ソルにかぶせたヘルメットをとり、じぶんが、かぶりました。
「じゃあ、これから銀行《ぎんこう》まで、一っ走りしてくるから」
 ママはぐっと、ツナギの腕《うで》をつかみました。
「いいのよ、いかなくて」
「はっ?」
「いかなくて、いいの」
「え、なに? またオッサンどうしケンカしたの? それとも痴話《ちわ》ゲンカ? (笑)」
「そうじゃないの、もういいの」
 アゴを船《ふね》にしゃくって、
「これは、やめにするの」
「はぁ?」
 困惑《こんわく》するダイ。
「なに、オレのいない間に、きまったの? トランシーバー切れてたとき?」
「まだ、だれも知《し》らないわよ。ここだけの話《はなし》」
「知《し》らないって? あんたなにいってんの?」
「あらぁ、べつにおどろかなくても、いいじゃない。|いまさら《・・・》」
 ママは、口もとに手をあてました。
「今さらって……」
「みんな自分の意志《いし》で、ここにきてんじゃいないの、アンタだってわかってんでしょ? たとえ無理強《むりじ》いされなくったって、けっきょくどこにも行き場がなくって、他よりは好条件《マシ》ってだけで、ここを選《えら》んだだけなの知《し》っているでしょ? どうせアンタだって、なんかのヒモつきでしょ?」
「……」
 ダイは、だまっていました。めいかくな自覚《じかく》はありませんでしたが、じぶんを逃《に》がしてくれた背後《はいご》に、ビンボー弱小《じゃくしょう》教団《きょうだん》いがいの、なにものかがいることぐらい、うすうす、かんづいてはいました。しかし他の三人とちがって、それがいったい何《なん》なのか知りもせず、その関係者《かんけいしゃ》とおぼしき人間とも、会った記憶《きおく》がありませんでした。彼は対等性《たいとうせい》をたもつため、わざとだまって、ふくみを持たせました。
「チェロキーは?」
「知《し》らないわよ」
「ん、どっちの知《し》らないなの? チェロキーはこの話《はな》し知《し》らないってこと? それとも無視《むし》するってこと?」
「いいの、あれはほっといて。これは、ここだけの話《はな》し。わかるでしょ」
 ダイは、ふりかえってソルを見ました。
 思わずソルも、ふりかえりたくなりましたが、しかたなくダイに目を合わせました。
「だってよ」
 ママにふりかえって、
「で、どうするの?」
「どーするって、わかんないわよ! ――てか、この船《ふね》買《か》ったときから、マーキングずみなのぉ!」
 だしぬけにいう、ママ。
「ふ~ん。で?」
「ちょっとぉ、マジメに聞いてんの?」
「聞いてるよ。それで?」
「だからー。この船《ふね》で、のこのこ出ていっても、すぐつかまっちゃうってハナシ」
「で?」
「でって?」
 聞き返すママ。
「それで?」
「……」
 口ごもるママ。
「いや、なんで、そんなこと話《はな》すの? なんで、あんた知《し》ってんの? それをおれらに教《おし》えて、なんのメリットあんの?」
 やつぎ早に問いただす、ダイ。
「それは……」
 ぎゃくギレのように転調《てんちょう》、
「――そぉんな、いっぺんに言われたって、答《こた》えらんないわよ(笑)」
 竹中直人みたいな、おこり、わらい。
「じゃあ、一コずつ、じゅんばんに答《こた》えてよ」
「きゅうに利口《りこう》ぶるんだからぁ、もう。ホーント食えないわねぇ」
「えーと、なんだっけ?」
 すっとぼけているのか、たんにボケているのか、よくわからないママ。
「もういいよ」
 手ではらうしぐさ。
「どうせ、うまいことはぐらかすに決《き》まってるし。あんただって、自分のラスボスだれかなんて、知《し》らないに決《き》まってるし。自分がなにを知《し》ってて知《し》らないのかすら、知《し》らないんじゃないの? ――ホラよくあるじゃん、ゲームとかで。本人も上位キャラだと思ってたら、使いすての雑魚《ざこ》キャラだったてやつ。その下の、下っぱの下っぱなんでしょ、あんた」
 ダイは半分あてずっぽうに、わが身におきていることを、そのまま置《お》きかえていいました。
「よく、舌《した》のまわること。コワイコワイ。そう、ミもフタもないこと言わないでw」
 顔《かお》はわらいつつ、氏んだ目のママ。
「どうでもいいけど、識別装置《しべつそうち》とか外せないの」
「やってみる? やつらが後からつけたとでも? 言ってはなんだけど、あたしだってこう見えて、もとはカンオン持ち(自立民)なのよ。今どき製造段階《せいぞうだんかい》からタグ(個別認識)埋《う》まってるのなんか、常識《じょうしき》なのよ」
「――イヤ、知《し》ってるし(笑)」
 ダイは苦笑《にがわら》いをして見せました。
「気を悪《わる》くしないでね。だから無理《むり》なのよ。それとも、ごっそり制御装置《せいぎょそうち》ごとぬきとってみる? ほとんど筏《いかだ》になるから。――ていうか、うごかないから。港《みなと》から出ることすらできないわよ」
「いちおう、聞いただけさ」
 ダイは、べつに動揺《どうよう》していませんでした。だって今のところ、ソルをふくめたこの中で、彼がいちばんの部外者《ぶがしゃ》ですからね。
「でもよく考えたら、こいつのこと、まだバレてないんじゃ――」
 親指《おやゆび》でソルを指《ゆび》さしました。
「バレてるに決《き》まってるでしょ!」
 二人がドッキとするほどの大声《おおごえ》を、ママは出しました。
「銀行屋《ぎんこうや》がとっくに、報告《ほうこく》してるわよ」
「あんたの方は、どうなんだい?」
「あたしは……」
「まあいいや。じゃあ、どうしろと? どうでもいいけど、あんたもしかして……、うらぎってる?」
「子度藻はそーんなこと気にしなくて、いいのぉ(笑)」
 一変《いっぺん》、態度《たいど》を軟化《なんか》させました。
「あ、そ。べつにキョーミないし」
 おもったよりアッサリダイにいなされ、やや不満気《ふまんげ》なママ。
「だいたいガキ一人ぽっち、頃しゃしねえだろ。フッー」
 ぶっきらぼうにいう、ダイ。
「そぉんなの分かんないわよ。あたしにだって。それに――、むこうについて捕《つか》まってからじゃ、遅《おそ》いし」
「じゃあ、どうすんだよ」
 ソルがその音に、いちばん早く気づきました。聞いたことのあるエンジン音です。
 チェロキーのゼブラ模様《もよう》のジープが、防波堤《ぼうはてい》の上にあらわれました。

ギャラリー
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 45 (みなし児への意志)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 44 (空無)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 43 (出口)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 42 (暗闘)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 41 (トンネルへ)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 40 (前夜)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 39 (船上会議)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 38 (港にて)
  • みなし児ヴィデオ・オレンジ 37 (オンショア(海風))
メッセージ

名前
メール
本文
QRコード
QRコード
カテゴリー
  • ライブドアブログ