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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

2017年07月

みなし児ヴィデオ・オレンジ 41 (トンネルへ)

スマホ640pix



      トンネルへ



 そこには、われわれを隔てる無限の混沌がある。この無限の距離の果てで賭が行なわれ、表が出るか裏が出るのだ。君はどちらに賭けるのだ。理性によっては、君はどちら側にもできない。理性によっては、二つのうちの どちらを退けることもできない。

 したがって、一つの選択をした人たちをまちがっているといって責めてはいけない。なぜなら君は、そのことについて何も知らないからなのだ。――いや、その選択を責めはしないが、選択をしたということを責めるだろう。なぜなら、表を選ぶ者も、誤りの程度は同じとしても、両者とも誤っていることに変わりはない。正しいのは賭けないことなのだ。

――そうか。だが賭けなければならないのだ。それは任意的なものではない。君はもう船に乗り込んでしまっているのだ。では君はどちらを取るかね。さあ考えてみよう。選ばなければならないのだから、どちらのほうが君にとって利益が少ないかを考えてみよう。


      ――「パンセ」 第三章 賭の必要性について 233 パスカル(前田陽一/由木康訳 中央公論新社中公クラシックス)



「よし、行くぞ」

 と、チェロキーはいいました。

「まって!」

 ママがソルに歩みよります。

「これを」

 強引ごういんにソルの手をとり、ギュゲスの指環ゆびわをそのゆびにはめみました。

 ビクッ、となって、されるがままのソル。

「ん、なんでママが?」

 ちょと、おどろいて、たずねるチェロキー。

「きのうね、ダイくんにムリ言ってもらったのよ」

 ダイの方を見て、

「ね、いいわよね?」

 ふり向くと、ダイはうなずきました。

「ゴメンね。あたしだって普通ふつうにくらしたいのよ」

 小さい声でいうママ。 

「なに言ってんの?」

 ダイが聞きかえすと、

「なんでもない」

 と、ママは口をつぐみました。

 二人はくるまにのりこみました。

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけて。無理むりしないで、なんかあったら、すぐに引き返すのよ」

最後さいごのあいさつをしろ」

 チェロキーがアゴで、ソルをうながしました。

「あ、ありがとうございます。サヨナラ」

 うらがえった声でいうと、ペコペコ、からくり仕掛じかけのように、おじぎを二回しました。

「よう、たっしゃでらせよ。若人わこうどよ!」

 ダイが言い終わる前に、エンジンがかかりました。

「ホント、無理むりしないでよ!」

 エンジン音にけないよう、ママが怒鳴どなると、くるまは走り出しました。


 くるま視界しかいから消えると、ダイはふねのタラップに手をかけ、のぼりはじめました。

本気ほんきで行く気?」

 ママの問いに足を止め、彼は背中せなかごしにわらいました。

「なにも、今でなくても……」

 ダイは、メンドクサそうにむきなおりました。

「ズルズルってなるだろ? このまま、ここにいたら」

「――あんたたち見てて、そう思った。わかさが貴重きちょうなのが、ようくわかった。べつにこれ、いやみで言ってんじゃないんだぜ」

「……」

 むごんのママ。

「じゃあ、そういうことで」

 しゅっと、かた手を上げました。

「気をつけてね」

 後ろ手をふって、彼は船内せんないに消えました。

 エンジンがかかりました。海面かいめんにアブクが立ちはじめます。アイドリングもそこそこ、ふね埠頭ふとうからはなれ出しました。

 どんどん、はなれていくオンショアごう。やがてふね回頭かいとうをはじめ、むきをかえていきました。

 ふいに船室キャビンのうしろのドアが開き、ダイが甲板デッキにあらわれました。

「せわになったな、ジジィ!」

 と、大声で怒鳴どなりりました。

 ヒールの高いサンダルでのびをして、ママは手をふって返しました。ふねが見えなくなるまで、彼女は大きく手をふっていました。




 まばらな綿雲わたぐもがうかぶ青空の下、くるまは海の上を快調かいちょうにとばしていました。黒地くろじに白のゼブラ模様もようのラングラーが、しずかなガソリンエンジンをひびかせ、潮風しおかぜの中を疾駆しっくしていました。

 視界しかいがよく開けています。まばゆく広がるオーシャンブルーに、きらめくぎんうろこかたくずれしない、おきもののような白いくもが、ポッカリうかんでいました。

 橋梁きょうりょうのりょうわきには、道路照明灯どうろしょうめいとうはしらがなく、路面ろめんから1メートルほどの高さの欄干らんかんがあるだけでした。道にまたがった案内標識あんないひょうしきが、ビュンと、とんでいきました。

 トップは閉じたままですが、風がバタバタ音を立てて、車内しゃないをあれクルっています。ソルはりょう手でひさしをつくって、のびすぎた前髪まえがみをふせぎ、青いかがやきに目をおよがせていました。

 この方の露草色つゆくさいろから、かなたの紺青こんじょうへ。色のグラデーションが変化へんかしています。植物しょくぶつプランクトンが少なくなるせいか、遠方えんぽうの青は、ひときわく見えました。環境対策かんきょうたいさくによるんだ空気くうきのおかげで、対岸たいがんのコンビナートがハッキリかび上がり、しょうエネルギー化されたエチレン製造設備プラントの、タンクやパイプさえ見えました。

 きれいな緑の案内板あんないばんと黄色い警戒標識けいかいひょうしき、白いアーチがた電話でんわボックスと、リングだけになった吹流ふきながしの残骸ざんがい……、たんちょうな景色けしきがつづきます。ヒビワレもなく、思ったいじょうにキレイな道を、チェロキーは順調じゅんちょう愛車あいしゃを走らせていました。

 かろうじて「うさぎ島 1.2km」とめた示板ひょうじばんをすぎ、下り勾配こうばいになると、白い構造物こうぞうぶつがハッキリしてきました。

 うさぎじまへの誘導路ゆうどうろがあらわれ、三車線しゃせんになりました。海上ではじめての信号機しんごうきをすぎると、また二車線にしゃせんになり、左右には道路照明灯どうろしょうめいとうがならびました。

 頭上ずじょうのU字の高架こうかをくぐると、その道が下りてきて、また三車線さんしゃせんになりました。そのまま上部構造物じょうぶこうぞうぶつである、うさぎ島パーキングエリアへ、地下へとつづく穴倉あなぐらへといこまれていきます。

 手前でチェロキーはハイビームをけ、トンネル照明しょうめいの消えた坑内こうない突入とつにゅうしました。

――と、さっそくバリケードです。

 チェロキーはくるまからおりて、確認かくにんにむかいます。

 見るとバリケードは簡易的かんいてきなもので、人の手でも、じゅうぶんうごかせそうでした。

 もどってくるなり、

「よし、ここでりろ」

 と、いいました。

「?」

 のみこめない、ソル。

「聞えないのか? りろと言ってるんだ。荷物にもつといっしょにな」

「……」

 不意打ふいうちでした。ワケがわらず、重たい足どりでソルはおりました。

 チェロキーはまどからかおを出し、事務的じむてきにいいました。

「おれは、これからすることがある。後は、おまえ一人で行け」

「……」

 アクシデントにろうばいしても、ソルはかおに出ない、出せないのが特徴とくちょうでした。ちょっと前なら、なにかにつけ不運ふうんに先手をうって、予行演習シュミレイションしていましたが、その気がまえもすっかりわすれていました。

「――サヨナラ」

 先走って終わりのコトバが、出てしまいました。

「やけに、ものわかりがいいな(笑)」

 めんくらって、ふきだすチェロキー。

 ソルもいみなくわらいました。

 いちどの切りかえしで、ラングラーは走り去りました。

 ふたたびの下に出ると、チェロキーはかわジャンをぬぎました。

「おかしなガキだ……」

 と、彼はつぶやきました。



 ソルは一人、とりのこされてしまいました。

 背後はいごからの光は、まだとどいていますが、この先は黒くりこめられたような、暗黒あんこくかべでした。いそいでママからもらったリュックを手さぐりし、チェロキーからもらったフラッシュライトのスイッチを入れました。ライトの電池でんち極小きょくしょうで、つけっぱなしでも二日強もちますが、ねんのため、よびを三つもたされていました。

 まるみをおびたかべを、クルッとらしてみました。

 なるほど、せまい範囲はんいはクッキリ見えます。

 こんどは、光を直進ちょくしんさせてみました。

 おもったほど、のびてくれません。不安ふあんがよぎりました。

 白い穂先ほさきはあえなくしおれ、黒にのまれてしまうのでした。


 バリケードをくぐって、しばらくいくと、道は二車線にしゃせんにへりました。なぜか、左がわだけ歩道ほどうが広く、非常時ひじょうじのためでしょうか、棚段たなだんがもうけてありました。高さ1メートルほどで、上は人ひとり歩けるはばでした。

 息苦いきぐるしさをおぼえましたが、気のせいなのは、わかっていました。ひっきりなしにふりかえっても、背後はいごひかりは、まだまだ、ぜんぜんハッキリしていたからです。ためしにライトを消すと、薄闇うすやみの中まわりを判別はんべつできました。

――パッ!

 と、あかるくなりました。

 まだ、スイッチを入れていません。

 はじめた、ばっかりなのに!

 故障こしょうをうたがい悲嘆ひたんにおそわれかけると、黒いかげがよぎりました。

 ビクンッ、となるソル。

 カンオンでした。

「なんだよ」 

「どこいってたんだよ、お前は……」

 口もとが、ほころんでいました。

「そうか、生体識別せいたいしきべつか。トンネルへ入って反応はんのうを見うしなって、あわてて来たのか」

 ふねにのり、日常にちじょうをはなれ、海をわたってやって来たものは、とうぜんおなじ経路けいろをたどって、もとに帰らねばなりません。エネルギー環境かんきょうにとぼしい、このしまからの脱出だっしゅつにそなえ、エネルギーを温存おんぞんしていたカンオンは、急速きゅうそくしまからはなれてゆくソルを感知かんちしました。じつは、カンオンはソルの来るずっと前から、みなとに前のりしていました。じっさい、彼もさっきまで、そこの船上せんじょうでゆられていました。しかしくるまとともに、ソルの生体情報せいたいじょうほうが海上をとおざかると、うらをかかれたカンオンは、いそぎ彼をいやってきたのでした。

 声のトーンが一段いちだん上がり、がぜん元気げんきが出てきました。強気つよきになって、コトバづかいも、ちょっとあらくなりました。しょせん彼もクラランっ子でした。

「とりあえず明かり消せ。エネルギーがもったいない」

 ライトをグルグルまわして、いいました。

 光量こうりょうは落ちましたが、消えはしませんでした。そういえばカンオンとは、そういうものでした。

「よし、いくか」

 ここからが、本番ほんばんでした。



 ギョッとするほど大きな文字もじが、右壁みぎかべにあらわれました。

 黒い字で「9km」と書かれていました。

 出口までの距離きょりだと、カンオンがローカル情報じょうほうでおしえてくれます。

必要最小限ひつようさいしょうげんでいいから」

 と、ねんをおしました。

 なんだか暑苦あつくるしく、息苦いきぐるしく感じましたが、彼はじぶんの感覚かんかく自信じしんがもてないでいます。トンネルに入ってから、いったいどれくらい時間がたっているのか、よくわからなくなっていました。

「一時間?」

「――いやいや、そんなはずない、そんなはずない(笑)」

「まだ十分もたってない。数分単位すうふんたんいだ。そんなに時間はたっていないはずだ」

 じぶんのいきづかいが、こもって反響はんきょうします。それがトンネルの中でひびいているのか、それとも頭蓋骨ずがいこつ空洞ウロの中でひびいているのか、あいまいになってきました。

 ぼ~っとなってキーンとなって、足音あしおとがとおくでったり、ちかくでったりしています。

 客観きゃっかん実感じっかん浸透しんとうしあい、皮下ひかでは他人のみゃくがうち、感覚かんかくのカタマリと化しているのに麻酔ますい鈍麻どんましたようになり、意識いしきが先走りするのとは裏腹うらはらに、肉体にくたいからはなれ、じぶんを見下ろしているようでもありました。

 なでるとひたいがぬれていました。反面はんめん、さむけもおぼえました。体の表面ひょうめんがつめたく、内側うちがわはほてっていました。いえそうじゃなく、内側うちがわがつめたく、表面ひょうめんがあついのかもしれません。気づかぬうち、カゼでもひいたのでしょうか?

 悪寒おかんねつとのはざま、体とイデアとの中間でさいなまれているのは、はたして、なにかの罪悪感ざいあくかん代償だいしょうなのでしょうか?

 贖罪しょくざい

 感覚くうそうには限界げんかいがなく、やみ一体化いったいかしたと思ったら、深海しんかい圧縮あっしゅくされた空缶あきかんみいに、ギュッとちぢかんで、やみ疎外そがいされたりしていました。

 もう引きかえそうか?

 とも、思いました。

 ていうか、とっくからそう思っていました。

 後、のこり9キロ。

 まだ19分の1……。

 カンオンのおせっかいな表示ひょうじ

 まだ、はじめたばっかりなのに、もう19分の1だと思えってか?

 ムリいうなよ。

 フフッと、うすらわらい。

「――じゃあ、おまえがやれよ!」

 とつぜんの大声。

 トンネルの中は土埃つちぼこりっぽくゴムくさく、古くなって黒いカビだらけの、エアコンのようなニオイがしていました。




 一方、クラランのまちでは、局所的きょくしょてきなおまつりさわぎになっていました。租税回避地オフショアである、わすれられたしま「スソ・ガウラー・アイランド」からの、ぼうだいな情報流失じょうほりゅうしゅつけんでした。

 上級市民じょうきゅうしみんたる自立民じりつみんさまの多くが、脱税だつぜいしていたんだから、とうぜんといえば、とうぜんでした。しかし、大々てきにそれらの全体像ぜんたいぞうが、カンオン上にほうじられることはありませんでした。

 ビックデータのせいではありません。マスコミ関係各位かんけいかくいと、その広告主クライアントなどの名前なまえ住所じゅうしょが、あからさまに、そのリストにのっていたからでした。合法的ごうほうたきでありながらも、知る人しか知らない、だれもが利用りようできるわけでもない、非倫理的ひりんりてき幽霊銀行ゴーストバンクのお得意とくいさまとして。

 プライバシー保護ほごのために、おおやけのニュースからは個人名こじんめい企業きぎょう法人ほうじん代表取締役名だいひょうとりしまりやくめいなどがふせられました。ほうじられたのは、人目につく有名人セレブばかりでした。蹴球選手しゅうきゅうせんしゅや、蹴球選手しゅうきゅうせんしゅあがりの蹴球連盟しゅうきゅうれんめい元会長もとかいちょう。お子さまむけ漫画映画まんがえいが子役こやくあがりの女優じょゆうに、その原作げんさく翻訳家ほんやくか(これは別件ですが)。それに政治家せいじかでは異国いこく首相しゅしょうと、わがまちクララン市長しちょうのみでした。それいぜんに、大見出しであつかわれることはなく、かたすみに、ひっそりと小さな記事きじが、アリバイづくりでったただけでした。

 一時ソースへたどりつけるのは、あるていどの情報じょうほうリテラシーのある、かぎられた人しかいませんでした。より情報源ソースもとへ、みずからさかのぼることのできるもの。生活せいかつ直結ちょっけつしないが、なんらかの個人的動機こじんてきどうきづけをもつもの。うっくつしたのエネルギーをかかえ、そこそこの教養きょうようのあるもの。など、ゆとりと失くすものがより少ない、ひそかに役不足やくぶそく自認じにんするものにかぎられていました。

 それは全体ぜんたいとしては少数派しょうすうはですが、過少かしょうというほどでもなく、ようは政治的影響力せいじてきえいきょうりょく決定権けっていけんをもてない、被趨勢ひすうせい立場たちば不満ふまんをかこっている、政治せいじ関心かんしんのある自称教養人えせインテリ無趣味むしゅみな人たちでした。

 じりじりと、時代じだいし切られる宿命しゅくめいである、おこりんぼの中高年の男性だんせいたちは「だからこそ我々は、元へ元へと拒み続けるのだ。流れに抗うボートのように、絶え間なく未来へと押し流されながらも」と思いつつも、グズグズなしくずしにながされてゆくわれ世間せけんとを、ゆびを食わえて見ている他ないのでした。――ニーチェいわく「青春を憎むまでが青春」だそうです。

 とはいえ、高度情報化社会こうどじょうほうかしゃかいです。基本勝組きほんかちぐみ臆病者インテリに代わって、まったんでイザコザをおこしてくれるやから、メフィストフェレスの使いっパシリも、もちろんいました。彼らバイキンマンたちは、ほとんどが自由民(依存民)でしめられ、インテリたちはかげにそのメディアリテラシーを駆使くしし、みずからの代役アニマとして、僅少きんしょうがく支援しえんをおしみませんでした。

 しかるに、いったんことがきると、日ごろ野蛮やばんを気どっていたインテリたちはおよびごしになり、おぼうちゃまの地金じがねをさらけ出しました。アイツら「な~んか違うんでしゅよね」と、ともだちんこをわすれ、とおい眼差まなざしをむけるのでした。

 インテリでありながらも、実行犯じっこうはんであるがゆえに、インテリからの羨望せんぼう嫉妬しっとまととなった、あはれなるブルータル三島は、一世一代いっせいちだい檜舞台ひのきぶたいのはしごを予定よていどおり外され、ルサンチマンをかこつDQNの亜種あしゅとして、カンオン上のニューススレッドを数秒間すうべびょうかんにぎわせただけで終わりました。

 この事件じけんをうけ、ある国民的歴史作家こくみんてきれきしさっかは、あろうことか彼のことを「密室(思想)に他人(楯の会)を入れた」=てめぇかってなイデーに他人をまきこんだと、道徳的どうとくてきもしくは倫理的りんりてき批難ひなんしました。

 倫理エシック? 彼は松永久秀まつなが ひさひでという戦国武将せんごくぶしょうに対し「ここで氏は、北陸出征の包囲戦からほとんど身ひとつで脱出してきた信長を、なぜ久秀は謀殺しなかったか、と現在の私たちをドキリとさせる疑問を発している」(街道をゆく/解説 牧野祥三)などに見られるよう、さんざん非情ひじょう無道徳アモラル歴史れきしをデパートの屋上おくじょうからの視点してん俯瞰ふかんしておきながら、みじかな「今ここ」でことがおきると、とたんにまゆをしかめる女々しさをはっきしたのでした。

 一皮ひとかわむけば、その文章ぶんしょうにゆたかなポエジーをたたえたロマンティックなペルシャの幻術士げんじゅつしは「実存? そんなことは召使どもにまかせておけ!」とばかり、書斎しょさい野蛮やばんをきどる澁澤しぶさわばりの典型的ステレオタイプなダンディズムをみせ、ロマン自然主義しぜんしゅぎをあらかじめ内にふくんだ国木田独歩くにきだどっぽのような可能性かのうせいは、チヌたん(戦車)のシュミレイションのダブルクラッチが上手くあつかえず、教官きょうかんにどつかれたていどの、貧弱ひんじゃく従軍経験じゅうぐんけいけんにより抑圧よくあつされたのでした。

 で、フリークスぎらいなアポロン三島の私語。けっきょくのこったのは、さらなる空白だけでした。――ちなみに、彼の生首なまくび写真しゃしんをゆいいつ報道さらしたのは、押神で有名ゆうめいな日の下一のクォンティティペーパーこと、ちょうにち新聞しんぶんのチョウニチグラフだけでした。

 いつだってニュースになるのは、目先の人たち、やってしまう人たちばかりでした。彼らは人間らしいというより、けものよりに今を生きていました。――まともを自認じにんする吾人われわれは、彼らを軽蔑けいべつしつつ、じつはちょっぴりあこがれたりもしているものなのです――彼らはスケープゴートになる未来みらいおそれる空想力よはくや、行動こうどう代替だいたいとなり、またそれらをプールする内面ないめん容量かさが足りず、その場の価値判断かちはんだんもあやふやなため、見切り発車はっしゃのできる人たちでした。よく言えば英雄的気質えいゆうてききしつをもつ人たち、わるく言えばアクセルかしっぱなしの、犯罪者はんざいしゃ類縁るいえんみたいな人たちでした。

 とにかくもうけたいより目立ちたい、スキャンダル中毒ちゅうどく永久とわにマッチポンプなホストチャレンジャーな彼ら彼女らは、ひっくるめて多恋人タレントとよばれていました。

 多恋人タレント多彩たさい無自覚むじかくに、その社会的役割しゃかいてきやくわり遺憾いかんなくはっきしました。その役目やくめとは、宇宙うちゅう暇人ひまじんのための娯楽提供ヒマつぶし、A層(企業)によるC層(受動的大衆)どうしの共感きょうかんをつうじた可処分所得(小遣い銭)の回収かいしゅう、そしてなにより、もっと重要じゅうよう案件あんけんからの目くらまし、などでした。

 ようするに、水面みなもにさざなみは立っても、底からきまわし汚物おぶつさらうような、社会的攪拌しゃかいてきかくはんはおきなかったのです。すべてが不発ふはつにおわり、おわらない日常にちじょうとやらが、また一つ更新こうしんされただけでした。――シオランいわく「おのれを中傷する快楽は、中傷される快楽にはるかに優る。」のだそうです。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 40 (前夜)

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      前夜



 銀行屋ぎんこうやにとって今回の失敗しっぱいは、二度目の大きな挫折ざせつでした。彼はある事件じけんをきっかけに、ささやかでもかがやかしかった、みずからのキャリアに終止符しゅうしふをうたれました。その一度目の失敗しっぱいにくらべたら、今回のそれは、一見たいしたことなく思われました。しかしそれは、おてんとうさんののあたる、ひる世界せかいでのはなしです。こんどのはのあたらない夜の世界せかい、アンダーグラウンドでのことでした。

 べつに確証かくしょうはありませんが、これはいのちにかかわる、重大じゅうだい過失かしつにちがいありません。そしてそこには、いっさいの弁明べんめいゆるさない、アウトロー特有とくゆうの、オスきびしさがあるはずでした。今や彼の運命うんめいは、死神しにがみの白いてのひらの上。後もどりできぬ時間をうらめしく思い、のろうのでした。

 なんだってんだ、いったい!

 けっきょく、どっちも不可抗力ふかこうりょくじゃねぇか!

 クソ! クソ!

 ただ、おれはまれただけなのに!

 なんでいつも、こうなるんだ?

 いつもそうだ! いっつも!

 なんで、おればっかり!

 クソ! クソ、クソ、クソが!

 うめき声とともに、手ぢかなモノに当たりちらしていました。といっても、じぶんの予備よびのタッチパッドを、二三個こわしただけですが。

 彼は銀行ぎんこう駐車場ちゅうしゃじょうに、ところどころやぶれた一人がけソファと、電球でんきゅうの切れたコタツをもち出し、ダラダラ、ひとりみをはじめていました。夜空よぞらには星々ほしぼしがひしめいています。ときおり、おだやかな風がほほをなでました。5メートルほどの南国風なんごくふうの木が、さわさわ、ゆれています。白っぽい樹皮じゅひのヤタイヤシは、ボサボサで手入れもされず、駐車場ちゅうしゃしゃじょう屋根やねのように、頭上ずじょうおおいかぶさっていました。かぜくたび、かさなった鷹揚おうようにそりかえり、いっそう星々ほしぼしまたたかすのでした。

 おじさんはひっきりなしに、かきたねに手をのばしていました。さいきんポテチから切りかえたばかりのやつを、ボリボリむさぼっていました。彼は大人なのに、ママのつくる所帯しょたいじみたつまみより、かわものの方が好きでした。コタツに足をのせ、メヒコさんのうすいゴローナビールをかた手に、らっぱみをつづけていました。

 いくらんでも、それ以上いじょうえないのは、ニオイのせいかもしれません。ケミカルなげた基盤きばんのニオイと、除虫菊じょちゅうぎくをねりこんだ蚊取線香かとりせんこうのニオイとがじりあい、ケムリの微粒子びりゅうし鼻腔びくうをとおって、海馬かいばみこんでゆきます。その付着物きおくは、永遠えいえんに消えそうもありませんでした。




 オンショアごう船上せんじょうにて。


 ソルは甲板デッキの上にねころんで、夜空をボンヤリながめていました。街灯がいとう生活光せいかつこう途絶とだえたみなとの上には、ハレーションをおこしたような、明るい星空ほしぞらがありました。

 分単位ふんたんい、いや数十秒単位すうじゅうびょうたんいで、ながれ星がこぼれます。その中でも最大さいだいのものは、火球かきゅう空中爆発くうちゅうばくはつをおこしたもので、しばらく空の一角に、けむりみたいなあとをのこしました。もしかしたら、なにかの流星群りゅうせいぐんのおり、だったのかもしれません。

 おびただしい星屑ほしくずは、粉砕ふんさいされたシャンデリア。巨大きょだいなミラーボウルを爆破ばくはさせた、テロの後のよう。星座せいざ判別はんべつできぬほど密集みっしゅうし、ちらばって、暗闇くらやみのカーテンにかかっていました。

 れいの荷物にもつをすててからというもの、ずうっと彼は、ぼーっとしていました。それまでのじぶんの人生に対する、なにか受身うけみ無関心むかんしん態度たいどとはちがった、なげやりでありながらも、なにかかたくなな感じ。来るものはこばまないが、じぶんの方からは一ミリだってうごきたくない、といったふうでした。

 ソルは確固かっことした意志いしをもって、じぶんの人生じんせい踏板ふみいたを外しました。それは、やってみればおそろしくカンタンで、今さらながら彼は、他人ごとのようにおどろいていました。

 オレが?

 この・・オレがかよ?

 だって、この・・オレだぜ?

「ふふんっ」

 彼は微笑びしょうしました。  

 ――ヘンだ。

 どう考えたって、ヘンだ。

 おかしい。

 いや、おかしすぎるだろ?

 たからクジにあたるより、ありえないことだ。

 この世でもっともありえない、おかしなことがおきた!

 彼は他ならぬ自分自身じぶんじしんのことなのに、「それを自分がやった」ということを、しんじられずにいました。


 見上げたままの夜空はかぎりがなく、すいこまれそうでした。あいかわらず空は、いつものままでした。

 しかし、パスカルのいう「無限の空間、その永遠の沈黙」が、エッジを立てて彼のむきだしのこころ肉薄にくはくすることは、もはやなくなっていました。

 ほんのちょっと前のことです。なにもかもがはじめてだったころ、彼の杞憂きゆうをさそったのは、まさにその広大無辺こうだいむへんでした。どこまでいっても対象物ていしょうぶつにぶち当たらない、ゆき先はてぬ視線しせん深度しんどは、彼をおびやかし畏怖いふさせました。その風景ふうけいも、今や日常にちじょうとなっていました。心休こころやすまるとまではいかなくても、うつくしさに転落てんらくした、見なれたモノになっていました。

 でもそれも今だけ。とくべつな今だけ。という真実しんじつを、ソルはこのしまに着いてから、いえ、もっとずっと前から、かたときもわすれたことはありませんでした。いつもこころのかたすみに、(潜在的)疑念ぎねんを持ち歩き、ありきたりな個性こせいをもてあましていました。彼もまた、自動的確信[=生命根拠=生きられる時間:ミンコフスキー=生きるのに必要な妄想]なき人生を約束やくそくされた、のろわれた詩人しじん一片いっぺんでした。ぞくにいう不幸ふこうな人でした。

 それはなにも今にはじまったことではなく、もともと彼には、安心あんしんできる逗留先とうりゅうさきなどなかったのでした。彼の人生そのものが、一時しのぎのやっつけ仕事しごと、終わりなき査証さしょうのないたびだったからでした。




 高台たかだいにある灯台とうだいわきの荒地あれち。チガヤの生えた砂地すなちくるまをのり入れ、まどに黒いブーツを組んでのせたチェロキーは、なにやら、ボソボソつぶやいています。

「だから、もう、おそいんよ」

「……ああ、けちまったよ」

「ぐずぐずしているからだ」

「だから、言ったろ」

証拠しょうこ?」

「……だから、証拠しょうこをつかむために動くんだろうが! まがいなりにも、そのための権力機構けんりょくきこう末端まったんだろう?」

「あやうく物的証拠以外ぶってきしょうこいがい情報じょうほうまで、うしなうとこだったんだぞ!」

「……よく言うよ、はなっからはたらく気なんかなかったくせに(笑)」

「だいたい、あのガキがいなかったら、どうしてたんだ? 指環ゆびわだけアイツにもたせても、意味いみないだろ」

「ハァ? 異動いどう季節きせつぅ?」

「だから、なに?」

「……終わったからなに? 今さら来てどうすんの? というか、来る気ねーだろ(笑)」

「いいよ、もう。縁側えんがわねこいて、ちゃでもすすってるよ」

「じじいは、大人しくしてりゃいいんだろ?」

「……そのかわり、ちゃんとお給金きゅうきんの方ははずんでくれよ、たっぷり色をつけてな(笑)」




 ダイは一つところ定住ていじゅうすることなしに、北サツマ通りの「ニューアンカー」そばの家屋かおくを、転々てんてんとしていました。とうぜん不法占拠ふほうせんきょになりますが、しまには定期便ていきびんもなく、ほとんどの季節きせつは、封鎖ふうさされたままでした。

 住民じゅうみんらは立ち退くさい、土地ごとのいっさいの所有物しょゆうぶつ放棄ほうきを、行政ぎょうせいによりみとめられました。それにより固定資産税こていしさんぜい免除めんじょされ、支援金しえんきん各世帯かくせたいに、やく300万給付まんきゅうふされました。また、資産価値しさんかちがなくなっても、いすわりつづける人らに対しても、長引いた交渉こうしょうの末、ゴネどくがあたえられました。

 ダイは洗面所せんめんじょかがみの前に立ち、紙切鋏かみきりばさみを手にしました。おもむろにびきったかみをつかむと、ザクザク大ざっぱに切りはじめました。たちまち洗面台せんめんだいは、黒い綿わたの山もりになりました。水は出ないので、そのまま放置ほうち。ダイは「ニューアンカー」に直行ちょっこうしました。


「ちょっとなにぃ、夜中よぉ?」

 あたまをさしながら、

「これのつづき、やってくれる?」

 じつは他の二人も、時々のびすぎたかみを、ママに切ってもらっていました。ここなら水もおもありました。ママがいうには、そのむかし、美容院びよういんにアルバイトでつとめていたとか、なんとか……。



「なんども言うけど、やめておきなさい。らないわよ、どうなっても」

 ママは店のゆか掃除機そうじきをかけていました。

 あれこれ角度かくどを変え、かがみをながめるダイ。

「聞いてるの?」

「いいんだよ、べつに。つかまったって、たかが、詐欺さぎ片棒かたぼうかついだだけだし」

「――それに、これ以上いじょうここにいても、しょうがないしね」

「……でも、けっこうかかわっちゃってるわよ、もう。もしかして、あんた最初さいしょっから利用りようされ……」

「おれのより、自分のこと心配しんぱいしなよ」

「アタシはここで、どんづまり。他に行くとこがないのよ。なにがまっていようと、ここがアタシの終着点しゅうちゃくてん。うけ入れるしかないわね(笑)」

 ダイがちゃかすように、

みるね~、演歌えんかだねぇ~」

「まあー、ここの男たちって、ホント情緒じょうちょがないのばっかり」

「まあ、そうゆうのえらんで、よっておくったんじゃない? そういう耐性たいせいのありそうなやつ」

「あるぅ~。ありそうでコワイ~」

「いや、今テキトーに言ったんだけど……」

 二人そろって沈黙ちんもく

「さて、そろそろ帰って、明日のためにるとするか」

 ダイは立ち上がりました。

「わざわざ不便ふべんなとこ、住まなくてもいいのに。ここにまっていけば? 前から言ってるように、そのままみ着いたって、いいのよ」

「いいんだよ。あちこち転々てんてんとしていたのは、どうやら本当は、ここにを下ろしたくなかっただけ、みたいだから」

「でもそれも、もういい。終わりだ」

「――ほんと? 後悔こうかいしない?」

「するさ、するにまってんだろ。いざ危険きけんな目にあったら。だからって、いちいちぜんぶ勘定かんじょうに入れて、生きていられるかっての」

「わかいって、いいわねぇ」

 ママは、うっとりするように言いました。

「そういうこっちゃねぇけど……」

 小声のダイ。

「それからこのことは、チェロキーには言わないでいてくれよ。とうぜん銀行屋ぎんこうやにも」


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