まわりの子らも、だれもちかよってこなくなりました。気をつかってというより、彼ら自身の保身のためでした。まるちゃんが野口さんを、さんづけするように、加害者にされぬよう、ナカマと思われぬように。ちょっかい出されないので、彼としては、こうつごうでした。
成員とみなされない、一員未満の宙ぶらりんが、一ばんの解放でした。ただし労働つきですが。彼は今や、ニコライなみの権力と、相手にされなさ、を得たのでした。
じつは、このモデルは二機目でした。さいしょのは失敗していました。タイミングてきに絶望感にさいなまれ、なにもできないイラダチに、ベッドであたりちらしていました。ひとしきりふてくされた後、あらためてオークションをあさってみると、おなじものが複数個出品されていたことに、きがついたのでした。
こんどこそ、しっぱいできません。かんたんに手を下さず、まず設計図をよく理解した上で、手順を確認してから、実行にうつしました。
しっぱいのおもな原因となった、たりなかった道具類も、中古をただ同然で手にいれました。ラジオペンチ、ニッパー、ピンセット、やすり棒、ミニドライバー三本。それらを輪ゴムでまとめた投げやりな画像そのままで、手もとに届きました。またべつのユーザーからも、やぶったサンドペーパー二枚と、半分使用済みの、接着剤のチューブを買い足しました。このキットがつくられた当時なかった、お手がる着脱可能、お手もとサラサラ接着剤です。おかげで、かくだんに作業効率が上がりました。
これができたら、ホルスに見せにいこうと思い、もくもくと作業をつづけるソル。たんじゅんに、うれしさを共有したかったから。
「チロロロロロロッ」
「チロロロロロロッ」
ソルは袖先をかいさず、じかによび鈴をおしました。箱状になった布袋を、こわきにはさんでいます。朝の主体的参加の、ボランティアを終えたソルは、ホルスの家の前にいました。
「チロロロロロロッ」
「チロロロロロロッ」
「チロロロロロロッ」
耳をドアにあてると、鳥のさえずるような音が、家の中にひびきわたっているのが聞こえます
「チロロロロロロッ」
「チロロロロロロッ」
はんのうがありません。
もういちどおそうとして、ビクッとなりました。
「ホルスのおともだちかな?」
反射的にふりむくと、まゆのうすい細みの青年が、ソルの肩をわしづかみにしていました。茶色の大ぶりなサングラスと、カチューシャみたいなやつで、マットに黒くそめた前髪を上げていました。
よく見ると、まゆが半分しかありません。白っぽい肌目は、ふだんの化粧の習慣を、あらわしていました。大きなカバンを肩にかけ、手にも大きな荷物をかかえています。
「おーい、だれか出ろよな。人きてんぞ」
カギのかかっていない玄関に入るなり、いいました。
いがいと野太く低い声が、室内にとおりました。ソルは荷物といっしょに後ろからおしこまれ、ドアが閉められました。イレギュラー発生でした。
ソルはヘラヘラしながら「これがいわゆる、世間話というやつなんだな」と思って、うけこたえをしていました。頭がジイ―ンとしていて、ついさっきのことが、何時間も前のことのように感じられます。なんかどっかでボロがでないかと、気が気でなく、ヒヤヒヤしながら、透明なロープを綱渡りしていました。
ソルは気づいていませんでしたが、彼はフェンリル大橋の上で演説していた、完全様のダイでした。橋の上で、らんちき騒ぎをしていた、あの黒い狂集団の教祖です。
はじめのうちダイは、ソルのカンオンを指さして「ええとことの子じゃん」「おまえにも、こんなともだちいたの?」とかいって、ホルスとむじゃきに、たわむれていました。
今彼は、一人でしゃべっています。さいきん自分のみのまわりでおきたことを、みぶりてぶりをまじえ、おもしろおかしく、それもちょっと冗舌なくらい。ホルスはニコニコして聞いていましたが、おじいさんはなんだか少し、ふきげんそうにも見えました。
「商売の方は、もうかってるのか?」
やおら、おじいさんが口を開きました。
「バカが多いからね」
ダイがフフッとなって、いいました。
ソルはバカというコトバに、ドキッとなりました。エリゼでは、子の前で大人が口にしないコトバです。一員の子どうしでも、よほど親しくないかぎり、ポリティカル・コレクトネスではありませんでした。
ダイは立ち上がって、パンパンのカバンと荷物袋を、ひろい上げました。それをもったまま台所へゆくと、カバンをさかさにして、あいた口に手をつっこみました。
「コワンッ」
「コワンッ、コワンッ」
「コワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワ…………」
あっちこっちはねっかえりながら、ペットボトルの小ビンが、フローリング中にちらばりました。ホルスがたのしそうに、それらをあつめ、テーブルの上へおいていきます。
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
一本一本、ダイが水を入れています。それをホルスが受けとると、栓をして、タオルでぬぐい、ゆかに一列ずつならべてゆくのでした。手もちぶさたに、一連の工程を、じっと見ているソル。とくに、ねじるようにして出す、水の仕組みを。
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
たんちょうな作業がつづきます。ダイとホルスは、むごんのまま。おじいさんは彼らに背をむけ、無料のレトロ・アニメを見ていました。
カクカクしたり、とまったりの映像と、とちゅうで途切れる音声。共有資料映像で見た、モノトーンの無声映画みたいでした。
――これは「ふさわしくないものとして報告」された、妥協の産物でした。上の供給者、行政からの検閲ではなく、下の消費者、無料古事記からの煽りを、上が追認する形の結果でした。問題なのは「他者の気分を害すること」です。基準は、群雲のような「だれかの気分」なのです。
作品によっては、芸術性や時代背景が鑑みられ、考慮されたりしましたが、それらをのぞく大方のものは、切りきざまれるか、視聴不能になるかの、どちらかたでした。
権威が確立されておらず、編集の余地のないものは、もはや日の目を見ることはなくなりました。パスのないそれらB級なもの、文化の 地の塩味である、業界全体を構成する要としての要素は、個々のカンオンの間でブロックされ、共有できなくなりました。
この作品は、犯罪者が主人公のじてんで、かぎりなくアウトにちかそうです。おじいさんは、消される前に、光の速度で見ているのかもしれません。もっとも、この個人ユーザー提供の動画は、倫理面より先に、ロビー活動によって延長された著作権で、すぐにアカウントごと削られそうですが――。
今おじいさんが見ているのは、三人のドロボウのドタバタ劇です。ぎこちなくうごく、ピンクのジャケットの主人公が、バスター・キートン(むかしのアメリカの喜劇俳優)じみていて、びみょうに作品内容に合ってなくもありません。これは今なおつづく、ゆうめいなシリーズものです。このシリーズを手がけたこともでも有名な、あの巨匠の手によらない、人気のなしシリーズの一つでした。
「もっとお金があれば、ちゃんとしたの見れるのにね」
ダイは上がってくる水の線を、しんちょうに見きわめながら、蛇口を開け閉めしています。
「それは、べつのだよ」
ふいに、おじいさんは口をひらきました。
たしかに物盤であれ、有料の転送版であれ、SS(サイドストーリー、ファンが手がけた非公式のもの)をのぞけば、公式のものは、欠損がソフトで補正されているだけでした。予算にゆとりのあるものは、ストーリーじたいの変更と、大幅な描き直しがされましが、それはもうオリジナルとはいえない、べつの作品になっていました。ただばあいによっては、オリジナルのまま、見られないこともないのですが……
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
さすがのソルも、いたたまれなくなってきました。しかたなく重い口を開き、お手つだいをかってでました。
「お、わるいな少年」
「いえ……」
ダイはカバンの前面のチャックをはずし、中にキッチキチにつまったラベルの束を、ちょっとずつズラシながら引っぱり出しました。
「それじゃあ、ここらへんに、はってってくれる?」
ビンを片手に、お手本をしめしました。
「まあ、だいたいでいいよ」
ペットボトルには「神秘の水『ターマ川のしずく』引き合わせのキセキ」とロゴがあり、萌え女体化した竜が描かれていました。
スタンダードの水色の水属性の竜。火をふく赤い火属性の竜。ブリザードをはく青い氷属性の竜。ほかにも、緑の植物属性、茶色い土属性、レアなシルバーの銀河を背にした、時空属性の竜など、たくさんのバージョンがありました。
ラベルおもてはPB名が書かれ、うらには販売者のみ表示されています。原産国、原料原産地名は記載されておらず、原材料は水とだけありました。
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
「ジャーーー、キュッ」
ソルはダイのおくりを、ていちょうにことわり、家を出ました。ホルスとは、ろくに話すこともできず、けっきょくなにしにいったのか、わかりませんでした。来たときとおなじように、わきに箱の入った布袋をたずさえ、カンオンをスリープモードにしたまま、とぼとぼと歩き出しました。
草ボーボーの放置田にかこまれた、変電所が見えてきました。休日のおひるをまわり、二三人の子らが、小川でつりをしていました。
カンオンのあるなしにかかわらず、たいていの子は、外ではあそびませんでした。今の彼らのように、子が時々思いつく、長つづきしない気まぐれをのぞいては。
――カンオンのある子らは、それをつうじて、ナカマとゲームをします。ない子は、おもに格安仮認証カンオンや、すえおきの家電をつうじてゲームをします。けっきょくどの子も、室内でゲームに興じることに、かわりはありませんでした――。
つりをしている子らのかなたに、ソルはおかしな画を見つけました。ため池のわきをながれる小川のずうっと先、川のまん中へんに、はっきりしませんが、家が立っているみたいでした。目をこらすと、だんだん、とおざかっているのがわかります。
ソルはじいっと、見つめました。もうかなり小さくなっていましたが、川幅いっぱいの白い船尾は、見おぼえがありました。
ふだんは考えられませんが、ソルはがまんできなくなって、しらない子らにちかより、たずねます。
「ねーあれ、さっき、ここまできた?」
「きたよ、さっき」
「どこらへんまで来た?」
「んー、池の直前まできたよ」
べつの子が、
「なんか、ずっとそこでモタモタしてたよ」
水門のあたりを、グルグル指さしていいました。二人とも、カンオンはついていません。
「いつごろきた?」
「3、40分くらい前かな?」
さいしょの子が、二人目の子にたずねながらいいました。
「40分以上はたってるね、かくじつに」
三人目の子がわって入りました。この子にもカンオンはいません。
「ふーん、そう」
「ありがとね」
ソルはかるく手を上げ、ぎこちない笑顔をのこして立ちさりました。