ソルは、北サツマ通りのあのお店、「ニューアンカー」につれて来られていました。
店内には彼はとりかこみ、三人の大人がいました。銀行のおじさん、ジープのおじさん、それに、おじさんか女性か、よく分からない人。すくなくとも、この島には、ソルをふくめ四人はいるようです。彼は、これいじょう人口が増えないことを、ねがいました。
ピラピラしたドレスを着て、耳と鼻にピアスをつけた、声はおじさん、なりは女性の人が、この店の主人でした。ママがしゃべると、ベロにもピアスがあるのに気づきました。
ジープのおじさんは、店明かりの下では、ずいぶん、ちちんで見えました。こげ茶の本革ボア襟つきライダースジャケットに、レッドウィンクのエンジニアブーツ。やせギスで、その世代の中でも、やや低めの身長でした。光沢のない黒すぎる頭は、むかしのロッド・スチュアートだかロン・ウッドみたいに、襟足が長くテッペンが立っていました。野外活動の直射日光や潮風によるものか、銀行のおじさんより、シワが多く、深く刻まれています。(第一次産業を身近に知らず、若作りが主流の)クラランの住人であるソルの目には、後期高齢者にしか見えませんでした。
「で、どーすんの?」
ママが軽蔑したような、へいたんな口調でいました。
「どーするも、こうするもないだろ。来ちまったもんは、しょうがない。とにかく早く、もどさなくっちゃ。できるだけ、お、ん、び、ん、にな」
銀行のおじさんが、いいました。
「だからさぁ、どうやって、その穏便にもどすのって、聞いてんの」
「なに他人ごとみたいに言ってんだよ。そのために、こうやって集まってんだろ」
ちょっとイラつきまじりで、おじさんは言いました。
「ようするに、けっきょく二パターンしかないわけだ。こっちから行くか、むこうから来てもらうか。でも、なるべく連絡したくないわけじゃん、おれら。なるべく、こそっと、送り届けたいわけじゃん」
「で、そのための手段が問題なわけだろ。だからこうやって集まって、無い知恵しぼって、多数決できめようとしているワケだ。だろ?」
窓ぎわの、ジープのおじさんにむかって――
「おい、おまえも黙ってないで、なんとかいえよ。おれたち全員の運命が、かかってるんだぞ。おまえのキャラは分かったから」
「聞いてんのか?」
「……」
「まーた、だんまりかよ」
「カランコロン、カラン……」
ドアチャイムの音で、ビクッとなるソル。
「なんだよ、もう終わってんじゃん」
また一人ふえました。
どんどん人が増えていく……。
彼は憂鬱になってきました。
「オッサンたちがガン首ならべて、なんの臨時集会だ? (笑)」
声からして若い感じの人が、ズカズカ入ってきました。
「ちがうわよ。この子の送り方を話し合ってんの」
「なんだ、子どもじゃん」
あらっぽくイスを引いて、ドカッと、ソルのとなりにすわりました。
ドキン! となるソル。もはや「ども」どころではありません。
「アレ、おまえ……」
「えーと、なんだっけ? んと、だれちゃん?」
目をつむって、うつむき、指先を二本ひたいに当てました。
パッと、頭の上で電球がついたように、
「ホルスの友だち、ちゃんじゃん!」
晴れやかな、好感度の高めの笑顔をみせました。青年は、ハリネズミのような茶色い短髪で、片耳に一つだけ、シルバーリングのピアスをつけていました。
「ん? ちがった?」
じつは、ソルの方が早く気づいていましたが、おどろくより先、彼は、みょうな感心をしていました。ダイのうちとけた様子に、なるほどと、つかの間じぶんの立場をわすれ、感じ入っていたのでした。なにが「なるほ」どなのか、じぶんにもよく分かりませんでしたが。
「いえ。あっ、はい」
半テンポおくれるソル。
「知り合いか?」
銀行のおじさん。
「知り合い、知り合い」
ニコニコ顔の好青年のダイ。
「えー、お知り合い?」
ママが口もとに手を当て、いいました。
「イエース」
ダブルピースのダイ。
「知り合いだよな?」
グッと、鼻先ちかづけるダイ。
「えっハイ」
およびごしに。
「アレ、おまえカンオンは?」
「そういえば無いな。気づかなかった」
おじさんにいわれ、気がどうてんするソル。
「ハハ、しらない間に、いなくなっちゃってぇ、ハハ……、ハ……」
ジープのおじさんは、だまって窓の外を見ていました。
「――で、どうなのよ?」
議論が、つづいていました。おもにダイが提案をし、それを、ことごとく、おじさんが退けるという形。そこへママが割って入りました。
「あの船のことか?」
あの船とは、緊急脱出用の小型ボートのことです。
「つかえんの?」
ほおづえついて聞く、まぶたの重たげなダイ。
「おい」
おじさんは、ジープのおじさんを、ふりかえりました。
「……ああ」
「燃料は?」
「……あるよ」
「満タンか?」
「満タンだ」
ちょっと、うれしそうに。
「そうか、よし」
銀行のおじさんは、せきばらいしてから、ゆっくりみんなを見わたしました。
「船が小さいからといって心配ない。ここから本土まで、大した距離じゃないからね。こんな子でも、ハリボテの小さなヨットで、ここまで来れたんだ。問題は天気だ。事前によくしらべて、出発のタイミングさえ間違わなければ、嵐がくる前に向こうに着いちまうだろ」
「いやーだいじょうぶかな、アレ。ぜんぜん使ってないだろ」
ダイが、ジ―プのおじさんにむかって言いました。
ジープのおじさんは、肩をすくめ、りょう手をひろげて見せました。
「あれは最新式に近いものだよ。なにしろ、万が一にそなえての、おれたちの生命線だからな」
「そりゃそうだ」
おじさんが、あいの手を入れました。
「そのために、みんなで金を出し合って、こっそり買ったものだからね。ただ置きっぱなしだし、ちゃんと動いてくれるか、どうか。なにより本土まで、確実にたどり着けるかが問題だ」
「整備はしているさ。他にすることも無いしな。カタログどおりなら間違いなくいける。だが相手は自然だ。そう、こっちの思い通りにはいかないさ。しょせんはシロウト仕事だし、100%の保障はできないよ。いざ本番になったら、なにがあるかわからないからな。とつぜん、海のまん中で止まったって、文句はいいっこなしだ」
うって変わって、ジープのおじさんは能弁になりました。
しばらくみんな、だまっていました。
「まあ……、そんときゃ、そんときだ。なんだって、結局は運まかせだよ(笑)」
「ちょっ――」
ママを制し、おじさんは真顔でたたみかけます。
「そもそも、おれたちが他人のこと心配していられる身分か?」
「おれたちはボランティアか? 行政でも親でも、ましてや善人でもない。おい、忘れるなよ。どちらかといえば、おれたちは悪人の方なんだぜ? おれたちができる範囲内のことを、すれば良いんだ。神さまだって、それで許してくれるさ」
ほほえんで、ことばを結びました。
しゃべらない他の大人たち。
「むこうが先に位置をキャッチしてくれればいいが……。もし、だれかに先に救助されてしまったら、海保でなくても、色々やっかいなことになる」
「うまくいったとして、その後どうすんの?」
ママがいいました。
「そんなことは、おれたちが考えなくてもいいんだよ。後のことは、やつらに任しとけばいいんだ。なんとでも、うまくやるさ」
「まあ、べつにどっちに転んだって、さすがに頃されはしねーだろーし」
と、ダイがつけ足しました。
「海上で引きわたすってのは?」
きゅうにジープのおじさんが、クチバシをはさみました。
「ダメだね。カンオンが足どりをチェックしているし」
そくざに却下する、おじさん。
「こわしちゃえば、いいじゃない。カンオン」
「? ? ?」
ふいなママの発言に、顔を見合わせる三人。
「できるかよ!」
ダイが爆笑していうと、おじさんも失笑しました。
「アラ、なんで?」
「ダメなものは、ダメだ」
きゅうに体温が下がったように言うおじさん。
「だから、なんでよ?」
「後で調べるんだよ」
おじさんはメンドクサそうに言いました。
「どうやって?」
「微弱な電波を出しつづけているから、後から発見できるんだよ」
最新の機械に情強な、男子っぷりをみせるダイ。
「全部壊せばいいじゃない」
「だからぁ、壊せないの。人の力じゃ核の部分までは、破壊しきれないの」
やれやれ、といったかんじのダイ。
「だったら、電波が届かないとこまで持ってくか、埋めちゃえば、いいじゃない」
「うるさいなー、とにかく、ダメなものはダメなの」
だんだん、イラつくダイ。
「えー、意味わかんない」
「出た出た、女の機械オンチ」
「ずるぅ、そういうときだけ女あつかい!」
「機械のこと、ぜんぜん分かってないんだから、だまってろよ」
ダイは、ムリヤリ終わらせました。
おじさんは真顔でした。ジープのおじさんも、だまっていました。
「なによ、みんなで黙りこくって。アタシだけ、のけもの? ホーント男どうし、なかがいいこと!」
「ねぇーボウヤ、アタシたちは、なかよくしましょうねぇー」
「ハハ……」
ひきつり笑いのソル。
ママはカウンターの跳ね上げ天板から、おくのヘヤへ入っていきました。のこされた四人は、だれもしゃべろうとはしません。
しばし、時がながれました。
「ウオッホン。ゴホ、ゴホ」
ノドをならすと、おじさんは前のめりの体勢をとりました。
「おれがつれて行こうと思うんだが、異論はないよな」
「……」
だれも口をききません。
「じゃあ、そういうことで。あとは船の用意たのむよ」
ジープのおじさんに目くばせして、そそくさと、おじさんは立ち上がりました。
「おい!」
うつむいたままのダイが、よび止めました。
「なんだ、なにか問題でも?」
「しらばっくれ――」
ダイが言おうとすると、ジープのおじさんが、わって入りました。
「なあ銀行屋、おれたちは自由なんだよな?」
「ちょっ、なにきゅうに言ってんの。また、いつもの病気?」
はんわらいのダイ。
「おまえがそう思えば、そうさ。なんだって気分次第だよ」
目がすわったままの笑顔で、ジ―プのおじさんに答える、おじさん。
「そうじゃない。リーガルな意味で言ってるんだ」
冷静を、くずさないジープのおじさん。
「お役所に認められなければ、自由じゃないのか? おまえらしくもない」
「弁が立つな。こんなところで、前の職業が役に立つのか? おまえこそ、もうフリーなんだぜ」
「ハハ、こいつは一本とられた」
「オッサンたち、いいかげんにしてくれないか?」
こんどは、イラついたダイが、わって入りました。
「そういうの、後にしてくれる?」
「教祖様がご立腹だ」
わるふざけの、おじさん。
「そういう大人ゴッコは、いいから」
感情をおさえ、ながそうとするダイ。
「結局ここも、つつぬけなワケだろ?」
だしぬけに言うジープのおじさん。
「アレ、知らなかったの? なに、今さら?」
とぼけた口調の、おじさん。
「なに、サラリと言ってくれてんだ? 開き直りかよ?」
怒った目つきのダイ。
「おいおい。おれもおまえらと、おなじ身の上なんだぜ。むこうの手先みたいに言うなよ(笑)」
「つかいっぱのクセに」
「むこうから見たら、大してちがわないさ。なにかあったら、あっさり切り捨てられる、一蓮托生、運命共同体だよ、おれたちは。みんな一緒なんだよ」
「よう、言うよ」
「その口のうまさで、いったい何人シャバで泣かしてきたんだか」
ジープのおじさんがいうと、利口な大人たちに恨みをもつダイが、おじさんを、にらみつけました。
「まあ、一番きらわれる立場だわな」
微笑するジープのおじさん。
「今日はやけに饒舌だな」
「運命とやらが、かかっているからな」
とつじょキッとなった、おじさんは、
「ここは監獄じゃないんだ。いやなら、シャバに帰ればいい」
だんだん目が、すわってきました。
「監禁ならぬ、軟禁か? いやちがうな、逆だ。幽霊は自由だもんな。おれたちは、自由の刑に処せられてるからな」
「詩人だね~。チェロキーは」
うすら笑いをうかべる、銀行屋のおじさん。ジープのおじさんの車種は、旧車のラングラーですが、そのひびきの滑稽さと、自然派思考の揶揄を合わせ、あだ名で、そう言われていました。年下のダイは「フリーダムな人」といって、なかば、からかっていました。
「クソ! けっきょく、こうなるのかよ!」
ダイがテーブルにケリを入れると、コップの水が半分こぼれ、かろうじて止まりました。
その景色を冷静にながめながら、すでに銀行屋は、考えをまとていました。ゆっくり、しゃべりはじめます。
「まったく、どいつもこいつも自己欺瞞のカタマリだな。ほんとうは、知っていたんだろ? じゃなければ、いったいどうやって、今までライフラインが保たれて来たと思っているんだ? だれのおかげだ? おれたちみたいなのに任せっぱなしにするなんて、そんなお人好しが、この世にいるか? なあ、おれたちってアヴェロンの野生児か? カスパー・ハウザーか? ん? あれは、世話されていたっけ? まぁいいや。とにかく、今まで誰にも、なんにも頼らず、自立して、自給自足で生きてこれたと思っているのか? 幸せだね~、脳内お花畑かよ(笑)。 いったい、どういう連中が、おれたちみたいな半端者を飼いゴロシにしていたと思ってるんだ? スキあらば他人を出し抜き、食いものにすることしか考えていないような連中だぞ? まあ、その張本人たち、最終利益者たちとは、おれたち、一生会うことはないだろうがな。その下の、下の、下の、さらにその下の、ゲスな手下たちが、世話役やってんだぞ? そういうズル賢こいやつらの、ずぅーと、ずぅーと、下っぱの、下っぱが、おれたちなんだよ!」
うっすら赤味をおびた目、おじさんの吐く息は、かすかにクセのある甘いニオイがしました。
「おい、小僧じゃねぇんだ。そんな逆ギレで、怯んでゴマかされると思ったか?」
チェロキーが水をさしました。
「おい、小僧じゃねぇんだ! そんな逆ギレで、怯んでゴマかされると思ったか?」
「ふふん、食えないねぇ。ただのナチュラルばかだと思っていたら、いや、そう思わせていたのかな?」
銀行屋は冷笑すると、ダイにむきなおり、
「おい教祖! おまえも猫かぶらなくったって、いいぞ。どうせみんな、おなじ穴の狢だからな!」
「かー、つごう悪くなると、こうだよ。いやだねぇ、大人は」
「おまえだって知ってて、詐欺の片棒担いでたろうが!」
完全に目が血走っている銀行屋。
「どいつもこいつも、世間から捨てられただけの負け犬のクセしやがって、世捨て人演じて、孤高気どってんじゃねえよ!」