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      出航


 だが本当の旅人とは、ただ出発のために出発する人々だけだ


      ――ボードレール「悪の華」CXXVI 旅 (集英社文庫)



 ソルは、はっとして、なにかを思い出し、船橋ブリッジに走りこみました。ふね仕切しきとびらをくぐりましたが、まだ水門すいもんの中でモタモタしていました。

 切通きりとおしのような護岸ごがんに、ふねはさまれています。かたずをのんでジュリらが見まもる中、ふね舷側げんそくかべとの間を、絶対的ぜったいてき等間隔とうかんかくをたもって、すすんでゆきました。

 舳先へさきが小川のながれにつっこむと、モーター音が重く高なり、水面みなもあついアブクが立ちました。

「ウィィン、ウィィン」

 おれのこったぼそ金属きんぞくじくが、ぐるぐる回っています。われてスカスカの帆柱マストの中で、せわしく回転方向かいてんほうこうをかえていました。

 船尾ともが小川のながれにると、彼女たちのかおに、安堵あんどの色がうかびました。

 帆柱ほばしらがなくなったので、かえりはスムースにとおれました。どうやら、横幅よこはばには敏感びんかんでも、高さには鈍感どんかんなようです。

 ソルが、もどってきました。

「なにしてたのよ」

「なにも」

「一人でぬけがけしようとするから、こんなことになるのよ」

「なるのよぉ~、これだから男子わぁ~」

 マネをするニコライ。

「ねえ、このふねどこにいくの?」

「きたのとちがうよ」

 マリにそういわれて、ジュリがソルの方をふりかえりました。

ふねをとめるから、今のうちにおりろよ」

「ハッ?」

「とめなくたって、その気になりゃ、とびうつれるスピードだけどな」

「なにいってんの」

「だから、今がチャンスなんだよ」

きしの高さがふねとおなじなんて、この先もうないだろ」

「なにかってに、きめてるわけ?」

「わたしだって、ふねぐらい自分でとめられるわよ」

「ざんねん! もうパスワードいれちゃいました」

「オレのいうことしか、きかねーから」

 ソルはウソをつきました。なめらかにつけたウソに「やっとオレも、人なみになれたか」と感慨かんがいひとしおでした。


 ふねは止まりました。エンジンは生きたままで、ギリキまできしに、ちかづいています。ソルがふねからりて、手をさし出しました。

「まず、マリからこいよ」

 マリはジュリの方を見ました。

「ジュリが後ろに、つくんだろ?」

 ジュリがうごこうとしないので、マリも立ちつくしたままでいます。

「なにやってんだ、はやくしろよ」

 彼はなるべく、声をあらげないよう言いました。

 ジュリは、まよっていました。ふねを見れば、すでに「問題」になっているのは、一目瞭然いちもくりょうぜんでした。主犯格しゅはんかくまぬがれても、共犯きょうはんまぬれようがありません。かといって、ぬけがけされる(?) のもイヤ。

「ちょっとぉ、こんなとこにマリを、おいてく気?」

「タクシーよべばいいじゃん。せれぶなんだから」

「こんなとこにタクシーなんか、いないから。バッカじゃない(笑)」

「それにセレブじゃなし。アッタマおかしくない?」

「よべばくるよ、よべば」

「ためしに、よべば? 今すぐ」

「いいから、ほっといてよ」

「そっちこそ、なんでほっといて、くれなかったんだよ?」

「あんたが、みがってなことするからよ」

「ほーん。じゃぁ――」

 コトバっても、けっきょくそんをするだけなのを、ソルは分かっていました。社会しゃかいのレッテルのはられた弱者マイノリティっても、あとで理屈りくつをこじつけ、世間せけん復讐ふくしゅうされるのが落ちですから。

「……」

 ソルは、だまりこんでしまいました。もう、なにもかもメンドウくさい。このまま帰ってしまいたい。ぜんぶなげ出して、この場でころんでしまいたい。いっそのこと最初さいしょっから、なかったことになんねーかな。とか、ぼんやり考えていました。

「ふぁ……」

 生アクビが出ます。ねむくなってきました。

「いいや、もう……」

「すきにすれば」




 ふねは小川をゆきます。りゅうはおろかさかなもいない、すみきった川のながれ。純水じゅんすいか、超純水ちょうじゅんすいを思わせるH₂Oをすかして、枯山水かれさんすい砂礫されきのスジが、じかに見えました。ふねはポッカリ、リニアみたいにかんでいました。

 まつりの日のお昼まえ、さびれた公園こうえん人影ひとかげまばら。小さな子と父親の親子づれ。ステッキをりょう手にかたまっている、ベンチの高齢者ろうじん。なぜか、わかいカップル。それらの人々の前を、残骸ざんがいと化したふねが、セットのようにはこばれていきます。

 よこっぱらけられた視線しせん。ソルは目端めはしにそれをとどめ、他人ごとのフリで、ゆかに胡坐あぐらをかいていました。他の三人も、かべつりりつけのベンチシートにすわって、かくれるよう船橋ブリッジに引きこもっていました。

 ヘリコプターの音が、バタバタ、なりひびいています。

 ちかくじゃないし、いつものことだし、まさかね……。ニコライをのぞき、みんな戦々恐々せんせんきょうきょうとしていました。

 個別住宅街こべつじゅうたくがいをぬけるさい、だいぶ人と、すれちがってしまいました。でも見られたって、いっしょ。なにしろ四人分のカンオンが、ことのはじめっから見ています。今さら人間に見られたって、どうってことないはずでした。

 気づく人、気づかない人。ふりかえる人、ふりかえらない人。きょうみのない人、きょうみのないフリの人。人それぞれでした。これらの中でなん人の人が、不信ふしんをおぼえ、直接ちょくせつ通報つうほうしたのでしょうか。この先はカンオンもちの多い、中心部ちゅうしんぶをかすめます。だからなんだって言われても、こまりますが。

 つごうがいいことに、かべがどんどん、高さをましていきます。フェンスがはられ、もう上からのぞく人も、いそうにありません。ざしがとどかなくなり、ふねは日かげの中にいました。まるで、フタのない暗渠あんきょをいく児人こびとふね。ソルは一寸法師いっすんぼうしの気分でした。

 出発しゅっぱつからこっち、船内せんないしずまりかえっています。みんな大人しく、ずっと無口むくちなままでした。今四人は、なにを考えているのでしょうか。ソルはホルスのことを、ジュリはママのことを、マリは未来みらい破滅はめつを、わずらっているのでしょうか。そしてニコライは?

 ソルはカンオンの河川かせんマップと、くびっぴきでした。かたヒジをついて、この先の水路すいろを食い入るよう見つめています。全体ぜんたいマップのわきにうつされた、予想よそうされる合流ごうりゅうポイントの数々かずかず。その候補画像こうほがぞうが、遠近的えんきんてきにズラズラならんでいました。彼は海への最短さいたんコースを、いました。しょせん、えらぶのはカンオンですからね。ただ一つ、不安要素ふあんようそがありました。水門すいもんの、あのトラブルが引っかかりました。

 そろそろ本流ほんりゅう合流ごうりゅうしても、おかしくありません。青空をみこむよう、高架橋こうかきょうが重なっています。あたまの上から聞こえる、電気自動車エコカーが風を切る音。リニアしきモノレールが、のたくるよう下腹したばらを見せ、上下で交差こうさしては消えました。ビル風が前後からふきつけ、ともし上げたかと思うと、みよしさえこみ、小さなふねを左右にゆらします。そのたび、マストのないふねかじを当て、自動微調整オートコントロールしていました。

 ソルは暗くなった外に出ました。かみがもみしだかれ、ふく背中せなかにはりっつきました。耳もとがバタバタいってます。

 前方に開けた空間くうかんを、ななめに横切る大きなながれ。ヒラべったいエスニックなふねはしけが、ポツンポツンと、うかんでいます。その彼方かなた土留ストッパーのようなつつみ土台どだいに、ビルがそびえ立っていました。今からそこに、合流ごうりゅうしようとしていました。

 かすかな違和感いわかんをおぼえたのうが、マチガイさがしをしています。屋根やねしか見ない、ヒラべったいふね。小川がとちゅうで切れ、大きい川に食いこんでいました。しぜんな合流ごうりゅうではなく、切貼りコラージュでした。

 ソルは船橋ブリッジにとびこみます。

「シートベルトをしろ! はやく!」

「ちょっとぉ、なに」

「はやくしろ、はやく」

「おちるぞ!」

「だから、なに!」

「たきになってんだ、この先!」

「はやくしろ!」

 ソルは生涯しょうがいで、いちばん大きな声を出しました。

 カチャカチャ三人が、いっせいにやりはじめました。さすがにいのちにかかわることは、ニコライも分かっています。ふざけてなんて、いられません。

「おちるって、どれくらい?」

 ジュリがききました。

「しるかよ」

「しらないってよ」

 まだちょっとだけ、よゆうのあるニコライ。

 ベンチシートは三人ぶんのベルトしかなく、ソルは舵輪だりんはしらにしがみつきます。補足ほそくすると、ほんらい座席ざせき二客にきゃくで、まん中のは、たおした補助席ほじょせきでした。それにニコライが、のっていました。

 シートベルトが見つからないニコライ。ソルが立ち上がって、おりたたみイスの根本ねもとのベルトを引っぱり出し、ロックしました。ノロノロゆっくり、時間をかけているマリ。ていねいに、長さ調節ちょうせつを手つだうジュリ。イラつくソル。

「なに、のんびりやってんだ。ぬぞ」

「死」というコトバに、ドキッ、となって二人の手つきが早まりました。

 ソルはあらんかぎりのキーワードと、GPSの現在地げんざいちをもとに検索けんさくしてますが「すべて」も「動画どうが」も「画像がぞう」も「地図ちず」も、ヒットしません。せいぜい俯瞰ふかんしか、出てきませんでした。

 あせるソル。つま先だってのびして、先を見とおそうとムダなことをしています。ベルト・コンベア上の製品せいひんのように、ふね無情むじょうにはこばれてゆきす。

「バックできないの?」

 ジュリにいわれ100パーセントむだ! と分かっていても、(カンオンに)どなりました。

「バック、バック、ふねをバックさせろ!」

ハンドルばしらのスロットルレバーがたおれ、CLASH ASTERN急ブレーキという赤い目盛めもりに入りました。

「ガッ、ギギー、ガコッ」

 ギヤがさからうような悲鳴ひめいを上げ、プロペラが逆回転ぎゃくかいてんに変わり、回転数かいてんすう爆発的ばくはつてきに上がりました。電気でんきモーターがうなりを上げ、水が沸騰ふっとうするよう白くわき立ちます。

「シュルシュルシュルシュルウィィンインイン……」

 ふねは、むなしい努力どりょくをつづけています。

「……ダメだ。とにかく、ふんばってろ」

 ジュリがマリをだきかかえようと、ニコライごしに、アタフタ手をのばしています。

「なにやってんだ、マリのことはほっとけ」

「手の力なんかじゃムリだから」

「シートベルトにまかせろ、みんな自分のことやってろ!」

 とうとう前方のが視界しかいがなくなり、空と下層かそうの大きい川の景色けしきだけになりました。もう限界げんかいとしゃがんで、ハンドルばしらきつきカニばさみするソル。

 そこの前半分をさらけ出し、ふねくうをいくかと思いきや、ガクンと、こしくだけになりました。

 いっぺん川底かわぞこはらをぶつけ、ななめのまま、しゃめんをすべっていくふね。下のながれに衝突しょうとつした反動はんどうで、転覆てんぷく覚悟かくごするほど、左右に大きくゆれました。

 もう、おわったか? おそるおそる、立ち上がるソル。視界しかいの大きくなった景色けしきを、水嵩みずかさがふえたせいか、前より早いスピードですすんでいました。

「おわった?」

「……みたい」

「おわったの?」

「……まあ、いちおう」

 そういえばあいつ、よく発作ほっさおこさなかったな? そう思って、おとなしいニコライの方をみると、なんかようすがヘンでした。

 うつむいていたかおを、ふかいそうに上げると――

「――ンペッ」

 赤いマーブルじょうのものがじったツバを、はき出しました。

「わっ」

 反射的はんしゃてきに、足をどけるジュリ。かおだけそむけるマリ。「やっぱ、なんかしらあるな」と思うソルでした。


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