スマホ640pix




      島の中心部へ



 ソルは港内こうないにむかって歩き出しました。にもつは背負しょっていましたが、それほど重くは感じられませんでした。でも、あの海にむかって黒い鳥をなげた時みたいに、れやかな気ぶんには、なれませんでした。彼は「もともと自由じゆうだったんだ」と思う自由じゆうくらいは、手に入れたつもりになっていましたが、それも、ずいぶんむかしのことのように思われました。

 ほんとうは、フツフツ心配事しんぱいごとが、とめどなくわいていました。でも、今はなんのやくにも立たないので、あえて無視むしします。アニメやゲームの、ガラクタイメージであたまをいっぱいにして、おそれや不安ふあんいつかれないようにしていました。

「ゴチャゴチャうるさいよ、おまえは」

 一人ごとをいって、キュッキュッと足をならし歩きました。

 ふわっと黒いかげが、肩口かたぐちを横切りました。

 !? 

 思わずのけぞり立ち止ます。カンオンでした。

 とうぜんふねにのこっていると思っていたので、彼はビックリ。

「なんでいんだよ?」

 困惑こんわくします。あきらかに優先順位ゆうせんじゅんてがおかしいと、うろたえました。

 もしかして、オレの方がキケンってこと? 

「やばいな……」

 よい、という意味いみではありません。

 それともあれか。まだ他のがうごいているとか?

 さまざま可能性かのうせいをめぐらしてみても、わかるワケありません。

 今さら、どうにもならんし。う~ん……。どうすんの、コレ?

 カンオンにむき直ります。

「今から、ふねにもどれるか?」

 無反応むはんのう

 まあ、そうだよな……。

 おいつけたとしても、ほとんどエネルギーを使いはたした後でしょう。最悪さいあく、とちゅう落水らくすいも考えられます。聡明そうめいなカンオンが、そんな判断はんだんをするとは思えません。

「まあ、どうせクラランまで一直線いっちょくせんだしな。だいじょーぶだろ」

 と、反笑はんわらい。失敗しっぱい予感よかんかげをさします。

 気をとり直し、歩き出しました。

「な、けっきょく、こうなるだろ」

 ゆがんだみを、うかべてみせました。



 一つだけともった、細い電柱でんちゅうの下につきました。コッコッと街灯がいとうから、かすかな音。ユスリカが一匹いっぴき、ついたり、はなれたりしています。黄ばんだ蛍光灯けいこうとうカバーのそこに、わずかに黒いツブがたまっていました。しばらくその下で、たたずんでいました。


 さあ、いよいよよるまちへ入っていきます。とうぜんカンオンが、前方をらしていました。侵入しんにゅうを前に、ソルはカンオンにはなしかけます。

「あのさ、いいんだけど。もうちょっと、はなれてくれるかな?」

「まぶしくて、まわり見えないんだけど」

「もっとさがってよ」

「もっと、もっと」

「もーっと、もーっと」

「イヤもっと!」

「そんなんじゃダメだよ、ぜんぜん」

「だからもっと、はなれろよ!」

 カンオンは二メートルほど前にいました。ゲーム空間くうかん限界域げんかいいきみたいに、空気のささいな段差だんさをふみこえられず、言われるたび、カックンカックンしています。キョウレツな直進光ちょくしんこう周囲まわりをとばし、ホワイトアウトさせていました。その真空しんくうに、なにかの可能性かのうせいが、不安要素ふあんようそがしのび入ろうとするのでした。

 微調整びちょうせいに入るカンオン。前後左右の光量こうりょう微妙びみょうに変え、なんパターンかのローテーションをくりかえしています。

「なにやってんだよ。かってにやんなよ!」

 じぶんでもビックリするくらい声をあらげると、うごきが止まりました。

「あーいいよもう、それで」

 なげやりに言いすてました。

 さっきより直進光ちょくしんこうが弱まった分、横にひろがっただけでした。前を落とすだけでよかったのに、これじゃあ、ほとんどいっしょ。ただ暗闇くらやみに目をならしたかっただけなのに、なんでいつも、こうなるのか。

「チッ、つかえねーな。あいかわらず」

 わるいのはメーカーの責任回避コンプライアンスか、タダになれた消費者ユーザーのみがっての方なのか。

 

 大通おおどおりに出ました。

 道はだだっ広く、うっすらすなをかぶり閑散かんさんとしています。むかしの共産圏きょうさんけん道路どうろみたいに、プチ軍事ぐんじパレードでも、できそうに見えました。片側背二車線かたがわにしゃせん道路どうろ潮風しおかぜけ、サァーと、すな舞上まいあがりました。

 バタバタと、ほぐれかかった幟旗のぼりばたがはためいています。サビついたガソリンスタンドのホースに、ヒモのようにからまったネナシカズラの緊縛きんばくプレイ。クルクルまわる、スカスカの万国旗ばんこくき。ガラーンとした中古車展示場ちゅうこしゃてんじじょうには、車一台くるまいちだいありません。たおれてアスファルトにへばりついたアーチ。うす黄緑色きみどりいろ円形台えんけいだい事務所じむしょのガラスはられ、ヒビわれたアスファルトの上には、照明しょうめいのポールがのびているだけ。一転いってん隣接りんせつする砂利じゃり更地さらちには、パーツのない車がビッシリ止められていました。

 色あせ古くなった建物群たてものぐんがならびます。太い鉄柱てっちゅうにのった、パチンコ店の巨大きょだいカンバン。レンガ調ちょうのサイディング外壁がいへきにかかった、ボロボロにはげた白人女のかおにぶく黒ずんだUFOがたラブホテル。玉ねぎ擬宝珠ぎぼしをのせた、赤のひろばのせいワシーリー大聖堂だいせいどうみたいなたたずまいの、むかしは秘宝館ひほうかんだったドンキー・ホッティー。

 でっかいこいをくわえたホンドギツネが、ゆうぜんと通りすぎました。側溝そっこう道路どうろ境目さかいめからびた、オオアレチノギク、もしくはヒメムカシヨモギ。デビルプランツつるが、ななめにいのぼってからまり、巨人きょじんていをなす電柱でんちゅう

 バサバサとあたまのすぐ上で、街路樹がいろじゅがゆれました。人の手がとどこうがとどくまいが、おかまいなしに、低いこずえをつくったハシボソガラス。そのつがいが、子そだてにはげんでいます。

 時間の浸食しんしょくをうけるがままちていく人工物じんこうぶつと、あちらこちらでり返す、みどり復讐劇ふくしゅうげき観客スペクテイターのいない演目えんもくが、無言むごんのまま上演じょうえんされているかのよう。国道こくどうは開けはなたれた廃墟はいきょと化し、見わたすその景色けしきから、人くささが漂白ブリーチされています。自然モノまさりはじめていました。

「で?」

「とりあえず、どうすんだ?」

 カンオンというより、空気くうきにむかっていかけます。

「鳥よ、オレの鳥よ(笑)」

 さしずめ、カワセミみたいにホバリングする、黒い鳥でしょうか。カンオンいがいノーリアクション。

「じゃあとりあえず、水でものめるとこ」

「スソ・ガウラー・シティ、北サツマ通り1209」と、マップにしめされました。カンオンが先行せんこうしつつ、後ろに地図マップ照射しょうしゃ。そのままナビゲートをはじめました。後はカンオンまかせ、気ままによそ見をしながら、ブラブラすすんでゆきます。るための、なんの道具どうぐもないのが気がかりですが、ナップサックの中のものをめられる、地面じめん物色ぶっしょくしながら歩きます。

「まった!」

「人いる?」

 青白く点滅てんめつするカンオン。ライフの可能性かのうせいとして、あるエリアが表示ひょうじされました。

「なんだよ、かのうせいって?」

 認証にんしょうのない、生活反応せいかつはんのうが出ていました。ここはあるシーズンをのぞき、ほんらい無人むじんのはず。それはローカル情報じょうほうで、ソルもしってはいました。

「えー、いんのかよ……」

 よろこぶべきなのに、なぜか、がっかりするソル。赤い点々てんてんが、ほぼしま中心部ちゅうしんぶにあつまっていました。

「う~ん」

「じゃあ、そのちかくまで」

「ちかづいたら明かりけせよ」

 ふつうなら、調査目的ちょうさもくてきでワザワザこんなとこに来るような人間なら、むこうにもカンオンがある可能性かのうせい、大なんですけどね。




 しま中心部ちゅうしんぶ

 ソルはアーケードに入りました。敷石調しきいしちょうのタイルに、色とりどりの短冊たんざく散乱さんらんしています。ぬれたことはなさそうですが、さすがに色はあせていました。天井てんじょうから千切ちぎれてブラ下がった、金銀きんぎん色紙鎖いろがみくさり。つるされたたまからのびた、たて長のヒラヒラ。つらねた提灯ちょうちん折鶴おりづる原色げんしょくのはなやかなかざりが、ときおりくスキ間風のような微風びふうに、サラサラ音を立てていました。

 とうじの世相せそう反映はんえいしたオブジェ人形にんぎょう数々かずかずえ化した織姫おりひめ彦星ひこぼし。ピーナッツのボディとトウモロコシの背ビレの、とぼけた恐竜きょうりゅうは、ごぞんじ、ご当地とうちゆるキャラ「ガーラ―」くん。七夕たなばたかざりの大半たいはんが、まだ落ちずに空中にとどまっていました。

 このアーケード商店街しょうてんがいは、さいしょから事実上じじつじょうシャッターがいだったものが放置ほうちされ、さらに時間がたったものと思われます。そのおくまった細い路地ろじから、ひとこえが聞こえてきました。

「心凍らせて~、愛を凍らせて~♪」

 ちかづくにつれ、それが機械きかい増幅ぞうふくされた、カラオケの絶唱ぜっしょうだとわかりました。ニューアダルトミュージックの演歌えんかが「まさか、まだやってるの?」と思うほどの外観がいかんのお店から、とどろいてきていました。

 小さい三階建そんかいだてビルは、四半世紀しはんせいきはおろか、半世紀はんせいきごしをうたがうボロさ。その一角いっかくに「ニューアンカー」と、サンセリフの書体しょたいで書かれたカンバンが、煌々こうこうともっていました。道に面してななめのドアと、お店なのになぜかまどがない奇妙きみょうなつくりで、外から中をうかがう、すべはありませんでした。

「心流されて~、愛に流されて~♪」

 あきらかに大人の声が、あられもない大音量だいおんりょうで、あたりにコダしています。ソルは恐怖心きょうふしんをおぼえました。彼にとってカラオケとは、防音設備ぼうおんせつびのととのった大きなアミューズメント施設パークで、子らがあそぶものだったからです。おとはまわりにダダもれでした。

「ヤバイよ……」

 色んな意味いみでそう思いました。

 拍手はくしゅの音をのこし、そこをはなれようとして、彼はドキッとしました。コンクリートの上に止められた、サビサビのママチャリのおくに、白黒のブチねこが二ひきいました。そのさらにおくに、もう一っぴき。二ひきはたたき・・・にベッタリねそべっていました。ペダルの下には、ヤマギシ春のパンまつりの景品けいひんみたいな白いひらざらがおかれ、それへ、なみなみと白い液体えきたいたされていました。さら同化どうかした液体えきたいの上に、小つぶの黒い虫かゴミがういていました。

 ピッタリ、背中せなかかべにはりつけるソル。ソロソロなるべく、とおまわりして、うかいしようとします。二ひきは目をつむって、くるりと耳をまわすだけ。まぶたは重たいままでした。

 さらなる中心部ちゅうしんぶへ。

 かつての小さな新興住宅地しんこうじゅうたくちの中にある、小規模しょうきぼ流通りゅうつうセンターに入りました。沼地ねまち造成ぞうせいした住宅地じゅたくちで、その碁盤目ごばんめ東側ひがしがわにオフィスビルや、工場こうじょう運送会社うんそうがいしゃなどがありました。モヌケノカラといった感じの家々いえいえと、ティッシュばこみたいなビルぐんがならんでいました。

「消せ!」

 なぜか、きゅうにハッとなっていいました。いっしゅんだけ暗闇くらやみにつつまれると、すぐまた同じ光量こうりょうにもどりました。

「チッ」

 かつて地方銀行ちほうぎんこうだったその玄関正面げんかんしょうめんに、コマ犬のようなグリフィンだかドラゴンがだいの上に鎮座ちんざし、あたりを監視かんししていました。そのウラの駐車場ちゅうしゃじょうには、一台いちだいくるまが止まっていました。ところどころサビて紺色こんいろ塗装とそうれた、ルーフキャリアーつきの四角しかくくばったジムニーでした。

 となりには、おなじようなクリーム色になったカーテンの下りた、特定郵便局とくていゆうびんきょくがありました。ポスターの白いアヒルは、クチバシの黄色きいろが消えそうなほど、色あせていました。

 カンオンが銀行ぎんこう駐車場ちゅうしゃじょうはじにある、水道すいどうらしました。ホルスのうちで見たのと、おなじタイプのハンドルがついているヤツでした。彼はダイがやったように、ハンドルをまわそうとしますが、ビクともしません。

「かってー」

 なかなか、まわってくれません。手がいたくなったので、上着うわぎのスソを当てがって、つかみました。

 シャーッと音がして、どこかでポンプがまわり、ぐぐぐっと水道すいどうふるえました。ホースの山がブレ、あわてて口先くちさきをたどります。バシャバシャ暗闇くらやみに音はすれども、先っぽにたどりつけません。やっと見つけると、青いホースをもち上げました。

「ブワッ、わっ」

 山なりのに対しちかすぎ、くびまわりからむねにかけて、ビショビショになりました。どうせすぐ、かわきますが。

 ふねからペットボトルもってくりゃ、よかったな。と思っていたやさきでした。

「おい、なにやってんだ」

 心臓しんぞうが口から出そうになってふりむくと、まぶしいひかりのむこうに、かくれた人影シルエットがありました。

「まぶしいよ」

 ふるえる足と早鐘はやがね動悸どうきの気がうせているのに、なぜか冷静れいせい口調くちょうでこたえるソル。

 手の中の懐中電灯スルーナイトが下をむくと、そこには、おじいさん立っていました。ふつうの30代か40代のおじさんでしたが、ヒゲを生やしているせいで、ソルの目には、そう見えるのでした。

 もうこうなったら、開きなおるしかありません。こまった人モード、彼は遭難者そうなんしゃえんじようとします。というか、はなから遭難者そうなんしゃなんですが。


(他サイトでも投稿しています。)

←戻る みなし児ヴィデオ・オレンジ 26 (ギャンブル)
→次へ みなし児ヴィデオ・オレンジ 28 (カゴの鳥)