スマホ640pix



      ノード 1 こぶ


――まえぶれもなく光がさし、画面がめん復活ふっかつしました。

 おじさんのかおにも、あかりがさしこみます。

「なんだ、おい」

 画面がめんにかぶりつくおじさん。

 しばらく、じっと見つめています。

「なわけない、なわけない」

 力んだりょう手でタッチパッドをつかんだまま、

「むこうがこわれるなんてあるか?」

 きゅうに、きげんのよくなるおじさん。

「ないない」

 かた手をふって、

「なわけないんだよなぁ」

「だと思った」

ってた。こっちの不具合ふぐあいって(笑)」

 ためこんでいた、いきをはき出しました。まだ半信半疑はんしんはんぎですが、とりあえず、最悪さいあく事態じたいはさけられたようです。

「ようは、なにもおきてなかったんじゃん」

「なんだ……」

 しあわせを、かみしめるよう、口をつぐみました。

 おじさんはタッチパッドを助手席じょしゅせきになげ、外に出ました。

 ふとももに手をつき、ドアにもたれると、おしりがジワッとなりました。

 大きくいきをすって、

「ふっざけんな、莫迦やろう!」

 大声をだし、たまったストレスを発散はっさんさせました。

 しとしと雨の中を、あたまからかぶるよう雨にぬれ、ブラブラ歩きまわりました。ガードレールまでいくと、すでに、ぬれてしまっているこしをのせました。

 あらわれた空気をとおして、みどりが目にしみ入ります。しんせんな香気こうきを、むねいっぱいにいこみます。いちめん、みどり包囲ほういされていました。杉木立すぎこだちが、すすきの群生ぐんせいみたいに山の斜面しゃめんをおおい、あちこちで、赤茶あかちゃけた露地ろじさらしていました。くるまのとおらない道路どうろに、ツツドリやウグイスの鳴声なきごえがひびきます。

「あーびっくりした」

 むねポケットさぐりながら、ぼう読みでいうと、電子でんしタバコをくわえました。

 すぐにとって、またはこにしまいました。

 水をったみどりが、かぐわしいムシゴロシの成分せいぶんはなっています。そぼふる雨でかみつめたくぬらしながら、彼はたたずんでいました。

 長い無人島むじんとうぐらしで、しずかなのにれているはずなのに、いっそう、しみるよう感じました。

「なに、やってんだか……」



 特殊とくしゅカンオンは、外部エネルギーが切れ、内部バッテリーから補助サブ自家発電じかはつでんに切りわるさい、再起動さいきどうをよぎなくされます。そのとき、ゆいいつの弱点じゃくてんをさらしてしまうのでした。

 特殊とくしゅ一般いっぱんを問わず、カンオンは電気でんきだけでも、数日間すうじつかんはうごいていられました。それだけでも十分じゅうぶん機能きのうしましたが、なるべくすみやかに、そのエネルギー環境かんきょうととのえることが、のぞましいとされていました。通常つうじょう特殊とくしゅカンオンのエネルギーは、海底かいていケーブによってまかなわれていました。

 しまおかとを特殊とくしゅカンオンでつなぐフォーマットを構築こうちくした組織そしきと、それを利用りようする顧客こきゃくがどれだけうるおっていても、さすがにそれだけで、独自どくじにエネルギーシステムを、島内とうない建設けんせつするのはムリがありました。また、なんであれ、エネルギーの供給きょうきゅうには、つねに安定性あんていせいがもとめられます。自然しぜん依存いそんする、不安定ふあんていなエコ・エネルギーシステムでは、とても万全ばんぜんとはいえませんでした。――ざんねんなことに、それらの必要性ひつようせいをもっとも声高こわだかにうったえる、意識いしきの高い人たちこそ、浮島うきしまのお得意とくいさまでしたが。

 エネルギーは、老朽化ろうきゅうかした海底かいていケーブルをつたって、おかから確保かくほされていました。そのたばの中には、通信用つうしんようケーブルもふくまれていました。それらを補修ほしゅう維持いじしたり、また、あらたにつくりなおすことは、小規模しょうきぼ国家予算こっかよさんレベルをようしました。

 補助電源ほじょでんげんしまのいたるところにあり、銀行ぎんこうちかくの大型おおがたパチンコ店の駐車場ちゅうしゃじょうにもありました。その設備せつびのおかれたパチンコは、島民とうみんらが立ちさるまえの、あの大震災だいしんさいいぜんから閉鎖へいさされ、年季ねんきの入った廃墟はいきょとなっていました。

 あちこちやぶれた黒いシートからかおをだす、ぺんぺん草。ちぎれた金網かなあみぎわにまれた古タイヤ。脱色ブリーチされても、今もかわらず高くそびえるカンバン。とうぜんガラスはられ、あせた外壁がいへき日焼ひやけした皮膚ひふのように、全面ぜんめんポロポロはがれていました。「ぱちんこパーラー・マンハッタン」の駐車場ちゅうしゃじょうに、じかにシートをかぶせ、角度かくどたがえたソーラーパネルが、びっしりとみ立てられていました。

 それは震災時しんさいじのパニックにつけこんだショック・ドクトリンによって、性急せいきゅう法整備ほうせいびされた産廃物さんぶつでした。わり高な電気買取価格でんきかいとりかかくのFIT(固定価格買い取り制度)など、さまざまな旨味うまみがからんだいわくつきで、ただでさえデフレで荒廃こうはいした田舎いなかに、雨後うごのタケノコのようてられたものでした。

 それも経年劣化れいねんれっかをまぬがれず、半分ちかく使えなくなって来ていました。フルーツのよくそだつ、このしま特有とくゆう月平均全天日射量つきへいきんぜんてんにっしゃりょうの多さと、潮風しおかぜがそれを、いちじるしく早めていました。



 ソルのカンオンは、異質いしつ電波でんぱをキャッチしました。それは急速きゅうそくに弱まると、プッツリ途絶とだえてしまいました。微弱化びじゃくかしすぎてカンオンの識域しきいきをこえたか、それじたい消えてしまったようでした。

 待機中たいきちゅうだったカンオンは、最小限さいしょうげん機能きのうをのこし、スリープ状態じょうたいでエネルギーを温存おんぞんしていました。カンオンは追跡ついせきをあきらめると、ふたたび、もとのふかねむりにおちました。



 道に勾配こうばいがかかりはじめました。ダイは山に入りました。

 補修ほしゅうされぬ道路どうろ端々はしばしには、崩落ほうらくした石と土がたまり、中にはひょろりと、灌木かんぼくの生えているところさえありました。

 うっすらヴェールのような白い土が、道路どうろぜんたいに、かかっていました。まだりはじめなので、グリップに神経しんけいをつかい、立ちっぱなしのリーンアウトで走っていました。わかい彼は、あつい季節きせつの雨を慈雨じうとして、ハデなピンクのツナギの中であせをかきながら、快調かいちょうにバイクを走らせていました。

 そんなこととは無関係むかんけいに、彼の指環ゆびわ電波でんぱをキャッチしました。長いモノのねむりからめたそれは、その能力のうりょく発動はつどうしはじめました。


 おおざっぱにいって、特殊とくしゅカンオン=無認識だっぽうカンオンとはオバケでした。みずから幽霊ゆうれいと化すため、特殊とくしゅカンオンは消滅しょうめつジャミングをおこないました。消滅しょうめつジャミングとは、便宜上べんぎじょうのたとえです。そのコトバじたいが矛盾むじゅんしており、電波でんぱですらない可能性かのうせいもありました。

 存在そんざいなき存在そんざいとしての、ステルス特性とくせいかなめをささえているのが、浮島うきしまでした。その効果こうかをうむ浮島うきしまシステムは、ごく一部で創造主そうぞうしゅ、ロードなどとあがめられている、ある天才てんさいによって生みだされたものでした(あくまで、そういうウワサです)。そのシステムは、いまだ解明かいめいされておらず、コピーするにもリミットがかかり、部分的ぶぶんてきにしかできませんでした。人がつくったとウワサされるものですが、今のところ人間がそれを模倣もほうしたり、代替物だいたいぶつをつくったりすることは、とうてい、かないませんでした。

 ほんらいジャミングとは、強力きょうりく電波発信でんぱはっしんによって、みかたの在処ありかをウヤムヤにし、てきの混乱こんらんじょうじるためのものです。しかし、それは諸刃もろはつるぎであり、発信者はっしんしゃ居場所いばしょをみずからさらす、リスクをともなうものでもありました。

 特殊とくしゅカンオンの消滅しょうめつジャミングは、発信者はっしんしゃと、その周辺部しゅうへんぶをなくしました。しかも、おなじ特性とくせいをもつ、特殊とくしゅカンオンどうしの双方向性そうほうこうせい維持いじされまたまま。

 戦争せんそうから恋愛れんあいまで、コミュニケーション時の有利性ゆうりせい確保かくほのさい、もっとも大事だいじなことは、あいてがわにじぶんが検閲けんえつされていることを、さとらせないことです。検閲権けんえつけんとは、認識にんしきにおける有利性ゆうりせい確保かくほに他なりません。それは寝ているか、起きているか、くらいちがいます。浮島うきしまシステムにおいては、じぶんたちにのみ、その覚醒権かくせいけんがあたえられるのでした。

 もしかしたら浮島うきしまシステムとは、忘却ぼうきゃくシステムのことなのかもしれません。あいてがわ痴呆ちほうにするこのアンフェアこそ、他にるいをみない特徴とくちょうだからです。つごうのわるい関係かんけいちつつ、じぶんにつごうのよい関係かんけいはたもつ。全体的個ぜんたいてきことしての一般いっぱんカンオン(そもそも一般カンオンというものはなく、カンオンはすべてカンオンなのです)とちがい、特殊とくしゅカンオンはとしての孤立性こりつせい武器ぶきとして、あの国民投票こくみんとうひょうによってきまったグレート・チェンジ[情報の独占禁止と自発(強制)的共有]後も、しぶとく、それをてずに持ちつづけていました。まるで、刀狩かたながり後の百庄ひゃくしょうのごとく。そのとき成立せいりつしたはずのレントゲンほうを、合法ごうほう非合法ひごうほうを合わせ、のらりくらり軟体生物なんたいせいぶつのよう回避かいひしてきたのでした。

 それを成立せいりつさせる独特どくとくのセルフシステム、みずからを関係かんけいとする者どうしの、関係間かんけいかん王者おうじゃこそ浮島うきしまでした。

 これに対し、ぞくにいうギュゲスの指環ゆびわは、無認識だっぽうカンオンに対抗たいこうしてつくられたものでした。その存在意義そんざいいぎ暴露ばくろにありました。脱法だっぽうシステムの特定とくてい通報つうほうが、指環ゆびわの生まれた使命しめいでした。

 それがおきるまで指環ゆびわはモノでした。ひとたび、ある特定域とくていいき電波でんぱパターンにふれるやいなや、彼は生命せいめいをやどしたようにはたらきはじめます。それへ過敏かびん反応はんのうするよう、ひっそりはたらいていた内部ないぶ自律じりつシステムが、引きがねを引きました。指環ゆびわ一般いっぱんカンオンのような汎用性はんようせいはありませんが、その目的もくてきのためだけに、特化とっかされていました。

 それが今、めざめたのです。

 彼は、その微弱びじゃく電波でんぱが消えるまえに、消滅しょうめつジャミングを無効化むこうかする、ジャミングをかけました。消滅しょうめつ×消滅しょうめつ=顕在化けんざいかです。どうじに無認識だっぽうカンオンに対してのみ、みずからの姿すがた一時的いちじてき陰性化ステルスかさせました。さらに、海底かいていケーブルは寸断すんだんされていたので、脱法だっぽうシステムに便乗びんじょうして、衛星回線えいせいかいせんをつかい通報つうほうしました。

 ここで、一つの疑問ぎもんにいきあたります。大まかな場所ばしょがわかっているのに、なぜ当局とうきょくが、しかるべき措置そちをとらないのか? と。

 仮定かていのはなしですが、まず、指環ゆびわ当局とうきょくの手によるものという、かくたる証拠しょうこはありません。じつは不正ふせいにもちだされたもの、またはそのコビーかもしれないからです。それらの可能性かのうせい無視むしすれば、考えられるのは、とりしまる方の後ろめたい心情しんじょうか、後ろぐらい事情じじょうのせいなのかもしれません。


[一般的いっぱんてきにいって、年収ねんしゅう一億いちおくダニーをこえると、税収ぜいしゅうはガクンとへります。脱税だつぜいをとりしまる行政ぎょうせいも、カンオンの統計調査とうけいちょうさをみまもる役人やくにんたちも、れいがいではありません。

 お役人やくにん、「みどり」をやたらと多用するところから、いわゆる「みどりの貴族」とよばれる人たちも、数字上すうじじょうそこまでとどかなくても、なんのかんのと、きめ細やかな手当て、各種控除等かくしゅこうじょとうがつき、じっしつそれは、賃金収入ちんぎんしゅうにゅうとおなじでした。

 とくに、たいした産業さんぎょうもない、年配者ジジババだらけの地方ローカルにおいては、彼らはカーストの上位にいました。はいガス規制きせいのきびしいドイッチョラントの、グレードの低い輸入車ゆにゅうしゃを、扶養家族ふようかぞくなどがりまわしていました。

 彼らに社会貢献しゃかいこうけんこうけん意識いしき希薄きはくでした。そんな見栄きがいはなく、おさないころからの勉強べんきょう小科挙しけん突破とっぱ自負じふし、とうぜんのご褒美ほうび=権利けんりとうけとっていました。――これはミクロなルサンチマン(ただの妬み)ですが、マクロなルサンチマン・プロパガンダ=スケープゴートとは別個べっこの、メゾな是々非々ぜぜひひでもあります。

 おどろくべきことに、また、ざんねんなことに、そのヘ・イゾー氏(クラランの御用経済学者)ばりの、うらなりの弱肉強食的じゃくにくきょうしょくてき自己責任論じこせきにんろんを、なぜか支持しじする、おおぜいの自由民(C層)がいました。そしてその上には、戦後せんご無責任むせきにんの度合いを年々ましてきた、お花畑サブカル強欲グリードを合わせもつ、雲上人うんじょうびと富裕層ふゆうそうである自立民(A層)がいるのでした。

 デフレから恩恵おんけいうける両者りょうしゃ。まずしさゆえの無知むち視野狭窄しやきょうさくか、どうるいの過当競争かとうきょうそうによる不適切ふてきせつ低価格ていかかくを、盲目もうもくてきに歓迎かんげいする自由民いそんみん。そのチキンレースとは無縁むえん安全あんぜんなゲートの中で、資産しさんの目べりをなくす政策おだいもくを、けがれなき無意識よくあつ画策かくさく支持しじする自立民じりつみん

 グローバルの中で分断ぶんだんされ、固定化こていかする身分みぶん不幸ふこう結婚けっこんをする、二つのルサンチマン。おやだいからの需要不足デフレのせいで、ひんすればどんするとは裏腹うらはらに、内面ないめんは、ますます、ささくれ立ちデリケートにむこころ。一方、その不当ふとうなゆたかさに対するやましさと、しつけのされなかった子度藻みたいに、ドリルで破壊はかいするような、ばっぽんてき改革かいかくを好む、じっとしていられないおさな欲動よくどう貧者ひんじゃ同族嫌悪どうぞくけんおからの半歩リードを、富者ふしゃ欲徳よくとく動機どうきとし、おぼっちゃまからの脱皮だっぴをはかります。彼らはおたがい、ヨ・ヘイ氏ばりの「自己批判できるぼく」を、骨太ほねぶと差異プライドとするのでした]



 とりしまる当局とうきょくも、上にいけばいくほど、とうの対象たいしょうから恩恵おんけいをえている人が多くなります。とうぜんのことながら、出世しゅっせにひびくことに、熱心ねっしんになる部下ぶかはいません。彼らはプロレスで、おちゃにごし合っていたのかもしれませんね。

 そこへ指環ゆびわ登場とうじょうしました。空気のよめない特化型アスぺは、好運シャンス(?) なアクシデントのたすけによって、彼の職務しょくむをまっとうしてしまったのです。ハブられるおそれなどない彼は、人の機微きび熟知じゅくちしたカンオンとはちがい、ようしゃなく通報つうほうしたのでした。


 通信つうしん潜入せんにゅう放置型ほうちがた探知機たんちき、コード:18211111-1030-18810209-0128、俗称ぞくしょうギュゲスの指環ゆびわ。わたしは被疑者ひぎしゃ個別化こべつか成功せいこうしました。



 その時チェロキーは、みさきでシガーをふかしていました。