スマホ640pix



      港にて



「あつまってるな。銀行屋《ぎんこうや》がいなくて、つごうがいい」
 開口一番《かいこういちばん》、チェロキーはいいました。
「どこいってたんだよ」
「おまえと同《おな》じだよ。さがしていたのに、きまってるだろ。土砂崩《どしゃくず》れを迂回《うかい》して、反対側《はんたいがわ》からまわりこんでいたんだ。荷台《にだい》にバイクもあったが、おろすのが面倒《めんどう》だっだし、おまえもいたしな」
「どうした? 子度藻を乗《の》せないのか? やつを待っているのか?」
 ダイがなにか言おうとすると、ママが腕《うで》を引っぱりました。
 二人はだまりこみました。
「まあ、そんなこったろうとは、思ってたけどな」
 うすら笑《わら》いをうかべる、チェロキー。
「なにがおかしい?」
「行かないんだろ?」
 二人の顔色《かおいろ》を見くらべ、
「船《ふね》は出さないんだろ? 図星《ずぼし》か」
 困惑《こんわく》しつつ二人とも、まだ、おたがいの顔《かお》を見合わさずにいました。
「そう警戒《けいかい》するなよ。べつに、どうもしないぜ(笑)」
 だまりこくったままの二人。
「どうするんだ? このまま、じっとしていても始《はじ》まらんが」
 制止《せいし》するママをおさえ、ダイが口を開きました。
「なんか、いい手でもありそうな口ぶりじゃん」
「お、そだちのわりには勘《かん》がいいな」
 ちょうはつてきな口ぶりのチェロキー。
「なんで今日にかぎって上から目線《めせん》の、おしゃべりなんだ? その口ぶりからすると、あんたも自立民《じりつみん》の出っぽいな」
「――もって、おいおい!」
 とつぜん、大声を出すチェロキー。
「それじゃあ、ママもそうだと言わんばかりじゃないか! そんなこと、わざわざオレに教えてくれなくったっていいんだぜ、うたがわしい人間にさ。まあ、それを言ったら全員《ぜんいん》そうだが(笑)」
「え、なんで、そうなるの? 銀行屋《ぎんこうや》だっているのに。そんな揚《あ》げ足とりでビビるとでも? あてずっぽうでも動揺《どうよう》をさそったら、めっけもんてとこか? いやだねぇ大人は。恥《はじ》も外聞《がいぶん》もなくなってさ」
 怒気《どき》のこもった早口で、ダイはいいました。
「ふふん。教祖様《きょうそさま》も娑婆《しゃば》でもまれて、すこしは大人になったのかな?」
 語気《ごき》を強め、
「――いやしい依存民《いそんみん》のガキのクセに」
 あきらかにムッとするダイ。
「あいつが一度でも、自分の口からそんなこと言ったことあったか? だれも自分の過去《かこ》なんて、話《はな》しゃしないのに。それに言ったところで、ウソかもしれないじゃないか。おまえは信じるのか? 信じられるのか? おまえのお頭《つむ》はお花畑《はなばたけ》か? いったいこの中で、信用《しんよう》するに足る御仁《ごじん》なんているのか?」
「なんだよ、ごじんって。死語《しご》か?」
「さすが教養《きょうよう》のある依存民《いそんみん》はちがうな。スタンダードなコトバだが? そうかあれか、おまえらの世代《せだい》だと、よゆう教育《きょういく》のシッポか。かわいそうに、生まれと育《そだ》ちと共有《きょうゆう》のトリプルパンチだな」
 声にだして、せせら笑《わら》うチェロキー。
「教育《きょういく》って、なんだよ」
 負《ま》けじと失笑《しっしょう》してみせるダイ。
「わざと言ったんだよ。なにが共有《きょうゆう》だ、くだらんゴマカシだ。わかれよ、よゆう(笑)」
「そっちこそ。いつの時代《じだい》の人だよって言ってんだよ、おっさん(笑)」
「好景気《こうけいき》の|エラン《活気》を知っているか、この、生まれたときから万年《まんねん》デフレの、しなびたうらなりの続編世代《ぞくへんせだい》が。浅《あさ》く広《ひろ》く金儲《かねもう》けってか。文化《ぶんか》がテクノロジーのように時間とともに加算《かさん》されて、日進月歩《にっしんげっぽ》で進歩《しんぽ》するとでも思っているのか? さすが退化《たいか》した、よゆう世代《せだい》は違《ちが》うな。(笑)」
「生まれた時からって、――だったら、おれらに責任《せきにん》ないじゃん。むしろアンタら前の――」
 ダイはとちゅうで、だまってしまいました。彼は、みょうに今日にかぎって、チェロキーが煽《あお》ってくることに気づきました。
「なんだ、きゅうに無口《むくち》になったな」
「ま、いいか。そういうことにしとくか」
 チェロキーは肩《かた》をすくめました。
「なんだよ、それ」
 と、ダイ。
 もとはと言えば、ソルによって引きおこされた騒動《そうどう》なのに、まるっきり、かやの外でした。彼はわれとわが身をもてあまし、大人たちの口げんかの行く末を、みまもっているしかありませんでした。
「ちょっとぉ、ケンカは終《お》わったの? はやく本題《ほんだい》に入りましょうよ」
 小康状態《しょうこうじょうたい》に入り、やっとママは、口をはさむことができました。
 チェロキーはあくびして、
「なんだったかな……ああ、そうそう。ガキのことか。で、どうするんだ? なにか良い対案《たいあん》でもあるのかな?」
「それより、あんたなんか、さっき言いかけたろ、そっちを先にしろよ」
 トゲトゲしく、ダイが言いかえしました。
 チェロキーにしろダイにしろ、だれにしたって同じことですが、ここでの「個人《こじん》」に踏《ふ》みこんだコミュニケーションは、好《この》むと好《この》まざるとにかかわらず、こうならざるをえませんでした。
 ちょっと、ほほえんでから、チェロキーは言いました。
「この船《ふね》はつかえないんだろ?」
 ダイがなにか言いかけると、「まあ、まあ」と手で抑《おさ》えるしぐさをして、
「べつにおれは、こんなガキどうなっても構《かま》わんが、なんにしたって、やっかいごとに巻《ま》き込《こ》まれるのはゴメンだ。それは、おまえらも一緒《いっしょ》だろ?」
 間をおき、
「そこでだ、一つ提案《ていあん》があるんだが――」
「おい!」
 ダイが割《わ》って入りました。
「なんだ!」
 怒声《どせい》のチェロキー。
「うしろ」
 ヘイタンな声で、ダイがアゴをつき出しました。
 チェロキーがふりかえると、紺色《こんいろ》のジムニーが、彼のジープの後ろにつけるところでした。
「チッ、見ろ! お前らがモタモタしているからだ」
「知《し》らんよ!」
「とりあえず、ガキを船《ふね》に入れろ。まだ見られていなと分かったら、しらばっくれろ、いいな!」

 銀行屋《ぎんこうや》が腕《うで》でバッテンをつくり走ってきます。
「出すな! 出すな! おーい出すな! まだ出すなよ! 船《ふね》は出すな!」
 息《いき》せき切らして走って来た銀行屋《ぎんこうや》を、ダイとチェロキーの二人でむかえました。
「よかった。とにかく、このままにしておいてくれ。あの子がきても、しばらくは中止《ちゅうし》だ。計画《けいかく》は保留《ほりゅう》のままだ」
 ダラダラ汗《あせ》をたらしながらしゃべり、ぐっと、息《いき》をのみました。
「いいな、中止《ちゅうし》だ! 中止《ちゅうし》! とにかく、まだ船《ふね》は動かさないでくれ!」
 一気に言い終えると、銀行屋《ぎんこうや》は、われにかえりました。
「なんでおまえら、ここにいる! 子度藻はどうした?!」
 ダイとチェロキーは二人して、肩《かた》をすくめました。
「なにやってるんだ、聞いているのか!」
「聞いているよ」
 他人ごとのようなダイ。
 銀行屋《ぎんこうや》は車《くるま》から走ってくる間、船《ふね》が動きだすことに気が気ではなく、人など見ていませんでした。
「お前も、なんでここにいる!」
 こんどはチェロキーにむかって、どなりました。
「うるさいよ。なんかやらかして、年下の女の上司《じょうし》にでも、大目玉《おおめだま》食らったか? 昼間《ひるま》っから酒《さけ》くせえな。目ぇ血走《ちばし》ってんぞ、おい(笑)」
 チェロキーは冷静《れいせい》さを失《うしな》わせようと、銀行屋《ぎんこうや》を煽《あお》りにかかりました。
 銀行屋《ぎんこうや》はジロリと、チェロキーを見すえました。口からツンとするあまい息《いき》がもれ、目は赤く、すわっていました。まともな人間なら、あいてにしたくない状況《じょうきょう》です。
「なんだとう、おい! なんでお前まで、ここにいるんだ! こんなとこで油売《あぶらう》ってるヒマがあったら――」
 ピタッと止まりました。
「おまえらが、ここにいるってことは」
 銀行屋《ぎんこうや》は走りだし、タラップに手をかけました。
「おい、どこへいくんだ!」
 二人の顔色《かおいろ》が変わり、ダイが怒鳴《どな》りました。
「べつに~」
 ニヤニヤしながら階段《かいだん》を上がっていきます。
 どん、とぶつかって、見上げました。
「なにやってんのアンタ! 酒《さけ》クサイわよ! なに昼間っから飲《の》んでんの!」
「どけよ!」
「まだ、準備《じゅんび》すんでないわよ!」
「いいから、どけ!」
「ちょ、ちょっとぉ」
 ママを強引《ごういん》におしのけ上がると、乱暴《らんぼう》にドアを開けました。
 ガランとした船内《せんない》。ダンボールが片側《かたがわ》の壁際《かべぎわ》に、山とつまれていました。
 闖入者《ちんにゅうしゃ》のように、あっちこっち、引っかきまわします。ふとんを上げ、ベッドの下をのぞきこみ、シーツを引っぺがし、イスをたおして机《つくえ》の下をのぞきこみ、くくりつけの棚《たな》の小さな抽斗《ひきだし》から、冷蔵庫《れいぞうこ》の野菜室《やさいしつ》のトビラまで、開くものはぜんぶ開けて調《しら》べました。
「ふーふー」と荒《あら》い鼻息《はないき》で、たちまち、船内《せんない》に酒気《しゅき》が充満《しせゅえまん》しました。ダンボールの山をくずすと、ガムテープもはがさず、つぎつぎ上面を破《やぶ》って開けてゆきます。
「ちょっとぉ、荒《あら》っぽいことしないでよ!」
 やっとそこに気づいたのか、ステンレス鋼《こう》のハッチを開け機関室《きかんしつ》にもぐりこみ、しばらくの間、モグラのように這《は》いまわっていました。
「お~い。なにやってんだ(笑)」
 上からダイが、よびかけました。
「うわっ、くっせぇ。あんたの息《いき》で充満《じゅうまん》してるよ」
 首《くび》を引っこめました。
 ややあって、おじさんは、ばつがわるそうに出てきました。
「水を一本くれ」
「備蓄《びちく》よ」
「いいから。どうせあんたのことだ、腐《くさ》るほど持ってきたんだろ」
 そういって、ダンボールから水をとりだし、ごくごく飲《の》みはじめました。
「ふん、いいさ。むしろ、いない方が――」
 といったきり、空《から》になるまで飲《の》みつづけました。
 ふーっと、一息《ひといき》つくと、ダイにむきなおりました。
「で、なんで、お前はここにいるんだ?」
「なんでって――」
 答《こたえ》を用意《ようい》しておくのを、ダイはすっかり忘《わす》れていました。ドギマギしつつ、
「イヤ、そっちこそ、なんで連絡《れんらく》をよこさないんだ? あてずっぽうに捜《さが》したって、そんなカンタンに見つかるわけないだろ」
 逆《ぎゃく》キレぎみにいいました。
「だからって、なんでここにいるんだ?」
 毒気《どくけ》がぬけたように、冷静《れいせい》になった銀行屋《ぎんこうや》。
「あんたんとこに行く、より道だよ。二人とも」
 チェロキーが、たすけ舟《ぶね》をだしました。
「なんだよ部下《ぶか》かよ。オレはあんたの僕《しもべ》かよ。こっちは善意《ぜんい》で参加《さんか》してんだぜ。あんたらとは、事情《じじょう》がちがうんだ。いやならやめようか?」
「お前は?」
 ふりかえって、チェロキーにたずねました。
「だから、さっき言ったろ。オレの話《はなし》はムシかい(笑)」
 銀行屋《ぎんこうや》はダイをにらむと、視線《しせん》をチェロキーにもどしました。
「大荒《おおあ》れだな」
 チェロキーは、ほほえみました。
 うすい棚《たな》のでっぱった台《だい》に、あさく腰《こし》かけ、びどうだにしない銀行屋《ぎんこうや》。不気味《ぶきみ》なほど落ち着いた彼は、まっすぐ、チェロキーを見かえしています。
 ごうをにやしたチェロキーは、少し声をあらげ言いました。
「おまえは何だ? 何様《なにさま》だ? ――いや、よそう。ヨッパライと議論《ぎろん》しても、はじまらないからな。それより、ガキはどこにいるんだ? お前が指示《しじ》する役目《やくめ》だろう? 頭《あたま》のお前がよっぱらっていたら、手足のおれらは埒《らち》が明かないんだが?」
 銀行屋《ぎんこうや》は大きく長い息《いき》を吐《は》きだすと、空《くう》を見上げました。
「想定外《そうていがい》のトラブルがおきたんだよ。今は、あの子の居場所《いばしょ》は分からない」
 間をおき――
「な~に、食うもんなくなって、腹《はら》がへったら、そのうち帰ってくるさ。そっちは気長にまてばいい……」
「そっち?」
 よけいなことは言うなと、銀行屋《ぎんこうや》の背中《せなか》ごしで、ダイに目くばせするチェロキー。
「とにかく、子度藻のことはもういい。もう解散《かいさん》してくれ。ごくろうだったな」
 力なく立ち上がると、おじさんは引き上げていきました。


「もう、いいわよ」
 ママは海をのぞきこんで、いいました。
「あら、いないわ」
「だいじょうぶかよ、溺《おぼ》れたんじゃぁ――」
 ダイがいうと、
「泳《およ》げるって、いったのに!」
 キョロキョロする、ママ。
「あ、あんなとこぉ!」
 ソルは、こちらにむかって、歩いてきました。彼は小さな船着場《ふなつきば》に、くくりつけられたタイヤを足がかりに、なんとか自力《じりき》ではい上がったのでした。エリゼの必須《ひっすう》共有《きょうゆう》で、着衣水泳《ちゃくいすいえい》をやらされたおかげでした。
「ホーッ、ホホ」
 口もとに手をあて、
「アタシが|もと《・・》男でよかったわね。水音立てないように、はいつくばって片手《かたて》で海に落としたのよ」
「さすが、ゴリラなみの腕力《わんりょく》」
「ちょっとぉ、よけいなこと言わないでよ。ここは褒《ほ》めときゃいいの」

(他サイトでも投稿しています。)

←戻る みなし児ヴィデオ・オレンジ 37 (オンショア(海風))
→次へ みなし児ヴィデオ・オレンジ 39 (船上会議)