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マンガにはストーリー、共感、感動はありません。 小説には、それらしきもの(捏造への意志)があります。

小説

みなし児ヴィデオ・オレンジ 1 (目覚め 1 エリゼ)

スマホ640pix



      目覚め 1 エリゼ



 ざわめきが、イシキを形づくっている。朝。いやおうなく朝だ。彼は目覚めた。古い今日が過ぎ去り、もう新しい今日がきた。ま た一日が消化されるのをまっている。彼は今日を更新しかねて、目をつむったままでいた。この在り様を、どのタイミングで今日にのせるか、はかりかねてい た。結局あきたので、その体を起き上げることに「ソル」として、同意した。



 ゆっくりと、時間をかけてあくブラインドが、もう開ききっていました。おさえたトーンのささやきから、ざわめきへ。子らのおしゃべりと空調くうちょうに、しずかなペールギュントのしらべがまぎれています。

 子らがおきだしました。ベッドでねむっている子。長イスにねむっている子。ゆかに、じかにねむっている子もいました。ゆかは足が しずむほど、やわらかです。みんな、チュニックみたいな服を着ていました。ベルトのないスソ長で、あわい色の、色ちがいを着ています。それをスポンと、ア タマからかぶっています。

 とくに、ソファやユカでねむっている子には、かわったかっこうの子が、たくさんいました。黄色と黒のタオル地のつなぎに、つづれおりのシッポと、耳つきのフードをかぶった子。原色のセーラー服をきた、みじかいスカートの子。第三帝国軍だいさんていこくぐんふうふうの、カッチリとした制服せいふくに、制帽せいぼうと、赤い腕章わんしょうをつけた子。ギザギザのセビレと太いシッポで横むきになり、その口から顔の出た子。カイジュウの目が、チカチカ光っています。

 おはようのあいさつが、あちこちから、こだまします。みぢかな友だちにではなく、小さな黒い球体きゅうたいに、あいさつしています。フワフワ、みんなの体のまわりにうかんでいるそれは、おもてはツルっとしていて、ハニカム(ハチのす)のラインが入っています。一人につき一コずつ、子らのまわりにうかんでいます。それは電話でんわにもなり、ここにはいないだれかさんとも、おはなしできました。

 そのときのしゅんの ナカマとの、おしゃべりがはじまりました。みんなのおしゃべりの合間に、ソルは着がえます。うすくすける生地と、すけない水色の生地をあわせた上着。それ に白っぽいホットパンツと、インディゴ・ブルーのスリッポン。彼はあいさつがキライだったから、しなくていいようにしていました。



 ソルは休息きゅうそくルームのはしをとおって、ゲートへむかいます。ひかえめなヘヤの内装ないそうのなかで、ひときわ目だつカベの前に、さしかかりました。

 カベはぜんぶ、スクリーンになっています。今週のテーマは、海の世界でした。カべいちめんにピンクの海が、えがかれています。光のスペクトルみたいに、ゆらめく海藻かいそう。アコヤガイのおさらをはみ出した、にじ色のしんじゅ。ジェリービーンズのような七色の小魚と、海のけものたち。それらにまじって、空想くうそうの生きものもいました。クレヨンタッチの絵は、子らがテンプレとトレースをくしして、手をよごさず、空間くうかん素手すででえがかれました。

 ソルはつよく、せなかをたたかれました。

「かってに、一人でうろつきまわらないでね。まったく」

 ジュリでした。シッポのみじかい、そめた赤毛のポニーテール。ソルと色ちがいのジャケットをきています。ペール・オレンジにすけた生地きじと、テロテロのパウダー・ピンクの合わせ地。白っぽいホットパンツと、クリーム色のスリッポンをはいています。

「あんたが一人でいるってことは、こっちもジドーテキに、一人でいるってことになるの」

「わかる?」

「……」

 彼はカオナシの、モノと化しています。

「えー、わたし今すっごい、こどくキャラなんですけど!」

「ぽふっ」

 くぐもった音でおしゃべりがやみました。ろうかに引かれたセンターラインりょうがわの、みんなの視線しせんがあつまります。その視線しせん放射線ほうしゃせんせんのちゅうしんに、一人の男の子が立っていました。今日のピエロかヒーローか、みんなのねぶみが、彼にささります。

 みんなは彼に半分の自分を見る。ソルはそれいじょうに見る。だから彼は前だけ見て、そそくさ、足早にそこを立ちさります。彼のきらいなラベンダー(心をおちつける作用があります)のかおりがはなをつくのは、さけられませんでした。

 ろうかは、特殊表面加工とくしゅひょうめんかこうされていて、うわばきは、それへ、ほどよくグリップします。それでも、ころぶ子はいました。想定そうていされる0ではない事故確率じこかくりつと、最悪さいあく結果けっか。そのためのエア・バックがありました。ゲルシートのゆかは、のっぺりとしてこころなし、しめっています。その見えない切れ目から、しゅんじに、ふうせんがふくらみました。もっとも、かどの安全バイアスのせいで、結果誤作動けっかごさどうは、仕様いつものことでしたが。

 この建物たてものの中には、センサーが毛細血官もうさいけっかんみたいに、はりめぐらされています。それをいってにとりしきっているのが、黒い球体きゅうたい「カンオン」でした。それはにしてぜんぜんにしてとして、機能きのうしていました。カンオンとは、その総体そうたいのこともさしていました。

 ソルは、なだらかなカーブにさしかかります。りょうがわのカベのめんは、とてもやわらかくできていました。もし、ぶつかったとしても、体がスッポリかくしてしまうほどの弾力だんりょくで、うけとめてくれました。そのパターン認識にんしきでは、エアバックが開かないのをしっている子らが、よくぶつかりごっこであそんでいました。ゆるく設計せっけいされたカーブでは、走っても死角しかく発生はっせいしませんが、半透明はんとうめいのカべが、つねに先まわりの映像えいぞうをていきょうしていました。



 ソルたちの今いるところは「エリゼ」とよばれる、解放区かいほうくです。解放区かいほうくとは、みなさんの通う学校と、みんなですむ大きなお家を、たしたようなものです。よりせいかくには、建築物けんちくぶつではなく、その敷地しきちと、そこに立った構造群こうぞうぐんのことをさしていました。

 ソルがはじめてエリゼにきた日、それは彼にとって、気がとおくなるほど、はるか昔のことのように感じられました。「すぐ帰れる」と彼は、なぜか、ばくぜんと思っていました。その不可逆性ふかぎゃくせいに気づいたとき、自分が無限むげんに引きのばされる、細い糸になったような気分になりました。

 解放区かいほうくは、「子」の時間を保障ほしょうする、子らのトポスいばしょとして誕生たんじょうしました。「子」というとくべつな時間のために、それはありました。ここエリゼには、子らと、かぎられた大人しかいませんでした。




 ジュリが透明とうめいな、しきりゲートをとおって、まだ女子でうまりきっていない、前れつの席につきました。ゲートといっても、ゆかにデコボコのないバリアフリーの、アーチじょうのくぐり門でした。ルームきょうしつのかべは、こしほどの高さしかありません。半透明はんとうめいなカベにそれがかかっていました。

 ジュリは、とおまわりになるのに、わざわざソルの横をとおってすわりました。ソルを見ないよう、まっすぐ前をむいて。彼はそのいとに、きづきませんでした。さっきのそうどうの時にも、ジュリは一番前にいました。たいがい、イベントごとの前列ぜんれつは、女子でした。ハン(班)になる時いがいは、席じゅんは自由じゆうでした。

 ジュリは、ソルの「ソウルメイト」です。ソウルメイトとは、ハンのなかの異性同士いせいどうしの子が、かわりばんこで組むパートナーです。みなさんのいう友だちは「ナカマ」にあたり、親友は「ホントノナカマ」とよばれたりします。


 乳白色アイボリーでまとまった、六面の空間。あわく色ちがいのボールいす。いすの合間に、もうしわけていどの、まるみをおびた小さなテーブル。その上にうかぶ、やや大き目のカンオン。ここは、ルームとよばれています。ルームというのは略称りゃくしょうです。ただしくは、共有空間きょうゆうくうかんといいます。共有きょうゆうとは、みなさんが毎日うけている、授業じゅぎょうとおなじことを意味いみします。


 ざつだんにふける子らは、みんな手ぶらでした。フキダシのバルーンが、ルームの天井てんじょうまで、ギュウギュウにつまっていました。

「ガヤガヤガヤ……」

 大人がはいってきました。

「おはよおぉ」

「おはよう、シュザンヌ。」

 子らが、へんじをかえします。

「おはよおぉ、○○」

「あ、おはよおぉ、○○」

 前に出したりょう手をこきざみにふり、あいさつの後に、その子の名前をそえます。

 シュザンヌ(28)は、キャッチャーです。キャッチャーとは、みなさんの通う学校の、先生のつとめにあたります。児童じどうの方をさすことばは、ともだちの言い方とおなじ「ナカマ」とか、「一員いちいん」といいます。キャッチーもふくめ、いつもみんな、ファーストネームでよびあっていました。

 ルームのすみっこにはもう一人、べつの大人の人が立っていました。コーディネイターの彼女は、一般公募いっぱんこうぼからえらばれた、ミドル中年女性じょせいです。コーディネイターとよばれる彼女らの、その審査基準しんさきじゅんは、せけんのなぞでした。いつもきまったような人ばかりなる、と他の大人たちがいっているのを、ソルはきいたことがあります。子らに「よりそう」のが、その役目やくめだとか。じっさいは、子らとざつだんするていどで、これといったことは、とくになにもしていませんでした。よくわからない、あいまいな存在そんざいで、ソルだと、彼女の名前もしらなかったし、はなしたことさえありませんでした。

 シュザンヌは、一人一人とあいさつをかわし、おしゃべりをしてまわります。その足どりはいっけん、のたくってみえます。彼女は動作経済どうさけいざい最少単位さいしょうたんい、サーブロックにしるされた、地図の道じゅんにそって歩いています。各動作かくどうさ時間配分じかんはいぶんと、会話かいわメソッドなどがもりこまれたそのライン工程こうていを、一週間のワンセットでループしていました。

 カンオンが空中で、ガイドラインをうつしています。シュザンヌの正面からしか見えない「視野角しやかく0度」で照射しょうしゃされていました。あらゆる備考びこうと、アシスタンス情報じょうほうが、その道々にころがり、すべきことの優先順位ゆうせんじゅんいが、色わけされたブロックごとにうかんでいました。

 そのラインの先導者アイコンとして、彼女が設定せっていしたのは、懐中時計かいちゅうどけいをもったスーツすがたのウサギ、あわてんぼうのハンスでした。ちょっと、おっちょこちょいな彼がライン上を、とんだり、はねたり、うたったり。彼の軽率けいそつなしくじりが、彼女の心をおちつかせる作用さようをもたらすと、期待きたいされました。

 ときには、脳波のうは血圧けつあつ体温たいおんSpO2(血中酸素飽和度)などで、彼女の心をよみとり、いっしょに泣いてくれたりもしましたっけ。ハンスはキャッチャーとしての彼女を、つねにはげましつづける、心強い伴走者パートナーでした。


 ソルはこの朝の時間がきらいでした。あいさつじたいが、きらいでした。

「おはよおぉ、ソルゥ」

 子らと目せんを合わせるために、彼女はかならず、しゃがんでからしゃべります。そういうキマリでした。

「ソルは、あいさつしないのぉ」

 むねのあいた、ベビーピンクのフリルブラウスつきスーツ。ラメ入りフェイスパウダーで、目のまわりをキラキラさせ、耳にはペール・ピンクのワイヤレス・イヤホン。おかしみたいなグルマン系の、ヴァニラのかおりをただよわせています。

「オハヨ」

 たんぱつでかえすソル。

「おはよおぉ」

「……」

「……」

 しばらく間があきました。この世界の人たちは、沈黙ちんもくをひどくおそれますが、それに対してソルは、無頓着むとんちゃくというか無責任むせきんでした。

 キャッチャーは、キャッチャーどうしみんなで共有きょうゆうする、あるノートをもっています。ノートといっても、形がなく、だれのもち物でもありません。カンオンがまとめた情報じょうほうを、キャッチャーどうしのみ閲覧えつらんできる、秘公開ひこうかい個人情報こじんじょうほうでした。それをキャッチャーの前で、プライバシー角度の視野角しやかく0度でうつすのです。

 そのノートのなかの、ソルのフォントの色は、他の子と少しちがっていました。彼をふくめ、三分の二いじょうが、チャートに色わけされていました。

 キャッチャーにはノートがあり、サーブロックによるノウハウがあり、なにより全体をみはからう、カンオンのアシストがあります。コトバのつぎほに、こまることはありません。

「ソルの足には、ハネが生えてるのぉ?」

「……」

 かた足をひきかけ、やめました。彼は濃紺のうこんのフェイク・デニム地のクツをはいていました。その左右の外がわに白いはねが、FONDAのエンブレムみたいに、プリントされていました。

「自分でやったのぉ?」

 くびを横にふりました。

「ふぅーん」

 ほめられるのをさけるために、彼はウソをつきました。だって、クリックしただけですから。でも、ここでは「えらぶ」と「する」は、おなじことなんです。

「すっごい、センスいいねぇ」

「ねぇねぇこれ見て!」

 パッと、タイトスカートの足を上げます。ローズレッドのハートに矢がささり、一対いっついの白いはねが生えています。ふとももの内がわの、アンジェリークなピンポイント。でもなぜか、すぐに足をひっこめました。

「あ、はい」

「あ、はい」

「はい」

「はい」

「はい」

「はいっ」(語尾上がり)

 うってかわってシビアな声。なにやら、あわただしいシュザンヌ。

「……」

 むかんしんなソル。

 ちんもく。数秒間すうびょうかん放送事故ほうそうじこをへて。

「フフフ」

 シュザンヌはとつぜん、わらいだしました。

「?」

 びっくりするソル。

「もぉー、やめてよぉー、フフフフフ」

 彼女はやおら、おすように彼をこづいて、ほほえんでみせました。

「……」

 たましいが合理的ごうりてきにできている彼は、わらいませんでした。わらえばいいとおもうよ、ソル。

 おそらく状況じょうきょうからさっするに、コモンからのしじが、彼女のワイヤレス・イヤホンに、とんだものとおもわれます。

 コモンは別室べっしつにいて、いくつかのルームを、モニターチェックしています。登録とうろくされたキーワード、ポリティカル・コレクトネスでないコトバ、イレギュラーな挙動きょどうに、期間契約きかんけいやくソフトが、画面上の色と音で反応はんのうして、観察者かんさつしゃにしらせるのです。

 コモン、キャッチャー、コーディネイターの三位一体さんみいったいによって、責任せきにん所在しょざい負担ふたん分散ぶんさんさせる、大人のちえでした。

 さあ今から、たいくつな共有じゅぎょうの時間のはじまりです。


(他サイトでも投稿しています。)

→次へ みなし児ヴィデオ・オレンジ 2 (目覚め 2 惑溺)

みなし児ヴィデオ・オレンジ 2 (目覚め 2 惑溺)

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      目覚め 2 惑溺


 アスペクト比2. 35:1のスコープ・サイズのマドわくが、カベのサイズで、はまっています。レースのような白紗はくさのかかったマドをすかし、ヘヤいっぱいをみたした、やわらかな外光。ハメゴロシによって遮断しゃだんされた外の空気くうき。耳をすましてもきこえない空調くうちょうが、時々わすれられないように、小さく咳込せきこみます。ここでは空気くうき流体りゅうたいではなく、固体こたいであるかのようでした。ソルは水色の空を、ぼんやりながめていました。

 いきを止め、目をこらすと、たゆたう雲が東へむかうのがわかります。いきを止めれば雲は死に、雲を生かせばが身のほろぶ、なやましさ。

 みはるかすクラランの街。建物たてものの間から散見さんけんされる、ターマ川のかがやきき。ここからはまだ見えない、そのすぐ先は、開放水域かいほうすいいきの海です。野外では風むきによって、かすかに、しおかおりがすることもありますが、ハメゴロシのマドの中までは、とどきませんでした。  

 浚渫船しゅんせつせんがターマ川を、ヌルヌルゆきかいます。これらの船に、仕様用途しようようとはありません。ただ、動いているだけです。船は無人むじんで、川底かわぞこをさらうこともなく、Nゲージのように、目をたのしませるモノとしてありました。

 船はほんらいの目的もくてきである、川の浄化じょうか終了後しゅうりょうごものこされ、環境復帰かんきょうふっき記念きねんモニュメントとして、一部をのこし、そのまま運航うんこうをつづけていました。まっ白な船体せんたいに、CCRとロゴが大書きされています。その下に「信念をもって、清らかな水を甦らせる」とありました。かたいかざりは、いつもパンパンにふくらんでいました。


 いつものように、ソルの心は共有(授業)からはなれ、一人歩きをはじめていました。

 空想のなかで、ソルは船長せんちょうだ。黒い眼帯がんたい義足ぎそくのかた足、極彩色ごくさいしきのオウムをかたにとめている。ふねはモクモク、ドライアイスのケムリをはき、彼はスパスパ、チョコのパイプをふかしている。

 操舵室そうだしつからデッキを見おろせば、青縞ストライプのシャツとバンダナの、黄色いレゴの水夫すいふたち。アサのロープをたぐる者、下ろしたをつくろう者、二人がかりで酒樽さかだるをころがす者。日ごろの言いつけをむしして、イノチヅナなしで、マストによじのぼっている者もいた。彼は手下てしたどもに、げきをとばす。


「きけ、今あかす」

目的地もくてきちは、のろわれし宝島たからじま!」

「かくじのかみにいのれ」

かみなきものは、未来あすに生きよ」

「なにもないものは、死をごうとせよ!」


 クロス・ボーンのドクロがメインマストをかけ上がり、てっぺんでひるがえった。

 ラッパ口の伝声管でんせいかんにパイプをたたきつけ、彼ははいを足でもみ消すフリをした。舵輪だりんに手をかけ、チェーンでつるされたゴールデンリングをひっぱると、汽笛きてきにオウムがとび立ち、ヒワイなファンネル・マークの煙突えんとつが、ゆげのような白いケムリをはき出した。



 夜ふけて彼は一人、船長室せんちょうしつ。オウムのハーロックをなでながら、すすけたランプをひきよせ、松本零士まつもとれいじのコミックのナレーションっぽい、はしのやぶれた秘密ひみつ海図かいずをひろげていた。

 もう見あきた海図かいずをみるともなしに、もの思いにふければ、こみ上げてくる、わかき日のかがやきと蹉跌ざせつ。めぐりくるであろう因果いんがのゆくすえ。

「ドッ」

 ふね胴体どうたいをゆさぶる、怒声どせいとわらい声。

「そりゃ、だれかがてば、だれかがけるさ」

 そう、彼はつぶやいた。

 かんおけみたいにデカい、キズだらけのつくえの上の山。くずれるようにかさなった海図かいず古地図こちず古文書こぶんしょ羊皮紙ようひし、紙のはしきれ。それに、望遠鏡ぼうえんきょう、コンパス、ハネペン、インクつぼ、四分儀しぶんぎ六分儀ろくぶんぎ、色あせたセピアの地球儀ちきゅうぎ

 ホヌ(海亀)の甲羅こうらのハイザラで、とうにえたパイプ。もう船が、かすかにきしむ音しかしない。彼は立ちあがって、サイドボードに歩みより、いのちの水をあおった。




 ×月○○日 べたなぎのおきにとりのこされて、三週間あまりの一月足らず。船はイカリをおろしたように動かない。おきは海の砂漠さばくだ。すっぱくなった水がわりのビールも、のこりわずか。河口かこうからとおくはなれ、魚いっぴき、いやしない。

 そもそも今回は、出だしからうんがなかった。かくれ小島こじま基地きちを出たとたん、海軍かいぐんとハチアワセ。からくもまいてにげたが、砲撃ほうげきにより、船は破損はそん浸水しんすいをまぬがれず、水夫すいふ二名がフカのエサとなった。

 借金しゃっきんがかさみ、もう後もどりはできない。船内せんないではささいなケンカがたえず、病人びょうにんがではじめた。雨のふる気配けはいもない。すでにたからのろいいにかかっていると、なきごとを言い出すヤカラもでるしまつ。この先の航海こうかいにさらなる暗雲あんうんがたちこめる。




 ×月○△日 とつぜんヘヤの中が暗くなった。日ぐれにはまだ早い。ほほをマドにおしつけのぞきこむと、鉛色なまりいろの海がわき立ち、空が暗い。あらしの前ぶれの気配けはい。いそぎかけ上がりドアを開けると、突風に巻かれた。

 生臭く、湿った空気。カミナリを孕んだ黒雲。うねり狂う海。風紋が横に走る壁波が、眼前にそそり立つ。船は大波をよじ登りはじめ、泡立つ頂点へ至る。あまねく三角波を見はるかし、待ち受けるコンクリートの海面へ真っ逆さま。


「ギャーーーーーース」

 雷鳴と雄叫び。

 雷雲と見誤った、灰色の羽毛に覆われた翼は水平線を隠し、青白い光を帯びて羽撃けば、轟と共に海神の三叉の鉾を落とす。

 一羽撃きで小舟を空へ吸い上げる竜巻は、帆をズタズタの端切れに変えていた。甲板に水夫の姿は見あたらず、何人海にのまれ、空へ舞ったか分からない。上も下もなかった。

 マストも舵も折れた。泡立ち逆巻く波は、見る間に黒い大渦巻メイルストロームへと変貌する。船は軌条の上を引っぱられるように、なすすべもなく滑り、黒い螺旋の溝を止めどもなく落ちてゆく。死が彼の鼻先をかすめ、あまい香りが漂いはじめた……


「…………ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ」

「ソルゥ」

「ねぇ」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ」

「……」

 目の前を、フリルでもられたペール・オレンジにくいろの山が、さえぎっています。よく見ると、タマムシ色のムネのブローチは、カブトムシらしき形をしていました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「やくそくしたよねぇ、他人ひとのはなしは聞こうってぇ」

「……」

 はなしなら聞いてたじゃん。とソルは思っていました。みみでなら、たしかにそうかもしれません。でも彼女が問題もんだいにしているのは、おそらく、その姿勢じょうしきの方なのでしょう。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

共有きょうゆうのさいちゅうはぁ、ボーッ、としないってぇ」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 シュザンヌが、ラメでキラキラした目をパチパチさせながら、しゃべっています。

「ソルはぁ、わかっているのかなあぁ?」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 ソルはシュザンヌの、はなだけ見ていました。そうすることで、ちゃんと聞いているように見えるからです。

 顔のまんなかに鎮座ちんざするそれは、とてもキミョーに見えます。その形はなんだか、原始的げんしてき生物せいぶつに、見えなくもありません。その下でパクパクうごく口は、ガイコツのフレームに、ゴムがわがかぶさっているよう。口もとにあるホクロに、ファンデーションが半分かかって、こなをふいているみたいでした。

 ソルなら、話はちゃんと聞いています。数々かずかずのニガイ経験けいけんから、彼はある経験則けいけんそくをえました。それは自分が思うこと、することが、他人ひとにはかならずしも、そうは見えないということでした。することより、見せること、そう見られることの大切さ。それが今到達とうたつした、彼のおさないマキャベリズムでした。はなを見るという、彼の個性こせい穴埋あなうめするメソッドは。それは共感きょうかんからはぐれ、そん体験たいけんをつみかさねてきた、彼なりの処世術しょせいじゅつでした。ソルは、時々視線しせんを外さなければならないことも、心えていました。まえにじっとはなを見つづけていて、大人の人におこられたことがあったからでした。人のはなというのは、見つづけては、いけないらしいのです。


「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」


 ルームはいつも、にぎやかです。子らは沈黙ちんもくをおそれるかのように、四六時中しろくじちゅう、ワイワイガヤガヤしています。キャッチャーが共有きょうゆうから、それたとたん、子らのオシャベリのボリュームが「ワッ」と、いちだん上がりました。シュザンヌの目をはなれ、背後はいごで二人の子がさっそく、ふざけあいをはじめました。

 現在進行形げんざいしんこうけいでカンオンは、全方位録画ぜんほういろくが安全あんぜんチェック、情報じょうほうのアーカイブ化と編集作業(ポリティカル・コレクトネスや、コンプライアンスなどが含まれます)をおこたりません。ですがそれらすべてを、人間の目が最終確認さいしゅうかくにんして、すべて対処たいしょしきれないのも、子らは空気なれでしっていました。カンオンの物理行動ぶつりこうどうは、帰属主きぞくぬしにつくための空中移動くうちゅういどうに、ほぼかぎられています。あるとき口のわるい子が、カンオンのことを「げ口やろう」といったのを、ソルは、はっきりとおぼえていました。

 人々にとって、アーカイブ化は空気くうきでした。むしろ、されないヤバさに、ふるえました。セピアにならぬ、クリアーでシャープな思い出の画像たち。その気がとおくなるような、ぼうだいなりょう不慮ふりょ事故じこ人為じんいによる喪失そうしつなどをおそれつつ「いっそのこと一辺全部いっぺんぜんぶなくなってしまえ」そんな期待きたいをしているフシも、ないような、あるような……

「ドコかで、ダレかが、ナニかによって、ジドウテキに、そのツド、コマメに、バックアップしてくれているハズ」

 その気になれば、過去時かこ知識ちしきは、いつでも復元可能ふくげんかのうなはずと、みんなタカをくくっていました。


「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 シュザンヌは正面しょうめんからソルにむき、ひざに手をあて、中腰ちゅうごしのままでいます。騒音そうおんのせいでしょうか?  それとも彼の個性こせい一時いっとき感化かんかされたのでしょうか、会話かいわがつづかなくても、いがいとへい気みたいになっています。

「……」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 二人でちょっと、だまっていました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ジュリとは、ちゃぁんと、はなしてるぅ?」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ねぇ、ジュリとちゃぁんと、はなしてるぅ?」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

 もう、ここまでノイズが大きくなると、騒音そうおん沈黙ちなもくのかわりになるかもしれませんね(笑)。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「××★△■○Хと☆◆!」

 基地外じみたキセイが、シュザンヌの背後はいごで上がりました。

「▲◇★☆☆彡◎◆×!」

 それへキセイでおうじたひょうし、背中と背中がぶっつかりました。

「ちゃぁんうっ!」

 シュザンヌの声がふるえ。

「――うんとジュリと共有きょうゆうしてるぅ?」

 いいつづけた後、ニガわらいでフリかえり。

「んんもぉう、ダメじゃない」

 ソルにむきなおり。

「ジュリと共有きょうゆうしているぅ?」

 聞きなおしました。

「……」

「……」

 ジュリの方をむき。

「ジュリィィー、たのむよぉー、ジュリィィー」

 りょう手を合わせ、おねがいポーズでいいました。

「ふえぇぇぇー?」

 ジュリが大げさにのけぞったまま、ふりかえらず返事へんじをしました。子らの雑音ざつおんをおし分けるような大声で。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「たのむよぉー、ジュリィィー」

 ほほえみながらも、合わた手のひらをハートマークにかえました。

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」

「ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ……」


 連帯責任れんたいせきにんとかいうコトバを、ソルはまだ、しりませんでした。とにかく彼は、はずかしく、それいじょうに、ニガニガしく感じていました。カオナシでいましたが、心の中では「コロス、コロス、コロス」を連呼れんこしていました。

 なぜ自分にだけがあるのか、彼にはわかりません。リフジンというコトバなら、もうとっくにしっていました。いつのころからか「自分のしらないルールから、とりのこされている」と、ばくぜんと感じはじめていました。




 しゃのかかったマドごしに、みどりがゆれていました。イトスギのかたいこずえがかすかにふれ、ポプラが「ザァッ」と、雨のような音を立てました。風が強まったのを、ソルは見てとりました。

「バイン!」

 くぐもった音と同時、電気でんきか落ちたみたいに、マドがまっ黒くなりました。

 ルームは、ちょっとしたパニックになりました。泣きだした子を中心にして、女子がすうグループでかたまっています。男の子たちは、しきりに、今あったことの解説かいせつと、分析ぶんせきによねんがありません。シュザンヌは、アタフタしています。

「どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、ど よ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、ど よ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ、どよ……」

「あーうるさい。うるさい、うるさい。とにかく、うるさい!」

 心の中で、さけびつづけるソル。彼はほんとうに、うるさいのが大キライでした。このうるささにも、彼は関与かんよしていませんでしたが。


 ちょうどさっき、彼は見ていました。マドが暗くなる直前ちょくぜんでした。なにかが、こちらにむかってんできたのを。それほど大きくないモノが、放物線ほうぶつせんではなく直線的ちょくせんてきに、もうスピードでマドにぶち当たるのを。しゃのかかったマドごしでは、ハッキリしませんでしたが、彼には思うところがありました。

 クルクルまわる青い回転灯かいてんとう。スパイダーがたのロボットが、マドごしにあらわれました。ときおり見かけるそれは、子らにとってのアイドルでした。たちまちハメゴロシのマドに、むらがる子らと大人二人シュザンヌとコーディネーター。ボールにだけあつまる子のサッカーのよう。

 クモはおなかから、白いアワをふきだしました。

「プビョプビョプビョ」

 黒い吸盤きゅうばんのクモは、なぜか六本の足ではりつき、密着みっちゃくした真空状体しんくうじょうたいのおなかでブラシを回転かいてんさせながら、いつづけています。

「プビョプビョプビョプビョプビョプビョ」

 子らとシュザンヌは、いつまでも見とれていました。

「プビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョプビョ……」




 共有きょうゆうがおわると、ソルはジュリの目をぬすんで、建物たてものの外にでました。光をうけてかがやかがみのような壁面へきめんが、彼の目にいたくささります。ゆるい、ダ円の花ダンまわりを、うろうろしていました。弾力性だんりょくせいのある擬似ぎじレンガに手をおき、かがんで、ツツジのしげみをのぞきこんだりしました。

 ツツジの花びらには、赤、白、ピンク、ストライプ、まだら、などがあり、かりこまれたえだ先端せんたんには、白いキッャップのツボミがついていました。もともと、ゴムのようにやわらかいえだ品種ひんしゅでしたが。

 かがんだままでいて、つかれてしまいました。クッションのきいた花ダンで一休み。

 立ち上がってまた、さいかいします。ねんのため、予想よそうより、かなりはなれたところまできて、やっと見つけました。

 ゴミかとおもったそれは、たしかに生きています。ソルが、はじめてのあたりにした生きもの。はねのからんだ小枝こえだの中で、ふるえるようにいきづいていました。チャコールグレーの小さいやつ。それも野生やせいの。

「これ、さわんのかよ」 

 はじめて、そのことに気づきました。でも、もう時間がありません、だいぶたっています。しかたなくかくごをきめて、りょう手をつっこみます。

 えだでスソがまくれ、むきだしのうでに、白いスジがつきました。永遠えいえんにとどかないことをねがいつつ、そっとのばしてゆきます。

 鳥はつかんでも、あばれませんでした。地肌じはだちかくふれるゆびはらは、あつく感じるほどです。目をパチパチさせ、クビだけで180度まわります。かれえだみたいな足が、モゾモゾもがいて、くうをつかもうと何度もまるまります。

 このまま、にぎりつぶすこともできると、ソルがかるく圧迫あっぱくをくわえると、やわらかくつまったモノが、反発はんぱつしてきました。命の白紙委任状はくしいにんじょうを手中におさめ、彼の陰嚢と肛門の間アリノトワタリに、微弱びじゃく電気でんきが走りました。

「うっわ、スゲッ」

「うっわ、スゲッ」

 背後はいごからの声に、彼はふり返ります。

 ジュリがとびのき。

「チョっ、こっち、むけないでよ!」

「……」

 人はあいてを全否定ぜんひていしたい時にかぎって、なぜ、ろくにコトバが出てこないんでしょうか?

「げぇー、すげぇー」

「うっわ、すげー」

「……」

「しらないんだ、こんなことして」

「……」

「いいと、おもってんの?」

「……」

「かってなこと、しちゃいけないんだよ」

「……」

 彼は歩きだしました。

「チょっ、どこ、もってってんの?」

 ふりかえって、

「リトリート」

 ――といいました。

 待息所リトリートとは、みなさんの学校にある、保健室ほけんしつみたいなところだと思って下さい。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 3 (目覚め 3 リトリート)

スマホ640pix



      目覚め 3 リトリート



 リトリート(保健室的なヘヤ)には、キャッチャーとしてのドクターがいます。心と体の、いわゆるスクールドクターが、二人ついていました。ソルが鳥をもっていくと、一人だけ、体のドクターがいました。

 体のドクターは男の人です。まだわかい彼のあたまは、その頭頂部とうちょうぶにむかうにつれ、うすくなっていました。あたまのてっぺんで、色素しきそのうすくなったかみが、地肌じはだの色と一体になっています。でもかおは、ホリの深いイケメン風。白衣はくいではなく水アサギ(ごくうすい青緑色)の、サムエみたいなかっこうをしていました。ちなみに、心のドクターの方はサクラ色でした。

「みてください」

 単刀直入たんとうちょくにゅうにすぎますが、ソルのコミュスキルはこんなもんです。

「あーはい」

「それじゃあ君は、手をあらってきて」

 すぐにソルは、そこの洗面台せんめんだいで手をあらいました。なぜかジュリも、つづけてあらいました。

 ドクターは、収納壁しゅうのうかべを開け、なにやらゴソゴソしています。中にはこまごまギッシリ、子○○ベヤのオモチャバコみたいに、いろんなモノがつまっていました。

 じっさい、ほんもののオモチャも、たくさん入っていました。フィギュア、お人形にんぎょう、ドールハウス、ソフト超合金ちょうごうきん、ミニカー、ミニチュア、おはじき、ビー玉、木わく、すなの入ったフクロ、つみ木、レゴ、食べられるクレヨン。

 その他にも、ハコ入りおかしのつめ合わせ、大きい空きカン、生分解性自然にやさしいプラスティックのコップ、結婚式けっこんしきのカタログ引き出物のつまったハコ。未開封みかいふうの中みは、おさらとカップのセットで、チャリティーバザーののこりものでした。ごっこあそびの衣装コスプレには、改革かいかくによって廃止はいしされた、学校時代がっこうじだい制服せいふくや、浅草あさくさでうっているような着物KIMONO、お医者いしゃさんとナース服のセット、患者かんじゃさんようのパジャマに眼帯がんたいとギプス、のにじんだ包帯ほうたいセットといった、メンヘラっぽいものもまじっていました。それにほんらい必要ひつような、着がえ用の服と下着と紙おむつが、ひき出し部分ぶぶんにおさまっていました。一番下のだんには、むかし寄贈きぞうされた、ホコリのかぶった紙媒体かみばいたいのマンガが全巻ぜんかんありました。あせた表紙ひょうしの絵には、スパンコールのついた長いの、黄色い鳥がえがかれていました。「なんか、なんでもあるな」と、ソルは思いました。

 リトリートのカべや、しきりアコーディオンは、おなじみのキャラクターたちで、あふれかえっていました。赤いつりズボンをはいた黒いネズミ、みみのない青い人型ヒトガタのネコ、みみのあるリボンをつけた黄色い人型ヒトガタのネコ、オレンジ色のネコの妖怪ようかい、黄色いトラジマの小型こがたモンスター、せんの多い可動変形合体かどうへんけいがったいロボット、ホストみたいな髪型かみがたのゲームのキャラクター、擬人化ぎじんかされた食べモノのヒーローや、エッチなのりモノたち、まほう少女とアニメ化されたアイドル軍団グループカゲ特殊能力使とくしゅのうりょくつかいと、スポーツマンガの競技きょうぎ超越ちょうえつした、異能いのう選手せんしゅたち…… 子らがテンプレトレース手がきした、つたない絵もそこら中にありました。

 もちろん、この解放区かいほうくエリゼは共有目的機関きょういくもくてききかんのため、特許使用料ロイヤリティー発生はっせいしていません。さまざまな条件じょうけんにもとづき、各企業かくきぎょう加盟かめいするカートゥーン・コンテンツ・組合ギルドをとおして、キャラクター使用許諾しようきょだくと共に、現物トイ些少さしょうのこころざしが、エリゼにおさめられていました。

「あ、イて」

 あたまをぶつけたスクールドクターが、おくの方からハコをとり出しました。

 ドクターがえらんだハコの絵は、ソルの思ったとおり、女の子がよろこぶ方のパッケージでした。ピンクの地にプリントされた、プリケア戦士せんし

 ドクターのカンオンによると、鳥は「カワラバト」という種類しゅるいで、よび名としては「ドバト」がいっぱんてきだそうです。おもに気をつける病気びょうきとして、鳥インフルエンザ、オウムびょう、クリプトコッカスしょう、トキソプラズマしょう、サルモネラきん、アレルギーなどなど、リストがずらずらスクロールされました。ソルたちにも見られるよう、広角照射こうかくしょうしゃされています。ながしているだけのギシキですが。

 プリケアのハコにおさまった鳥は、おちついていました。さっき、CTスキャンと紫外線照射殺菌しがいせんしょうしゃさっきんをした時、ちょっとあばれたので、ソルは少しホッとしました。

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

「♪ユー・ガッタ・メール♪」

 ハネの生えた手紙がとびまわっています。こなゆきがまい落ちるように白いハネが、ヒラヒラとまっては、消えてゆきます。空中くうちゅうのステージでは、みどりのロングヘアーの少女がうたっていました。彼女はマイクをスタンドにさし、ヨイショっといって、ステージをとび下ります。小走りでよると、ハニカム笑顔えがおで手紙をさし出しました。その立体動画がスクールドクターの手があくまで、なんどもループされていました。

 メールは、クララン市役所しやくしょの「生きもの愛護課がかりり」からでした。要望ようぼう申請しんせい受理じゅり確認かくにん登録番号とうろくばんごう通知つうちとあり、手のあいたドクターが、むいみな返信リプライをしました。すでにカンオンが、お役所やくしょに、とどけ出をすませていたのでした。

 ソルがたずねます。

「これ、もってかえっていいですか?」

 ドクターが、

「うーん」

 そく、ムリだとあきらめました。「自分の関与かんよは、みのらない」が、彼には常態ふつうでした。おまえの中では、そうだろうって? 「いや、ホントにそうに、きまってるから」と彼は、いうでしょう。

「うーん、病気びょうきとか、ちゃんと分からないからなー」

「あと、しばらくしたら回収かいしゅうの人とかもくるだろうし、この地区ちくの生きものの手つづきとかは、どうなってるんだろね?」

解放区かいほうくとしての共有原則きょうゆうげんそくにもかかわってくるし、のめいわくにもなるしなぁー」

 ソルはヘラヘラして、

「あー、なんでもない、なんでもない」

「聞いただけ、聞いただけ」

「まぁ、そのほうがいいと思うよ」

「だれかに病気びょうきでもうつったら、それこそたいへんだからね」

「うん、この子は行政ぎょうせいがあずかりに来るまで、ここでキチンと、めんどうみてるからさ!」



「なにやってんの、はやくしてよ!」

「もー、なにやってんの、はやく、はやく!」

 早歩きをやめふりかえり、ジュリがもどかしげにいいました。(屋内では、走らないのが原則です)とっくにはじまっている共有きょうゆうに、早くもどろうと、せっつきます。でも、ソルはいそぎません。べつにリトリートの鳥が、なごりおしかったわけではなく、ただヤマシサをともなわない合法的ごうほうてきサボタージュを、ひきのばしたかったからでした。帰属きぞくからの解放かいほうを、なるべくながく、あじわいたかったのです。一時ひとときゆえの安全な脱落ドロップアウトを。

 半透明はんとうめいのカベに、子らとキャッチャーがけていました。ソルから見たルームの子らは、水槽すいそうの中の子魚こざかなのむれみたい。ぎゃくにむこうから見たら、グッピーが二匹にひきしかいない、わびしい水槽すいそうみたいかもしれません。マイブームがおわって共食ともぐいしたあげく、過疎かそった水槽すいそうみたいに。そうしてみると、エリゼ全体が大きな水族館すいぞくかんともいえました。カベの高さが半分しかないので、ルームの子らも、ろう下がわのソルも、けっきょく、おたがいどうしさらされていました。ワイワイガヤガヤ、音も直接ちょくせつダダもれです。わずかの間でしたが彼は、うき世ばなれした根なし草ニュートラルな状態に、ひたっていられました。二人の後ろをカンオンが、つかずはなれず、よりそっていました。




 ソルは彼の一時所有物いちじしょゆうぶつである、ベッドにねころんでいます。エリゼすまいかんの夕時、あたりには、まばらにしか子はいませんでした。彼はカンオンに、ブツブツはなしかけています。

 共有後きょうゆうごの午後、たいていの子は、みんなとすごしています。まだねるには早すぎるこの時間、休息きゅうそくルームにいるのは、子らにとってさけたいことでした。

 つぎの共有つとめからもっともとおい、一部の子にとっては希望きぼうにみちた黄金おうごん時間帯じかんたい。そのこのましい、子らしいすごし方は、プレイルームの大きなうきしまにいることでした。とくに大きいあつまりはラピュータといわれ、ごく小さいものはおき鳥島とりしまから、マシリト(ドクタースランプ編集者で、マシリト博士のモデルの鳥嶋とりしま和彦氏から)といわれました。それぞれのグループ帰属きぞくによって、またその内わでの差異ニュアンスによって、子らの立ちばカーストがデリケートな野蛮やばんさできまりした。

 子は今を生きています。その時の立ち位置いちが、すべてです。いつの時代じだいも、若者わかもの近視眼きんしがんでした。そうでなければ社会しゃかい活力かつりょくが、うしなわれます。ほんらい「まもるべき子の時間」とは、解放区かいほうくうたうような、遠近法未来の可能性から見た時間ではなく、破格はかくな今かもしれません。

 この時間ここにいる子は、いわば、あきらめ組みでした。ある子いわく、サトリ組みだそうですが。ソルはもともと一人が好きでした。それがやっかいな、彼の個性こせいでした。その感性せいりよりも、それによって生じる社会的結果しゃかいてきけっかが、共有きょうゆうされるべき問題ノートでした。ふだんはへい気でも、比較ひかくのきかいに出合うと、彼でもやっばり気にしました。ルソーによれば、社会しゃかいとは比較ひかくのことです。彼は自分の空想くうそうした、他者との比較ひかくをしらない原始人しぜんじんをめでました。人類ヒトよりコミュニケーションにうとかった、ネアンデルタール人がほろんだように、彼もまた、駆逐くちくされる運命うんめいなのでしょうか?


 ソルはねころんで、カンオンの映像えいぞうと、にらめっこしていました。イライラしながら、視野角0度プライベートモードで、鳥のゲージのカタログをスクロールしていました。どれだけたどっても、彼の好みのものが出てきません。ただの鳥カゴ。ガラやモヨウも、キャラクターも、なにも入っていない、ただの鳥カゴ。ロゴもマークも、人や会社かいしゃのなまえも入っていない、ただの鳥カゴ……

 エントリーには、すべからく、なにか入っていました。じょうしきとばかり、彼のジャマをします。彼はだんだん、ハラが立ってきました。がまんしてスクロールをつづけ、やっと無地むじにたどりつくと、しんじられないくらいドハデな、ショッキングピンクでした。

「氏ねよ!」

 空中の映像えいぞうにむかってケリをいれ、マクラにかおをおしつけ、ふてくされるソル。しかたがないので、さっきマークしておいた漢字かんじロゴ入りの、うす茶の擬似竹フェイク・バンブー商品アイテムさいチェックして、とりあえずカートに入れたままカンオンをとじました。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 4 (探索 1 アルトゥとイェレミー)

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      探索 1 アルトゥとイェレミー



 ホルスは、こまっていました。ホルスはおいつめられていました。
「あれあれあれあれあれぇー」
 アルトゥ。
「あれあれあれあれあれぇー」
 イェレミー。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
 アルトゥ。
「いいのかな、いいのかなぁ?」
 イェレミー。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
 アルトゥ。
「もってんでしょ? もってんでしょ?」
 イェレミー。
「なーに、かくしてんのさ、バレバレですけど?」
 アルトゥ。
「それさ、いいと思ってんの?」
 イェレミー。
 ホルスは服の下に入れたりょう手を、どうしようか、まよっていました。
「さむいだけ、カンケイないじゃん」
 モゾモゾするホルス。
「手を入れてるだけにしては、ずいぶん、おなかがふくれてますよ?」
 あくまで、れいせつをうしなわない、アルトゥ。
「きみにはカンケイなくても、その下のモノにはカンケイあるの」
 わらいをこらえながらのイェレミー。
「なんだって、カンケイないだろ」
 みずからの不運《ふうん》を呪《のろ》う、ホルス。
「アレ、みとめちゃうの、もってんの?」
 くだけたちょうしの、アルトゥ。
「うん、みとめちゃったね」
 えがおで反対側《はんたいがわ》にまわって、道をふさぐ、イェレミー。
 二人は終始《しゅうし》、たのしそう。
 ホルスは、ハラがたっていました。いいようもなく。でも、どうすることもできません。とにかく今、自分がアタマにきているのだけは、たしかなんです。
「それは、きみのものかな?」
 アルトゥ。
「だれのものかな?」
 イェレミー。
「おまえらのものじゃないさ」
「ぷっ」
 文字どおり口にだし、わらいを頃して顔《かお》をみあわせる二人。
「いうねえ」
 イェレミー。
「きゅうに、おりこうさんに、なったのかな?」
 アルトゥ。
 ホルスのなかの審級《しんきゅう》が一つとびました。彼のタガがハズレやすくなったのです。
 もうなぐっても、よくね? でもけっきょく、そう思っただけ。それをわかってて、やってます、この二人。まだまだ、ぜんぜん、ダイジョーブって。
「それ、野生《やせい》って、しってるかな?」
 アルトゥ。
「じぶんかってなことしてると、タイーホされるぞ」
 イェレミー。
「おいおい、いきなりかよ!」
 アルトゥ。
「それは君《きみ》のもんじゃないの、だれのもんでもないの、それは野生《やせい》なの、やたらと拾《ひろ》っちゃイケナノ、かってに飼《か》っちゃダメナノ、キチンと届《とど》け出なくちゃイケナイノ、そうしないと《《みんな》》にメーワクがかかるの、わかる?」
 いっきにたたみこむ、アルトゥ。
「なーんにも、しらないくせに!」
 ちょうしを合わせる、イェレミー。
「おいおい、しらないっていうなよ」
 アルトゥは目くばせして、イェレミーをヒジでこづきます。
「ヤセーて?」
「ブゥー」
 こんどは、すなおに大爆笑《だいばくしょう》する二人。
「うわ、でたよ、マジだよ」
「しらないって、そりゃまあ、しらないよね」
 二人でわらって、こづきあっています。
 ホルスは、りょう手をおなかにいれっぱなしなのをわすれて、ちゅうぶらりんになった怒《いか》りと、いごこちのわるさに、さいなまれていました。


 スモウ川のスーパー堤防《ていぼう》の上に、白い花びらが散乱《さんらん》していました。ソルは花粉症用《かふんしょうよう》の大きなマスクとゴーグルに、それにうすでの白い手袋《てぶくろ》をはめ、手ぶらで歩いていました。カンオンがナビをするので、迷子《まいご》を心配《しんぱい》したことがありません。
 川の見はらしがよくなりました。左右の樹木《じゅもく》のカベが消え、かわって右がわに高いフェンスがそびえ立ちました。フェンスごしに、こんもりとした、サクラのこずえが見下ろせます。このあたりから、まだ区画整理《くかくせいり》が行われていない、基本計画地区《きほんけいかくちく》に入りました。とりのこされた木々が、凹《へこ》んだコンクリートに囲《かこ》われ、開けた左がわでは、間のびするほど、ゆるやかなスロープがひろがっています。その緑《みどり》のはてに、スモウ川の水面《すいめん》が輝《かがや》いていました。
 この間まで、彼は歩くのがキライでした。体をうごかすことがキライでした。最近の彼は、どこかせわしないです。休日となると日課《にっか》みたいに、どこかをほっつき歩いていました。
 まえの方で三人の男の子が、かたまっています。うち二人は、ソルのみおぼえのある、エリゼの子たちでした。彼は外で、しっている人とあうのがイヤでした。でもここで、踵《きびす》をかえすことができません。とっさに決《き》められない彼は、足どり重く、ずるずるとちかづいてゆきました。
 一人より、他人《ひと》といっしょは、自分が「いる」のをウキボリにします。「いる」は、彼を不安《ふあん》にさせます。不安《ふあん》とは、生の先どりです。未来に比重《ひじゅう》のかかったあり方です。今の彼は、ただ「ある」だけで、手いっぱいなのかもしれません。
 だれも見ていません。彼一人です。監視《モニター》しているものは、だれもいないはずです。今すべきは――しても、しなくても、どっちでもいいことですが――ただの方向転換《ほうこうてんかん》でした。
「おやおやおや」
「おやおやおや」
「いやぁねぇ、ヘンなのがきたぞ」
「いやぁ、これは、めずらしい」
 ヘラヘラ顔《がお》の二人。
「なかがいいんだな、あいかわらず」
 ソルは知的洞察《よみ》だけはできるので、二人の機先《きせん》を制《せい》します。さいわい相手《あいて》の小者臭《こものしゅう》をみてとり、心ここにあらずの、ういた感じはしませんでした。
「おや、おや」
 杉下右京ふう(ドラマ相棒)でかえす、アルトゥ。
「いや、子のこがさぁ」
 いいよるイェレミー。
「――しらないっていうからね」
 ソルはしらない子のおなかのあたりに、目をうばわれます。モゾモゾ、シャツから白いモノがハミでていました。
 アルトゥとイェレミーは、ソルと同じ色ちがいの服を着ています。ぱっと見、エリゼの子らの服は、かるく感じます。その素材《そざい》のキメのこまかさは、まるでセンイを用《もち》いていないようでした。まぢかで見ても、糸を判別《はんべつ》できません。それにくらべると、ホルスの服はどこかヤボッたく、カセンのウネが見えてケバだち、しめって重たく感じました。
 エリゼの子らの服は新品《しんぴん》のようでした。経年劣化《けいねんれっか》がなく、よごれ一つみられません。そもそもエリゼでは、おなじ服を着つづけることが、できなかったのです。個《こ》の生理《せいり》のレベルから、親の意向《いこう》、社会的《しゃかいてき》な条例《きまり》、経済的《けいざいてき》な諸事情《しょじじょう》にいたるまで。
 ホルスの方は、ふつうにこなれて見えました。そばで見くらべないと、気づかないかもしれませんが。それよりも、ホルスにはもっと大きなちがいがありました。
「もうメンドクサイからさー、だせよ」
「いやさ、この子がさ、もってんだよ、アレを」
 アレアレと、かた方が、ホルスのおなかをさしました。
 もともと他人にきょうみのないソルは、どっちがどっちかわからず、名前もウロおぼえでした。
「ムキョカ、なんだぜ」
「この子、カンオンがないから、しらないのさ」
「あ~あ、いっちゃった、サベツだぜ」
 ひたいに手をあてて、アルトゥがいいました。
「キャベツ、キャベツウウ~」
 そういわれて、やっとモヤモヤがハレました。たしかに、この子のまわりにはカンオンがいません。
「こいつらみんな、自由《ジユー》が好きなのさ」
「ピー、あぶなーい」
 立てた人さし指《ゆび》を口にあてます。
 いくら世間《せけん》に疎《うと》いソルでも、それぐらいは知《し》っていました。ホルスは自由民《じゆうみん》の子なのです。依存民《いそんみん》ともいわれますが、それは|不適切な表現《ポリティカル・コレクトネスでないもの》でした。彼らはソルたち自立民《じりつみん》とちがって、カンオンをもっていませんでした。
「どんだけジユーが好きで、ジョウホーがキライでも、《《みんな》》のメイワクになるっていうのが、わからないの?」
 ホルスはただ、だまっています。
「キタナイな、野生《やせい》のものなんかを、服にいれっぱなしにして」
「もう、ぼくらのカンオンが見てしまったからね、おあいにくさま」
「それは君のものにはならないよ、手おくれさ」
「どういうこと?」
 ホルスから、なかば鳥は出てしまっていました。ソルの目はクギづけでした。そのまばゆい白い羽《はね》に。
「すぐに大人たちがやってくるのさ、そいつをとりにね、鳥だけに!」
「うわっ、こいつ、マジツマンネ~」
 ケラケラわらう二人。
「フン、だれが来んのさ?」
「鳥、はっけん、だれ、くる、|コーキョー《公共》、あんない」
 ホルスを見たまま、やつぎばやにイェレミーがいいました。
 現在《げんざい》、カンオンは対人にかぎっていうと、音声パターン、脈《みゃく》の振動《しんどう》、息のスペクトルによる分光分析《ぶんこうぶんせきぶんせき》、体表面温度《たいひょうめんおんど》等を、人間の五感以上《ごかんいじょう》のセンサーを駆使《くし》し処理《しょり》しています。それらにもとづき、各自の行動パターン分析《ぶんせき》、防犯映像解析《ぼうはんえいぞうかいせき》、動作測予測分析《どうさよそくぶんせき》などを合わせ、情報行動科学的解釈《じょうほうこうどうかがくてきかいしゃく》により、未来予測《みらいよそく》を立てていました。人の一歩まえをゆくかのごときその働《はたら》きから、カンオンは「心のつえ」とよばれていました。
 それらすべてのビックデータを相互《そうご》に鑑《かんが》み、光のはやさで判断《はんだん》を下すと、イェレミーのおもわくが、空中に反映《はんえい》されました。
「ピンポンパンポ~ン」
 首《くび》に黄色いスカーフをまいた、おねえさんがあらわれました。おなかに手をあて、深々《ふかぶか》とおじぎをします。市役所《しやくしょ》の、動物愛護課《いきものがかり》のあんないが、はじまりました。
 おねえさんの左右では、ダイエット食品《しょくひん》、ミネラルウオーター、ヒーローフィギュア、四人であそぶ格闘《バトル》モンスターゲーム、ちょっとエッチなマンガ、添加物《てんかぶつ》少な目をうたう原色のおかしと、ソフトドリンク等の画《え》が、ぴょんぴょん、とびはねています。
 映像《えてぞう》が切りかわり、二人のキャラクターアイコンが登場《とうじょう》しました。十代の女の子と、その半分の背丈《せたけ》もない、動愛護課《いきものがかり》の課長《かちょう》のコンビでした。二人からの提案《ていあん》「生物多様性《せいぶつたようせい》の重要性《じゅうようせい》の」インストリーム公共広告《こうきょうこうこく》がはじまりました。これはスキップできない動画《どうが》なので、みんなでまちます。いっせいに、みんなで直《じか》に、地ベタにしゃがみこみました。

 やっとおわりました。水辺《みずべ》の画《え》が、ホワイトからのフェード・インで、うかび上がってきます。「ヒトと動物たちとの共生《きょうせい》、都会《とかい》でも生きている動物たちシリーズその4。皇居《こうきょ》の水辺《みずべ》、千鳥ヶ淵《ちどりがふち》のおほりの水鳥たち」がはじまりました。
 なかなか、ほんだいに入ってくれません。イェレミーとアルトゥが、むごんの間のわるさを、もてあましていました。
 クスクスするホルス。
「いつになったら、はじまんだよ」
「しっ! だまってろよ」
 いつもは冷静《れいせい》なアルトゥが、どなりました。
 ホルスは鳥をすっかり出して、アタマをなでています。目のはしで、ソルはそれに魅入《みい》られていました。
 カンオンとは、万能《ばんのう》ではなかったのでしょうか? いいえ万能《ばんのう》です。人間よりはるかに優秀《ゆうしゅう》です。ただし、自分がなにを知《し》りたいか、しってさえいれば。
 なぜかつぎは、カラス対策《たいさく》の映像《えいぞう》にきりかわりました。
「……から晩秋《ばんしゅう》にかけて……にミヤマカラスの大群《たいぐん》がよく見られるのは、この場所で越冬《えっとう》をするためです。冬ちかくになると、彼らが大陸《たいりく》からやってくる理由《りゆう》は、つめたい気温《きおん》のためではなく、冬になると減少《げんしょう》するエサ事情《じじょう》からな……」
 「……げんざいのカラス対策《たいさく》には、ハンターなどの駆除《くじょ》によらず、彼らの習性《しゅうせい》をよく理解《りかい》した上で、それを利用《りよう》するものが求《もと》められています。カラスは臭覚《しゅうかく》より視覚《しかく》にすぐれ……」
 「……ですから、このように出されたゴミの管理《かんり》には細心《さいしん》の注意《はらい》をはらい、さいごまできちんと収納扉《しゅうのうとびら》の密閉《みっぺい》を確認《かくにん》して……」
「ふぁー、おわった?」
 あくびをするフリのホルス。
「まてよ、これだからジユーは」
 にがりきって、イェレミーが答えます。
「鳥、見つける、|ツーホー《通報》!」
 アルトゥがどなります。
「……に飛来《ひらい》するハシボソカラス。四月から七月にかけての繁殖期《はんしょくき》をむかえ……さかんに…………ゴルフ場のツーホール目で見られ、ボールなどをもちさり――」
「いいよ、もう」
 アルトゥが、イェレミーのカンオンをとじさせました。イェレミーは、だまったまま。カンオンが同意《どうい》をくみとったのでした。
「あとで大人の人にいっとくから」
「でもどうせ、カンオンがジドーテキに、やってくれてるさ」
 二人で交互《こうご》に、はきすてました。
 ホルスは少しつよがりつつ、
「へんっ、だ!」
 そっぽをむき、いきかけました。
 ソルがビクッとなって、ホルスに声をかけます。
「いいのかいキミは、このままで」
「?」
「ほら、アレだよアレ」
「アレだ、えーと、このままだと、だれかくるよ、だれか」
「まってていいの、キミは?」
「こまるよね、やっぱ」
「ちゃんとしときたいよね、やっぱ」
 アタフタつづけるソル。
「……?」
 とつぜんみしらぬ子に、いんねんをつけられたかっこうのホルス。
 なにやってんだ、オレ? ソルは考えながらはなす、自分の行動力《こうどうりょく》に、ビックリしていました。みしらぬ自由民《じゆうみん》の子の服をつかんでいるのを、頭《あたま》のはしに隔離《ほりゅう》しながら。
「ほら、アレだよアレ」
「ト―ロクだよ、|トーロク《登録》」
 ソルは頭《あたま》の中の検索《けんさく》で、この場をとっぱする、キーワード抽出《ちゅうしゅつ》に成功《せいこう》しました。
「ト―ロクってゆうのしたら、かってもいいの?」
「いや、よくわからないけど……、カンオンが……」
「カンオンが……」
 ホルスを見ずに。
「カンオンが、なんとかしてくれるさ」
 くるっと、むきをかえ、ホルスの服をひっぱります。
「とりあえず、むこういって、そうだんしようよ」
 ソルも自分がなにをいっているのか、よくわかっていませんでした。
 かるくひっぱる彼のうでに、ホルスの体重《たいじゅう》がかかっています。拒絶《きょぜつ》を確信《かくしん》したやさき、少しかるくなって、ホッとしました。
 二人はぎこちなく、うごきはじめました。
「……」
「……」
 しゃべらないアルトゥとイェレミー。二人ともだまっていました。さっきから、ソルはジャマ立てを警戒《けいかい》して、心の中で、からぶりをつづけていました。
 慣性《かんせい》の法則《ほうそく》がはたらくように、ソルをせんとうにして、じょじょに二両《にりょう》の電車《でんしゃ》が、スピードを上げていきます。やく二名をおきざりにして、とおざかってゆきました。

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みなし児ヴィデオ・オレンジ 5 (探索 2 ホルスの家)

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      探索 2 ホルスの家 



 みちがどんどん細くなってゆきます。まだ日も高いのに、なんとなく、うす暗くなった気がします。そうこうしている内に、とうとう、まがりカドに行きあたりました。

 立ち止まりそうなソル。ムキダシのまま、はだかでさらされている感じ。90度のまがりカドが、トラの口を開けてまっています。手すりの直角ちょっかくが、わきばらに食いこみそう。とうぜんクッションも、ガイド映像えいぞうもありません。彼はカドの根本ねもとで、くの字でまみれにころがっている、自分の死体したいのビジョンを見ました。

 エリゼ一とその周辺しゅうへんには、かげ死角しかくもなく、ものまがいの鋭利えいり直角ちょっかくもありません。ちかごろの遠出とおでにしても、こんなみ入ったところまできたのは、彼ははじめてでした。ソルはまだ保険カンオン期待きたいしていましたが、さっきから、ずっと無反応むはんのうのままでした。ただ、前方を明るくてらしているだけです。

 ゆくとも、ひくともできず、立ち止まることさえ、できないソル。ホルスのかげ連結れんけつされたように、ズンズンひっぱられていきます。つぎつぎ自分の足がくり出されてゆくのを、彼は見ているしかありませんでした。

 カンオンがそのをくんだのでしょうか、まばゆいばかりの光量こうりょうを、彼の眼前がんぜんにはなちました。おかげで目蔵のまま、そこを通過つうかできました。ホルスがそのまぶしさに、ビックリしてくれていて、たすかりました。




 ひくい屋根やねの小ぶりな建物たてものたちが、あたり一面いちめん密集みっしゅうしていました。いつか共有きょうゆう資料映像しりょうえいぞうでみたような、なつかしさをともなわない異質いしつ風景ふうけい。その中に彼は、まぎれこんでいました。バラバラな色と形のレゴと、それをかこった個人所有こじんしょゆう主張しゅちょうする、グレーのレンガ。凸凹でこぼこしたモザイクみ木のコドクなむれが、びっしりとひろがっていました。

 エリゼそだちの彼にとっての建物たてものとは、ある場所ばしょに、ある目的もくてきで、まとまってたてられた、高層こうそう構造群こうぞうぐんでなければなりません。彼は一戸建いっこだて家屋かおくというものを、映像えいぞうによらず、肉眼にくがんではじめて見ました。家並やなみというものを、はじめて見たのでした。

 しかし、それよりソルの目をうばったのは、道の惨状さんじょうでした。なにしろ、チャコールグレーの地面はツギハギだらけ。とくに左よりは、かなりヤバイ。ネズミ色のカベとしてだけ立っているカベ。ブロックベイとよばれるそれは、キケンな死角しかくをつくっているだけで、彼にはそれが、存在そんざいする意味いみがわかりません。ムキダシのブロックベイのカドは、ギザギザざらつき、花型はながた空洞くうどうには、あきカンがはまっていました。なかにはコンクリートがくずれ、まがった赤茶の鉄棒てつぼうが、あらわになっているものもありました。ラクガキされた、ゆがんだガードレール。そこから三角につき出た、なぞの金属片きんぞくへん。地面は小石がゴロゴロ。カンバンがわがもの顔でおかれ、花や植木鉢うえきばちのひなだんが、公道こうどうにはみ出し、色あせた自販機じはんきが、コンセント入をれっぱなしのまま、ほうちプレイを続行中ぞっこうちゅうでした。それやこれやが、もとからせまい道を、よりいっそう、せまっくるしくしているのでした。

 視界しかいをさまたげるものは、地上にとどまりません。頭上では、きゅうな傾斜けいしゃによって、屋根瓦やねがわら雪崩なだれ落ちてきそうだし、パラボラやお魚のホネみたいなアンテナが、ギリギリハリガネでしめつけられ、その犀利さいり金属線きんぞくせんが、風をトコロテンのように切っていました。塗装とそうのハゲた信号機しんごうきは、ひざしで見づらく、電柱でんちゅうとともに紙だらけ。際限さいげんなくなくがされてはりつづけ、そうになっています。黒く太い電線でんせんたばが、空中でこんがらがってたわみ、頭にのしかかってきそうでした。

 それら危険物きけんぶつにとりかこまれ、ソルの神経しんけいは、クタクタにすりへっていきました。さいごに彼にとどめをさしたのは、自転車チャリンコの上にのった、他人ひと布団プライバシーでした。




 怪物ミノタウロスがひそんでいそうな迷路めいろ旧市街きゅうしがいを、ホルスにみちびかれ、ス―パー堤防ていぼうにそってすすんでいきます。

 とおくの鉄塔てっとうから、ちかくの鉄塔てっとうへ、じゅんぐりに波をうって送られてくるケーブル。それらがいったん、ここで集約しゅうやくされています。ぐるりと、とりかこんだびた金網カナアミ。それをコーティングしていた水色のプラスティックが、ひびわれて、あらかたなくなっていました。人丈ひとたけをこすれススキと、青いススキの群生ぐんせい。なげこまれた生活ゴミ。道路どうろにたおれかかった、開花かいかまえのセイタカアワダチソウ。やぶの中のクワが灌木かんぼくとなり、しげっています。水のはってない田んぼと、てた放置田ほうちでんの中に、ポツンと変電所へんでんしょがありました。

 金網カナアミの中は、まるで白黒のSF映画えいがに出てきそうな景色けしき。ギザギザのつのの白い碍子がいし錯綜さくそうする電線でんせん三角トラスに組み上がった鉄骨てっこつはしら。すぐ横には小さなため池があり、変電所へんでんしょとつながった金網カナアミで閉ざされていました。

 池の外にも、中にも、子らがいます。子らが凧上たこあげをして、あそんでいました。

 ソルはギョッとしました。とうとう、鳥のむれが来襲らいしゅうしてきた。自分の妄想ゆめ実現ほんとうになった、と思ったからです。よく見ると、コンクリート小屋のわきの金網カナアミに、あながあいています。がざつに切られ、おしひろげられていて、かなり前に空けられたようでした。

 ほんものと見まごう、かざばねをつけたたこ。ジョッキー服のようなハデなたこ。ギョロリと目玉のついた三角形のたこ。こしをクネらせ、下半身かはんしん強調きょうちょうした女体型にょたいがたたこ。それぞれ思い思いのたこを、子らが上げています。どの子にもカンオンがついていないのは、とお目でもわかりました。

 だんだんちかづいてゆくと、あっちこっちに、たこ残骸ざんがいが見られます。電線でんせんにぶら下がっているもの、変電所へんでんしょの中に墜落ついらくして、機械きかいに引っかかったもの、有刺鉄線ゆうしてっせんにつきささったもの、骨組ほねぐみだけ水面から出ているものもあります。おそらく、そうとうな数のたこが、池の底にしずんでいるはずです。

 でも、ソルがほんとうにおどろいたのは、たこや、その散乱さんらんではありません。開けられた金網カナアミあなといい、そこからの子らの出入りといい、なによりもそれが、長い間放置ほうち放任ほうにんされつづけてきたことが、おどろくべきことでした。作為さくい不作為ふさくいというより、たんにズボラで、そのままなのです。この御時世ごじせい未開みかいでありつづけられる。そのことが驚異きょういなのでした。

「バサバサバサバサ」

 はねをふるわせ、一つのたこ急降下きゅうこうか開始かいしします。となりのやつに、ケンカをけしかけるため。おいつ、おわれつ、急旋回きゅうせんかいをくりかえしています。子らのくりだす糸が、まひるの太陽たいようの下、チラチラ細長くかがやいています。ソルはむき直り、ホルスの影法師かげぼうしを早足でおいました。




 ソルはつかれていました。ボーッとしていました。車に長くのった後みたいな、まだゆられているような、そんな微熱びねつっぽさが、ぬけ切れませんでした。ホルスのうちは、スーパー堤防ていぼうを見うしなって少したった、高圧線こうあつせん鉄塔てっとう真下ましたにありました。一戸建いっこだて二階屋にかいやで、リフォームしたかべ漆喰しっくいには、あさ亀裂きれつが入っていました。ペットボトルをのせたブロックべい陣取じんどった、クラッシックスタイルでした。彼は今、そのホルスのうちにいました。

 エリゼの子であるソルには、ここは暗闇くらやみでした。せまい部屋へやには家具かぐの山がそびえ、かべ絶壁ぜっぺきが立ちふさがり、階段かいだんは切り立った断崖だんがいのけわしさを見せ、天井てんじょうには暗雲あんうんがかかっていました。家中いたるところに死角しかくがあり、不吉ふきつさと不気味ぶきみさのかげが、いくえにも重なっていました。

 彼はずっとイライラしっぱなしでした。なぜだかカンオンが反応はんのうしません。ホルスにどられないよう、小声でなにをいっても、ウンともスンとも返しません。空気をよんだのか、マナーモードにでも入ったのでしょうか。世界との接点せってんであり、体の延長えんちょうでもある器官きかん、その重要じゅうようなカンオンをうしなったことにより、非常ひじょ不便ふべんさと不快ふかいさを感じていました。

 その一方で彼は、自分の瞳孔どうこう変化へんかに気づきました。大きなネコの目みたいな分かりやすさで、しぼんでいたものが、だんだん広がって、暗がりになれてゆくのでした。欠落けつらくいたみは、存在そんざい輪郭りんかく際立きわだたてます。暗闇くらやみの中で、彼は目を身体からだとして意識いしきしました。

「カラカラカラカラ……」

 薄暗闇うすぐらやみのどこかで、なにかが、カラカラなっています。ときおり部屋へやの中に微風びふうがふき、ヒヤッとします。ソルには心あたりのない「すきま風」とよばれる現象げんしょうでした。彼はつめたい風の出所でどころをさぐり、ハメゴロシでないまど発見はっけんしました。くっついているはずのまど窓枠まどわくとの間に、わずかなスキマを見つけました。

 暗さと、さむさと、つかれが重なると、いつものパターンで、不安ふあん罪悪感ざいあくかんいてきました。理由りゆうもなく、自分がこのうちの、シミになった気分がしてきました。このうちの方が彼の中で、シミとして、広がっていくようでもありました。今までの経験上けいけんじょう、このシミはとうぶん消えないのは、分かりきっていいました。そう思うと、ますます気がめいってくるのでした。

 わるくなりすぎたものは、よくにしかなりません。とりあえず休憩きゅうけいはとれたので、体力だけはジワジワ、水位が上がってきました。というより、体の状況コンデイションが、心に反映はんえいしているだけなのかも。



 さっきから、鳥のはなし、ばかりしていました。他になにも、わだいがなかったからです。コトバのシッポに、つぎのコトバのあたまをくっつけ、またべつのをくっつける。やみくもにペダルをこぐように、ハナシのためのハナシをつづけます。関連性かんれんせいのうすいものを関連こじつけさせ、はなっからそうであったように、自分で自分を納得なっとくさせます。つかなくてもいい小さなウソをつき、しゃべりつづけていると、なんだか、だんだんハラがたってきました。そのうち、顔が赤らんできました。

「なんでコッチばっか、しゃべってなきゃ、いけないんだ?」

 と思うと、なんだかいつもの彼に、復讐ふくしゅうされているようでした。そう感じてか、いっそう血の気が顔に上がりました。



 ホルスは、ほとんどしゃべりませんでした。聞いているだけです。たまーに、あいづちをうつていど。二つ三つ単語たんごで返すだけ。

「なんとかいえよ、ゴルァ!」心の中で、ののしるソル。彼はしだいに、不安になってきました。やましさをおぼえつつ、あいての知能ちのうレベルを、うたがいはじめたからです。

 シュッと、引き戸があきました。完全に意識いしきを、はなすことにうばわれていた彼は、状況じょうきょうにおいつけず、うろたえます。

「いらっしゃい」

 おじいさんが、おぼんをもって入ってきました。

「あ、ども」

 小声で。

「よろしかったら、どうぞ」

 テーブルにおくやいなや、ホルスが手をだし、ボリボリ食べだしました。

 おじいさんは終始しゅうし笑顔えがおでした。帰りぎわにホルスがよばれ、おかしをくわえながら、彼は出ていきました。

 二人がさり、ソル一人がのこされました。

 さっきはビックリしました。じつは、彼がもっともおそれていたのが、うちの人との遭遇そうぐうだったからです。はなすことに気をとられすぎていて、無警戒むけいかいでした。かえってそれで、よかったのかもしれませんが。

 ホルスのおじいさんは、ソルから見れば、しわくちゃでした。まるでタレントを生身なまみで見た感じか、4K、8Kの画面がめんで見た感じに、ちかいかもしれません。おじいさんはサンリ・オのキャラクターがえがかれた、ピンクのスウェットの上下をきていました。彼の目には、しめって重く、ヤボッたくうつりました。

 エリゼや、クララン市の中心部ちゅうしんぶ、その主要地域しゅようちいきの大人たちは、わたしたちから見たら、いちようにわかく見えます。せだいをとわず、みんな、にたようなかっこうをしていました。どちらかといえば、大人が子に合わせている、といった感じ。わかさは、この時代にあって、きしょうな価値かちであり、また商品しょうひんでもありました。

 ソルはテーブルに目をむけます。オレンジジュースとクッキーが、金属枠きんぞくわくのガラステーブルの上、おぼんにのっておいてありました。

 ――冷蔵庫れいぞうこの紙パックには、リアルなオレンジのイラストがえがかれ、果汁かじゅう10パーセントとあります。クッキーのはこには、代用小麦粉だいようこむぎ小麦粉こむぎこ、ショートニング、代用砂糖だいようさとう人工甘味料じんこうかんみりょう、ホエイパウダー、乳製品にゅうせいひん代用食塩だいようしょくえん膨張剤ぼうちょうざい、乳化剤(大豆レシチン)、香料こうりょう等と表記ひょうきされていました――。

 彼はなんの感慨かんがいもなく、テーブルの上のそれらを、じっとみつめていました。

 しばらくした後、りょう手をつくと。

「フウー」

 と大きく息をはき、のびをしました。やっとわれにかえり、彼はあらためて、まわりを見まわしました。

 密閉みっぺいされた箱部屋はこべや圧迫あっぱくされるような、息づまる暗さとせまさ。この小さな箱体はこたいは、ホルスのルーム。ホルス一人の所有物しょゆうぶつでした。場所をひとめすることへの感慨かんがいが、彼におしよせます。昔風むかしふうでいえば、ここはホルスのしろでした。

 見まわせば、モノ、モノ、モノ、モノ。そのおびただしい量。あふれかかえる、ホルスのもちモノ。組立てだなにかざるともなく、むぞうさに陳列ちんれつされた、ガチャガチャの小さいフィギュア。ギッチギチの新古書しんこしょの紙マンガ。たな天板てんいたから天井まで、びっしりつみ上がった箱は、塗装とそうのひつようのない、NGノーマルグレードのガンプラ。紙の戸のはしがやぶれ、その上にせたリアルな紙の壁紙かべがみがはられています。多人数おおにんずう若年じゃくねんアイドルグル―プのうつった、ポスターとよばれるものです。それのカモフラージュとしての意味いみに気づいたのは、だいぶ後になってからでした。カラーボックスからはみ出た、ふりだしの釣竿つりざお。それに黄色い糸をまきつけブラ下がった、ホコリまみれのたこ。とにかくモノ、モノ、モノ……

 ソルは、モノとはりょうのことかと、めまいをおぼえました。また「モノって、もっていることが大事だいじなんだ」とも思いました。それもいっぱいに。彼はホルスのモノにあてられ、一時的にモノいしていたのでした。

「いったい、自分のモノってなんだろう?」彼は思案しあんしました。ゆいいつ自分にあるのは、カンオンだけでした。でもホルスにはなくても、エリゼなら、そんなのみんなもっています。それにカンオンは、映像えいぞうや音の情報じょうほうをあたえてくれるだけで、形や重さをともないません。彼はなんだか自分が、カラッポ、みたいな気がしてきました。その一方でホルスにはない、目に見えない、充実じゅうじつがあるような気もするのでした。もちろん、錯覚さっかくですが。

 ホルスといる時、このヘヤの中で、見ないようにしていた場所ばしょがありました。ホルスは自分のヘヤにつくと、もち手のないスーパーの買い物カゴをひっくりかえし、オモチャをストローマットにぶちまけました。

 手足のないロボット、シャシーだけの車のラジコン、ゴムのキャタピラのとれた戦車せんしゃ、つながった両翼りょうよくのパーツと、それと分離ぶんりしたジャンボの胴体どうたい、レゴとその部分パーツ、なんかのネジ、おれたクレヨン…… ガラクタの山が、一山できました。

 空になったスーパーのカゴの中に、紙の新聞しんぶんをしき、カゴのフタに、たたんだダンボール(1.5リットルのミネラルウオーター)をおき、重しがわりに紙のマンガ雑誌ざっしをすえました。あっという間でした。ガジェットにあふれたホルスのヘヤの中で、そくせきでつくった鳥カゴでした。

 ヘヤのすみで暗くてよくわかりませんが、鳥カゴから、たまにカサカサする気配けはいがします。だれも見ていないのに、警戒心のつよいおくびょうなソルは、なかなか立ち上がって、ちかづこうとはしませんでした。ただ、時間だけがすぎてゆくのでした。




 ようやっとホルスがもどってきたので、ソルは、はなしをきりだすことにしました。

「あの、その、あの鳥のことなんだけど、ちょっといいかな」

「聞きたいことがあるんだけど、あれってもしかして、ケガとか病気びょうきとか、もってないかな?」

 ホルスは、とうに廃刊はいかんになった、色のついた紙(印刷せんか紙)のあつい、マンガのマガジンをよんでいます。裏表紙うらびょうしに、値札ねふだがいくつもきたなくはってありました。

「もしそうなら、ここにおいといちゃ、マズイんじゃないかな」

 ホルスはやっと、こっちをむきました。

「もしかしたら、くるんじゃないかな。だれか」

 ホルスの顔の中心から、不安の色が広がってゆくのが見てとれました。

「くるって……。だれが?」

 ソルはだまっていました。彼がしるわけがありませんが、沈黙ちんもくいてるみたいなので、そのままだまっていました。

「鳥もってちゃ、いけないの?」

「ケーサツとか、くるの?」

 彼はさっきまで、ホルスにハラを立てていましたが、きゅうに、自分がイヤになってきました。

「ケーサツか、どうかはしらないけど、それはト―ロクされてないだろ。足にカンとかつけていし」

 カンオンでかじった、なまじっかな知識ちしきをおりまぜます。

「その鳥はたぶん、ヤセーじゃないかな」

「ヤセーって、なに?」

 え、そこから? と彼は思いましたが、そういわれてみると、それがなんなのか、彼は答えることができません。

「ようはその、なんてゆうか、その、人にたよっていないってことさ」

 ソルは、たよっていない、というコトバにフリーズしかけます。ホルスは自由民じゆうみん=依存民いそんみんの子でした。対してソルは、自立民じりつみんの子でしたから。

「ようするに、人にかわれていないってことさ、エサとかもらってないんだよ。かんりされてないから、どんな病気びょうきもっているか、しれないよ?」

 早口でまくしたてましたが、色々気にしているのは、ソルだけでした。ホルスはそれどころではありません。

他人ひとにうつしたりして、メーワクかけちゃ、いけないんじゃないかな?」

 ホルスはむごんで、鳥を見ています。

 また、ダンマリかよ。ないしんイラつくソル。

「ヨボーセッシュとか、うけてないだろ」

「ヨボーセッシュ?」

注射ちゅうしゃのことさ」

「お金だって、かかるんだぜ」

 ソルはなんだか、死にたくなってきました。

注射ちゅうしゃしたら、かってもいいの?」

「さあ、ト―ロクもしてないし……」

 しるかよ、てめぇーのカンオンに聞け! 彼は心の中でどなりました。それはエリゼの子たちが、切れたときに、よくつかうフレーズでした。私たちでしたらさしずめ、しらんがな、ググれカス! といったところでしょうか。

注射ちゅうしゃして、ト―ロクしたら、かってもいいの?」

 なんでこいつ、きゅうにジュ―ジュンになってんの? ちょっとおどろき、ホルスのきょくたんな変化へんかに、たいおうしきれないソル。

「いや、さっきからカンオンのちょうしが、なんかわるいんだ。しらべられないんだよ」

 つごうのいい時にカンオンがつかえなくて、たすかりました。一つ分のウソをへらせます。

「そのー、きみはその」

「そもそも、ト―ロクできなんじゃないかな……」

「……」

「……」

 ホルスは、じっと鳥を見ていました。ソルも鳥を見ていました。




 ドアノブにさわった手を、ひっぱったスソでぬぐいながら、きざはしのきわに歩みよります。暗い階下かいかは、妖気ようきがみちていました。行きとちがって、帰りは一人。ソルは片側かたがわだけあるカベに、ぴったり、りょう手と体を、くっつけをつけます。側対歩(同側の手足が同時に出る)のようりょうで、ゆっくり、しんちょうに、下りていきました。

 まえをむいたまま、階段かいだんがまだあると思って足をつくと、あたまに電気でんきが走りました。終点しゅうてんです。

 うす暗がりの中、リビングの方から音がします。げんかんにむかう、とちゅうの戸があいていて、ソファにいるおじいさんの背中せなかが見えました。光のもれる物理画面モニターから、われたような低音質ていおんしつがこぼれます。目にわるそうな、単調たんちょうで強い色み。デジタル処理しょりされた、セルのアナログ映像えいぞう画質がしつ音質おんしつ粗悪そあくなコンテンツ。それは大時代おおじだいな、ロボットアニメの動画どうがでした。

 その映像えいぞうは、ソルのカンオンのコードに引っかかる、残虐ざんぎゃく暴力的ぼうりょくてきなシーンがふくまれた、古い作品でした。番組ばんぐみのさいごに「作者がすでに故人こじんで――」とか「とうじの社会状況しゃかいじょうきょうかんがみ、原作けんさく意志いし尊重そんちょうして――」とかいった、ただし書きがつくようなものでした。たびかさなるロビー活動かつどうによる著作権延長ちょさくけんえんちょうをへて、権利けんり失効しっこうした無料放送むりょうほうそうでした。

 彼はぬき足さし足で、そのそばを後にしました。

 げんかんを出てすぐ、ホルスによび止められました。

「これ、かぶってけって、」

 まっ赤なフェルトのフードを、手わたされました。おじいさんからなのでしょう。ズッシリと重く、あやうく落としそうになりました。ホルスはさくっと、家にもどりました。つっ立ったままのソルは、彼らの真意しんいがはかりかねました。

 鳥はいったん、ソルがあずかることにきまりました。おくる手はずは彼のカンオンがすませ、登録とうろくには時間がかかることを、再三再四さいさんさいし、ホルスに、ねんをおしておきました。

 カンオンをもつものは、その空気のような絶対的ぜったいてき信頼しんらいから、故障こしょうやそれによる待機たいきなど、しんぱいする必要ひつようはありませんでした。カンオンとは、一般情報いっぱんうじょうほう個人情報こじんじょうほう集積しゅうせきであり、それを共有きょうゆうし、人にいかすものでした。一方それは物理的ぶつりてき存在そんざいでもあり、偏在的自個へんざいてきじことして、あまねくありました。万一こわれても、分身ぶんしんでもあり本体ほんたいでもあるカンオンが、そこらじゅうにちらばっています。その宿主しゅくしゅのしらぬ間に、新品しんぴんと入れかわっているか、ちかくのカンオンが代行だいこうするので、なんの不安要素ふあんようそもありませんでした。およそ、人間がいけるところで、カンオンがカバーしていない場所は、事実上じじつじょうどこにもありませんでした。ただし、カンオンみずから、そのはたらきをブロックしないかぎりにおいては――という、だれもよんだことのない仕様条件しようじょうけんに、前もってみんなが同意どういしていたはずでした。

 どっと、つかれました。まだ帰り道があるのです。きた距離きょりの半分、まるまるのこっています。とりあえず、ソルは歩きだしました。こんなに足が重たいのは、はじめてでした。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 6 (迷路 1 狂集団)

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      迷路 1 狂集団


 いくら堤防ていぼうぞいを歩いても、中々その上の道、天端てんばにのぼる階段かいだんを見つけられません。それどころか、しだいしだいに、はなれていってしまいます。だんだん彼は、あせりはじめました。

 少し肌寒はだざむくなってきました。もう、うでがいたくって、しかたありません。彼はをけっして、かかえていた赤いフードをかぶりました。なんだかちょっと、におうような、におわないような。でも、かまわず歩きだします。上半身じょうはんしんだけでもあたたかくなり、重さも分散ぶんさんされて、いい感じになりました。



 もはや堤防ていぼう完全かんぜんに見うしなっていました。足のウラがやけどしたみたいに、ヒリヒリします。ただやみくもに、にぎやかな方へ、明るい方へ、すすんでいました。もうかげの多い、民家みんか密集地みっしゅうちへもどりたくありません。今いるせまい道から、大通りらしき、ひらけた空間が見えます。しぜんと、足がそちらにむきました。


「キーーン」


「バァーーーーーーーーーーーーーーーン」


「キーーンィーンィーン」


 音われの悲鳴ひめいが耳をつんざき、シンバル? の雷鳴らいめいとどろくと、また音われの共鳴きょうめいでおわりました。

 むらさき脳裏のうりにチラつき、火薬かやくのような異臭いしゅうが、ほのかにはなをつきます。音のショックに誘発ゆうはつされた共感覚ショートでしょうか? ことなるものが一遍いっぺんに、彼におしよせました。

 大通りに見えたのは、じつは橋のたもとでした。車が一台も走っていないので、歩行者天国ほこうしゃてんごくみたいに見えます。赤に黒い斑点はんてんのある、ナナホシテントウがら街灯がいとうが、もうっています。太陽の下、脱色ブリーチされた街灯がいとうの光と、せた月あかり。ま昼の空に、太陽と月と街灯がいとうが、パワーバランスを無視むしした三つどもえで、かがやいていました。

 フェンリル大橋おおはしは、新市街しんしがい旧市街きゅうしがいをつなぐ生活道路せいかつどうろとして、またポートまでの幹線道路かんせんどうろとして、ターマ川とスモウ川の合流地点ごうりゅうちてんにかけられました。橋の欄干らんかんは七色のにじ等間隔とうかんかくでえがき、やわらかい擬似ぎじ大理石だいりせきをあしらった、ベンチがすえられています。ところどころ、空中にふくらんだスペースがもうけてあり、七色のパラソルのかかった、まるいテーブルとイスのセットがおかれています。川を眼下がんかのぞみ、吹きぬける涼風りょうふうをあじわい、夏祭りには花火のパノラマの絶景ぜっけいを楽しめます。フェンリル大橋おおはしは、クララン市にとどまらない重要じゅうようなインフラのかなめとして、また市民しみんうるおいといこいをあたえる場として、○○××年起工ねんきこうし……

 ソルは竣工しゅんこうプレート横の記念碑きねんひから、目を上げました。

 頭上には木調もくちょう横柱よこばしらが、わたされています。はらわれたえだ黄土色おうどいろ年輪ねんりんと、緑にえた対の葉っぱ。光沢こうたくのあるつたが、それにからまっています。アンバランスに大きな葉っぱにのったカエルが、大きく四角く口をあけています。電光掲示板でんこうけいじばん明滅めいめつして、交通情報こうつうじょうほう盗難情報とうなんじょうほう、もよりのお買いもの情報じょうほうやタウン情報じょうほうをおしらせしています。 別枠べつワクのマドで、地元FMの放送風景ストリーム、お天気やスポーツニュースなどをながしていました。

 道のりょうわきに、直立したキリンのくび整然せいぜんとならんでいます。一れつにならだ、黄色と黒のまだらのはしらに、太陽拳たいようけんみたいな白い顔。一頭一頭いっとういっとうのクビには、色ちがいのチョウネクタイがまかれ、そのむすび目のまん中には、監視かんしカメラがしこまれていました。

 こうさてんの明るい童謡どうように、かぶせるよう防災無線ぼうさいむせんがなりひびきます。自治体じちたいからの連絡事項れんらくじこう。もえないゴミの日のおしらせ、50代の行方不明ゆくえふめいミドルの外見的特徴がいけんてきとくちょう、ふりこめ詐欺さぎへの注意喚起ちゅういかんき薬局やっきょく併設へいせつした食品しょくひんスーパーからもれる、エンドレスなコマーシャル。いろいろな店の音楽、音楽、音楽。選挙せんきょカーのウグイスBBAの声……それらのスキマをぬって、かすかに「ゴウゴウ」と、うなる音が聞こえました。欄干らんかんのわずかなスキマからのぞくと、ターマ川とスモウ川が、おたがいの色をまぜず合流ごうりゅうしていました。


「バァーーーーーーーーーーーーーーーン」

 

「ツァカ、ツァカッ、ツァカ、ツァカ、トットン、トン」「ツァカ、ツァカッ、ツァカ、ツァカ、トットン、トン」


 シンバルの後に、タンブリンの音がつづきます。橋のたもとにいるソルの反対側はんたいがわから、とお目に、もやにつつまれた黒の一団いちだんがあらわれました。

 仮面かめんやマント、ベールにスカーフなどで顔をおおった、黒装束くろしょうぞく一行いっこう。レバノン杉風すぎふうのおこうくゆらし黒衣こくいまとわりつかせ、前ぶれもなく奇声きせいをはっし、わめきちらす。それぞれてんでバラバラおど久留くるって、ノミのようにピョンピョンはねまわって、寝転ねっころろがって四肢しし痙攣けいれんさせ、ピーンと固まって硬直こうちょくする。頭からかぶった、重っ苦しい黒マント。銀の腕輪うでわ金の腕輪うでわジャラジャラならし、ひるがえるたび、むらさき裏地うらじが目におどります。神輿車みこしだぐるまおおむらさきのビロードは、いかずちワシの 金の刺繍ししゅうをほどこし、さらにそのまわりを銀の薔薇バラでフチどる。下地が見えぬほど色とりどりの旅行宝石プラスティック・ジュエリーをもった、蓮華れんげ装飾そうしょく座台ざだい。さらにそれへ巻きつけたLEDチェーンライトが、エレクトリカル・パレードみたいに、チカチカまたたいていました。

 巨大きょだいな黒い聖石せいせき隕石いんせきが、座台ざだいの上にのっています。ずんぐり角ばった玉ネギがたで、レンタルされた工事現場こうじげんばのバルーン投光機とうこうきが、光をあてています。呪文じゅもんめいた文言もんごんにまじって、一つだけがせなかったのか、「安全十第一」とありました。

 もうもうといたドライアイスには、おこうのエッセンスがまぜられ、ドラ、シンバル、タイコ、ラッパ、シストラ、フリュートなどをかきならし、よくわからない声明しょうみょう呪文じゅもんうなり、時々、絶叫ぜっきょうを上げ、奇行きこうでもって、見る人を威嚇いかくしています。

 太陽神たいようしん象徴しょうちょうのような黒石のまわりを、長裾ながすそのチュニック、長いフリギア風の三角帽子さんかくぼうしをかぶった司祭しさいらしき人物と、それに首輪くびわをつけた宦官ガロイっぽいのが、ドンキしゅうただよう衣装コスをまとってとりまいていました。

 一人の青年? が、黒い陽物石ようぶつせきぶつのてっぺんにのぼると、後ろむきにまたがってしなだれかかります。石をさすったり、こしをずらしたり、もてあそぶたび、ふれた面から内部にむかって、白い稲妻いなずまひらめきました。

 目のまわりになぐられたあとみたいな化粧けしょうをほどこし、ものうげに片手で鴉羽色からすばいろかみをすくい上げると、その黒いヴェールをらしてあざとく目をかくすしぐさ。チラチラかいま見せるその目は、厚い氷河ひょうがの下でチロチロしているりゅう舌先したさき。そのカラコンのかがやきは、気ままにぜるエメラルドの燠火おきび。ゴルフボール大の頭に深緑ふかみどりのモスリンをかぶり、シリアシルク風の緋色ひいろのセパレートを身にまとう。あらわな幅狭はばぜまこしのクビレは、フォトショ後なみの異様いような細さ。ムキダシの四肢ししは、蛍光灯けいこうとうほどの白いぼうきれ。

 首、手首、足首、各部首かくぶしゅのクビレには、白金色プラチナいろへびと細い銀鎖ぎんくさりからみつき、指が足りないくらい、はめられた金色の指輪ゆびわには、擬似宝石トラベル・ジュエリーがちりばめられています。雪白せっぱくはだは、赤い血管けっかんと青い血管けっかん立体的3Dけて見え、そのおもてを、冷たい蒼白あおじろい線が雨のように走っていました。

 死のような美しさをたたえたその人を、信者しんじゃたちは「完全さま」とよび、あがめまつりした。いちおう彼としておきますが、男なのか女なのか、よくわからない人物でした。19世紀末の象徴派しょうちょうはとされる画家ギュスターヴ・モローが好む、冷たく人工的で退廃的たいはいてきなビザンティン・ツワイライトの世界。そこからそのまま、ぬけ出て来たような風貌ふうぼう雰囲気ふんいきがあり、とりまき連中れんちゅうは、かぎられた予算よさんと時間内で、そのイメージをうまく演出えんしゅつしていました。

 完全さまをシンボルとし、仮面かめんやマントで姿すがたをかくし、ときに奇声きせいを上げ、街をねり歩く狂集団きょうしゅうだん。リーダー不在ふざい帰属性きぞくせいをもたぬ集まり。あくまで自然発生的しぜんはっせいてきで、あくまで烏合うごうしゅう。それをほこりとし、むしろ強みとする。現地集合げんちしゅうごう現地解散げんちかいさんむねとする、名なしの通りすがり。仮想空間かそうくうかん否定ひていしつつも、それによらねば集まれない集団しゅうだん揶揄やゆされ、利用りようされるのではなく利用りようしているのだと言いかえす、匿名とくめいのアノニマス。

 名のることより、名自体なじたいをこばむ彼らの信条しんじょう教条きょうじょうは、「闇の復活」もしくは「闇の復興」でした。とくに、心のやみ復興ふっこうをかかげ、黒のルネッサンスとしょうしていました。あるかなきかのごとくの具体性ぐたいせいにとぼしい、彼らの主義主張しゅぎしゅちょうは、ファッションとして、一部の若者文化わかものぶんかにとり入れられていました。それを戦略せんりゃくとして深読ふかよ迎合げいごうめそやす、一部の老いたる進歩的知識人お花畑たちと、さらにごく一部の、危険視きけんしする自称じしょう教養人きょうようじんたちがいました。それ以外の大多数は、無関心ニヒルでした。

 欄干らんかんに手をかけたまま歩く、ソル。まだ引き返せるほどの十分の距離きょりがありますが、なにかに束縛そくばくされているかのように、欄干らんかんのレールにそって、前へ前へ進みます。

 優柔不断ゆうじゅうふだんにみえても、主体性しゅたいせいという責任せきにんをなげ出し、いいわけじみた客観きゃっかんで見れば、ちがって見えます。彼には「禁止」の呪縛じゅばくが、かかっていたのです。つねに、なにかに監視モニターされている、自分をている自分がいるのです。詩人のまわりに、きまぐれな精霊ジン美神ミューズがいるように。ソクラテスの背後はいごに「汝~するな」という、禁止のダイモニオン(神的な存在)がいたように。

 ソルは、おじいさんからもらった赤いフードを、まぶかにかぶり直し、歩調ほちょうをくずさず歩いていきました。


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みなし児ヴィデオ・オレンジ 7 (迷路 2 ダイ)

スマホ640pix



      迷路 2 ダイ 


 ダイは高いところが好きでした。そこから見下ろす景色けしきが好きでした。そういう自分をあざけっていました。装飾そうしょくをほどこされた神輿みこしまつった、黒石の上に彼はいました。

「オレはまだ、こんなところで満足まんぞくしていやがいる。オレはバカだ。バカは高い所が大好きだ。その性根しょうねのイヤシサ、ヒクツサよ(笑)」

「オレにとってこんなところは、まったくふさわしくない」

「オレにかげりは、まだにあわない」

「オレはオレに対し、ただ、よろこばしい存在そんざいであらねばならない!」

 これは今の心のさけびではなく、彼の基底モットーであり、日ごろのトーンでした。

 彼にとっての不安ふあんふあんは未来みらいではなく、過去かこにありました。未来みらい必然ひつぜん栄光えいこうつつまれており、過去かこ偶然ぐうぜん災難さいなんでした。努力によって変わるべきは未来みらいではなく、過去かこの方でした。彼は自由民じゆうみん、ぞくにいう依存民いそんみんの子でした。うらむべきは、彼の出自しゅつじでした。

 ダイのまわりには、カンオンがいませんでした。信者しんじゃにいわせれば「完全なものにたすけはいらない、彼みずから破棄はきしたのだ」というのが彼らの言いぶんでした。もともと彼をしらない人の方が多く、まれにっている人は、口にださずとも、なんとなくさっしていました。かりにカンオンをもつ自立民じりつみんだったとしても、わざわざ、すてたり、こわしたりするようなやつは、ただの変わりものか、目立ちたがり屋ぐらい。と思うのが大方だったからです。

 ごく一部の、陰謀論好いんぼうろんずきの間で「彼はカンオンをすてたのではない、かくれたのだ」とか、「してやったり、彼はカンオンをあざむいたのだ」とか「彼がその指にはめているのは、ギュゲスの指環ゆびわだ」など、さまざま、ささやかれていました。

 指環ゆびわといっても物理的ぶつりてきなものではなく、なんらかの情報じょうほうサービスだというせつもありました。

 ギュゲスの指環ゆびわのおはなしは、プラトンの国家こっかにでてきます。


 ある日のこと、ひつじかいギュゲスが、じしんによってできた洞窟どうくつを、ぐうぜん見つけました。こうきしんにかられ中に入っていくと、おくに青銅せいどううまがおいてありました。おなかの中に、金の指環ゆびわをはめた死体したいがありました。彼はその指を切りおとし、身につけました。すると、自分が他人から見えない、とうめいな姿すがたになっているのに気づいたのでした。


 この後すったもんだあって、王様おうさまになるのですが割愛かつあいします。 

 ギュゲスの指環ゆびわとは、そんなふしぎな言いつたえのある、魔法まほう道具どうぐでした。ただし、ダイのそれは、カンオンに対してのみ透明とうめいになるだけで、肉眼にくがんから消えるわけではないそうです。

 カンオンをこわしたり、すてたりしたもの。また、ギュゲスの指環ゆびわを手に入れ、世間せけんとカンオンをあざむいたものなど。いずれせよ自分の身のまわりに、それらしい心あたりのある人は、だれもいませんでした。あくまで、都市伝説としでんせつでした。じっさいそれをやったら、その後どうなるか? だれもしらなかったし、クラランの上級市民ふつうの人は考えようともしませんでした。

 カンオンから消えるという行為こういは、たいへん危険きけんなものです。すべての商品プロダクト流通りゅうつうは、カンオンが、かならず介在かいざいしています。それをうしなうと生産活動せいさんかつどうはおろか、かんたんな消費活動しょうひかつどうさえできなくなり、有機的ゆうきてき社会関係しゃかいかんけいをもてなくなるからです。とうぜん、すべての土地は管理かんりされているので、狩猟採集しゅりょうさいしゅう農業のうぎょうなどによる、自給自足じきゅうじそく余地よちはありません。ゆくゆくは、ナイフ一本から自主制作DIYしなければならないのです。保護ほごほごされぬ「カスパー・ハウザー」都会とかい遺棄いきされた子への頽落たいらく、といったところでしょうか。

 また形而上的けいじじょうてきな面において、あらゆる記録きろくから消えるといことは、自由民じゆうみん依存民いぞんみんですらなくなるということです。事実上じじつじょうの、人間社会にんげんしゃかいからの抹殺まっさつ消滅しょうめつ意味いみしました。

 それら、じったいのない幽霊ゆうれいじみたうわさ話は、フロイト的な意味いみでの無意識むいしき、人々がみずからにかくしたい願望がんぼうカンオンそくばくからの解放かいほう」のあらわれかもしれません。どうように、受け入れがたい現実げんじつへの和解わかいをもとめる生者せいじゃが、故人こじんたくしたのが成仏じょうぶつです。抑圧よくあつ強制きょうせいとはかぎりません。とくに内部へのそれは。カンオンという世間せけんへのやましさが、心にフタをするのかもしれません。



 フェンリル大橋の上で、とりまき集団しゅうだんにかこまれ、その中心の高みから、ダイはあたりを睥睨見下ろしします。黒から青へ、青から茶や黒や金の入りまじりへ。その渋滞じゅうたいは、とおく橋の両端りょうたんまでつづいていました。ダイはしぜんとみがこぼれます。それにどられないよう、口もとをゆがめました。

 狂団きょうだん聴衆ちょうしゅうとの間に、青いベレーぼうをかぶった集団しゅうだんがいました。聴衆ちょうしゅうといっても、たまたま、せきとめられた人がほとんどで、あとはプロ・エキストラですが。

 ベレーぼうの彼らはガーディアンとよばれる、自警団じけいだんです。おもに民間有志みんかんゆうしのボランティアからなり、その構成員こうせいいんには人手不足ひとでぶそくのためか、少なからず、高齢者こうれいしゃや女性などもふくまれていました。ガーディアンは後ろ手を組み、黒集団くろしゅうだんの後をゾロゾロついてゆきました。

 キョロキョロしないよう、目だけで、ダイはあたりを見わします。チラリと、赤いモノが目のはしに入り、消えました。群集ぐんしゅうが、彼の動向どうこうをみまもっていました。


 さわがしい信者しんじゃを、ダイはかた手でせいします。けたたましい音がなりやみました。

 しずかになったところで、おもむろにこしに手をやり、ホルスターからペットボトルをとり出します。ラベルの面が見えるよう高々とかかげ、透明とうめいなビンを人々にしめしました。

 のけぞってそりかえり、ノドボトケをおどらせながら、グビグビ一気にあおってゆきます。

 こぼさずカラッポになったビンを、ゆっくりと口もとからはなすと、空中でさかささのビンをとめました。ダランとうでを落としました。

 しばしの沈黙ちんもく

 天をあおぐよう、そらした上体。ダラリとたらした両腕りょううで。足にはさんだ黒石のてっぺんで、しばらく彼は、そのまま動きませんでした。


 私語しごがなくなるのを、彼はじいっと、まっています。

 聴衆ちょうしゅうがというか、たいはんは渋滞じゅうたいにまきこまれた通りすがりですが、不安ふあんにかられてザワつきだすと、彼はピクリと、わかりやすく反応はんのうして見せます。それから、ゆっくりと、動き出しました。

 ぐらぐら上半身じょうはんしんを水平すいへいにゆらし、クロールか背泳せおよぎのように、手でくうをかきます。ひとしきりあがいた後、彼はかたひざを立て、ずんぐりとがった黒石の上に、すくっと立ち上がってみせました。

 顔を上げ、りょう手で天をあおぎ、もったいぶった崇高すうこう面持おももちちで、口をパクパクさせます。さも、今からなにか重大じゅうだいなことを、彼は語り出そうとしている。かのように見えます。

 ふいにのけぞってフラつき、そのまま落下しました。


「ダァーーーーーーーーーーーーン」


 コーナーポスト最上だんからのボディプレス。みたいなハデな音をさせ、神輿みこし舞台だたいの上で、ダイが大きくバウンドしました。

 須臾いっしゅんの間の後、かけよる信徒しんと、立ち止まる通行人つうこうにん、先をいそぐ通行人つうこうにん

 神輿車みこしぐるまのまわりは、黒山の人だかり。昔の証券取引場しょうけんとりひきじょうみたいに、あわただしく身ぶり手ぶりをまじえ、おたがいの意志いし疎通そつうをはかっています。

 しばらくもめていたかと思うと、信徒しんとたちのカベがサァーと、いっせいにひきました。ひらけた舞台上ぶたいじょうで、むっくりと、こともなげに彼は立ち上がりました。

 パチパチと、まばらに、はくしゅがおきました。

 のこった一人からマイクをうけとると、まぶしそうにも、ねむそうにも見える目に手をかざして、ダイはあたりを見まわしました。

「みなさん、こんにちは」

 フッといきをはき、みをもらします。 

「なんか、ここ、まぶしくないですか?」

 目をいっそう細め。

「あー、なんか、まぶしいですね」

 あたりを、かくにんします。

「まぶしいですよね?」

 耳に手をあて。

「まぶしくないですか?」

 はっきりと。

「私は、まぶしいです」

 ある人をさします。

「あなた、あなたは、どうですか?」

「光が多すぎると思いませんか?」

 つぎつぎ、人をさしてゆきます。

「あなた、あなた、あなた、あなた」

「あなたは、どうですか?」

「お日さまの光だけで、十分だと思いませんか?」

 ナナホシテントウの街灯がいとうや、キリンの道路照明灯どうろしょうめいとう、カエルの電光掲示板でんこうけいじばん、ハデなホログラムのカンバン、LEDだらけの車、LEDのめこまれた道などを、さもメンドウなよう、おおざっぱに手をふりまわして、しめします。

「ああいった目に見える、手にふれられるもの、具体的ぐたいてきなものだけ、いってるんじゃないですよ」

「見えるもの、聞こえるもの、さわれるもの、あじわえるすべて。まあ、われわれも大きな音をたてますが、今だけです(笑)」

「私が光といっているのは、たとえです。たとえばなしです」

「光とは、目からだけではなく、耳からも、鼻からも、口からも、触感しょっかんからも入ってくる、外からの感覚刺激かんかくしげきのことです」

「あらゆる文化ぶんか娯楽ごらく、スポーツ、コンサート、エンターテインメント・ショウ、イベント、ニュース、広告こうこく政府広報せいふこうほう、おしゃべり、ウワサ話、個人発信こじんはっしんSNS、非営利活動ひえいりかつどう、ボランティアにいたるまで。広義こうぎ意味いみでの情報じょうほうとそのコンテンツ。それに伝達でんたつするための道具どうぐ、もしくは手段しゅだんのことでもあります」

「ザックリいえば、メディアのことですね」

「それに、技術ぎじゅつ科学かがくをふくめた全体を、私は光とよんでいます」

 それらの結晶けっしょうであるカンオンについては、彼はふれません。

「わたしにとって光とは、外部からの過剰かじょう刺激しげきであり、また社会的しゃかいてき肯定的こうていてき価値かちをもつものです。生産的せいさんてきで、効率的こうりつてきで、合理的ごうりてきなものすべて」

 ぐっと一口、水をのみました。

「ある時代じだいにおいて、その時代じだい固有こゆう基本的きほんてきな考え方や、価値観かちかんがあります」

「その枠組わくぐみみを規定きていしているのは、社会しゃかい空気くうきです。その時々の社会しゃかい構成こうせいしている、ふつうの人たちの心のありようにせられるのです」

 しきりなおします。

「みなさん」

「われわれの、今いるここは」

「ここはどうしてこんなに、明るいんでしょう」

「今、わたしたちの生きているこの社会しゃかいは、どうしてこんなに、まぶしいのでしょうか」

「だれの責任せきにんなんですか」

 見まわして、しばらく、間をおきます。

「そうです、わたしたちの責任せきにんです」

「他に、だれがいるんですか」

 フフッと、わらいました。

「われわれは、くいあらためねば、なりません」

 厳粛げんしゅく面持おももちで、うつむきました。

「このかたよった状況下じょうきょうかにおいて、今のわれわれに必要ひつようなのは、ほんとうに光なんでしょうか」

「まだ、光が足りないというのでしょうか」

「足りないのはむしろ、やみやみの方ではないでしょうか」

 気をあらため。

「みなさん」 

やみによってわれわれは、かくされていなければなりません」

過剰かじょうな光は目をつぶします。今やわれわれは、白いやみにとざされているのです」

 少し間をあけます。

「われわれは、むきだしの現象げんしょうには、たえられません」

「人間はありのままの現実げんじつに、ちかづけばちかづくほど、ニヒルへと、一見すると狂気きょうきとは見えない明るい狂気きょうきへと、その正気しょうきをうしなっていくのです」

やみは心をためプールします。しかし、光は心を解放かいほうしてしまいます。一個一個いっこいっこの体の細胞さいぼうは、日々入れかわりますが、この私、この社会しゃかいが、コロコロ変わるわけにはいきません」

「新しくすること、変えること、改革かいかく解放かいほう維新いしん刷新さっしん

「いったい、なにをそんなに、いそいでいるんでしょう? なぜ、われわれは、こんなにガマンができなくなったのでしょうか?」

「動くのでなく、動くことに、今さらなんの価値かちがあるのでしょうか?」

 ここらへんでダイは、いつもの手ごたえのなさにみまわれ、フゥーと一息ひといきつきます。気もちをあらためてから、彼はしゃべりだしました。

自由じゆう平等びょうどう人権じんけん倫理りんり環境かんきょう 、そして労働ろうどう

「これらの、どこに出してもずかしくない正当性せいとうせい。その合理性ごうりせい有用性ゆうようせい生産性せいさんせいと、それを上げるための効率性こうりつせい追求ついきゅうは、一見するとまったく文句もんくのつけようのないものです」

「しかし、これら絶対的価値ぜったいてきかちは、恣意的しいてき勝利しょうりをえるための道具どうぐとして、たびたび悪用あくようされてきました」

 大きく手をひろげると。

「みなさん、よく聞いて下さい。警戒けいかいすべきは、欲望よくぼうでも、欲求よっきゅうでもありません」

 にらみをきかして。

価値かちこそが、問題もんだいなんです、人のほっするところの価値かちが」

「いいですか、みなさん」

「人は価値かちがあるから、ほっするのではありませんよ」

 やや、間をあけると。

「人間がほしがるのは、人間なんです」

「つまるところ価値かちとは、他者の羨望せんぼうです。ただのちがいではありません。他者の羨望せんぼうがふくまれたちがいなんです。価値かちをえるとは、モノをとおして、他者を保有ほゆうすることです。しょせん人間にとって、もっとも価値かちあるモノは、モノではなく、自分と同等どうとうのヒトだからです」

「一人では食べきれぬりょうも、羨望せんぼうをかいすると、しつによって二人分以上食べられるのです」

「一人では消費しょうひしきれないモノも、高額こうがくなモノなら、他者の羨望せんぼうというイメージを介在かいざいさせることで、より多く消費しょうひできるのです」

「ほんらい、生命せいめい本質ほんしつとは、消費しょうひです。過剰かじょうに生んで、おしげもなく頃し、食べ、食べられます」

「その大もとのエネルギーげんは、太陽たいようのの光です」

 とつぜん、だれかをゆびさしました。

「あなた、おてんとさんから、請求書せいきゅうしょがきたことがありますか?」

「ないですよね。すごくないですか? なんたってあなた、ただ、なんですから(笑)」

 オーディエンスから、少しみがこぼれます。

 気をよくして、つぎの展開てんかいのための間を空けます。

「人は未来みらい夢見ゆめみる生きものです。収穫しゅうかくのため計画けいかくし、自然しぜんであるところの、全体のながれをせき止めます」

「水を止め、森をはがし、定住ていじゅうし、一か所で一つのモノをつくりつづけます。それを人は、いやしくもためこみ、収奪しゅうだつしあうのです」

「モノはまだマシです。モノはずっと、ためてはおけませんから。場所をとり、いつかはくさりはててしまいます」

「だが、そうでないモノがあるんです。それは、コトバやお金です」

「とうしょ、それらはモノのかわりでした。物質ぶっしつ代用品だいようひんであるそれらが、時代をおって、あまねく広まってゆきました。歴史的過程れきしてきかていとは、現実げんじつ象徴化しょうちょうか密度みつどのことではないのでしょうか?」

「そしてとうとう、われわれは、げ道をうしなったのです」

物質モノという、リアルなげ道を」

「われわれの生み出した、この高度に象徴化しょうちょうかされた奇妙きみょう現実リアルは、もはや無意味むいみ余白よはくを、のこさなくなりました」

物質モノ有意味ゆういみにとりこまれ、もはや正気をとりもどす、たすけにはならないのです」

「すでに老いて戦争リセットもできなくなったわれわれは、すべてを自前じまえでやっていかなければならなくなりました。そこに悲劇ひげきによる和解わかいはありません。かたっぽの口角こうかくを上げるような喜劇きげきがあるだけです」

 ここでいったん立ちどまり、一呼吸ひとこきゅうおきました。

「明日を思い、みずからじらし、計画けいかくし、ためこむ」

「イメージは快楽かいらくともなりますが、地獄じごくにもなります」

「他者をつなぎとめ、より消費しょうひする。そのための快楽かいらくが、効率性こうりつせいのための労働ろうどうを生み、いつのまにか他者への奉仕ほうしとなり、自分への放棄ほうきにいき着ました」

「おなじことをしても、あそびと労働ろうどうとは、ことなります。今を尊重そんちょう没頭ぼっとうする生と、未来みらいのために今を断念だんねんする自己疎外じこそがいとは、ちがうのです」

 ぐっと、力づよくこぶしを上げました。

「私たちは、このいつわりの解放かいほうから、解放かいほうされなければなりません! 光にかたよった、解放かいほうのための解放かいほうから、解放かいほうされなければなりません!」

「パチパチパチパチパチパチ……」

 幹部かんぶが手をたたき、せきばらいしました。あわてて信者しんじゃたちも手をたたきました。プロ・エキストラも後をおいました。

「さもなくば、解放かいほうされっぱなしの底なしのカラッポのまま、いつまでたっても動機どうきがたまらず、しなびた解放かいほうを、くりかえすことになるのです!」

「パチパチパチパチパチパチ……」

 信者しんじゃたちが、あたまの上で手をたたきました。プロ・エキストラも後をおいました。つられて観衆やじうまもたたきました。

四六時中しろくじちゅう光にまみれ、無能むのう可能性かのうせいをおいもとめ、字義じぎどおりのコワイモノシラズによる敷居しきいの低さによって、その場かぎりの行動こうどうがあるのみです」

 ダイは声をはっていましたが、だんだんヘタレてきました。心のなかで「あーもうマジうぜぇ、かえりてぇー」とボヤき出しました。彼はすぐにつかれてしまう、わるいクセがありました。それでも時給分じきゅうぶんのやる気をしぼり、声をからしてったえます。

「みなさん」

「おわかりでしょうか、みなさん」

「私はコトバの上のコトバでしかない、空疎くうそな光を否定ひていしているのであって、現実げんじつに根ざした、すべての生産性せいさんせい否定ひていしているわけではありませんよ」

 キリッとなり。

「心のかがみを持たないものほど、かがみを見ることが好きです」

「あいまいであるコトバを、あいまであるイメージを、あやつり、あやつられる夢芝居ゆめしばい

「人のもつ表象機能ひょうしょうきのうで他人をダマし、みずからにも麻酔ますいをうち、つごうよく自分にダマされる人間。一言でいえば感性かんせいの人たち」

「もはや、われわれのてきは、てきらしい姿すがたをしていません。歴史れきのはじめから、そうだったのかもしれませんが」

しんてきは、一見するとやさしい姿すがたをしています。そのものは、ほんしんから自分にダマされているのであって、悪意あくい計画性けいかくせいもないので、エネルギー効率こうりつがすこぶるよろしく、無責任むせきにんな人たちの共感きょうかんもえやすいでしょう」

てきてきであることを引き受けてくれないてきであり、どこまでもげつづけ、薄弱はくじゃくなイメージによってしか自他と対峙たいじできない、深淵しんえんをのぞきこむ勇気ゆうきのない、いな! 深淵しんえんそのものがない、克己心かっこしんなき、光の弱者じゃくしゃたちなのです!」

 さいごの方はヤケになって、声がしゃがれていました。

「パチパチパチパチパ……」

 一人の信徒しんとが場ちがいなほど、ごうぜんと頭の上で手をたたいています。他のものは、へいたんな目で彼を見ていました。

「ちゅうとはんぱな理性りせいは、音と意味いみのたわむれ、コトバの恣意性しいせい餌食えじきです。社会全体しゃかいぜんたい実害じつがいをバラまく、狂気きょうきです」

「それにねばり強く抵抗ていこうできるのは、無邪気むじゃきな子どものイノセンスではなく、理性りせい限界げんかい予感よかんしつつも、理性りせい軽蔑けいべつしきらず、やがて来るその敗北はいぼくをしぶしぶけ入れられる、疑心暗鬼ぎしんあんき理性りせい。それくらいしかないのです……」

 とちゅうから、グダグダしりすぼみになってしまいました。

「パチパチパチパチパチパチ……」

 指導的しどうてき信者しんじゃ が、頭の上で手をたたきました。プロ・エキストラも後をおいました。つられた一般いっぱんの人も何人かたたきました。

 ダイはチラチラ、扮装コスプレした幹部連中かんぶれんちゅう顔色かおいろをぬすみ見ています。「あーもう、気に入らないなら、お前らがやれよー」と心の中でつぶやきながら。なんとか終わらせたかったのですが、いいかげん、やめるいいわけを考えるのも、おっくうになってきました。

 彼はさっきからずっと、目のまわりがむムズがゆくって、たまりませんでした。がまんしていたけど、もうかまわずゴシゴシやりました。

 風景ふうけい一辺いっぺんします。景色けしきのはしっこに色つきの空。ずれたテキストと見うしなった目じるし。カラーコンタクトがズレ、パニくるダイ。

「ヤッベー、もういいや、けっこうしゃべったし。もうこのへんでいいんじゃね?」と思ったやさき、目がチクッとします。あらたな文字が空中にうかびました。指示しじとテキストが、再読込さいよみこみされました。

「ちぇっ」

 彼は声にだしていいました。ナミダが片方かたほうつたい、ナミダごしに、お目つけやくがにらんでいるのが見えました。

 ハイハイ、わかりましたよ。わかりましたよ。彼は覚悟かくごをきめます。ペットボトルのフタをあけ、のこりの水を一気にのみほしました。

「プふぅー」

 口をぬぐいつつ、空になったビンを高々とかかげます。

 彼はくびを左右にまわし、あらためてまわりを見まわしました。

「みなさん、これがなんだかわかりますか?」

「これは水です」

「ただのお水です」

「われわれがひとしくおせわになっている、ターマ川の水です」

 いわなくてもわかっているだろうと、なんども笑顔えがおでうなずいてみせます。

「水は水ですが、ただの水ではありません。せいなる水――」

「ではありません」

 口から下でわらいます。

「もちろん、わるい水でもありませんよ」

 また、おなじようにわらう。

「これは、完全なる水です」

「水はどこにでもあります」

「空にもりくにも、もちろん海にも」

「水は空からふってきて、空中をただよい、しっけでわれわれをうるおします」

「すいてきが集中しゅうちゅうして水たまりができ、より低みへと下って川となり、地下にしみわたって、地下水脈ちかすいみゃくとなります」

「いくすじもの支脈しみゃく合流ごうりゅうし、大きな流れとなって、やがて海へとそそぎこみます」

「そして、水はいたるところで蒸発じょうはつし、天へとかえっていきます」

「水は、ありとあらゆるところを流れてきました」

「もしかしたら、わたしの中をながれる水は、かつてあなたの体の一部だったかもしれません。あなたの体の中をながれる水は、あなたの好きな人、きらいな人の一部だったかもしれませんね」

「水は私たちと同じように、経験けいけんをかさねているのです」

「水はすべてをしっています」

「水はぜんでもあくでもなく、すべてをつつみこみ、たし、すべてをこえ、中庸ちゅうようへといたります」

万人ばんにんの上に公平こうへいにふりそそぎ、苦労くろうをかさねながら、みんなの中を分けへだてなく、とおっていきます」

「やがて水は、だれからも必要ひつようとされる、全人的ぜんじんてきな広がりをもつにいたります。色やカタチというエゴをもたない、おだやかな存在そんざいへと、その成熟過程せいじゅくかてい完成かんせいさせるのです」

「どうですか、あなた?」

 ふいをつくように、一人をゆびさしました。

「ここに今、こうして今、この水はあります」

「私の前に、あなたの目の前に」

 カッと、目をあけ。

「あなたの目の前に!」

 ぐっとビンを持ち上げ、さらに彼女をにらみつけます。

「こうして、たどりついたのです」

 テンションをさげながら、いいました。

「みなさん。ここに、これがあるということは、はたして偶然ぐうぜんでしょうか」

「あなたは今、たった今、私と出会いました」

「この出会いの奇跡きせきは、本当に偶然ぐうぜんなのでしょうか?」

「私がここにいるのは偶然ぐうぜんで、あなたがここにいるのも、ほんとうに偶然ぐうぜんなんでしょうか?」

 ブルンブルン、くびを大きくふります。

「だんじて、ちがいます」

 さらに大きな声を出します。

「だんじて、ちがいます」

「われわれの中を流れる水が、あなたと私を引きよせたのです」

 ずっと目を見開いたまま、彼はつづけます。

「水とは、なんですか?」

「それは、正義せいぎでもあくでもない、真理しんりでも間違まちがいでもない、宗教しゅうきょうでも科学かがくでもない、思想しそうでも哲学てつがくでもない、大人でも子供でもない、男でも女でもない、人でも動物どうぶつでも植物しょくぶつでもない、精神せいしんでも物資ぶっしつでもない、生命いのちがあるとも、ないともいえる。そのどちらでもなく、どちらでもある」

「すべてをしり、すべてをふくみ、すべてをこえた、中立ちゅうりつ中庸ちゅうようの、まん中である水が、私たちを引きあわせたのです」

「そう、水とは出会いなんです!」

「今日、わたしがあなたに会いに来たのでは、ありません」

「あなたが、私にいに来たのです」

「あなたという水が、私という水に、いにきたのです!」

「パチパチパチパチパチパチパチパチ……」

 信者しんじゃたちが頭の上で手をたたき、プロ・エキストラもたたきました。いつのまにか、信者しんじゃにとりかこまれていた人たちも、やっぱりたたきました。信者以外しんじゃいがいのこった人影ひとかげは、まばらでした。

 彼はおおような手ぶりで、人々にそれをふるまうよう、うながします。おのおのに配置はいちされた信者しんじゃがダンボールをあけ、てぎわよく、試供品しきょうひんのペットボトルの小ビンをまわしていきます。いあわせただけの人が、反射的はんしゃてきに、となりの人に手わたしていきました。

 彼は呼吸こきゅうをととのえ、みだれた前髪をはらいました。目もとをほころばせ、おだやかな口調くちょうで、さとすようかたりかけます。

「たしかな効果こうかは、ないかもしれません」

保障ほしょうはできません」

「すべては、あなたしだいです」

「あくまで、私個人わたくしこじん感想かんそうです」

「もうこれ以上は、なにもいいません」

「すべては、あなたしだいです」

「あきらめては、いけません」

「あなたは、かわれます」

「かわれるのです」

「あなたの運命うんめいは、あなたにかかっています」

「あなたの運命うんめいは、あなたの手によって、変えられるのをまっています」

「あなたの運命うんめいは、あなた自身で切り開くのです」

「すべては、あなたしだいです」

「もう一度いいます」

「すべては、あなたしだいです」

「あなたがきめるのです!」

 いいおわった彼は、じゃっかん年をとったように見えました。

「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……」

「パチパチパチパチパチパチパチパチ……」

「パチパ……」

 信徒しんとが、もはや開きなおって、大きくうでをまわしています。それにこたええた信者しんじゃたちが、頭の上で、ことさら大きく手をたたいて見せます。プロ・エキストラも、これでおわりとばかり、おしみなく手をたたいています。かこいみの中の人たちも、おなじように、たたくのでした。




 ソルはとおく、けんそうの彼方かなたにいました。ケムリのニオイが、赤いフードにうつった気がしますが、もうどうでもよくなっていました。

 やって来た道よりさらに明るい対岸たいがんは、真夏の昼の明るさか、それ以上でした。時間の経過けいかをわすれさせます。おまけにカンオンが、今までの分をとりもどそうとばかり、ひっきりなしに、ガイド映像えいぞう音声おんせいサービスをくり返しています。すでに橋のとちゅうから、カンオンが復活ふっかつしていました。じゃまなライトはブロックずみでした。

 ソルは、じっと手のひらを見つめます。今日一日中いろんなものをさわりまくって、表面ひょえめんがザラザラして、なんだかかたくなった気がします。あのホルスのおじいさんみたいに。

 中途半端ちゅうとはんぱにふくらんだ、上弦じょうげんの白い月が、東の青い空に出ていました。まだ日ぐれに時間はありますが、ソルの長い休日は、終わろうとしていました。


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